最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第34話 ナスノホシジョー

「……廃線、決まったんだ。

 今までもずっと走ってなくて、一応運行休止だったんだけどねー。

 だから、ここに。もう電車が止まることは無いんだ」

 

 日高本線。

 正確には全線が廃止されるわけではなく一部の区間のみであるが、一部とは言っても全線の8割に当たる区間が無くなる。

 直接の原因は高潮被害だが、それ以前から慢性的に土砂崩れなどの被害を受けていた地域も多かった。復旧費用が捻出できない、という冷淡に言えば地方ではあるあるな話であるが、ありふれた話であるが故に解決は困難を極める。

 

「……ホシジョー。

 アタシ、こんな駅があるなんて知らなかった。しかも電車が通ってたなんてことも……」

 

「そりゃそうだよ。私だって記憶にあるのは小さい頃だし……」

 

 

 ナスノホシジョーはその駅舎の傍まで近づいて、壁を触りながらネイチャに話す。

 

「……懐かしいな。

 ここってさ。門別レース場から一番近い駅だから、私も小さい頃はお父さんとお母さんによく連れてきて貰ってたんだよね。レースを見るときは……いつも、電車に乗って来てた」

 

「……そっか。ホシジョーはこの辺りの出身、って言ってたもんね」

 

「うん。……まあ、ここからだと車で1時間半くらいはかかるけど……」

 

 流石にそれくらいの距離になるといかにウマ娘と言えども『走って行こう!』って言える距離ではなくなってくる。

 加えて残酷なことを言うのであれば。ナスノホシジョーが地元との距離感の基準にしているのが『車』というのは、もう彼女にとっても電車での移動時間がパッとは出てこないレベルでこの電車の馴染みが薄くなっていることを如実に示していた。

 

「でも……どうして急に?

 てっきり、アタシ。自分で言うのもアレだけど、もっと思い出作りー、みたいな場所に連れてこられるもんだと」

 

「……うーん、何て言えば良いんだろう? ……決意表明、かな?

 強いて言うなら」

 

 

 その言い回しは、栄冠賞の前――ナイスネイチャとナスノホシジョーがレースの外で初めてしっかりと話したときのものに似ていた。あの時、ナスノホシジョーは『宣戦布告』と言いつつナイスネイチャに栄冠賞出走の意向を伝えてきた……が。

 

「……私。

 明後日の『北斗盃』――出走登録していないんだよね」

 

 

 北斗盃。それは地方重賞・H2のダート1600mのマイル戦レースであり。

 北海道における地方クラシック三冠路線の初戦に当たる、北海道シーズンの幕開けを飾るクラシック級ウマ娘にとっての最初の大きな舞台である。

 

 明後日に迫ったレースに一切の出走登録を行っていない。ということは、もうナスノホシジョーはこの三冠の初戦に出る意志すら見せていないことを如実に示していた。

 

 そして、それを突然聞かされたナイスネイチャはまさしく青天の霹靂であった。

 

「……えっ!? ……でも、ホシジョー。アンタ……去年の年末にはホッカイドウ三冠狙いって――」

 

 

「あの時はそのつもりだった。……うん、それはウソじゃないよ、ネイチャちゃん。

 違ったのは――。

 

 私……もう『ピーク』を越えちゃったんだ。自分が段々と脆くなって……もう元には戻れない――『本格化』が終わりを迎えつつあるんだ、って」

 

 

「……ホシジョー。まだ、クラシック級の春なのに、そんなこと」

 

「ううん。自分の身体のことだもん。私が一番分かっているよ」

 

 

 ――星は既に欠け始めていたのである。

 

 

 

 *

 

 本格化を迎えたウマ娘は、自身の身体に今までにない可能性を感じるようになる。実際のところナスノホシジョーというウマ娘はジュニア級の早い段階においてから、その可能性を観客に、他の競走者に、眩い閃光のように魅せていた張本人であった。

 

 短距離のレースでありながら4バ身、5バ身といった着差を同じ世代の有力ウマ娘相手に離しての圧倒。

 NHKマイルカップ――中央GⅠでも入着するようなウマ娘を相手にして尚、悠々の勝利を何度も挙げていた彼女は、確かに複合的な要素を加味した上でも隔絶した実力を有していたことは事実であろう。

 

 

 しかし。

 そんなナスノホシジョーは、もうこの段階で彼女の競走者としての『下り坂』へと突入してしまっていた。

 

 

 ナスノホシジョーに連れられるようにしてナイスネイチャは無人の『廃駅』を通り、長らく電車が走行していない駅のホームへと脚を踏み入れる。

 

 駅舎も、ホームも、線路も。一見すれば、まだまだ全然使えるように見える。

 けれども、注意深く観察すれば、遠くの線路には背丈の高い雑草が生い茂り始め、風化が起こりつつあった。

 

 

 錆が生え土埃に塗れた駅名標を、ナスノホシジョーは手が汚れるのも気にせずにゆっくりと撫でながら、ナイスネイチャに告げる。

 

「――NHKマイルカップでのネイチャちゃんとソーエーちゃんの走りは私も見たよ。

 ……うん、あれが私を意識しての走りだってことは流石に分かる……けど。

 もう、それは過去の私なんだ……よね。『ピーク』を迎えた私は、もう――その頂に……身体が、届かないや」

 

 

「ホシジョー……」

 

 

 ナイスネイチャは後悔をする。

 ナスノホシジョーと同室になってから、ネイチャはずっと遠征続きであったこと。だから、このタイミングまで彼女の異変に気付くことが出来なかったということ。考えてみればトレーニングでナスノホシジョーと共に走ったことは、殆ど無かったのである。

 

(……もしかしたら。ジュニア級最後のレース……JBCジュニア優駿でアタシがホシジョーに届きかけたのも、彼女がスプリンター寄りの適性だったからじゃなくて。あの時点で既にホシジョーは――)

 

 

 レースとは、時に残酷なものである。

 本来であれば比較考量することすら烏滸がましいことすらも、全てを『順位』という無機質な数値的情報に変え、誰が見ても『比べる』ことを容易とする。

 

 レースに、絶対は無い。

 ……あるのは、相対評価だけ。地方重賞を何度も勝利し、GⅠ出走ウマ娘すらも圧倒してきたナスノホシジョーという『ジュニア級の王者(・・)』は、その異名のまま『ジュニア級(・・・・・)の王者』として……クラシック級の今、語られることになるだろう。

 

 トレーニングのことを何も知らなくても。ウマ娘の身体について専門的な知見が無くても。レース戦術について無知であっても。

 

 

 ただ。そこに現れた『順位』だけで、人々はそのウマ娘について『語る(騙る)』ことが出来るのだから。

 

 それは決して悪いことではない。明確な相対化の指標があることで、それが努力の目標になることも、あるいはレース中の潜在能力の発露に繋がることだってある。誰にだって明瞭であることは、当然競走者にとっても恩恵があることだ。時に難しいことに頭を悩ませずとも、歩みを進めることだってできるのだから。

 しかし、同時にウマ娘本人にとってどれだけの重荷になりかねないものかナイスネイチャは知っていた。

 

 だって。彼女は『3着に呪われた』少女なのだから。

 それに順位に一喜一憂しないことを決めたナイスネイチャであっても、彼女は『3着』という順位の履行を男との契約によって求められている。

 

 NHKマイルカップにおいて、ようやく自分自身が背負っているものの重さを自覚したナイスネイチャにとって。

 『1着』を当たり前としていたナスノホシジョーが背負っているものの重さ……それを安易に同情することは既に出来なくなっていた。

 

 

 だからこそ。

 

「ホシジョー。アタシ、決めた!」

 

「……どうしたの、ネイチャちゃ――」

 

 ナイスネイチャは駅のホーム部分から飛び降りて、今は使われていない線路に降り立つ。

 

「ちょ、ちょっと! 危ないよっ!?」

 

 ナスノホシジョーの心配の声も気にせず、ナイスネイチャは。その線路を風化させるように生えている雑草に。

 ……水分補給用に持ってきていた水筒の水を撒いた。

 

「……アタシさ。

 こういう雑草って、正直……嫌いじゃないんだよね」

 

 そう言いつつナイスネイチャは、駅のホームという高い場所に居る――朝陽に照らされてキラキラとしたナスノホシジョーを見上げながら話す。

 

「ネイチャちゃん……」

 

「……ホシジョー、1つ聞かせて?

 この駅は廃線となって……もう『駅』としては使われなくなるかもしれないけど、さ。

 まだ……壊されたってワケでも無いんでしょ?」

 

「うん……まだ駅をどう使うかは、決まっていないみたい」

 

 

 それを聞いたナイスネイチャは再びホームの上へと戻ってくる。そして、駅のロータリーと駅舎を指差す。

 

 駅舎の中には何も無く、ただ壁に備え付けられた長椅子だけが殺風景にあるだけであった……が。

 

「ほら。これだけのスペースがあるなら、駅じゃなくても幾らでも使えるでしょ? 廃線はしょうがないかもしれないけれども、ここが無くなるってのとはまた話が別だと思うし……ホシジョーが抱えている問題も、きっと似たようなことなのかも」

 

「……?」

 

「ほら、去年言ったでしょ? アンタが東京スポーツ杯ジュニアステークスで負けても、ソーエーのことはちゃんと祝ったときに、アンタがアタシたちの『王者』だって。

 別にネイチャさんは、何もホシジョーがレースで強いからってだけで『王者』だと思っていたワケじゃないんだからね?」

 

 

 ナイスネイチャは、ナスノホシジョーの実力が届かぬものであるという想いも当然あったが、ネイチャにとっては『トウカイテイオー』という情景もある以上、相対的にホシジョーの実力面に焦がれた部分は同世代の門別ウマ娘の中では薄いと言える。

 

 しかし、それでもナスノホシジョーのことをこの上なく評価していたのは、ひとえにレースの戦績だけではない部分も加味した上で、であった。

 

「だから、さ。ホシジョー。

 明後日の北斗盃。一緒に、見に行こうよ?」

 

 ナイスネイチャは、そう言いながらナスノホシジョーに対して手を差し伸べる。

 

「……そうだね。

 この先、私がどうするのかはまだ分かんないけど――」

 

 彼女はネイチャの手を取りながら……『決意表明』した。

 

「――『結果』だけは見ない、と。

 ……って、ネイチャちゃんの手。さっきホームに昇るときに手を地面につけていたから砂利まみれで汚いよー」

 

「……黙っていたけどさ。

 そういうホシジョーだって、さっき駅の看板を触ってたから同じくらい汚いから!」

 

 

 

 *

 

「――スーパーノバが先頭で悠々とゴールイン!! 北斗盃……ホッカイドウ三冠の一冠目をまず制したのはスーパーノバ! 彼女が、2着ダンサーズクロスと5バ身もの差をつけて圧倒的な大勝利を挙げました!

 ……ですが、これは――」

 

「ええ……。確かに我々にとって既視感のあるレース展開になりましたね。この強い勝ち方は、まさしく昨年のナスノホシジョーを想起するかのような力強い走りでした――」

 

 

 そして、北斗盃当日。ナイター照明に照らされていた門別レース場にて一冠目を手にしたウマ娘の名はスーパーノバであった。

 

 その5バ身差の圧勝というレーススタイルは、まさしくナスノホシジョーを意識したものであって。しかも2着であったダンサーズクロスは、JBCジュニア優駿においてナスノホシジョーに土を付けた相手である。それを破っての勝利なのだから、決して強者不在という場でも無かった。

 

「……まさか、スーパーノバが勝つとは、ねえ」

 

「そうだね、ネイ――」

 

 

 そしてそれを見学していたナスノホシジョーの言葉は全部ナイスネイチャに届く前に観客席から沸いたどよめく声に遮られることとなる。

 

 その観客の驚きの発信源をナイスネイチャが探せば、それはすぐに分かった。

 

 

 スーパーノバが高々と1本指を天に掲げて挙げたからだ。それは、トウカイテイオーの皐月賞のパフォーマンス……あるいは。

 NHKマイルカップで2本指を挙げたイブキマイカグラのパフォーマンスを想起させるもので……その一本指はしばらくしたら、そのままネイチャたちの居る方向――正しく言えばナスノホシジョーを一点に差していた。

 

 北斗盃でホッカイドウ三冠の一冠を獲ったウマ娘が、ジュニア級時代の王者を一点に指差す。そのパフォーマンスの意味を理解しない観客はこの場にはおらず、場内は静まり返る。

 

 そして静まったからであろう。スーパーノバの慟哭は、きっとウマ娘の聴力が無くてもきっと届いたことだろうと思う。

 

「――ナスノホシジョー!! あんたに勝ち逃げなんて絶対させないからっ!

 絶対、ここに――戻って、来いっ!!」

 

 

 スーパーノバ。

 彼女は、この北斗盃に出るまでに栄冠賞にもイノセントカップにも、JBCジュニア優駿にもネイチャと共に出ていた少女であり、その全ての着順は掲示板外の低い2桁順位ばかりであった。

 

 

 どうということはない。

 ナスノホシジョーの後ろ姿に恋焦がれた少女は。

 何もNHKマイルカップでのソーエームテキとナイスネイチャだけでは無かったというだけである。

 

 

 想いを受け取ったナスノホシジョーは、自身の感情をそのまま発露させるようにして叫んだ。

 

「――私、私は! 『王冠賞』までには調整終わらせるからっ!!

 それまでには絶対、何とかするからっ!!」

 

 

 王冠賞――それはホッカイドウ三冠の最後の一冠。

 『ジュニア級の王者』は、その王冠をかけてクラシック級のトップウマ娘たちに挑むことをこの場で宣誓した。

 

(ま、これにて一件落着ですかねー)

 

 が、そのレースがあるのは8月。だからネイチャが中央に再転校した後のこと。

 

 ここから先の門別の物語は、ナイスネイチャと交錯しない――別のお話。

 

 

 

 *

 

 それからの時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 ナイスネイチャはGⅠ・安田記念へ向けたトレーニングと並行しながら引っ越しの準備も進めて――もう荷造りはほぼ終わっていた。

 クラスメイトとのお別れ会も既に終わらせたナイスネイチャは、すっかりと広くなった段ボールの箱まみれの寮の自室でナスノホシジョーと話す。

 

「……確か、荷物は明日送るんだっけ、ネイチャちゃん?」

 

「まあねー。それで3日後の土曜日に中央トレセンに一回行っての受け取り作業って感じだねえ。

 最後の一週間は、アタシの私物はほとんど無いからホシジョーに色々とお世話になるかも」

 

「それくらい、任せてよー。

 というか、こっちに居る最後の一週間って安田記念の最終追い込みの時期でもあるんだから、レースの最終調整にもしっかりやらなきゃダメだよー」

 

「おやおやー、ネイチャさんにとっては、ホシジョーがお袋ポジションですかなー?」

 

 2週間を切ったことで、安田記念の出走メンバーも大体分かりつつあって、そこにはヤエノムテキやダイイチルビー、ダイタクヘリオスといったシニア級の第一戦で活躍するウマ娘の名前があった。……というか、クラシック級からの出走登録はナイスネイチャだけである。

 

 だからと言って、ナイスネイチャがすることが変わるわけではない。

 彼女はむしろ周囲の方が心配するくらい落ち着いて、GⅠを控えているとは思えないくらいにルーティンワークのように日々のトレーニングを淡々と、そして着々とこなしていた。

 黒ローブの男も、その様子から安田記念での戦術は完全にネイチャに投げっぱなしにするという決定を下す。NHKマイルカップと同じレース場・同じ距離という条件をナイスネイチャがどのように生かすのかを考えさせるためであったが、それを踏まえてもネイチャは沈着冷静であった。

 

 だからこそ。中央トレセンでの引っ越し作業の翌日に当たる日本ダービーを気にする余裕もあった。……というか、トウカイテイオーの二冠がかかったレースで、日程的にも行けそうな感じであったので、黒魔導士のトレーナーと共に日本ダービーの観戦もする予定を立てていた。

 

 そんな自身のGⅠレースと、日本ダービーと、ホッカイドウトレセン学園との別れというビッグイベントがほぼ同時に押し寄せてくるナイスネイチャは内心、慌ただしさはあったものの、それを表に出さないくらいには緊張感を上手く消化できていたと言えよう。

 

 だからこそ、ナイスネイチャには取り立てて問題が起こることは無かった。

 

 

 が、日本ダービーを3日前と控えた翌日のネット記事には、次のような文面が踊ることとなる。

 

 

『イブキマイカグラ、骨折。

 トレーニング中の故障。陣営は日本ダービー回避の意向を固めた模様』

 

 

 ――レースとは、時に残酷なものである。

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