最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第24話 クラシック級3月前半・マーベラスケイドロ(マーベラス草原・芝2200ha)

 たかが『ケイドロ』と思ってはいけない。

 これは、歴としたウマ娘トレーニングの一環として採用されることもある代物であり、心肺機能・判断力・精神力の強化が見込める上に、そのゲーム性から一般的なトレーニングとは異なるリフレッシュ効果も期待できる手法なのだ。

 

 『遊びながらできるトレーニング』の一環として、テレビ番組などでも紹介されるほどであり、当然中央のトレーナーの中にも既知の知識として盛り込まれている。まあ、人数を集める必要があるために頻繁に使用されるトレーニング手法ではないが。

 

 それでもこの黒魔導士の男でさえも例外ではない。……というか、トレーナー試験の成績的には普通に優良であったこの男は、記憶力という観点であれば大脳への直接ライティングが出来るから、トレーニングに関することで教本レベルならば知らないことは存在しないと言っても決して過言ではないだろう。欠点は、手書きで頭に詰め込んでいるのでたまに誤字・脱字があることだが。

 

 そして。

 

「じゃ、泥棒チーム頑張っていきますかー」

 

「おーっ!」

 

 ナイスネイチャ、ツインターボ、マチカネタンホイザを含む5人が泥棒チームとなり。

 

「マーベラスに捕まえちゃおう☆」

 

「マーベラース!」

 

「じゃあ、後はイクノよろしくねっ!」

 

 マーベラスサンデー、イクノディクタスを含む5人がマーベラスチーム……ではなく、警察チームへと別れることとなった。

 

 

 泥棒が逃げる時間は1分間。ウマ娘の脚力であれば1km程度は突き放すことのできる距離。しかし、制限時間内にずっとそのペースで走り抜けることが不可能な以上、ただ走り続けるのには限度があり、そこで初めて戦略性が生まれることとなる。

 

「タンホイザの作戦通りで行くよ!」

 

 1分の計測が開始されたとともにナイスネイチャの掛け声で、5人の泥棒チームのウマ娘は、全員が全く違う方角へと向けて走り出した。

 

「……成程。固まらずに散開することで、一網打尽にされるリスクを下げよう、ということですか……」

 

 それはすぐにイクノディクタスに看破はされるが、さりとて見破られたところで有効な手立てであることには変わりなかった。

 

「……ほう。『マーベラスケイドロ』の特性を上手く利用したな」

 

 捕まった『泥棒』を収容するための『牢屋』を生成した男は、邪魔にならぬ位置から呟く。泥棒の解放ルールが存在するため『牢屋』は鉄格子でできているものの、人が自由に出入りできるくらいには鉄柵の間隔は広めに作られていた。

 

 そして男の語る『マーベラスケイドロ』とは。このエリア――『マーベラス草原』の広さにあった。

 男の見立てでは約2200ヘクタール存在するこの土地の形状は正方形・長方形ではなく、その境は山や川、崖などといった『自然的な境目』である。

 厳密には言えないが、しかし大雑把には東西、南北ともに直線距離ではおおよそ5kmくらいはエリアの境は離れている計算となる。

 

 だからこそ、東の端と西の端に泥棒が1人ずつ逃げるだけでも、泥棒チームは警察チームに対して5km規模での分断が可能なのだ。それは単純故に対策のしようがない逃亡方法であった。

 

 

 エリアの広さという『マーベラスケイドロ』特有の性質を活かした手法。普通であれば、これだけでもとても警察チームの勝ち目は薄くなる一手である。

 しかし、警察の指揮を執るのは『冷熱併せた敏腕ウマ娘』たるイクノディクタスだ。

 

「……皆さん、スマートフォンのwi-fiとGPSは入っておりますね?」

 

「はいっ!」

 

 取り出したスマートフォンの地図アプリを開いてみれば現在地がしっかりと表示されていた。この空間はマーベラスな空間なので、wi-fiが通っていなかったりGPSが届かないといった『マーベラスではない』現象に悩まされる心配はない。

 だからこそ、各人は自身のスマートフォンで自分の現在位置を把握することができる。そして地図には粗いグリッド線が引かれており、該当エリアは5×5のグリッドエリアに収まっていることからエリアに管理記号・番号を割り当てることで各々の携帯端末で取得した位置情報を仲間の警察に知らせる、という取り決めを作った。

 

 そして、警察ウマ娘全員がグループ通話を行うことで、相互の連携も可能としている。

 

「うんうん! とってもマーベラス★」

 

 しかし、これだけではまだバラバラに逃げた泥棒サイドの優勢を崩すには至っていない。

 

「――よし、1分だ。警察チーム、動いて良いぞ」

 

「ありがとうございます。ネイチャさんのトレーナーさん。

 ……では、皆さん。耳を澄ませ(・・・・・)ましょう」

 

 

 ウマ娘の卓越した聴力を活かす。これが警察チームの二の矢であった。

 現時点で距離的には遠くて1km程度は既に離れている……が、この平原において音はとてもよく響く。

 『マーベラス草原』はほぼ無音で音が反響しやすいことは『マーベラス草原記(著・マーベラスサンデー)』にも頻出するから、みんな知っているよね。

 なので走っていればそれだけ離れていても、足音である程度の方角は捕捉することが可能なのだ。

 

 5人のウマ娘の聴力を活かして情報を統合する。

 

「北、南西、北西、南東方向から4つの走る足音……ですか。最初に逃げた方角的に……ネイチャさんの足音だけが消えていますね。既に身を潜める場所を見つけたのか、それとも音を消す何らかの方法があったのかは分かりませんが、とにかく一旦は捨て置きましょう」

 

「では……私たちは……」

 

 警察チームとなったウマ娘の1人が指揮官・イクノディクタスに尋ねると、イクノは明瞭に答えた。

 

「まず北に全力疾走しているターボさんは、体力が切れる頃合いで確保に向かいましょう。ですので……まずは南西方向から向かいましょう――全員で」

 

 そして、まずはB4、C4、C5地点へと向かうように指示をする。1グリッドは1km四方の正方形だが、そのグリッド境界にイクノディクタスとマーベラスサンデーを更に配置することで、確実に1km圏内に別の警察ウマ娘が存在する距離感でもって包囲網を形成することを企図した。

 1km間隔の包囲とは一見スカスカのようにも見える。しかしウマ娘の聴力があれば包囲網を突破しようとする行動は事前に察知できるし、察知してからの接敵までの僅かな時間でもウマ娘の脚力をもってすれば突破口を塞ぐ動きも取れるのだ。

 

 1対1で追いかけっ子をした場合、1分間での逃亡アドバンテージがあり、広範囲のエリアを縦横無尽に駆け巡ることのできる泥棒側が絶対的に優位となる。

 だからこそ、イクノディクタスは着実に1人ずつ捕まえていくため、1対5の状況を作ることにしたのであった。

 

 

「……さて。数的有利も情報戦も、連携においても警察側が優勢だが。

 イスネイ、貴様はこの状況をどう打開する?」

 

 

 

 *

 

(ここまで、警察に誰とも会ってないのは……良くない感じだよね、たぶん)

 

 既に制限時間の半分程度は過ぎたものの、ナイスネイチャは未だに一度も警察ウマ娘を目撃……はおろか、足音すらも聴いていなかった。

 ナイスネイチャとしては、警察側がそれぞれの泥棒ウマ娘を追ってくることを狙っていたが、どうやらここまでずっと嵐の前のような静けさのままであると、その目論見は概ね失敗したと見て良いだろう。

 

(……となると。最悪1対5とかで追い詰められるわけだ……うわぁー、勝ち目無さ過ぎでしょ、それ。

 あ、でも。ここまでで1人も捕まえていないってことも多分無いから、きっと最低1人は牢の番人に置いているはず)

 

 音を漏らさないために声は出さず頭で考えるナイスネイチャ。そして『牢』は誰も捕まえていないときは泥棒にとっても警察にとっても無価値であったが、しかし捕まった泥棒の数が増えていくにつれて、重要度は高まっていく。

 

 多人数でエリアを虱潰しで探していくローラー作戦は確かに泥棒側には数的不利を強いる作戦であるが、一方で時間がかかるのは確かだ。

 制限時間が半分以上過ぎてまだゲームが終了していない、ということは相手が同じ戦法を取るのであれば一度既に捕まっている泥棒を解放すれば、残り時間で全泥棒が捕まる可能性は極めて低い。

 

 逆にこのまま潜伏してタイムアップを狙う、という考え方もできる。どちらも有効に思えるからこそネイチャは悩む……が。

 

 次の瞬間、声がした。

 

「――あの、こちらB2地点の真ん中くらいですが、この辺りは茂みと背の高い草が多いですね。隠れている子を1人で探すのは大変そうなので誰か来てくれると助かります……。えっ? ……はい。……はい、……えーっと――」

 

 

(警察側、通話してるの!? それは盲点だったー……。でもアタシたちが話していたら音でバレるかもだし、何より下手したら通話音で別の泥棒の子が捕まっちゃうなんてこともあり得たから結果的にはやらなくて良かったかもだけど、さ。

 ……って、違う違う。今は、ここに警察が集結しちゃうってことだっての! やー、治安がしっかり守られとりますわ……)

 

 この段階で、ネイチャは捜索の手が広がりそうなこの場所で潜伏し続けるか否かの選択を強要されることとなる。

 

「えっと茂み、ですか? ……あー、結構続いているっぽいので、下手したらエリアを跨いでいるかもしれません……あ、でもB1の方はどうだろ? ……はい。

 ……そーですね、さっきまでは開けていたので手前の方向には……あ、すみません。B3とかC2側は隠れられないんじゃないかなーって思いま……え? ……あのーそれなら……――」

 

 

(……んんっ?

 もしかしてだけど……。あの子が通話に集中してる今が移動するチャンス?)

 

 流石に通話相手の内容まで聞き取ることはできなかったが、雑音のような形で相手の声らしき音もネイチャの耳には届いていた。つまり、結構スピーカーで音量を上げている、ということ。ウマ娘がスマートフォンで電話するときには人間のように耳に当てながら話すことが出来ず、ハンズフリーで話すケースがほとんどだ。

 カチューシャみたいになるイヤホン、ヘッドホンを使うパターンもあるけれども、さりとてこの『マーベラス草原』にそうしたアイテムを持ち込んでいる子は居なかった。

 

 とはいえ屋外での通話でスピーカーというのは、如何に周囲が静かとはいっても通話に集中しなくては声が聞き取れない、なんてことは多々起こる。だからこそ、ネイチャが動くのであれば今が絶好機であるのは確かであった。

 

(じわりじわりー……っと。とにかく一旦この場から離れて落ち着ける場所を探そう――)

 

 

 

 ――ぱきっ。

 

 

「あ」

 

 ナイスネイチャの足元から、木の枝が割れた音がする。

 その音はこの『マーベラス草原』ではとてもよく響いた……それこそ、電話をしているウマ娘の耳にも入るくらいには。

 

「――ネイチャちゃん発見っ! B2っ、B2地点にナイスネイチャちゃんが居ます!!」

 

「やっば……!」

 

 距離がやや離れていたことと、動き出しが一瞬早かったために、ナイスネイチャは捕捉されつつも初動で捕まることは何とか避けられた。

 しかしそのネイチャの背は既に完全に見られてしまっている。

 

(どうしよ……。どうせバレちゃったなら、逆にこのまま牢屋まで突撃しちゃった方が、イチかバチかにもなって良いのかな――)

 

 ナイスネイチャは逡巡迷う素振りをみせる。

 確かに1対多が確実なこの状況において逃げ延びるのは正直絶望的である。ならば、いっそのことエリア中央の牢屋まで逃げ続けることで、既に捕まっているかもしれない仲間を解放することが出来れば、状況をかき乱すことが可能だし、それで捕まったとて2人以上逃がせれば収支はプラスだ。

 

 それこそが最適解、牢屋へ向かうことこそ、今のナイスネイチャが出来る最大の一発逆転策――

 

 

「――それを、イクノが予想していないわけ……無いでしょっ!」

 

 

「私はネイチャちゃんを追いかけるので援護お願いします!

 方向は、えっと……A1方面に――『エリアの端』に向かって進んでいますっ!」

 

 半包囲状態で、牢から離れる方向への逃亡。

 それは唯一、まだ包囲されつくしていないエリアであり、袋小路となる場所で将来的な破綻が確約された逃げ道であったが――しかし、同時に最も時間稼ぎができる場所でもあった。

 

「……破れかぶれではなく、悪手の中から『次善手』を選んできますか……ネイチャさん。

 皆さん、慎重に包囲網を狭めてくださいっ! 私は万が一を考えて牢の警護を続けます――」

 

 そこからナイスネイチャは数分かけてじわりじわりと追い詰められることとなる。

 

 

 

 *

 

「いやー……北に逃げた結果、追い詰められた場所が崖って、サスペンスドラマかっての。

 ――あっ! マーベラスに、警察のみんなー! 崖になってて危ないから気を付けてねー!」

 

「マーベラース!」

 

「はーい!」

 

 この絶望的状況下で真っ先に心配することが、相手の足元である辺りはお人好しであるところがにじみ出ていたナイスネイチャ。とはいえ、4人に囲まれたナイスネイチャには最早逆転の目は残されていなかった。

 

 ……とはいえ。ナイスネイチャの背面は2面が完全に崖となっている角の隅っこ。エリアの末端は末端でも中央から最も遠い角の部分まで逃げて時間稼ぎ自体は成功していた。

 

「……あ、ここだと捕まるのには危ないよね。

 そっちの開けた場所に行くから、ちょっと待ってねー」

 

 そう言ってネイチャは歩きながら警察の子たちが居る場所の方へと歩いて行った。そして最も前に居たマーベラスサンデーの前まで来ると、彼女はナイスネイチャのことをそのまま抱きしめて。

 

「マーベラース! ネイチャ、確保だよ★」

 

「あはは……捕まっちゃいました」

 

 

 そうして泥棒・ナイスネイチャの逃亡劇は終わりを告げたのであった。

 

 

「……で、後は泥棒は誰が残ってる感じ?

 ――えっ? タンホイザだけ? マジかー、アタシで残り時間の4分の1くらいは稼いだつもりだったけど、1人だけで大丈夫かな……って、ううん。

 いける、いけるか! 見せたれ、タンホイザー!」

 

 

 その後マチカネタンホイザは、5人の警察相手に大立ち回りをして、20分以上逃げ回り迂回し続けながら、最終的には警察全員を振り切り牢の前まで辿り着くも、そこで木におでこをぶつけて転倒して、イクノディクタスに確保されるのであった。

 

 

 

 *

 

「むむー。あと、ちょっとだったんだけどなー」

 

 残り時間的にあそこで泥棒を逃がせてさえいれば間違いなく勝てたであろう『ケイドロ』。惜しかったからこそ、悔しさもある。

 

「でも、楽しかったー!」

 

「……そこでタンホイザは、すぐにその言葉が出るのはすごいよ。ま、アタシも全く同じ気持ちだけど、さ」

 

「マチタン! ターボの方が楽しかったぞ!!」

 

「――いえ、ターボさん。私の方が一番楽しめたかと」

 

「こらこら、イクノも悪乗りしないの」

 

 

「アナタもアタシもマーベラース☆

 ケイドロはとってもマーベラスだからね!

 アタシもとっても楽しめてマーベラース★」

 

 

 

 

 *

 

「――はっ!!

 そうだった、夢だったわ、これ……」

 

 翌朝。門別のホッカイドウトレセン学園、ナスノホシジョーと同室の寮の一室で目覚めたナイスネイチャは、いつもと同じ、普段通りの部屋を見渡す。

 

 そこには何も変化は無く、身体にも一切の疲労は無く。しかし『マーベラスケイドロ』の記憶は然りと残されていた。

 

「……やっぱり、マーベラスって末恐ろしいわ……」

 

「……ふわぁ、ネイチャちゃん、おはよー。今日の朝は一段と冷えるねえ」

 

 

 なお、ナスノホシジョーと共に行った朝練において、ナイスネイチャの動きを見て一言。

 

「ネイチャちゃん。……何か、動きのキレが良くなってる?」

 

 と、ナスノホシジョーから言われて、やっぱりマーベラスサンデーの末恐ろしさについて考えをより強くしたナイスネイチャなのであった。

 

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