最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第30話 選択

「ソーエー。アンタもNHKマイルカップに出るなら早く言ってくれればよかったのに……」

 

「あー、ごめんね? ネイチャに……えっと、何て言うか……サプライズ?」

 

 NHKマイルカップの第1回出走登録が締め切られたその日の夜。タブレット端末越しにナイスネイチャと、かつての同室・ソーエームテキはビデオ通話をしていた。

 ネイチャは、現在のルームメイトであるナスノホシジョーとともに自室にて通話をしている。一方でソーエームテキはナイスネイチャから電話がかかってくることは見越していたように、寮のエントランスホールでその通話を受け取っていた。

 

 1年ぶりにみる中央の寮の中に、若干の郷愁の念を感じながらもネイチャはソーエームテキに問いかける。

 

「GⅠ出走はサプライズにすることじゃないでしょ……。ホント、びっくりしたんだから!

 ってか、ソーエーはさ……『打倒トウカイテイオー』じゃなかったっけ? あれはターボに便乗しただけってこと?」

 

 ナイスネイチャが話題に挙げたのは今年の初詣のこと。

 元・北海道の関東組3人にイクノとターボをプラスして面々がネイチャ宅に集まったお正月の出来事。そのとき、ソーエームテキは確かに願い事として『打倒トウカイテイオー』を掲げていた。

 

 だが、このソーエームテキは収得条件的には足りていたはずであるのに、皐月賞へは出走登録すら行っていなかったのである。

 その真意についてソーエームテキはネイチャに話す。

 

「ううん。テイオーとも戦うよ。

 彼女とは――日本ダービーで。……でも。

 私とテイオーの架け橋になったのは……ネイチャだからね」

 

「……そっか。

 つまりソーエーにとってアタシはテイオーの前座でしかないってことなんだー、しくしくー」

 

「違うよっ!? ってかネイチャのウソ泣き、わざとらしすぎだよ!?」

 

 

 ナイスネイチャというウマ娘は非常に社交的で、誰とでも仲良くなれるようなウマ娘である。だからこそ、きっとどこに行ったとしても幅広い人間関係を築くことは容易に想像がつくだろう。

 しかし。ルームメイトとして、北海道で実際に共に過ごしたのは他ならぬこのソーエームテキであるという事実は、きっと唯一無二の証なのだろう。

 

 

 

 *

 

「そう言えば、『左回り』であることを除けばまだ東京レース場について説明していなかったな」

 

 翌日から改めてNHKマイルカップへの調整へと入っていったナイスネイチャに対して、男はそう切り出しつつナイスネイチャと共にミーティングを行う。

 

「そう言えばそうでしたなー。……ま、中央に居た頃はすぐ近くにあったから行ったこともあるにはあるけど……トレーナーさんのお話をまずは聞きましょう」

 

「そうだな……。まず一言で言えば、運が介在する要素が低いコースとは言えるだろう」

 

 東京1600mのコースは、向こう正面の直線をフルで使用できるから、序盤の位置取り争いで手間取ることは少なく。

 幅員が広くコースの使い分けも豊富なので、遅い時間に行われるメインレースでもコースの痛みの進行が抑制されている。

 そしてカーブも緩やかでコーナーで前が詰まって身動きがとれない、なんてケースも相対的には他のレース場より低い。

 

 こういった点を総合すれば、他のレース場よりも『紛れ』というものが起こりにくい、という結論になる。

 

 

 更に、最終直線距離が525.9mと、前走・アーリントンカップで日本で3番目に長い直線だと言った阪神外回りコースよりも更に50m以上も長いコースとなっている。こうなると、最終直線での攻防が勝敗を左右するレース展開が多くなる。

 

 しかも向こう正面でも最終直線でもどちらでも1.9mの上り坂がある。前走では坂を利用したというファクターもあったナイスネイチャ。しかし東京と阪神で異なる点は、その坂を上り切った後でも300m程度の決戦が残る。

 

「貴様が意図していたかは知らんが、『坂を上り切った後での勝負』という前走のレースメイクは、完全にこのNHKマイルカップを意識した代物だと周囲には映っているはずだ」

 

「……偶然って恐ろしいね、トレーナーさん」

 

 アーリントンカップにおける最後の坂での脚を溜める判断は、ナイスネイチャの咄嗟の選択でしかなかったが、これだけの状況証拠が積みあがってしまうと、それが戦略であると考える陣営は多いだろう。

 

 『どのレースに出るか』については男の管轄事項であるが、その出走したレースにおける展開については今まで男がネイチャに対して事前に指示を出したことはない。

 ……それはデビュー後の2戦目、アタックチャレンジの前において男が示した指導方針である、取捨選択を自分自身で考えさせることから発展していった内容ではあったが、外部からそこまで細やかな指導の詳細を知ることはできない。

 だからこそ常識で考えれば、トレーナーがレース中の行動については指示を出しているものだ、と程度の差はあれども普通は考える。ましてや、それが挑戦的な施策であれば尚更だ。

 

「だが、これは『良い』偶然だ。

 俺が策を授けている、と勘違いされている方が、戦術面でだけならば都合は良い」

 

 この乖離は、実際のところナイスネイチャにとっては都合が良い。

 というのも『トレーナーが策を授ける』という前提に立つのであれば、その情報のやり取りは事前に行われるものだ。だから、多くの陣営はナイスネイチャは『事前に作戦を手渡されてそれを忠実に実行している』と誤認していることになる。

 

 その上で、見せられた作戦が『アーリントンカップをNHKマイルカップの為のテスト走行』にしたかのようなレースメイクだ。

 それを本番戦術とみるか、あるいはブラフとしてみるかは割れるところだろうが、しかし確実なことは、相手方からすればここに焦点を置かされた(・・・・・)という点だ。

 

「ほほー……」

 

「そして、出走登録を見れば分かる通り、先のアーリントンカップで優先出走権を手にしたウマ娘の中で、NHKマイルカップ出走を選んだのは貴様だけだ。

 1着を取ったわけではないが……まあ、それなりに注目はされていると見て良い」

 

 更に、前走1着のカリスタグローリも、ユウキトップランもNHKマイルカップへの出走にはしていない。別に優先出走権とは必ず行使しなければならないもの、というわけではないため、ここは戦略性が垣間見える動きだろう。

 重賞において高順位をマークしたからと言え、必ずしもGⅠに突っ込むことがそのウマ娘にとって『ためになる』かというのは別問題だからだ。

 

「注目度は多少あって、前走でのアタシの走りが警戒されている……?」

 

「流石に警戒度合いで言えばGⅠウマ娘のイブキマイカグラがトップクラスだ。

 だが、貴様のことを完全に無視、というウマ娘もあまり居ないだろうな」

 

 

 優先出走権利用でGⅠレース出走を決めたウマ娘が、そのGⅠの舞台に最適化したような走りを前哨戦で試している――この『虚像』。これを意識するな、という方が無理があるだろう。

 この情報だけで、対ナイスネイチャでガチガチにメタを張る程のものではない一方で、そうは言っても完全無視を決め込むのには怖さがある。

 

 

 絶妙に微妙なバランスだ。

 これらの情報は、ナイスネイチャについて『意識』はさせる。

 『警戒』もするかもしれない。

 ――だが他に強敵が居る中で、それを差し置いてまで『徹底マーク』をするほどか? と言われると、正直なんとも言えないのだから。

 

 その中途半端な状況は間違いなく、ナイスネイチャが利用できる間隙となり得る。前走と同じことをしても、別のことをしても良い戦略の自由が既に担保されているのだ。

 

 

「ただ1つ。貴様が本来受けるべき称賛を損なっている点に目を瞑ればだがな――」

 

「それは気にしなくて良いよ、トレーナーさん。そこまで考えてのことじゃなかったし、あれ。

 だから、褒められても……正直、ピンと来ないと思うしねえ」

 

 仮にトレーナーの口から『あれがナイスネイチャの自己判断』といった声明が出されれば、恐らくナイスネイチャの戦術理解が周囲に浸透することとなるだろう。

 しかしナイスネイチャはそれを不要と断じる。それもレース戦略的な部分ではなく自己評価軸としての話に落とし込んだ以上は、男の反論を封殺するものでもあった。

 

 

 評価されることに不慣れだからこそ『称賛を受けない』ことに頓着しない。

 というか、今の『地方からの中央GⅠ出走』とか『元ルームメイトの直接対決』とかに起因する知名度すらもネイチャにとっては過大に感じているというのも大きい。

 

 であれば、と男は告げようとした言葉を変えてナイスネイチャに伝達した。

 

「――2週間ある。

 この2週間を使って、貴様が今置かれている状況をどうやってレースで利用するのか考えてみろ……いや。考えない方が効率的だと思うのならば逆に考えなくても良い、それも1つの作戦であることには違いない。

 それに。事前に作戦を練ったとして。それをNHKマイルカップの舞台で使っても使わなくても構わない……」

 

「……曖昧な無理難題を言うね、トレーナーさん」

 

 ずっとレース戦術に関してはフリーハンドであった男が出したこの指示は、一見今までやってきたことと一緒だ。

 しかし、違うのは『2週間』という時間の使い方だ。従来ではナイスネイチャは、その準備期間をトレーニングに注ぎ込み、その余剰時間で事前にレースのことをイメージしていた程度であった。彼女の戦術的な動きというのは、その場で判断できることでのやり取りに終始していた。

 

 これが間違っているわけではない……というか、それが合っているのか間違っているのかの評価すらも自分で判断しろ、というのが男の言葉である。

 

 即ち、男はナイスネイチャに『取捨選択して判断する』内容を拡張させたのだ。

 それは確かに彼女の言う通り難題であると言えよう。しかし、今までのナイスネイチャが経験的に手にすることになった三次元の空間的な視野の広さに加えて、四次元目――『時間』の視野という着想を与えるものであった。

 

 

 これは男がナイスネイチャへの評価を1段階明確に上げたものになったことを示していて、一言で言えばそれは『期待』だ。

 

 

 そして期待を受けたナイスネイチャは、分かっていたことではあるが決して『平凡』なウマ娘ではない。

 彼女は、このミーティングの後から寝る前まで考えを巡らせて――悩み抜きながらも、翌日に彼女なりの答えを出したのである。

 

 

「トレーナーさん。

 アタシは――変えない。今のやり方を変えて良くなるか分からなかったから、今のままNHKマイルカップへの準備を進めようと思う。

 トレーニングの内容も変えない。事前に戦術も立てない。アーリントンカップの利用とかも……よく、分かんないし。

 

 ……先のことは分からないけど、今回に限っては、いつものままやってみようと思う」

 

 師事を受ける相手から何かを変えることを提案されたときに、それでも『変更しない』という判断は生半可な覚悟では出来ないものだ。

 上位と言うべき相手の意見を取り下げる判断。しかもその理由が彼女の視点からすれば『分からない』――となれば、これを告げることがどれほどのプレッシャーなのかは想像することすら難しい。

 

 この判断を行った時点で、既に『言われたから何かを変えないといけないのでは?』という不安にナイスネイチャは打ち勝ったことを示している。

 それだけのことを彼女は一晩で成し遂げることが既に出来るようになっていた。

 

 

 男にとって、ここで具体的な行動や作戦自体を『変えること』については正直どちらでも良かった。

 ただレースの中という枠組みで考えていたネイチャの視野を拡張すること、それが第一義の目的であり、その概念形成自体は提案しそれをネイチャが真剣に捉えた段階で既に達成されている。

 

 あるいは初のGⅠを前にして何かを『試す』という決断もまた大きなものだ。その判断もまた尊重されるべきものであり、彼女が変えたいと願ったものについて全力でサポートするつもりでもあった。

 

 男の予想としてはもっとナイスネイチャが悩んだり、多少のパフォーマンスの低下すらも考慮していたが。

 『分からない』から『変えない』という大いなる選択を、たった1日で仕出かした少女が男の育成ウマ娘であったのである。

 

 

 ……だからこそ。

 

「そうか」

 

 男の返事は素っ気ないものであったが、それでもいつもよりも幾分か優し気なニュアンスが含まれていた。

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