最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第27話 クラシック級4月前半・アーリントンカップ【GⅢ】(阪神・芝1600m)顛末

 阪神レース場外回りコースの最終直線の長さは473.6m。その2ハロンを優に超える長さは最後のホームストレッチに入った段階でも未だ最終局面ではないことを示していた。

 

「第4コーナーをカーブ。先頭はエレクトリファイドがキープして、後続を引き連れて直線コースへと入ります。

 ユウキトップランが上がってきて、エレクトリファイドとユウキトップラン! エクレクトリファイドとユウキトップランが前を行きます!」

 

「エレクトリファイドはちょっと辛そうですね。まだ後方の子はスパートをかけていませんから、順位はまだまだ分かりませんよ」

 

 先頭においては順位変動があるか、といったタイミングでナイスネイチャは外に大きく膨らんで、前をしっかりと確保していた。現在のナイスネイチャの順位は12番手で後ろから数えて3番目といったところ。

 

(ゼファーはまだ、仕掛けてない。なら、もう少しだけアタシも……粘る)

 

 第4コーナーの中ほど――600m地点付近より下り傾斜になっているので、各ウマ娘いずれも速度が付きやすいところ。流れに身を任せてスパートをかけることもできるが、一方でまだ2ハロン以上が残されていて、しかもラスト1ハロンからは急坂が待ち構えている。それを理解しているナイスネイチャはギリギリまでスパートを抑えて最後の勝負に全てを賭ける。

 

「さあ、ユウキトップランが先頭に入れ替わります! 外からはカリスタグローリ、更に後ろからはニホンピロラックも来ています、残り400m!」

 

 

(……来た。ここから……前を、狙う!)

 

 ナイスネイチャが動き出す。それは既に前方で仕掛け始めたニホンピロラックやカリスタグローリよりかは遅いタイミングでのスパートであり。

 ……ヤマニンゼファーと同じタイミングでのスパートであった。

 

 同タイミングでの仕掛けは、他の条件が一緒であれば前に居るウマ娘の方が有利だ。先頭までの距離が違うのだから当然であろう。

 既に5番手集団に付けているヤマニンゼファーと、12番手のナイスネイチャ。此処だけ切り取れば、どちらが有利かは話すまでも無いのかもしれない。

 

 

 ――だけど。

 

「ユウキトップランが前を行き、それを他ウマ娘が追う展開! おっと、後方から更にヤマニンゼファーも突っ込んできました、これは混戦状態……と、大外からナイスネイチャ! ナイスネイチャ、凄い脚です! 大きく後方に居たはずのナイスネイチャがもう先行集団の側を楽な手応えで抜き去って行く!」

 

 最初から。そう、黒魔導士の男に出会う前から。

 ナイスネイチャの真骨頂は、この末脚にこそあった。

 

 ジュニア級のレースにおいてはナスノホシジョー対策、そして対ナスノホシジョーで戦略を組んだウマ娘対策としてロングスパートを選択することも多かったが、彼女の持ち味を活かすのであれば、粘ってからの末脚の方が爆発力があった。

 

 ほぼ横一線となりつつあった元先行・差し集団の位置で複数人をあっさりと抜き去るその様は、彼女の差し脚の鋭さがこの場においても十二分に通用することを指し示していた。

 

「先頭、ユウキトップラン! 2番手はエレクトリファイドがまだ粘る! カリスタグローリは現在3番手! そこにヤマニンゼファーとニホンピロラックも追い込んできて、それをまとめて一刀両断しようと大外から仕掛けているのがナイスネイチャ、という格好です! さあ、残り200m!」

 

「ここからが踏ん張りどころですよ。100mの区間で高さ1.9mの坂を一気に上らないといけません――」

 

 

『――勝ちたいっ!』

 

『――私が、勝つんだから!』

 

『必ず、勝つ!』

 

 

 上り坂に差し掛かったウマ娘たちは、溢れ出る想いを根性に変えて気力で走り続ける。その勝利への執念こそ、ウマ娘の原動力であり、心の中で強く想い続けるだけではなく無意識で口から言葉が溢れ出る子すらいた。

 未だ混戦状態。重賞レースの1着がまだ誰の手に渡るか分からない以上は、誰しもがそれを追い求め願い続ける――。

 

 

 いや。

 1人だけ。

 

 ナイスネイチャだけが、この場で全く異なることを考えていた。

 

 

(――絶対……3着以上っ! 3着で良いって言ってくれたんだから、その結果だけは絶対に持ち帰らなきゃダメなんだ!

 だったら、やるべきは……皆と一緒のことじゃ、ない!)

 

 

 そして、ナイスネイチャはラスト1ハロンを切った、この急坂の真っただ中において。

 

 

 もう200mも無いのに『脚を溜める』という判断を取り――若干後退した。

 

(本当のラストスパートはこの坂でかけるべきじゃない……!

 ……坂が終わった後の最後の100mだ――!)

 

 

「ユウキトップランが進みますが、先頭入れ替わるか――入れ替わってカリスタグローリ、カリスタグローリが先頭に替わりました! その2人を追ってニホンピロラックと内からはヤマニンゼファー。

 エレクトリファイドとナイスネイチャは坂に苦しんでいる様子――」

 

 

 やがて脚先から伝わる感覚が変わる。

 ここまでのレースの疲労は抜けることはなくむしろ積み重なる一方であるが、急坂を上るしんどさから若干緩和され平坦なコースに入ったことを、彼女たちの脚先から競走者自身へと伝達する。

 

 レースは後、100mある……が。大一番で最大の難所を越えたこの瞬間に。ほんのごく僅か。それは本来であれば、大勢に影響しなかったはずの安堵感が各ウマ娘の間に生じた。

 これは『楽に走ることが出来る』という気持ちに起因する、ウマ娘……いや、あらゆる生物にとって生来的な安堵。誰しも走りにくいところよりも、走りやすいところを走りたい、そんな根源的で当たり前の気持ちから生じるものだ。

 

 

 ――だからこそ、制御が難しい。

 

 ……そこまでのことをナイスネイチャが考えていたわけでは……無かったが。

 しかし、その一瞬生まれた間隙を、彼女は最も有効的に活用することとなる。

 

(……ここっ! ――ここしかないっ!)

 

 

 坂の終わる瞬間。

 ナイスネイチャは再加速を始めた。

 

 

 

 *

 

「カリスタグローリが先頭を突き進んでいく! ユウキトップランは懸命に追いかけます……と、後退したはずのナイスネイチャが突っ込んでくる! カリスタグローリは依然先頭! しかし2番手争いはユウキトップランか、ニホンピロラックか、ヤマニンゼファーか、それともナイスネイチャでしょうか!?

 そのままカリスタグローリが1着でゴールイン! 4番のカリスタグローリが一矢を報いまして優勝! そして――どうでしょう、2番手以降は混戦でしたが……」

 

「これは……こちらからではウマ娘たちが何人も重なっていたこともあり、内を走っていた子の順位がちょっと見えませんでしたね」

 

 

 ――確定。

 1着はカリスタグローリ。

 

 次に2着。

 1と1/2バ身差でユウキトップラン。

 

 そして3着は。

 クビ差で――ナイスネイチャだった。

 

 

 4着、同じくクビ差のヤマニンゼファー。

 5着に1バ身差でニホンピロラック。

 

 

(……やった、の? 掲示板には確かに3着のところにアタシが入っているけど……)

 

 混戦での入線であったことから、いまいち実感が湧かないナイスネイチャ。そんな彼女の下にヤマニンゼファーがやってきて話しかける。

 

 

「ネイチャさんの貝寄風(かいよせ)に……してやられましたね」

 

「え、貝……? ま、いっか。多分、ゼファーのことだし、きっと褒めているってニュアンスは分かるし」

 

 貝寄風。それは3月の終わりの頃に吹く『冬』の名残を残す風のこと。

 歳時記による出典によればこれは大阪……阪神の地に吹く風として登場していて。『冬』とは即ち、『北海道ウマ娘』であるナイスネイチャの暗喩……ということなのだろう。

 

「……ええ、おめでとうございます、ナイスネイチャさん。NHKマイルカップでは応援いたしますね」

 

「あー……ありがとう。あと……」

 

 彼女が『マイル』路線というものに強く焦がれていることを知っているナイスネイチャは、謝罪の言葉を思わず口にしようとする。

 NHKマイルカップへの優先出走権は今日のレースの『3着』まで。……4着であったヤマニンゼファーがもしこのレースへの出走を志すとしたら、無理なローテーションでここからもう1戦挟んで収得条件を積み上げるか、抽選の運頼みという極めて細い線を狙わなければならなくなった。

 

「いえ……それ以上は乾風(あなじ)に吹かれてしまいそうですので、おやめください……ネイチャさん」

 

 

 かつてのヤマニンゼファーは『マイルの皇帝』の勇姿に恋焦がれていた少女であった。そしてその『マイルの皇帝』はNHKマイルカップには出走していない。

 しかし彼女はトウカイテイオーの影響を受けて、その皇帝(・・)を超えることを目指していて。

 ヤマニンゼファーが『NHKマイルカップトライアル競走』に出走してきた意図は少なからず『彼女の皇帝』を超えようとしていたとも言えよう。

 

 それをナイスネイチャは全て把握することはできない。けれど。彼女が今日のレースに乗せた想いを漠然と汲み取りつつ、しかしそれを自分を捻じ曲げることまではせずに、こう答える。

 

「……そっか。ゼファーの応援の分まで頑張るね。ま、勝てるとは全然思ってないけども……」

 

「はい。ネイチャさんの『風』を見て分かりました。

 勝利とは異なる『凱風』もあるのだ、と――」

 

 そして、ヤマニンゼファーとナイスネイチャは一緒に阪神のターフを後にした。

 

 

 しかし。

 そのヤマニンゼファーの意識を大きく変えることとなった少女が、このレースのことを画面越しに見ていたことを忘れてはいけない。

 

 

「……ネイチャ、やっば……。

 あそこで速度落とす判断……普通、する?」

 

「……前哨戦を本当に前哨戦と割り切ってレースする姿は、昨今のウマ娘としては珍しいかもな。

 ――それよりも、テイオー」

 

「あっ、トレーナー! なになに!?」

 

「お前な……明日、皐月賞なんだぞ……。

 ほら、そろそろ寮に帰れ」

 

「もー、トレーナーのケチー!」

 

 そう言って、トレーナー室を後にするトウカイテイオー。

 

 

 その後ろ姿を見て溜め息を吐くトウカイテイオーのトレーナー。

 

「まったく……。皐月賞を前夜にして、緊張感が全く無いのは褒めれば良いのやら……。

 こっちの気持ちも少しは考えて欲しいもんだが……しかし、ナイスネイチャか」

 

 

 テレビに表示されているリプレイ映像を眺めながら言う。

 

「『クラシック五大特別競走』の出走登録に名前は無かったから、テイオーとぶつかるとはあまり考えられん……。

 ……それに、あの奇妙な風貌の男が俺の見立てと同じことを考えていたら……まあ、同じか。それでもテイオーと対決することは当面は無いだろう」

 

 それきりで興味を無くしたかのようにトウカイテイオーのトレーナーはテレビの電源を切り、仕事へと戻るのであった。

 

 

 

 *

 

 アーリントンカップを終えたナイスネイチャは、翌日の午前の便の飛行機で北海道へと戻る。それは、15時40分までに寮の共用スペース――テレビが見られる場所に戻るためであった。

 

「――ホシジョー!? 間に合った!?」

 

「あっ、ネイチャちゃんおめで……」

 

「祝ってくれるのはホントにありがたいんだけど、今はちょっと皐月賞の方を優先させてっ! 後からならいくらでも良いから!」

 

 阪神から門別への強行的なスケジュールだったとしても、その旅行バッグの片付けなどよりも優先して、ネイチャは皐月賞の放送を見たがった。

 その様子に内心苦笑しながらも、取り敢えずナイスネイチャを椅子に座らせる。第10レースは既に終わっていたものの、映像はまだパドックでの紹介であった。

 

「はぁ~、良かった……」

 

 安堵した表情を浮かべつつも、目は決して画面から離していないナイスネイチャの様子は、どう見てもトウカイテイオーのことを強く意識している少女のようにしか見えなかった。

 

「あれだけ無敗の三冠って言い続けて、ここで躓いたら友達総出でのフォローになるんだから、見逃せないでしょ……」

 

「あ、心配してるのそっちなんだ、ネイチャちゃん……」

 

 ただ、そんなネイチャの心配は、ライバルへの対抗心とかと言うよりも、むしろ友達としての心配の方が遥かに勝っていたのである。

 

 

 

 *

 

「――勝ったのはトウカイテイオー! トウカイテイオーであります!

 シンボリルドルフが成し遂げたあの無敗の皐月賞! そしてこのトウカイテイオーも同じく無敗で皐月賞を制しました! トウカイテイオーがクラシックをまず制覇!

 これは強い! これは強い! トウカイテイオーであります――」

 

 

「ま、テイオーなら勝つよね」

 

「……ふふっ、そう言いながらネイチャちゃん。さっきまで握りこんでいた手のひらが今はすっかりリラックスしてるよ?」

 

 後方彼女面をしていたナイスネイチャに対して、ナスノホシジョーがレース中は固唾を飲んでテイオーのことを見守っていたことを指摘すると、ネイチャは顔を赤らめる。

 

 更に、ここは寮の共用スペースであったことから、そんな2人のじゃれ合いを見た他の門別トレセン生も、ここぞとばかりにナイスネイチャに追撃のからかいを入れるし、それを今年ジュニア級となった少女たちにも見せ付けることとなったために、ネイチャは激うにゃり(・・・・・)をした。

 

 

 それらのやり取りがひと段落ついて、ネイチャが落ち着いて再びテレビの画面を見れるようになったころには、そこにはリプレイ画面であるが、観客席に向かって堂々と1本の指だけを高々と掲げるトウカイテイオーが映し出されていた。

 

 その姿は――『1冠』を指し示す、シンボリルドルフと全く同じパフォーマンスであり、見る者全てに『無敗の三冠ウマ娘』というテイオーの発言が有言実行になるのでは、と多大な期待を寄せさせるものであった。

 

(……テイオー、ほんっとにキラキラしてる、よね)

 

 しかし、かつてであれば、その後に出てきた言葉は『それに引き換えアタシは……』と続く自虐のフレーズであったはずだが、実際に無意識的に漏れた言葉は別のものであった。

 

 

「……おめでと、テイオー」

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