最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第33話 星の欠片

 先の予定が見えてきたナイスネイチャが、まずやったこと。

 それは、東京レース場の競走ウマ娘用のシャワールームに行くことであった。

 

 そして汗を流してさっぱりしたとともに、第一声。

 

「……そっか。

 GⅠだから、さっきまで着ていた勝負服、また着るのか……」

 

 これまでナイスネイチャが出走してきたレースにおいては、レース中は体操着でウイニングライブは汎用勝負服であった。けれども、GⅠで歌唱パートを貰うということは自前の勝負服で歌うこととなる。

 

 シャワーを浴びた後に同じ服を着る、というのはあまり高い頻度で行われることではない。ましてや目の前にあるのは、激しい運動をしていた服なのだから。

 

「あ、でも。匂いとかは全然大丈夫そう。……いや、すごい技術だわホント」

 

 勝負服は何か良く分からない最先端の縫製技術が用いられているので、汗であったり土埃などの匂い移りが、人間やウマ娘の嗅覚では分からないレベルまで軽減されているようだ。

 最早、こっちの方が魔法なんじゃねえか、と思うような技術である。

 

 しかし、匂いが無いと分かっても、そうは言っても先ほどまで着ていた服であることには変わりない。多少軽減されても、それでも心のスイッチを入れるくらいの気合いが着るのに必要にはなるのだ。

 

 

 

 *

 

「あ、ネイチャー、きたきた。

 いまイブキとライブの打ち合わせやってたとこなんだけど、ネイチャの意見も聞かなきゃなー、ってなってたからグッドタイミングだねー」

 

「おっ、ソーエーは手早いですなー。もうマイカグラに手を出すとは……。

 って、マイカグラはこうして話すのは久しぶりかな? 1年ちょいぶり?」

 

「ええ、ネイチャさん。……選抜レースよりも前のことなので、随分と昔に感じられますが。

 ……今更ですが、ネイチャさんの勝負服、結構落ち着いていて大人びた印象を受けますね?」

 

 本日3着までのウマ娘。今、共通衣装ではなく自前の勝負服を着ているのは、この3人だけだ。

 そしてレース前やレース直後に勝負服の感想会なんてしている余裕は無かったために、ひと段落ついたこのウイニングライブのリハ前のミーティングというところでようやくお互いの勝負服に触れることになる。

 

「そういう、マイカグラだってめっちゃ和装女子! って感じで大人っぽいじゃん!

 というかソーエーもどちらかと言えば和服っぽい感じだし、もしかして今日のライブで浮いているのはアタシ……?」

 

「ネイチャ、赤と緑の『はらぺこあおむし』カラーだもんね」

 

「『はらぺこあおむし』じゃないって!? なんで、ソーエーもトレーナーさんと同じ間違いをするかなー。

 この色合いだったらクリスマスカラーでしょ。いや、5月にクリスマスってどれだけ季節ずれてるって話なんだけども……」

 

 なおソーエームテキの『はらぺこあおむし』発言は、完全に偶然の一致だったようで、黒魔導士の男を引き合いに出された瞬間彼女はめちゃくちゃ苦虫を噛み潰したような顔をしていた。大方、あの男と感性が似通っていることが生理的嫌悪感へと繋がったのだろう。

 そう言えば、連絡先こそソーエームテキと男は交換していたが、元々蛇蝎の如く嫌っていたな、とナイスネイチャは内心思い出していた。

 

「ふふっ。随分と仲睦まじいようですね、ネイチャさんとソーエーさん」

 

「あはは……照れるなーイブキ。ネイチャとはルームメイトだったから――」

 

「ソーエー、マイカグラがこういうことを言うときは、仲間外れにされて寂しいってことだから」

 

「ちょ!? ネイチャさん!?」

 

 顔を真っ赤にするイブキマイカグラ。どうやら図星であったようだ。1年経っても相手の細かい言い回しに気付くあたり、人間関係に関してはやはりチートな実力を持っているナイスネイチャである。

 

「……ってか。そういやマイカグラはGⅠに既に2回出ているんだよね? じゃあライブはお任せしても大丈夫な感じ?」

 

「……いえ。『本能スピード』を舞わせていただくのは、初めてですので……」

 

 イブキマイカグラのこれまでのGⅠウイニングライブ遍歴は、ホープフルステークス勝利時の『ENDLESS DREAM!!』センターが1つと、皐月賞での『winning the soul』バックダンサーが1回。

 既に現時点でGⅠ楽曲3曲目というのは中々に稀な経験ではあるが、一方で『本能スピード』に関するノウハウを彼女が有していないのも事実。

 

 そしてソーエームテキが補足する。

 

「さっきまでカグラと今年の高松宮記念のライブ映像を見ていたんだけど……。

 ……正直、ヘリオス先輩が、ダイイチルビー先輩のことをひたすらに振り回していたって言うか……アドリブの振り付けが混ざってて……うん。すごかった」

 

 今年3月の高松宮記念では、どうやらダイタクヘリオス1着、2着がダイイチルビーだったようだが、そのライブ映像をナイスネイチャも見せてもらうと、確かにダイタクヘリオスに振り回されて疲弊しながらも、ファンの手前彼女のフォローをするダイイチルビーの姿があった。

 

「これ、絶対ヘリオスさん後でルビーさんに怒られていたでしょ……」

 

 ナイスネイチャはそう呟くが、ともかく初めてこの楽曲を歌う3人にとって参考になる部分はやや少ない映像であった。

 

「まー、あんまり奇をてらわなくても良いんじゃない? フツーでいいでしょ、フツーで」

 

「……メイクデビューで私やホシジョーが霞むくらいの完成度のダンスと歌唱を魅せたネイチャの『普通』が、私は怖いんだけどー」

 

「ソーエー……まだ、それ根に持ってたのかい……」

 

 

 ネイチャにとってのメイクデビュー戦は、当たり前だがソーエームテキにとってもメイクデビューであった。

 だから3着ポジションのライブを完璧にこなしているのに、完璧すぎて目立ちすぎているネイチャを2着の立ち位置から見ていた彼女にとって、未だにそのライブスキルレベルの違いは若干トラウマ物になっていたのである。

 

 

 

 *

 

 大盛況のライブのあと。ナイスネイチャは一泊実家に泊まってから、北海道へとゆっくりと戻る。というか実家のスナックにおいては『ネイチャGⅠ入着記念祝賀会』という名の大宴会が開かれ常連客が押し寄せていたために、それに少しだけ顔を出した後、流石に疲れていたこともありその日はすぐに寝た。

 

 しかし翌朝になっても、その『祝賀会』は終わっていないどころか、むしろ朝から聞きつけてやってきた下町のネイチャの知り合いのおじさまおばさまが、酒に料理にじゃんじゃん追加してメンバーも入れ替わる形で、宴会が継続されていたのである。

 流石に徹夜状態のネイチャ母を寝かしつけた上で、『本日(昨日)の主役』となったナイスネイチャは、午前中はその宴会に付き合い、午後には常連客らの肝臓的な意味で流石にお開きにするように言った後、帰りの飛行機に乗るために空港へと向かったという経緯があった。

 

 なお、航空券が夕方の便になっていたのは、男もそれをある程度察したというのもある。もっとも当の本人である黒ローブ野郎は、NHKマイルカップがあったその日の夜、ライブの撤収後には、転移魔法でさっさと門別に戻っていたが。

 

 

 ということで、ネイチャが門別に戻ってきたころには、既に男は平常通りにトレーナー室に居た。……NHKマイルカップのその日のうちに瞬間移動帰宅なんてしなければ、移動日扱いで今日は休日となったはずなのに、仕事熱心なことである。

 

 ネイチャが一応顔を出せば、開口一番に男からこう言い放たれた。

 

「あ、イスネイ。昨日は立て込んでいて言わなかったが。

 次走の『安田記念』の後に、中央に所属を戻すぞ」

 

「――いきなり!? ……ちょっと、ドアを開けた瞬間ノータイムで言わないでよトレーナーさん!

 少しは心の準備を……って、どうして今更?」

 

「ここで、やるべきことは概ね終わったからな」

 

 

 急に言われたとはいえ、安田記念は来月だ。だから、一応メイクデビューの際にいきなり門別転校よりかは改善されている。

 もっとも、昨年の12月にナイスネイチャから『引っ越しするならその旨を事前に伝えて欲しい』という話があったことを鑑みれば、もっと早く言って欲しいという感想しか出ないが。

 

「じゃあ、荷造りしなきゃだよね? 具体的にはどんな日程になる感じ?」

 

 とはいえ一通り驚いた後には、すぐに順応する辺りナイスネイチャもそろそろ場慣れ感がすごいことになってきた。

 再度の転校、となることから今の北海道のウマ娘たちとは離れることになるが、男の前では一旦その辺りを考えるのは保留にしてスケジュール調整に専念する辺り、場慣れというより人間離れ(・・)な気もするが。

 

「トレセン学園の授業などは安田記念まではこちらで受けてもらうつもりだ。ただ荷物などは先んじて送ってしまっても構わん」

 

「うーん、安田記念の前日に引っ越しのゴタゴタなんて絶対対応できないし、かといってレース終わった後に荷物なんにもないのも寂しいから、前の週の週末には荷物を送っちゃいますかー」

 

 そう言いながら、ナイスネイチャはカレンダーを見ながら、引っ越しの計画を立てる。

 安田記念の1週間前――その日程とは。

 

 

「――日本ダービー……。

 日曜日は……うん、やめて、その前日の土曜日にしよう」

 

 そしてナイスネイチャは安田記念に向けたトレーニングと並行して引っ越しのための荷造りを進めることとなる。

 

 

 

 *

 

「そっか、ネイチャちゃんも、遂に中央に戻るかー。

 寂しくなるね」

 

「ホシジョー、なんか中途半端な時期に居なくなっちゃってごめんね?」

 

「何だかんだ半年くらいはネイチャちゃんとルームメイトだったし、短いって感じは無かったかな?

 まあ、ネイチャちゃんレースは中央に出ずっぱりで、出張から中々帰ってこない夫を待つ体験が出来たからね!」

 

「……そんな体験、学生でしなくて良いっての。

 というか、ホシジョーそんな心持ちでアタシを送り出していたんかい……」

 

「冗談だよ、冗談」

 

 もっともルームメイト関係がマーベラスサンデー→ソーエームテキ→無し→ナスノホシジョーと移り変わっていることをホシジョーの喩えのままに考えると、大分爛れた関係になる。しかも中央のマーベラスサンデーの同室に戻ることを考えると、昼ドラでも中々見られない展開だ。まあ、全部ナスノホシジョーの冗談だが。

 

 

「……ねえ、ネイチャちゃん。

 明日の朝練……確か休みにしていたよね?」

 

「えっ、あ、うん。

 レースの疲れを取るための、クールダウンだけど……」

 

「じゃあさ。ちょっと行きたいところあるから、一緒に来てもらっても……良いかな?」

 

「へ……、まあ良いけど。

 でも、そんな朝早い時間じゃお店も空いて無くない? それに授業は普通にあるし……」

 

 

 その日は、それだけナスノホシジョーに話して。荷物を詰める段ボールなどは明日以降どうするか学校の人に聞こう、となって2人は就寝する。

 

 

 翌日。

 ナスノホシジョーがナイスネイチャを連れてきた場所。それはトレセン学園からウマ娘の脚で10分程度のところにある門別の市街地。かつてナスノホシジョーと初めて遊びに行ったカラオケ店がある町だ。

 ランニング用のジャージに水分補給用の水筒をポーチに携えてという格好で2人は朝のまだ静寂と霧に包まれた町を進む。

 

 その町のとある施設の前まで来て、ナスノホシジョーは脚を止める。

 

「ネイチャちゃん、到着したよー」

 

「えっと……ここは……?

 ……駅? でも、この辺り電車は走って無かったよね、ホシジョー?」

 

 住宅街の中にぽつんと突如現れた三角の屋根が特徴的な木造の駅舎。しかしナイスネイチャが門別に来てから一度も鉄道というものが走っていたのを見たことが無い。ホッコータルマエが観光大使を務める苫小牧には電車が走っているのは彼女も知っているが、そこまでの移動には専らバスを使っていたので機会が無かったとも言える。

 

 

 そしてナスノホシジョーはネイチャの疑問に答える。

 

「……廃線、決まったんだ。

 今までもずっと走ってなくて、一応運行休止だったんだけどねー。

 だから、ここに。もう電車が止まることは無いんだ――」

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