最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第28話 左回りの専門家

「さて。

 貴様はGⅠ・NHKマイルカップに出走できるようになったが、実は大きな問題が1つある」

 

「はぇ? ……ごくん。

 ……ちょっと朝食食べてるときに急に現れていきなり言うことがそれなの、トレーナーさん?」

 

 前走・アーリントンカップ、あるいは世間一般的には皐月賞が終わって1週間弱程度経過した金曜日の朝に、学食のカフェテリアで朝食を食べていたナイスネイチャの対面に座った直後に開口一番で放ったセリフがこれである。

 

 その様子を見た周囲のウマ娘はささっと席を立ち、この黒ローブ系不審者から離れるようにして退避してしまったが、それも仕方の無いことだろう。

 なお1年経過したが、春先になって再び町の不審者情報を賑わせることとなった。これは新入生に片っ端からステータスオープンをしていたせいである。曲がりなりにも1年近く付き合ってきた在校生サイドからすれば嫌悪はあれど慣れてきたものの、よくよく考えればこの門別において、ほとんどのウマ娘は既に転校してしまっているので、毎年この男の評価軸はリセットされてしまうのだ。

 

 しかし、ナイスネイチャにとってみれば最早この手の騒動には慣れたもので、全く動じずにそのまま朝食を食べ進めながら、その片手間で男の話を聞いている。

 その姿を見た新入生にとっては『頼れる先輩』としてきっと映ることだろう。

 

「で、なんなのさ、トレーナーさん」

 

「次走・NHKマイルカップは東京レース場の開催で左回り。

 しかしその反面、貴様がこれまで出走してきたレースは、すべて右回りだ――」

 

 メイクデビュー戦のURA認定スーパーフレッシュチャレンジからGⅢ・アーリントンカップまで通算で9戦してきたナイスネイチャであったが、その全てのコースは『右回りコース』であった。

 対して、NHKマイルカップは『左回り』。

 

 とはいえ、中央トレセン学園においてはグラウンドの周回を曜日によって変更しているために、左右どちらの回転であったとしてもそれなりに対応できるし、トレセン入学前の子供向けの『倶楽部』などにおいても、どちらかの周回に偏らないようにトレーニングを行うことが多い。

 

 それに門別の興行に限れば『右回り』限定だが、地方レース場に限っても周回がどちらかなのかは割とまちまちだ。大井レース場などは、ナイスネイチャ出走中の現在においては右回りの施行のみだが、近々左回りの興行も取り入れて世界唯一の『両回りレース場』なんてものを打ち出している始末。

 もっとも、この世界ではつい最近閉鎖されたフランスの『メゾンラフィットレース場』が両回りであったので、世界唯一と言ってもたまたま被らなかっただけ、という面も多いのだが、そうだとしても世界的にも両回り自体は極めて稀、という事実は揺るがないだろう。

 

 中央も地方も周回が固定化されておらず、まして門別のトレセン学園は、多くのジュニア級の生徒が転校することを視野に入れて入学する都合もあるので、極端な周回の偏重がトレーニングで起こるわけではない。

 が、とはいえ不安要素に見えるのも確か。とりわけファン目線では普段のトレーニングなんか知ったこっちゃない、って人もまだまだそれなりに多いので、そういう人から見ればナイスネイチャの右回り出走経験のみ、というのは危惧要素にも映るはずだ。

 

 もっとも、外からどう見られているのか、などというものは極論で言えばどうでも良いこととも言える。というか、逆にそれを気にするのであれば、真っ先にこのトレーナーの外見についての指摘を行うべきであろう。

 

 更に言えば、右回りと左回りのどちらが得意・不得意か、はたまた両方卒なくこなせるかどうか、というのはウマ娘の見た目で分かるものでは基本ない。

 

 左右で靴のサイズが違ったり、脚の筋肉の付き方が違ったり、はたまた片方だけ内股気味になっている、などというのは人間もウマ娘も差異なく起こりうる。完全シンメトリー人間とかかえって気持ち悪いように、どこか歪な箇所というのはどうしても生物である以上は生じてしまう。

 しかし、それがどちらの周回が得意かという部分に完全に対応するわけでもない。例えば右脚だけがやや内股になっていれば一見すれば『右回りが下手そう』という印象を与えるが、それが実際に走ってみたら全く苦にしない、ということも多々起こりうる。

 

 そして見た目で分からないなら、トレーニングで観察していれば分かるだろう……と思いきや案外そういうものでもない。月並みになってしまうが、実際に本番で走ってみないと分からない、ということはまだまだ多いのである。同じ条件で同じくらい走ってみて、初めてどちらが得意なのか、あるいは左右の周回どっちも出来るのかというのは朧気に見えてくるものなのだ。

 仮に右回りで連勝しているからと言っても、それが必ずしも右回りに強いことを示すわけでもない、ということもこの問題をややこしくしている部分だ。

 

 

 しかし、男の手元には様々なデータがある。そこにはこの世界以外の『ナイスネイチャ』の出走データすら存在している……が。

 

 そうは言っても、この『ナイスネイチャ』が本番のレースで走ったデータは『右回り』しか存在しないのだ。同じウマ娘の魂を受け継ぐから周回適性も同じ、とは言えない。これはアプリで育成していても『右回り〇』や『左回り〇』みたいな緑スキルを絶対取得できるわけではない、と言えば幾分分かりやすいだろうか。

 というか、スキル獲得どころか育成レースで派手に事故って苦手になって、それを消すのにスキルptを消費する、なんてこともあるのだから。

 

 

「ということで、左回りの専門家を呼んできた」

 

「……はい?」

 

「……ということで、いい加減そこでジンギスカンを既に20人前焼いているのをやめて、ちょっと連れてきてくれ」

 

 そう後ろの席に座っているウマ娘に話しかけると、口いっぱいにラム肉をほおばっていた少女――スペシャルウィークがこちらを向き、口に入れていたお肉を飲み込み、その後ご飯をかきこんだ後に、こちらにやってきた。

 

 もう1人の呆然としている少女とともに。

 

「あ、ネイチャさんとは初めましてですがテイオーさんから聞いております、スペシャルウィークです!!

 そしてこちらが私のルームメイトのサイレンススズカさんです!」

 

「ウソでしょ……」

 

「あの、そっちのスズカの方が驚いているんだけど……」

 

「……スペちゃん。

 北海道に私が一緒に来たのって、ファンイベントに2人で呼ばれたからよね? あれはウソだったの……?」

 

 全く現状を飲み込めていないサイレンススズカと満足そうに頷いている黒魔導士の男が実に対比的だなあと現実逃避して考えるナイスネイチャ。

 

「あ、スズカさん! そのファンイベントは来週の週開けですね!」

 

「一応、イベントも本当なのね……」

 

「ちなみに、イベントが決まったときに緊張が酷くてご飯が大盛りで15杯しか通らなかったのを私のトレーナーさんが心配して、スズカさんに付き添いをお願いしたのも本当です!」

 

「それはウソであって欲しかったわ……」

 

 男が経緯を説明すれば、ちょうどタイミングよくスペ&スズカで北海道のイベントに参加することになったことを耳にした男が、これ幸いとそのイベントついででネイチャのお手本としてお願いするように2人のトレーナーら、とスペシャルウィークに頼んだ、というのが真相のようである。

 まあ、この2人とも未デビューの状態であるということ、そしてGⅠへの出走を確実なものとしたナイスネイチャとの合同トレーニングという魅力に彼女らのトレーナーは抗えなかった。なおスペちゃんは中央トレセンの学食にて僅か10食限定のメニューである『スペシャルモンブラン』の特別チケット5枚でこの策謀に協力しており、何ならこっちに来るまでの僅かな期間で既に食べ切っていた。

 

 体裁としては2泊3日の短期合宿のようなものになり、勿論この2人のトレーナーも門別に来ている。イクノディクタスとツインターボの夏合宿のように、ホッカイドウトレセンの設備が外部のトレセン生に対しても有料ではあるが開かれているためにこういったことが出来る。

 なお、直前まで隠されていたのはサイレンススズカとナイスネイチャに対してだけであった。

 

「何と言いますか……ネイチャさんのトレーナーさん!

 スズカさんとネイチャさんって、あんまり接点が無さそうなのですが、東京レース場で開催されるクラシック級とシニア級の混合の重賞の芝1800mくらいの秋のレースで一緒に走っていそうな感じですね!」

 

「ほう、毎日王冠のことか――」

 

 そのスペシャルウィークと黒魔導士の男の会話を聞いたナイスネイチャは、次の瞬間には存在しないはずの記憶が急にフラッシュバックして、『スズカ、次の毎日王冠……頑張ろうぜ!』と気さくに語りかける自身の姿を幻視する。

 現在クラシック級のナイスネイチャと未デビュースズカでは、絶対に毎日王冠など出走したことが無いのにも関わらず。

 

「スペちゃん。ネイチャさんが『だぜ』なんて言うわけないでしょ」

 

「え? 私、そんなこと言ってませんけど……」

 

「スペちゃん」

 

 サイレンススズカの巧みな話術によって、ナイスネイチャは致命傷で済むこととなる。

 そして話が軌道修正されてネイチャの左回り特訓についてへ戻る。

 

「でも、トレーナーさん? さっきと話違くない?

 実際にレースに出るまでどっちが得意か分からない、ってならまだ公式戦に出ていないスズカはどちらが得意か分からないんじゃ……」

 

「いや。

 既に雑誌などでも『サイレンススズカに声をかけると左旋回を始めるイベント』などを開いているとのことだ。これが左回りのプロフェッショナルでなければ一体何と呼べば良い?」

 

「……そのイベント。私の中では結構憂鬱だった負のものなのに……」

 

 冗談めかしているが、実際のところサイレンススズカのトレーナーもGOサインを出しているので、トレーナー間では左回りが得意っぽそう、という共通見解は共有されているようである。

 

「……ほら、スズカが困っちゃってんじゃん! トレーナーさん、無理強いしちゃ駄目だって!」

 

「そうですよ、ネイチャさんのトレーナーさん。スズカさんが嫌がっていることをやらせるのは良くないですよ!」

 

「スペちゃん。急に味方になっても、黙ってここまで連れてきた事実は消えないからね?」

 

 サイレンススズカは、決意する。

 ナイスネイチャのトレーナーと、スペシャルウィークに振り回されたけれども、きっぱりと断ろうと。

 もしかしたらトレーナー同士の間でも事前準備をしていたかもしれないけど、それでもここはNOと言おうと。

 

 そして、ちゃんと最初から聞いていた話の通りにファンイベントだけやって東京に帰ろうと。

 

 男が何やら口を開こうとしているが、どんなことを言われても断ろうと彼女は既に心に決めてい――

 

「走れるぞ」

 

「やります」

 

 ……スズカの決意は1秒で捻じ曲がったのである。

 

 

 

 *

 

「ここの隣町に私が昔に通っていた倶楽部の合宿所があって、今連絡したらちょうど予約が2日分取れました。なので今すぐ行きましょう、何ならそこまで走っていきましょう。むしろ走って行く以外ありえません」

 

「いやいやいや! スズカ、行動力はやっ!?」

 

 ナイスネイチャの突っ込みに誇らしそうな表情を浮かべるサイレンススズカ。彼女に対して『はやい』という言葉はすべからく褒め言葉として認識されるようである。

 

 ちなみに、その『倶楽部の合宿所』というのは以前、JBCジュニア優駿の直前にトウカイテイオーが見学しに来た際に使用していた調整場所と同じ施設である。

 ということで、元々道産子であるスペシャルウィークも感嘆するくらいに北海道のことを理解した服装でやってきていたスズカだったが、もう走る気満々のためそうした防寒具を既に脱ぎ出している。

 

「スズカさん」

 

「スペちゃん、止めないで。走るのにマフラーは要らないでしょ?」

 

「スズカさん」

 

「ほら、スペちゃんも久々の北海道なのでしょ? きっと走りたいはずよね?」

 

「スズカさん」

 

「見て、スペちゃん! ここからだと倶楽部の合宿所まで25kmくらいあるらしいわ!

 ……これは、思う存分走れそうね……!」

 

 

「……ネイチャさんのトレーナーさん」

 

「……これは口で言っても分からんだろう。

 おい、イレンスス。俺とそこのダートコースで800mで勝負して勝ったら25km走らせてやる」

 

「その『イレンスス』は私のことですよね? 私の名前の一部ですから私のことに決まっています。

 勝負を挑まれたというのであれば致し方――」

 

「スズカさん、走りたいだけですよね?」

 

 

 なお、サイレンススズカのトレーナーからも彼女にバレないように『全力で勝て』とアドバイスを貰った男は、800mの勝負にて、この勝負に無関係の周囲には認識阻害の魔法を撒きつつ興味を無くさせた上で、大人げなく『瞬間移動』を使用し勝利したことで、彼女の反論を完全に封殺することに成功したのであった。

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