最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第31話 クラシック級5月前半・NHKマイルカップ【GⅠ】(東京・芝1600m)

「――さあ今年も、今日執り行われますNHKマイルカップを皮切りにいよいよ『東京5週連続GⅠ』もスタートとなります……」

 

 

 5月第2週、東京芝1600m、クラシック級GⅠ・NHKマイルカップ。

 5月第3週、同じく東京芝1600mのシニア級GⅠ・ヴィクトリアマイル。

 5月第4週、2400mのティアラ路線2戦目、オークス。

 5月第5週、クラシック路線の説明不要の2400mレース――東京優駿・日本ダービー。

 そして6月にまでもつれこんでの芝1600m、クラシック・シニア級混合GⅠの安田記念。

 

 これら一連のGⅠレースは毎週東京レース場にて開催される。ファンにとってはこれから1ヶ月以上も続くお祭りムードの中始まる最初のGⅠ――それがNHKマイルカップである。

 

 昨日実施されたレースの中で、最も格式が高かったのが京都レース場でのクラシック級GⅡ・京都新聞杯。トライアル競走ではないものの、日本ダービーに向けて調整するウマ娘が多く利用するレースであり、ここの優勝ウマ娘はカミノスオードであったとのこと。

 しかし、GⅠレースを前にしたナイスネイチャはそんなことを気にする余裕は。

 

「……テイオー、アタシばっかり気にかけててホントに大丈夫なの?

 ソーエーもNHKマイルカップの後は日本ダービー狙いだって言っていたし、他にもどんどんダービーに向けて色んな子が狙いを定めてきているんでしょ?」

 

「へへーん! そういうのは全部トレーナーがやってくれるもんねー!」

 

 意外と余裕があった。前のJBCジュニア優駿のときのようにナイスネイチャの控え室でくつろいでいるトウカイテイオーが居て、呆れながらナイスネイチャが返事をする。

 

「自慢することじゃないって。それにアンタは大人気なんだから、ソーエーのところと……後はマイカグラのとこにも顔出しなさいよ?」

 

「わ、分かったから、ネイチャ! 行くから、追い出さないでー!」

 

 じりじりとトウカイテイオーの肩を持ってドアの方へと押し出そうとしていたが、ネイチャからすれば、本番前に『ナイスネイチャの控え室だけを訪ねたトウカイテイオー』というのは少しバツが悪いと感じたためにテイオーの追い出しにかかった。

 それは戦術的な目論見……などではなく、ただ単に。ソーエームテキとかイブキマイカグラがバチバチにトウカイテイオーのことを意識しているのだから、行ってあげなさいという友達としての進言であった。

 

 ナイスネイチャからすれば、テイオーというウマ娘は友人であるとともに別路線の住人という意識のが強いので、結果的にほぼ100%友達としての感覚で彼女と接している。テイオーがキラキラウマ娘だという考えは変わらないどころか強まってはいるものの、それが既にネイチャに新たに提示された『キラキラ』とはまた別の方向性であることを知ってしまっている以上、必要以上に卑屈にならずにむしろ自然体でこの時期のトウカイテイオーと接することができるようになっていた。

 

 それはテイオー視点で見れば、自身へ向ける闘争心が希薄な割には、GⅠの舞台までやってきたナイスネイチャにより強い『魔法』をかけられているような印象を受けることになる。

 

 

 で、テイオーがネイチャ控え室の扉を開けた瞬間。

 

「うわぁっ! ゼファーにダブルターボ! ……って、珍しい組み合わせだね?」

 

「ひぎゃああ、テイオー!! ターボはツインターボ!!」

 

「ふふっ、元気いっぱいの豆台風ですね。つんつんさん」

 

「つんつん!?」

 

「あ、来てたなら入りなよ。つんつんターボとゼファー」

 

「つんつんターボ!?」

 

 たまたま入れ違いになるように、ヤマニンゼファーとツインターボがネイチャの控え室の前に居た。

 

 マイペースなヤマニンゼファーが他のウマ娘と積極的に関わるのは珍しいことではあったが。何かに気付いたトウカイテイオーはナイスネイチャに小声で話しかける。

 

「……あれ、ダブルジェットのことを小動物扱いしてるよね、ネイチャ」

 

「確かに……。ってかターボの名前、離れてるし」

 

 それだけ話した後に、2人に一言ずつ声をかけたトウカイテイオーはイブキマイカグラの控え室へと向かっていった。

 きっと彼女はネイチャに言われた2人だけではなく、どうせだからと今日のNHKマイルカップの出走者全員の控え室を回ることになるだろう。トウカイテイオーとはそういったある種のカリスマ性を持ち合わせている。

 

「で、2人は一体何の用なのさ? こんなところまで遥々っと」

 

「ターボは、これ持ってきた!!」

 

「ほぇ……? えっと、色紙の束……?」

 

 ツインターボから手渡されたのはナイスネイチャへの応援メッセージが書かれた色紙であった。1枚の色紙には4、5人のメッセージが寄せ書きのように書かれていて、それが何枚も何十枚もあった。

 

「ターボとマチタン、イクノにマーベラス、あとマックイーンが手伝ってくれた!」

 

「私も、この上風に乗らせていただき一筆いたしました」

 

 つまりは、ツインターボが挙げた5人が主導となって、この応援メッセージを集めたということなのだろう。

 マックイーンはイクノディクタスの同室だし、ネイチャ以上に黒魔導士の男には胃袋的な意味で大変お世話になっているから協力したのだろうとナイスネイチャは察した。

 

 そのメッセージは、ナイスネイチャが関わったことのある中央のウマ娘から、その中央トレセンの側の商店街の面々、更にはネイチャ実家の常連客や、大井トレセン所属のドラールオウカン、カネマサルビーといった元北海道組の南関東所属のウマ娘とさまざまであった。

 関東地方においてナイスネイチャと関わりのある人々――それがファンや競走者という立場を越えて、ネイチャの初めてのGⅠ挑戦を応援していた証が、今のナイスネイチャの手元にあった。

 

「……ちょっと、ターボ。レース始まる前に、これはずるいって……」

 

「……えっ!? ネイチャ、泣いてる……大丈夫っ!? お腹痛いの?」

 

「そうではありませんよ、つんつんさん」

 

 ツインターボがどこかネイチャの身体に不調があるのか心配して話しかければ、その優しさを無下にはしないように心遣いながらヤマニンゼファーがやんわりと心配のいらない旨を伝える。

 

 

 数分後。

 感情の発露が落ち着いたナイスネイチャは、改めてヤマニンゼファーに尋ねる。

 

「……うん、ターボの用事はこれ、だったんだよね。

 じゃあ、ゼファーは? 付き添い?」

 

「いえ、それだけでは。

 手風(てかぜ)にはなりますが、ネイチャさん……頑張って、くださいね」

 

「おおう……直球ですかい、ゼファーや」

 

 『マイル』路線に並々ならぬ想いがある少女。しかし彼女は大勢の予想通り、優先出走権を得られなかったため無理にNHKマイルカップを狙うことはしなかった。秋のマイルチャンピオンシップかスプリンターズステークス出走に向けて以降のレース出走は調整する、という話はネイチャも男より伺っていた。

 

(きっと……アタシがゼファーみたいな立場だったら。

 この場所には、多分。……来れていない)

 

 夢を超えるための舞台。そこへの挑戦権すら得られなかったときに。その会場に赴くどころか、その夢を破った一要因であるウマ娘の元に声援に向かう……というのは、確かに並々ならぬ想いがあってこその代物だ。

 

 改めてツインターボから貰った色紙にナイスネイチャは目を下ろす。

 ここにも少なからず『同じクラシック級』ウマ娘の名前と声援が寄せ書きとして入っている。先ほどは、これだけ多くの『暖かさ』に自分自身が囲まれていることを『形』として――ネイチャが愛してやまない『キラキラ』として眼前に提示されたからこそ感極まったが、それとは別の側面も、ヤマニンゼファーのことを鑑みればみえてくる。

 

 この応援メッセージの中には、少なからず『自分こそがその舞台に出たかった』という少女の想いすらも含有されていた。

 

 ここに来て、ナイスネイチャは黒魔導士の男に出会う前にずっと言っていた『3着がお似合い』という自分自身の言葉の『重さ』に震撼する。

 その言葉通り3着を繰り返すことで、GⅠまで到達したナイスネイチャは、周囲から見れば最早、中央に居た頃に繰り返し言っていた言葉は『自虐』としては全く映らないだろう。

 

 

 加えて言えば。

 

 『3着……でも、良いの? アタシが?』

 

 男と契約する際に、ナイスネイチャが発した言葉がこれだ。そして男はその言葉通りに『3着でGⅠへ至らせる道筋』を用意した。その道中で3度の勝利こそあったが、男にとって真に必要であったのは地方での2勝のみ。

 男がやったように強敵にぶつけさえしなければ、ネイチャの素質だけのゴリ押しでその2勝という『重さ』は、彼女であれば突破出来ただろうことは今となっては想像に難くない。

 

 あのとき『3着でも良い』という事実に安堵した自分自身の軽率さを、ナイスネイチャはようやく自覚する。

 

 

「クク……クククッ。貴様……ようやく気付いたな?」

 

 その男の声を皮切りにナイスネイチャの意識はようやく思考の海から抜け出す。既にヤマニンゼファーもツインターボも部屋から退出した後であった。

 

「……。っ……えっ……?」

 

「中央と地方のトレセン学園に所属している現役ウマ娘は1万を優に超え2万に届こうかという数だ。

 一方で。GⅠ・JpnⅠの総数は35レース――そこで3着以内に到達できるウマ娘は年間で最大でも僅か――105人」

 

 1万から2万という数字の中には、トレセン学園への進学を選択しなかったり、入学基準を満たせなかったウマ娘……あるいは、既に現役から退いたウマ娘の数は入っていない。だから母数はこの数字よりも大きいだろう。

 そして逆にGⅠで3着以内の成績を複数回収めるウマ娘は同然存在する。だから『105人』という数字からは、ほぼ確実にこちらは小さくなる。

 

 この『3着で良い』という条件は、GⅠレースでも適用されるとするならば。

 言い換えれば『上位1%以内の実力者になる』と宣言しているのと同義であった。

 

 と、同時に。

 今日、NHKマイルカップを出走するウマ娘は、フルゲートの18名。

 3着がお似合いというのは『1着ではないのは仕方ない』……という意味とともに、『15人は蹴散らす』という風にも解釈が可能だ。

 

 それらの『重み』に全く無自覚であったこと。

 これもまた。ナイスネイチャが根本的に抱えていた――『3着の呪い(・・・・・)』なのだろう。

 

 

 声にならない声をあげるナイスネイチャに対して男は続ける。

 

「『黒魔術』に求められることは多い……が、最も肝要なのは『契約遵守』であることだ。

 そして、貴様と俺との間には『トレーナー契約』が存在する。であれば、俺がここで求めることはただ1つ――契約の履行だ。

 

 それが何を意味するのか、分からない訳ではないな、イスネイ……いや。

 

 ――『ナイスネイチャ』よ」

 

 

 契約の履行とは。即ち、このGⅠの舞台においても『3着』以内の着順を取るということ。1着、2着であることを男は求めていないが、しかし『3着』であることは、ナイスネイチャが履行すべき『契約』の包括条件。

 

 

 『3着』の重みを自覚したナイスネイチャは遅ればせながら、ようやく黒魔導士の男の一端に触れることとなった。

 

 

 

 *

 

「東京レース場第11レース、NHKマイルカップ――GⅠ。春のクラシック級ウマ娘の中で最も優れたマイラーを決めるレース……18人フルゲートでの対決。

 それは嵐の前の静けさか。はたまた、予定調和の手堅い人気通りの決着の前触れか。

 ――90秒の戦いが間もなく始まろうとしております……」

 

 晴れの良バ場。

 1枠2番の内枠からの発走となったナイスネイチャは、今日は5番人気。18人の中での5番目だから、期待はされている。

 

 

「……分からないこと、だらけだ」

 

 ナイスネイチャは誰に話すわけでもなく独白する。

 東京レース場の収容人数は消防法によれば22万5000人となっているが、そこまでのファンが押し寄せたことはなく、最大でも19万人オーバー。それでもすごい数だ。

 そして今日のNHKマイルカップもGⅠレースだからこそ、一目見ようとやってくるファンの数は決して少ないものではない。

 

 ナイスネイチャには分からなかった。自分が果たしてそんな数万、十数万のファンに値するウマ娘なのか。

 

 

 そんな観客席をよくこらしてみれば。

 最前列に目立つ黒ローブの男が居て。その周囲にはトレセン学園の制服を着たウマ娘の姿が何人も見えた。

 トウカイテイオーやヤマニンゼファー、ツインターボの3人だけが、このナイスネイチャの勇姿を見にやってきたわけではない。

 

 ターボが渡した色紙。その中核となった5人のウマ娘は勿論、中央で見覚えのある友達は大体そこに居た。テイオーの隣にはスペシャルウィークとサイレンススズカも居る。流石に大井所属の元北海道ウマ娘の2人は直近にレースを控えていたために、ここまでやってくることは無かったが、そんな彼女たちもテレビ越しで――いや、北海道のナスノホシジョーやダンサーズクロスも、佐賀のクラジョウオーも、テレビ越しでの観戦をしている。

 

 ナイスネイチャには、何故これだけの知り合いが自分のレースを見に来てくれるのか分からない。彼女たち自身のトレーニングを差し置いても果たして来る価値が自分にはあるのか。

 

 

 そして再び黒ローブの男を見る。

 彼がこの土壇場になって、ナイスネイチャに対して本性を垣間見せた理由も分からなかった。レース前にあれだけの圧を、プレッシャーをかけることが果たしてあの男にとってどれほどの意義があることだったのか皆目見当がつかない。

 

 

 ゲート入りを待ちわびて闘志を燃やしている、これから共に走る17人のウマ娘を見る。

 前走・アーリントンカップの走りがこの場においての教本通りの走りであることは事前に聞いていた。それを前哨戦で魅せたナイスネイチャのことを警戒するウマ娘が居るかもしれないこと、更にはその既視感を利用した戦術構築の可能性も。

 

 しかし、今になっても彼女たちが何を考えて、あるいはネイチャを注視しているのかは全く分からない。だからこそ、この瞬間においてもまだ、ナイスネイチャはどのように走るのか決めてはいなかった。

 

 

 左回り初挑戦。東京レース場での初のレース。福寿草特別以来の1枠出走。相手ウマ娘との実力差。それ以外にも様々な要素があるが――

 

 

「……うん。……分からないこと、だらけ」

 

 繰り返すように呟いたナイスネイチャの目は――しかし、悲壮感に満ちたものではなく。

 迷いのない意志の籠った強さを内包する眼差しであった。

 

 

 何故なら。ナイスネイチャは既に答えを出していたからだ。

 『分からない』なら――『変えない』。

 

 あと数分でレースという段階まで来ても、『分からない』ことは最早ノイズだ。だったら、今は『分かる』ことを考えた方が良い。

 

 それが、いつも通りのナイスネイチャなのだから。

 

 

 そして、今日。

 ナイスネイチャが分かることは。

 

 

「……ソーエー。アンタと走るのは久しぶり……って感じがする」

 

「私からしたら、2戦ぶりだからあんまりそんな感じはしないけどねー」

 

「……そりゃ京都ジュニアステークスの後に、NHKマイルカップ直行なんてするからでしょ」

 

 それは、ルームメイトであったソーエームテキとの再々戦である、ということ。

 4番人気、ソーエームテキは本日7枠14番からの発走。2人は外と内に大きく分かれることになった。

 

 

「あ、ネイチャ! もうゲートイン始まるよ」

 

「……おっと、サンキュー、ソーエー。行かなきゃだ」

 

 そしてナイスネイチャは簡素に普段通りに、言い放つ。

 

「じゃ、ソーエー。次はウイニングライブで」

 

 

 ナイスネイチャはソーエームテキの返事も待たずに、ゲートへと入っていく。その姿には最早、一切の陰りすら無かった。

 

 

「――さあ、GⅠファンファーレが晴れやかなる府中の空に吸い込まれました。穏やかな春の東京レース場……風はほとんどありません。

 さて、最後に大外の8枠18番のイブキマイカグラ……今日の1番人気ウマ娘がゲートへと向かい、これで……18人のウマ娘のゲートインが終わります。

 

 GⅠ・NHKマイルカップのスタートが――さあ、切られました!」

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