最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第26話 クラシック級4月前半・アーリントンカップ【GⅢ】(阪神・芝1600m)

「――4枠6番ナイスネイチャ、今日の3番人気はこの子です。唯一の地方トレセン学園からの出走登録となりますが……」

 

「はい。北海道の門別所属のウマ娘で、昨年のJBCジュニア優駿で高順位に付けている子ですね。前走の結果から芝でもしっかりと走れることは証明されております。また先週の桜花賞の優勝ウマ娘、シスタートウショウとも対戦歴がありますね。

 地方所属のまま中央重賞に挑戦する子は中々珍しいので注目が集まっています、好走に期待しましょう――」

 

 阪神レース場、本日のメインレース。

 天気は曇り、バ場状態はここまで良。

 

「……まさか、ここでぶつかることになるとはねえ、ゼファー」

 

「あら、この軟風は……ネイチャさん。すごくお久しぶりなような気がいたします」

 

「ま、そりゃ1年以上ぶりだしねえ」

 

「ネイチャさんが、風狂の者であるとは流石に感じ取れませんでした」

 

「あー……、ほとんどトレーナーさんのせいだし、それ」

 

 ネイチャは、その黒魔導士の男が第1回出走登録後しばらくデータを集めたあとに言っていたことを思い出す。

 曰く、『ヤマニンゼファーがアーリントンカップに来るとは思わなかった』とのこと。その理由自体は明瞭で、前走・前々走が共に中山レース場にて1着を連続で取っているのだから、同じく中山の地にて開催されるニュージーランドトロフィーの方を選ぶのが常道であったはずためである。

 

 その話に納得していたネイチャは、その真意を彼女に尋ねておこうと質問を重ねる。

 

「……それで、ゼファーはどうして『アーリントンカップ』にしたの? 条件的には『ニュージーランドトロフィー』の方が向いている、ってトレーナーさんは言っていたけど、さ――」

 

「――明日。吹き荒れるであろう風……青嵐によって齎される雄風を。

 少しでも感じ入りたいから……ですね」

 

「……テイオーか。確かに、明日皐月賞だもんね」

 

「はい」

 

 明日、中山レース場にて皐月賞が行われる。重賞2連勝中で乗りに乗っているウマ娘や、ホープフルステークスにて既にGⅠを1つ戴冠しているイブキマイカグラなどといった強豪揃いの中で、それでも断トツの人気を誇っているウマ娘が1人――トウカイテイオーはまさしく旋風の真っ只中に居た。

 

 この世界のヤマニンゼファーは、その皐月賞と同じレース場となる中山の舞台よりも、皐月賞と時間的に近い舞台を選択した。だからこそのアーリントンカップであった。

 

(ゼファーはマイペースで他人に流されない……けど、テイオーにだけは何だかんだ影響を受けてたもんね。

 ま、きっとアタシも中央にずっと居ればテイオーのことを強く意識していたと思うから、あんまり人のことは言えないけど……)

 

 誰よりも『皇帝』に憧れた少女――トウカイテイオーと。

 誰よりも『マイルの皇帝』に憧れた少女――ヤマニンゼファーが。

 全く路線が異なるからと言って、お互いに惹きつけられない……なんてことはない。むしろ、この2人は強く惹かれ合った。

 

 ……あるいは、それは。

 別路線であるからこそ、トウカイテイオーを強く意識するヤマニンゼファーと。

 別路線となったからこそ、トウカイテイオーを強く意識しなくなったナイスネイチャという対称にもなっている。

 

 そして、JBCジュニア優駿を通してトウカイテイオーに『魔法』をかけたウマ娘――それがナイスネイチャであり。

 

 逆の視点から見れば、着目している2人のウマ娘が同時出走するこの『アーリントンカップ』は、明日本番を控えているトウカイテイオーにとってもある意味では重要なレースに転化したのであった。

 

 そう。

 このGⅢの舞台は、トウカイテイオーもトレーナー室のテレビ越しであれど観戦している。

 

 

「……お、そろそろ時間ですなー。じゃ、ゼファー行きましょうか」

 

「……ええ。春風のごとく――そして、旋風のように――」

 

 

 

 *

 

「阪神第11レース、アーリントンカップ……GⅢ。NHKマイルカップトライアルの芝コース1600m、出走ウマ娘は14人です。

 この競走は1着から3着のウマ娘までにNHKマイルカップの優先出走権が与えられます。曇り空の広がる阪神レース場、向こう正面にて各ウマ娘のゲート入りが着々と進んでおります――」

 

 先ほどまでナイスネイチャが話していたヤマニンゼファーは4番人気で2枠2番という内枠からの出走。そんなヤマニンゼファーも含めて、この場に居るウマ娘は誰も彼も中央のウマ娘である。

 

 ……ただ1人。『北海道ブロック代表ウマ娘』であるナイスネイチャを除いては。

 

(思えばここまで長かった……んんっ? ホントに長かったのかな。

 クラシック級のこの時期に重賞を走っているなんて。そんなの前のアタシは想像もしていなかった)

 

 北海道の門別から始まった彼女の道筋は、決められたレールからは最初から大きく逸脱していた。

 その北海道での連戦、京都での着外、そして小倉での勝利を重ねたナイスネイチャにとって、まだクラシック級4月のレースにも関わらず『満を持した』心持ちですらあったのだ。

 

 手を伸ばせば届くような距離へと近づいたGⅠレース・NHKマイルカップ。

 しかし、そう思えても。手を伸ばしただけでは届かないのもGⅠレースというものである。その切符を掴み取ることができるのは、この14人の中の3人のみ。

 

 

 なればこそ、伸ばすべきは――脚である。

 

「さあ、ゲート入り完了して……。スタートしました! 概ね好スタートを切りまして、まず素晴らしい立ち上がりを見せたのは7番エレクトリファイド。そしてその外からはユウキトップランも上がっていきます――」

 

 最初のバックストレッチの距離に余裕があるために、狙った位置取りに入ることはそこまで困難ではない。

 端から先行争いに参加する気のないナイスネイチャは、序盤は視野を広く持ち、見に徹する。その視野は他競走者の位置のみならず、係員やバ場状態、コースの先まで見通すためのものであった。

 

(うーん……ちょっと速い、かな。

 結構後方になっちゃうけど、無理に出ない方が良いかも)

 

 ナイスネイチャは序盤の立ち上がりのペースが早いとみて、後方に付けることを決意する。それはかつての福寿草特別での手痛い敗戦を想起させるかのような位置取りであったが、しかし彼女自身が明確な意思を持って決断したことであった。

 

「……内からは4番カリスタグローリが3番手。その隣には3番トラフィックライツが追走。その後ろには3人が固まっていて、ここまでが先頭集団。

 先行集団の後ろ8番手も団子状態になっておりまして、まずは2戦2勝、ここまで無敗のヤマニンゼファーが行く。そして1番人気ニホンピロラックもこの位置。ここは後2人のウマ娘も競り合ってきて4人の集団となっています。

 どうでしょう、この展開?」

 

「各ウマ娘、自分の脚質に合ったレースが出来ていると思います。ナイスネイチャ率いる最後方の3人の集団も先頭のエレクトリファイドからそこまで離れておりませんね。結構、固まっていると言えるでしょう――」

 

 最後方集団からのレースとなったナイスネイチャ。しかしそれは失策などではなく、前がやや混雑していたことも鑑みての位置取りであった。

 事実、ネイチャはこの序盤戦において、最も内側をしれっと確保していた。距離的な話をするのであれば、一番内を走るのが最も効率的なのは自明であろう。

 

(ちょっと……走りにくいかも。でも、これくらいなら――大丈夫)

 

 ただ阪神レース場は、コースの使い分けが中央のレース場にしては少ない。だからこそ、バ場の痛みの進行が早く、良バ場という発表をそのまま字義通りに受け取ることが出来ないコースでもあった。

 とりわけメインレースであるアーリントンカップにおいては既にかなりの興行が行われている都合上、そのインコースの傷み具合はかなりのものであり、ところどころそれまでのレースを走っていた他のウマ娘の脚によって芝が剥げているところもあった。

 

 言ってしまえば凸凹なのだ。しかし、ナイスネイチャは門別レース場にて、栄冠賞とペリドット特別という2つの舞台にて重バ場を越えた不良バ場を経験している。極端に言ってしまえば今の芝の状況よりも酷い有様にプラス水溜まりという条件で走っていて、その中でペリドット特別では1着をもぎ取っているのだから、多少の『道悪』では彼女はものともしなくなっていた。

 

 

 

 *

 

「さあ、先頭は依然エレクトリファイドのまま各ウマ娘第3コーナーへと入っていきます!」

 

「大きな順位変動は、今のところありませんでしたね。逆に言えば、まだ誰も仕掛けていないということです。ここから先が正念場ですよ」

 

 動きの少ないレース展開。そしていくつかの集団に分かれてはいるものの、まだ誰しもにチャンスがあるような大きく離れているわけでもない比較的コンパクトな隊列となっている。

 

(うーん、前までは結構差が無い? 順位的には後ろの方、なんだけど……)

 

 そしてカーブに入ったことでナイスネイチャも最前方の様子を視認して改めて自身の現在の位置取りの評価を修正する。とはいえ最後方のインコースをしっかり確保しているナイスネイチャがこの段階で動きを見せることはなかった。

 

 門別においては概ねこのような位置からロングスパートをかけることもあったが、ここでの最終直線距離は470mオーバーと、地方ダートコースとしてはかなり広めであった門別よりも150m近く長い。それだけの仕掛け距離があるのならば、無理にコーナーから前を狙う必要は、このコンパクトなレース展開では無かったと言えよう。

 

 

 しかし。

 ナイスネイチャがそう考えているからといって、他のウマ娘が全く同じことを考えているのかと問われれば……そういう訳でもない。

 

「おっと……ヤマニンゼファーが差し集団から先行集団の方へ向けて進出しておりますね。これはどう見ますか?」

 

「ちょっと早い動き出しのようにも見えますが……いえ、位置取りの修正かもしれませんね。ヤマニンゼファーの前を走っていた先行集団の子がずるずるっと後退してきていたので、彼女を躱す目的で前に出た……その勢いに乗っての進出、と見るべきかと思われます」

 

 既にヤマニンゼファーが差し集団を抜け出し、先行集団の位置に差し掛かっていた。両集団の間にはあまり距離が無いから普段のレースであれば特段異質な動きでは無かったものの、それ以外のウマ娘がほとんど現在の位置取りのまま推移していることもあり、今日のアーリントンカップにおいてはそれすらも目立った動きのように見える。

 

(ゼファーがここで前に……? どうしよう、狙いが全く分からない。

 ――ま、分からないなら、今は考えない! 分かることだけを考える!)

 

 一瞬、そのヤマニンゼファーの動きの意図を探ろうとしたネイチャであったが、その思考はすぐに放棄する。停滞気味のレース展開とはいえ、長考が許されるほどの余裕はレース中に存在しない。

 

 考えて走ることは確かに大事だが、考えることに囚われ過ぎて機を失うことの方が遥かに問題だ。

 クイズや勉強のように一問一答で答えがあるわけでもない。今この瞬間に何を考えるかを取捨選択することは、思考をレースに反映させるタイプのウマ娘であればあるほどに必要なことである。

 

 その点で言えば、ナイスネイチャは中庸のウマ娘と言えよう。

 頭で考えて仕掛けることもあれば、教本通りのレース展開を選ぶこともある。全てをロジカルに落とし込んでいないからこそ、感覚や感性による判断もそれなりに重要視する。

 

 まだ荒削りではあるけれども、しかし。

 今の時期のクラシック級ウマ娘など誰しもが荒削りであるものだ。そういう意味で言えば、ジュニア級で北海道の優駿たちと競り合った経験を有するナイスネイチャは、まず間違いなくこの場においては――荒削りながらも最も広い視野を有したウマ娘、と言っても過言ではなかった。

 

(ここでは……仕掛けない。けど。

 第4コーナーを利用して、外には回る……! そして最終直線でスパートをかけられるルートを作り出す!)

 

 そしてナイスネイチャは最後方の集団から若干抜け出しつつインコースから大外へ位置取りを変えていった。そして、その動きはカーブで膨らんだように見えるからこそ、誰にも注目されることなく彼女は最適な位置へと移動することに成功したのである。

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