最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
中央トレセン学園で高名な科学者の言葉として『ウマ娘は存在自体が未だ深遠』という言葉がある。
男としては現地知識人の発言を決して軽視していたわけではなかったが、さりとて『マーベラス草原』の一件は、これまでウマ娘に抱いていた『非魔法適性』という考え方を大いに覆すものであった。
ナイスネイチャも黒魔術の適性こそあれど、身体への魔法の『適合』という面は怪しいところがあったからだ。
「……トレーナーさん?」
確かにハチャメチャにマナを爆吸いしている三女神像という存在があり、魔法生物の類が確認できる範囲においては一切棲息していないというのは事実。しかし『空間能力者』というカテゴライズで男が独自に調査をした結果、マーベラスサンデーのように空間を展開することの出来るウマ娘は複数人確認することが出来ている。それはトレーナー界隈で言われている『領域』という代物とはまるで別次元――というか本当に次元や時空レベルで異なるものまで存在していた。
「……ありゃりゃ、こんなに声をかけても反応しないとはトレーナーさんも重症ですなー。
おーい、トレーナーさーん!」
『マーベラスサンデー』は、男の見立てによればこの『空間能力者』の中でも高位の術者であることが推測される。というのも、多くの空間展開ウマ娘は『保健室』という増幅装置を利用することで『キングキングダム』などといった空間を一時的に形成しているからだ。
マーベラスサンデーに比肩する存在が居るとすれば『カワイイ☆ユニバース』形成者であるカレンチャンだ。ただ、そのカレンチャンもマーベラスサンデーほどには多様な空間形成を行っている様子は見られない。
そしてこれらの空間の多くに共通する事項は、空間に誘われた者の感覚では『夢』として認識されるということ。実際に就寝時のタイミングにおいてアクションを起こしているのは確かなので、当事者目線では確かに寝て居る間に見た夢のように感じるだろう。
しかし、その空間内で行われた経験や知識、あるいは能力開発や治療行為などは全て現実世界にも波及する。優れたトレーナーがこの空間における話を聞いただけで他のウマ娘のトレーニングに転用できるのも、そこで行われた行為自体は本物だからであろう――
「――いい加減、戻って来なさいな、トレーナーさん……おりゃ」
ナイスネイチャは男の頭をフード越しで殴れば、ようやく黒魔導士の男は意識を現実世界へと引き戻す。
「……イスネイか。まさか貴様がいつの間にか瞬間移動を会得していたとは、俺も見抜けな――」
「な、ワケないでしょ。トレーナーさんが集中して考え事していただけじゃん?
集中力があるってのは悪いことじゃないけど、そこまでのめり込むと色々危なそうだから、ほどほどにね」
そう言われて男は初めて、ある種のこの世界への『慣れ』を自覚する。かつて男の居た世界では、誰が下手人か露見させずに人を誅する方法など幾らでもあった。
魔法による暗殺手法の豊富さに比して、魔法捜査の技術の発達が完全に追い付いていなかったためである。
その世界にて『黒魔導士』と一口に言えば男のことを指すほどの高名を博したのも、秘術や禁術として一族や流派に秘匿されていた危険な魔法を『黒魔術』として体系化し、危険で管理されるべき存在という形でこそあれど表に出した点にも1つ功績があった。と、同時にそれ以上の恨みも買っていたのだが。
そうした世界で身体こそオーガニック由来ではない成分構成比になっているものの、生き延びてきた以上は、男の危機管理意識は極めて高い。にも関わらず、今の今までナイスネイチャに話しかけるまで反応すら出来なかった、というのは新たな研究・考察対象を見出した喜びも十二分にあれど、それだけ平和なこのウマ娘のトレーナーの居る世界に順応しつつあるという証でもあった。
「そうだな。イスネイ、貴様の言う通りだ。
これからは、意識が潜り込み過ぎぬよう警報装置を取り付けるようにしよう」
そして男は、自身に非があることを認めればこのように再発防止策を検討できるほどに優秀だ。
問題は、自身に非があることを自覚するケースがあんまり多くないところにある。
「……ちょっと過剰じゃない?」
「いや、危険というのは確かであった。
貴様のことは自動防衛機構の除外設定にはしてあるが、万が一不具合が起こっているタイミングで触れていたら貴様の手首から先が無くなっていたかもしれなかった」
「怖っ!? ちょっと、怖すぎなんだけど!
もう、絶対トレーナーさんのこと触らないようにしよ……」
これは実に賢明な判断である、と言えよう。
*
「……で、まあマーベラスはともかく。
そろそろアタシの次走もどっちに出るのか決めなきゃ、だよね」
ナイスネイチャがそう話せば、男もそれに合わせて言葉を紡ぐ。
「NHKマイルカップのトライアル競走。ニュージーランドトロフィーとアーリントンカップのどちらに出るかだな」
GⅡ・ニュージーランドトロフィーとGⅢ・アーリントンカップ。
どちらも施行距離は同じく芝の1600m。そして3着以上の条件でNHKマイルカップへの優先出走権がもらえることも同じ。
違いは大まかに3点。
まず格付けがGⅡ、GⅢと異なること。
第2に、ニュージーランドトロフィーの方が開催時期が1週間だけ早い。
そして最後に、ニュージーランドトロフィーは中山レース場での開催で、アーリントンカップは阪神レース場の開催と、開催場所が異なる。
「これらの2レースは、NHKマイルカップに出走を考えているウマ娘が出るレース……ではある。しかし、実際にNHKマイルカップに出走するウマ娘が多いかと言えば、あまりそういうわけではない」
「……どういうこと?」
「周りも俺たちの立場と同じであることが多い、ということだイスネイ。
既にGⅠに条件面で出走できるのであれば、特段トライアル競走に固執する必要が無いからな。必然、多くの相手は現時点ではNHKマイルカップへの出走が不透明なウマ娘がどうしても増える。
だから逆に言えば、本番のNHKマイルカップに出てくる有力ウマ娘と競合する可能性は相対的に低くなる――」
だからこそ、既に重賞を勝利したとかそういうタイプのウマ娘が何人もゾロゾロと来る、ということはあまり考えられない。
加えて言えば、優先出走権を手に入れたからといって必ずしもそれを行使しなければならないわけでもない以上、勝ったとしても無理にGⅠを狙わないというパターンすらあり得る。
「……もっとも。それが強いウマ娘が出てこないことを意味するわけではないが」
「ま、それはそうだよねえ。
去年の夏ごろのマックイーンだって1勝クラスのウマ娘で今のアタシよりも『収得条件』的には低かったのに、今じゃ菊花賞・阪神大賞典と勝ち進んで、春の天皇賞の最有力ウマ娘なんだから、それまでの勝ち負けだけじゃ強さってのは中々分からないものですなー」
今となっては誰もメジロマックイーンを弱いウマ娘だと話す者は居ないだろうが、さりとてこのクラシック・春の時期というのは、そういうウマ娘であっても1勝クラスとかにゴロゴロ居たりするようなそういう世界なのだ。
そういうところからひょっこり出てきたウマ娘が1着をかっさらっていく、というレースは往々にして起こりうる。
「統合すれば。
出てくる相手を予想して難易度の低い方を選ぶ……というのは事実上不可能に近い。貴様と同期の全てのウマ娘の脳内を覗いて良いならば話は別だが」
「あはは……何だかんだ、トレーナーさんってレース周りのことで、そういう『ずる』みたいなことをしないからねえ」
そういう点では、私達の評価軸においてもギリギリ常識人とも言えなくはない。恐らく、この男がトレーナーを志したときに、余程優秀な者から手ほどきを受けたのだろう。
「NHKマイルカップのことを考えて、1週でも長くローテーションのゆとりを考えたいのであれば、ニュージーランドトロフィーだ。
しかし、中山の1600mというコースは、第1コーナーポケットからのスタートで、カーブまでが極めて短く、その意味では序盤の位置取りが困難な上、展開も荒れやすい――」
中山の芝1600mは外回りコースを使うが、スタート位置の関係上で最初の位置取りが極めて難しい。レース全体順位として見れば内枠・外枠の有利不利というのはフラットに見えるものの、競走者個人に例えば外枠の苦手意識などがある場合にはそれが顕著に出てしまう危険がある。
今までのネイチャの出走傾向的には外枠がやや多く、内枠の経験は福寿草特別くらいだ。その福寿草特別が今までの最低順位であった以上は、試行回数に乏しく内枠への適性が未知数とはいえ、この状況で枠に左右されかねないレースに出走させたくはない、と男が憂慮するのは分からないでもない。
加えて言えば、ラップ刻みが早い上にそのままゴールまで推移するハイペースな上にそのまま決着する展開も多いことから、差し脚勝負のナイスネイチャには、前残りしがちということも踏まえると、ちょっと不利という点も見逃せない。
「一方で、アーリントンカップは一言で言えばフラットだ。
若干内枠が有利とは言われているが、バックストレッチの直線がそれなりに長いから序盤のポジショニングは楽なはずだ」
「ほほー」
阪神レース場の短距離戦は基本的に先行有利であるが、マイル戦の1600mと1800mで使用される『外回り』コースにおいては最終直線が473.6mと、日本国内では3番目の長さを誇る上にゴール直前には高低差1.9mの上り坂も用意されている。だから後方からでも十分に仕掛けのチャンスは取ることが可能だ。
総合的な完成度、スピードだけではないウマ娘の実力がよりダイレクトに反映されやすい。
ただ、その反面メインレースとなるアーリントンカップにおいては、それまでのレースでのバ場の荒れが進行していることが多く、コース取りによっては走りにくさを感じることもあるかもしれない。
ラップの面で見ても、中盤に緩んだり、極端にどこかで速くなったりすることはあまり多くなく、一律のラップを刻める方が有利……だが、最後の最後で急坂があるので、それを前提とした体力配分は必須だ。
福寿草特別では明確な位置取りの失敗があった。いかに『マーベラスケイドロ』の後で、動きのキレが変わったとはいえ、わざわざリスクあるところに突っ込むこともない。
となれば、よりダイレクトに実力が影響しやすい舞台を男が選ぶのは必然であった。
「――GⅢ・アーリントンカップ。
貴様の次走はこれで良いか?」
「りょーかーい。じゃ、ぼちぼち頑張っていきますかー」
そして、男は第1回出走登録を出して。
レース1週間前の締切の段階で、アーリントンカップに出走表明をしたのは14人のウマ娘。フルゲートが18名なので定員割れしていたために、出走は辞退しない限りは問題なくなった。
「……ふむ、ニホンピロラックか。
前々走では、朝日杯フューチュリティステークスの覇者に続いて2着、前走では人気通りの1着と、中々なウマ娘が居るが……。
イスネイ、貴様の知り合いなどはこの面子の中に居るか?」
「ええっと、どれどれ……。
……うん。……あっ!
――『ヤマニンゼファー』。ゼファーが居るじゃん!」
先月にデビューしたばかりで。
メイクデビュー、1勝クラスの2連勝で突破を決めた『ヤマニンゼファー』と、次走・アーリントンカップの舞台にて激突することとなる。