最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
「芝なら……芝なら私が勝ってました……」
「スズカさん。……ウマ娘は瞬間移動には勝てません」
スペシャルウィークと簀巻きが会話する車中には、ナイスネイチャも黒魔導士の男も同乗していた。更に助手席にはスペちゃんのトレーナー、そして運転席にてサイレンス……いや、簀巻きのトレーナーがハンドルを握っていた。
なお0秒0の段階で敗北が確定したのにも関わらず、サイレンススズカが800mの完走まで走り切ったのは彼女の意地と言えよう。
そしてナイスネイチャは門別800mという距離は、公式戦では現在使用されておらず、新入生の試験や転入試験でしか使われない距離だということは知っていたが、それは勿論サイレンススズカには黙っていた。
「……というか、アタシの左回りの特訓のため、だけど。
実際、スズカの右回りは大丈夫なの?」
門別のコースは右回り。だから、意地で走った右回りスズカをナイスネイチャは外から眺めることが出来ていた。とはいえ、その走りからは特段変わったものが見られなかったのでトレーナーとしての意見を求めて男に聞いたのである。
しかし、これを男は一刀両断する。
「知らん。
なにかあれば、それを何とかするのはイレンススのトレーナーの仕事だ。
……というか、あれだけの走りたがりだから、何とかしないという選択肢は無いだろうが」
確かに放っておけば何十km、何百kmでも勝手に走っていそうだというのが、サイレンススズカに対する印象だとネイチャは今日の出来事だけでも思った。
そんなことを話しているうちに、件の合宿所へと到着する。車で大体30分から40分程度の場所なので、泊まり込みはせずに夜になったら門別へと戻ることとした。この決定にサイレンススズカだけが異を唱えたが、残念ながらそれは封殺された。
そして車が目的地に到着して、スペシャルウィークが簀巻きを解く。すると軽やかな足取りで車から降りたサイレンススズカはこう告げる。
「さあ、一緒に走りましょ? ネイチャさん――」
「今の瞬間だけを切り取れば、爽やか系美少女なんだけどなー……」
残念ながらそこに居るのは先頭民族なので。
「……楽しみ。早く始まらないかな……ふふっ――」
*
「――走り足りません! まだ2日経っただけじゃないですか!」
「スズカさんが、この合宿所を借りたのは2日間だけでしたよね?」
2日後。不満を露わにするサイレンススズカに対してスペシャルウィークは的確な突っ込みを入れる。
「私が言えば、もっと貸してくれるはず――」
「明日、ファンイベントなんですけど」
「……。トレーナーさん、ファンイベントって別の日になりませんか?」
サイレンススズカのトレーナーは『無茶言うな』と一言告げて、2日前と同じく再び彼女を簀巻きにして車の中へと放り込むことにした。
「また簀巻き……。あ、ネイチャさん一緒に走れて楽しかったです。また是非、是非! 走りましょう――」
「スズカの声に悲壮感乗ってるけどさ。
そのぐるぐる巻きの見た目で言われても、もうギャグにしかならないけど」
「何かすみません、本当に……色々と……。後でじゃがスナック送っておきますね」
「いや、アタシ、北海道に住んでるからいつでも買えるし……」
そのスペシャルウィークの言葉の後、彼女たちとそれぞれのトレーナーさんを乗せた車は走り去って行った。
「……色々突っ込みどころが多かったんですけどー。
でも、まあ真面目な話をすると、あの2人……本当にデビュー前なんだよね、トレーナーさん?」
「走りジャンキーと大食いウマ娘であったが、素質は格別のものがあったな。潜在能力で言えば、トウカイに比肩するものがあるかもしれん」
「だよねー……いや、キラキラというよりギラギラって感じだったけど、さ」
走りと食に対して貪欲(婉曲表現)な2人の少女。しかし、その実力は並々ならぬものがあり、将来的に大成するであろうことはナイスネイチャ視点でもありありと分かった。
「――実際のところ、この2日間で貴様の『左回り』の適性がどうこう、というのは正直評価できん」
「……ま、トレーナーさんも最初に言っていたしね、それは」
左右の周回に関する適性というのは、本番で何度も試さないと見えない事実であった。いくらサイレンススズカとスペシャルウィークが優秀なウマ娘であるとはいえ、彼女らと併走するだけで適性が露わになるなどということはない。
「だとしたら、トレーナーさん。
何のためにあの2人を呼んだの?」
「適性に関しての結論が分からぬ以上は、貴様はNHKマイルカップのレース中に不安を覚えるであろう。
レース中にイスネイが『もしかして自分が左回り苦手なのでは?』という想いが出た瞬間に、この2日間の出来事で塗り潰す――ま、一種の動機付けだな」
このナイスネイチャが左回りが上手いか下手かというのは、NHKマイルカップが終わったとしても即座に分かるものではない。仮に大差で最下位であったとしても、逆に圧勝であっても、他の要因が介在する可能性を排除することがたったの1戦では出来ないためだ。
だからこそ。これは次走・NHKマイルカップにおいて『考えることそのものが無駄な問題』である。そして無駄な考えにレース中の思考リソースを割けるほどレースというのは甘くはない。あるいはレース外の準備期間であったとしても、トレーニングへの集中という形でこの問題は顕在化する恐れがある。
『分からないことは考えない』――それ自体は前走・アーリントンカップにおいてのヤマニンゼファーの動きに対して、ナイスネイチャも既に実践できている……が。
その『考えない方が良いこと』が彼女の『自信』や『不安』に直結しかねない要素であるとき。それでも『考えない』ことをナイスネイチャは出来るのか、という問いに対して、その思考マインドのセットを強要するのではなく、ケアをすることを男は選択した。
言ってしまえば、不安を思い出でかき消すというのが男の狙いだ。ネイチャが今日以降『左回り』についての話題を出されても、まず真っ先に考えるのは『不安』ではなく、『サイレンススズカとスペシャルウィーク』の2人に変質したのだ。
もちろん、その後に不安とか危惧が生じるかもしれないが、それでも思考の上でのワンクッションがある、というのは幾分楽になる。
「じゃあ、トレーナーさんの狙い通りってとこかー。
確かに、もうアタシ……『左回り』って言われてもスズカのことしか思い出せないもん……ふふっ」
「……それは想定外だ」
ただ唯一、男の狙いの斜め上を行ったのが、サイレンススズカが男も想像していないレベルの先頭民族っぷりを発揮している自由人であったことである。
『別の世界線では、もう少しお淑やかなイメージだったのだがな』と内心男は思っているが、とはいえマーベラスサンデーの新空間があったように、ただ別世界のデータを参照するのみではいかない部分も徐々に見え隠れしているだけだと、男は考えを改めた。
「……で、トレーナーさんや。
車はあの2人とトレーナーさんたちが乗って去っちゃったけど、アタシたちはどうやってここから門別まで戻るのですかい?」
「……それも想定外だ」
流石に約25kmのアスファルトを走らせるわけにもいかないので、男とナイスネイチャは函館のメジロマックイーン戦以来の転移魔法を用いて帰宅することとなる。遠征で多用しない旨は以前に両者で合意していたが、流石にここでは緊急避難的な用法としてやむを得ず使用したようだ。
*
GⅠレースの第1回出走登録はレース開催日の2週間前の日曜日に締め切る。先週、アーリントンカップに出走したばかりであったが、5月の上旬にNHKマイルカップが控えている以上は、もう2週間前というリミットであった。
もっとも、ナイスネイチャがNHKマイルカップに可能なら出走することは去年の年末から決めていたことなので、優先出走権を得た現状ここでネイチャがそれを取り下げるはずもなく。次走は当然、NHKマイルカップに確定する。
「――というわけで、勝負服がURAから届いていたぞ」
「あっ! トレーナーさんに出会う前にデザイン案を送っておいたやつじゃん!」
中央トレセン学園にナイスネイチャが居た頃に、どういったデザインにするのかという素案は大体決まっていたナイスネイチャの勝負服が門別へと届く。
衣装運搬用ボックスを開けば、そこには赤と緑というネイチャのイヤーカバーと同色を基調としたリボンと袖が印象的でありながらも、全体的な色彩としては落ち着いた印象を与えるものであった。
「赤と緑と言えば……『はらぺこあおむし』か」
「違うって!? どうしてピンポイントで絵本にいくかねえ……。
クリスマスカラーよ、クリスマス――」
ナイスネイチャにとってクリスマスとは思い入れがあるイベントである。ネイチャの実家がスナックなのは既に周知の事実であるが、そんなスナックの
ナイスネイチャにとってクリスマスとは――『唯一子どもに戻れる日』。親になるべく負担をかけないようにしていた彼女が、それでもワガママを言った日。
その願いは『お母さんとキラキラなクリスマスパーティ』を開くこと。その願いは彼女の母と常連客とともに、それ以降の毎年、盛大に叶えられることとなる。
「いやー、あの頃はサンタクロースがいるって正直に信じていたから――」
「……ほう? 貴様、何を言っている?
サンタクロースは実在する」
男は真剣な表情でそうナイスネイチャに告げる。
「……トレーナーさんが言うと、本当に聞こえるから怖いわー……」
「……そうではない。流石に俺も『サンタクロース』が、オーソドックスにおいて『ミラ・リキヤの大主教奇蹟者聖ニコライ』と呼ばれる聖人をベースにして改変された伝承だと言われていることくらいは知っている」
「いや……そこまで知っている人、少ないと思うけど?」
「――イスネイ。
貴様が――『サンタクロース』となるのだ。全ての願いを叶えし者にな」
「……そう来ましたかー」
ナイスネイチャは多くの人々の想いを背負って走っている。
母親や常連客。中央トレセン学園近くの商店街の人々。
ここ、門別においても十全に年上キラーを発揮していて彼女のファンは多い。
あるいは小倉の商店街においても、彼女を応援する者が居る。
彼女によって『魔法』をかけられたトウカイテイオーを筆頭に、マーベラスサンデー、イクノディクタス、ツインターボ、マチカネタンホイザ、メジロマックイーンといった中央のウマ娘らの想いも背負っている。サイレンススズカとスペシャルウィークもその中に入るだろう。
あるいは。そんな中央のウマ娘らよりもジュニア級戦線にてしのぎを削り合った北海道のウマ娘もナイスネイチャに大きな期待を寄せている。
そして。前走・アーリントンカップにおいて。
ナイスネイチャは、ヤマニンゼファーの声援も抱えることになった。
数多の想いと願いを乗せて場所を問わず縦横無尽に駆け巡る姿はまさしく――サンタクロースなのである。
「しょい込む想いが重すぎて、身動きとれなくならないといいけどね……」
「ま、もう手遅れだ。諦めろ――」
男はそう話ながら1枚の紙切れを取り出し、それを杖をひょいと動かすだけの無詠唱魔法を使ってネイチャの手元へと持って行く。
「あははっ! トレーナーさん、アタシに結構辛辣なときあるよねー……って、なにこの紙……?
……えっと。NHKマイルカップ第1回特別出走登録ウマ娘……?」
そこには、主にトウカイテイオーが勝利した皐月賞に出走していたウマ娘の名前が散見されていた。
最も有力と言われているのは皐月賞4着だが、ジュニア級GⅠホープフルステークスの覇者であるイブキマイカグラ。
(ホシジョーが目指したけれども、トライアル競走でダメだったレース……)
それ以外にも皐月賞では10着であったものの、GⅢ・毎日杯にて優勝している重賞ウマ娘のイイデサターンなどの名前があった。
出られるのは最大でもこの紙に書かれているウマ娘のうち、18人。
既にナイスネイチャは優先出走権を得ているので、出走自体は確定している。
だからこそ、この出走予定ウマ娘を見せられただけではネイチャにとって『うわあ、凄い相手ばっかりだ……』以上の感想が出ないもの――
「――えっ!? ウソ、だよね……っ! え、ホントなの、トレーナーさん!?」
「ああ」
――ではなかったようである。
ナイスネイチャは、その用紙にあった名前の1つに大きな反応を示す。
そこに書かれていた名前は。
「ソーエーもNHKマイルカップに出るのっ!?」
――ソーエームテキ。
かつて、この門別の地にて同室であり。
またデビュー戦とH3・イノセントカップにて共に走った相手。そしてネイチャに先んじて中央トレセン学園へと転校して京都ジュニアステークスにおける勝利のあと、充分な収得条件を手に入れて選べるレースより取り見取りとなったソーエームテキが選んだ次走レースの名は――NHKマイルカップであった。
――ナイスネイチャは、ソーエームテキの想いも背負っていた。