最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
「さあ、最終直線に入ってソーエームテキとナスノホシジョーが競り合う! 残り200メートル! ナスノホシジョーが僅かに前に出たか? 外からじりじりと詰め寄るのはナイスネイチャ! 果たして間に合うか!?
いやナスノホシジョーがそのまま突き放す! 1着はナスノホシジョー、後続を5バ身引き離しての見事な勝利! 2着争いはナイスネイチャが僅かに届かず、ソーエームテキ。そしてナイスネイチャ以降との差はかなりの大差がついております――」
確定した電光掲示板をナイスネイチャは、ゆっくり流して走りながら見る。
2着との1/2バ身差で彼女の順位は3着に書かれていた。
「はぁ……。まあ、ネイチャさんも薄々分かってはいたけど、まさか地方に来てもやっぱり3着とは、ねえ」
非根幹距離の1100m。その距離があるレース場はあまり多くない。そんな短距離で1着との差は5バ身となると、流石に今日のレースに勝機は無かったようにもナイスネイチャには思えていた。
そんな心持ちのまま、コースを後にして控え室に戻る。
「先着したあの小娘……伸びるぞ」
「まー……そりゃあ、短距離で5バ身差って言われれば、納得ですなあ」
「いや、貴様と競っていた2着の方も含めてどっちもだ」
「……アタシの後ろとは大差付いちゃってますからねえ」
なおこの男は、この門別レース場という場所に至っても尚、普段通りの服装――つまり黒マントに仮面という出で立ちであった。
ナイスネイチャは門別レース場並びにホッカイドウトレセン学園への転校の際には飛行機で移動していたが、男は空港の検査で色々と引っかかる恐れもあってか瞬間移動を駆使して移動している。もっとも学園の警備員に捕まって事情説明をしている間にネイチャも現地に到着していたために、瞬間移動の意味はまるで無かったのは余談である。
変人奇天烈に耐性がある……というか、そもそも理事長からして幼女な中央トレセンとは違い、異物は異物としてしっかり認識できる身内意識がそれなりにある地方においては、明確な不審者である男はすぐには受け入れられず、門別レース場の職員からまともな服を着ないなら観客席での観覧はNGを突きつけられていた。
とはいえ、男は一流の黒魔導士だから、遠見と透視魔法を併用してレースを観戦するくらいは余裕で出来る……それはそれで現地に居る必要無くね? という話にもなりかねないが、それを突っ込む者はこの場には居なかった。
「……で、だ。
貴様は、どうやら地方くんだりまで来て、レベルを落としたのにも関わらず3着という結果に納得がいっていないようだが、これはむしろ当然のこと――」
「うみゃああっー!!!!
――何か、急に知らない記憶が溢れてきたんだけど!? 頭痛とかの痛みが無いのが逆に怖い!!」
男は手早く説明するためにナイスネイチャの脳に直接情報を流し込む。
今回ナイスネイチャが出走したメイクデビュー戦である、スーパーフレッシュチャレンジ競走は、この北海道のローカル・シリーズレースにおいてたった2レースしか設定されていないものだ。
肝となるのが『URA認定競走』という部分で、これが何を意味しているのかと言えば、これに勝利しただけで中央のトゥインクル・シリーズレースへの出走に関する優遇措置の他、中央トレセンへの転入試験の免除などが与えられる。それがメイクデビュー戦の時点で与えられるのは、地方は数あれど現在では北海道しか存在しない。
ただ北海道でのそんな『認定メイクデビュー』は大体50戦程度あるにも関わらず、男が出走登録を行ったスーパーフレッシュチャレンジは、その中でも特に上澄みのウマ娘たちが集まるレースだ。
地方で唯一メイクデビューの段階から中央への切符を手に入れる可能性のある地域の中の上澄みレース――それが、スーパーフレッシュチャレンジ競走ということになる。
ここに出走するという覚悟を魅せたウマ娘ならば上位勢ならば他の地域ならば地方重賞戦線でも充分に通用する実力――それこそ、中央に進出しても戦えるようなウマ娘が揃っているだけではなく。ここで下位勢だったとしても、地方でなら何勝も出来るウマ娘であることも多い。
ナイスネイチャが……というか彼女の脳の血流の活性化が落ち着いたのを見計らって男は話を続ける。
「つまり、下手すれば中央のメイクデビューよりも難易度が高くなりやすいレースを選んで貴様を走らせた、というわけだ。
……加えて言えば、短距離のダート戦。デビューに際して貴様も考慮こそしていただろうが、貴様の主戦線はあくまで芝だろう?」
「――そりゃあ、ね。……いや。脳に直接情報ぶち込まれて、もう落ち込みとかそういうの全部吹っ飛んだわ……」
ダートでGⅠを獲ってやる! という気概こそナイスネイチャには無かったが、メイクデビューやPre-OP戦の段階でダートを走る可能性自体は考慮していた。
一応芝の方が向いているかも、という『想い』こそ漠然とあったものの、その考えだけで可能性を絞るのは賢明ではないということで、ダートの練習もやってはいた。
これは別にナイスネイチャが特別、というわけではなくて、大体のウマ娘……というかむしろトレーナー側が、担当が勝てないときに芝・ダートの転向を試す、という傾向が強い。なので、自然とウマ娘側もそれに最初から適合した方が、スカウトされやすいという一般的な『中央の戦略』に基づくものである。
なお。全く余談だが、男としては「俺が、『非魔法使い』が考えるような神秘主義的な感覚派の魔法使いじゃなくて良かったな」なんて詮無きことを考えていた。
確かに、フィーリングで脳の記憶を書き換えて、それがあまつさえ失敗なんてしたら大変なことになるのは明らかなので、理論を構築するのは間違ってはいないのだが、だったら直接話せ、ということでもある。
「と言うわけで、ここでイスネイが3着なのも、当然俺の想定内だ。
だから、さっさとウイニングライブの準備でもしておけ」
そう言って男は控え室の扉から出ていく。
「……こういうところは、変に紳士的というか常識的だよねえ……」
ちょっと評価を上方修正しようとしたナイスネイチャであったが、レース場内の競走者用シャワー室へ行く最中に、外で警備員と揉めている男の声をウマ娘聴力で拾ってしまったことで評価は据え置きとなった。
……ただ。男が失念していた点が1つだけあった。
確かに、北海道のこのメイクデビュー戦は競走レベルが高かったのは事実。
だけど。
それはウイニングライブが始まってネイチャのパフォーマンスを見た男が、ぽつりと呟いた言葉に集約されていた。
「……ああ。そうか、イスネイには言ってなかったな。
ダンスや歌のレベルが中央と同じではない、と――」
中央の水準で並……というか、むしろ本来紡がれる歴史と、『3着の呪い』とかいう絶対ウイニングライブに出させる呪いの波及効果も鑑みるに、潜在的なナイスネイチャのライブパフォーマンス能力は極めて高い。
それでも、中央にはトウカイテイオーとかいう、ダンスをさせても化け物クラスのウマ娘が同期にいたために、今までさほど目立っては居なかったが……。
ローカル・シリーズのライブレベルに照らし合わせると、3着のパフォーマンスとして洗練され過ぎていて、完璧にこなせていて1着のナスノホシジョーを立てている……どころか、節々でサポートや引き立てすらしているのにも関わらず、飛びぬけた完成度で目立っているナイスネイチャの姿があった。
*
ホッカイドウトレセン学園は、門別レース場の一部として存在している。その所在地は北海道日高町……市町村合併で門別町と日高町が合併して日高町になったという分かりにくい構造の上、しかもこの元々2つの町は飛び地であったという有様であり、何なら旧日高町はめちゃくちゃ山間の場所なので日高町の役場は旧門別町の方にあるという具合。
更に加えて言えば2つ隣の町に『新ひだか町』がある上、北海道のオホーツク方面には『紋別』という門別と無関係の同音別地名まで存在とかいう、新参者のナイスネイチャにはちょっと混乱するような場所に、新たな学び舎は置かれていた。
で、流石に設備の規模的には、トレーニング専用のグラウンドまで整備している中央には劣る……が。地方としては異例の充実度合いで、レース場の内側に設置されたウッドチップのコースを始めとして、長さ900mの坂路コースには全面に屋根が設けられた完全屋内坂路とかいう、割ととんでもない設備が完備されている。
普段のトレーニングをレース場やその近くでやる、というのはナイスネイチャにとって慣れないものではあったが、とはいえこれらの設備が北海道レースの質の高さ、ひいてはメイクデビューからURA認定を受けられる唯一のローカル・シリーズという側面に一役買っているのは間違いないだろう。
その証拠に、この門別のトレーニング設備は、それ以外の地方ウマ娘が『合宿』で利用することもある程だからだ。なお、日本のいずれかのトレセン学園に所属していれば申請して利用はできるものの有料である。
「ソーエー……何かアタシ、クラスメイトに避けられている気がするんだけど……」
と、そんな門別のトレセン学園のクラス数もまた中央と比較するとかなり少ないこの学園で、ナイスネイチャは寮の自室にて、先のレースで2着であったソーエームテキに話しかける。
……というか、実はネイチャ。門別での寮の同室がこのソーエームテキだったり。なお、中央トレセンの方の寮の部屋からは荷物は引き払っているものの、あの黒いだけのトレーナーが『どうせいつかは戻る』とかほざいた結果、マーベラスサンデーの同室相手は暫定保留というマーベラスではないことに。誰か、この黒いのをマーベラス空間に送り込め。
「そりゃー……メイクデビューであれだけダンスガチ勢なところを見せつけられちゃね」
「アタシだって、こんな形で目立つつもりじゃなかったのに! ちくしょう、テイオーめ……ダンスでもキラッキラの一流だから、いまいち自分のレベルが掴みにくいのよ……」
「――テイオー?」
流石に門別まで未デビューのウマ娘の評判は入って来ない。でも『シンボリルドルフみたいになる!』って中央で公言してそれをルドルフ自身が是認している相手だと、ネイチャが説明すれば。
「……とんでもないのが、どうやら私達の同期に居るみたいだね」
と、ソーエームテキは答える始末。その反応にネイチャは内心『あー……この反応、逆に中央ではあんまり無かったから新鮮ですなあ』と感慨深げに思いを馳せるも、冒頭の話をそこで思い出す。
「――って! アタシがもっと普通のウマ娘だ……ってことをアピールしたいけど、ソーエーどうにかならない?」
「ジュニア級レースの開幕間もなくに転校してきたネイチャが普通……?」
「うぐっ……」
確かにトゥインクル・シリーズ的にはメイクデビューは6月からスタートだが、此処北海道では4月からスタートしている。
「それに、あの変な恰好のトレーナーを中央から連れてきているのに?
……最近、近くの小学校の不審者情報にあのトレーナーのことが出回ってたからね?」
「いや何してんのさ、トレーナーさん」
ソーエームテキは生まれも育ちもこの門別なので、ローカルな話と田舎特有の情報拡散現象には詳しいのだ。まあ、黒いコートを着て仮面をつけた部外者がうろついていれば、それはそうなる。
そんな話をしているとナイスネイチャのスマートフォンのバイブレーションが鳴る。
「あ、ちょっと失礼。
……って、テイオーからのメッセージじゃん」
「テイオーって、さっき話してた?」
「あ、うん。ってか、フルネーム言ってなかったね、トウカイテイオーって言うんだけどさ」
どうやらメッセージの内容は、近況というかネイチャが元気にやっているか心配がって送ったものだったようだ。
「なら、何かこっちのお土産でも渡しておけば? 週末なら私も手伝うよ」
「マジ!? いやー……ホント助かるわ。ちょっと考えてはいたけど、どこで買えば良いか全然分からなかったから、ソーエーに来てもらえるとありがたいねえ」
その後は、ナイスネイチャとソーエームテキとの間で話し合った結果、取り敢えず苫小牧まで出て考えるということになって。
そして、当日。1時間ほど列車に揺られて現地へ赴いて、そこでソーエームテキからお土産物を売ってそうなお店を中心に色々回る。
「――ここは、本店で『ホッコータルマエ印のロールケーキ』が有名なんだ」
「ほぉー……」
「ちょっと街から離れるけど、『ホッコータルマエ饅頭』がよく買われててね」
「……んんっ?」
「後は……魚市場で売ってる『ホッコーカレー』も良いかな。多分ここでしか買えないと思うし」
「……この町、ホッコータルマエだらけなんだけど!?」
「そりゃ、だって観光大使だし」
結局、ナイスネイチャは悩み抜いた結果、中央のクラスメイト用に贈呈ギフトの『ホッコータルマエ・チーズタルト』を買うことにした。結構な個数が入っていてそこそこ1個がボリュームありそうで、これなら一応クラス全体には行き渡るかな、と思ったのが一番の理由であったようだ。
買ったときにテイオーとメッセージアプリでやり取りをしながら、テイオー宛てに送る旨を伝えて郵送にしてもらったところまでは良かったものの、この話の顛末としては――
『あの……ネイチャ? 何か、ネイチャの送ってきたお菓子にドハマりしちゃった子が1人居るんだけど……ヤバいの入ってないよね、あれ』
と、謎のテイオーのメッセージが返ってきて、詳しい説明を聞いてみれば同じクラスのオースミダイナーという名前のウマ娘が、異常な程にホッコータルマエ印のお菓子に食いついた、という騒動が起きていたらしい。
とはいえ、送ったネイチャにとっては最早どうしようもないことなので。
『テイオー……がんば!』
と、適当な激励だけしてスマートフォンを放り出してトレーニングへと行くのであった。