最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第37話 クラシック級6月前半・安田記念【GⅠ】(東京・芝1600m)

「イスネイ。知っているとは思うが、今日の安田記念……ハクタイセイが怪我のため出走を取り消したことから、フルゲートよりは1人少ない17人で執り行われる」

 

「うん」

 

 今日の東京レース場は、先ほどまで霧雨が降っていたもののその雨は上がり曇り空の中、なんとか良バ場を保っていた。

 曇りとなったことでバ場状態が変化することは天気が急変しない限りは恐らくないだろうし、気象庁が警戒を促すような事態でも全く無かった。

 

「――率直に言おう。今日の貴様は……周囲から期待されていない。

 恐らく、出走取消を行ったハクタイセイ以上に無理があると思われているだろう」

 

「……唯一のクラシック級ウマ娘。

 やっぱり、そこは懸念材料にしかならないよね」

 

「そうだ」

 

 昨年の皐月賞ウマ娘・ハクタイセイは昨年のアイネスフウジンが逃げで決めた日本ダービーの後に大きな病気が発覚。そのまま1年間、療養をするに至っており安田記念は復帰レースという位置付けであった。

 実力と実績はもちろん申し分ない。だが、怪我明けの初っ端でGⅠというのは仮に出ていたとしても懸念事項となりうる。

 

 しかし、そんなIFの懸念すらも上回る狂気と見做されていたのがナイスネイチャであった。今日のネイチャの人気は――12番人気。下から数えた方が早い人気というのは、これまでのレースの中でも初めてのことであった。

 というかこの人気であっても、唯一のクラシック級ウマ娘だとかそういう物珍しさによる票で水増しされていると見た方が良い。

 

「曲がりなりにも北海道でレースをしていた頃は、アタシは有力ウマ娘扱いでしたからなー、逆に低人気ってのは新鮮ですなー」

 

 ただ、その人気に憤るナイスネイチャではない。というか自己評価が低い彼女だからこそ、注目度が低ければ低い程かえって平常心でいられる……というか、男はそういうメンタル性の持ち主だということを見抜いていたからこそ、高人気で注目される場に積極的に突っ込んでいた、とも言えるが。

 

「今日の出走相手で貴様が個人的に友誼のある相手は誰だ?」

 

「えっと……、ヘリオスさんは前にパジャマパーティーしたし、ルビーさんはイクノとゼファー繋がりでしょ? 後は、そうだバンブーさんも……」

 

 改めてネイチャが名前を挙げていくと、どの子も『さん』付けである辺りが、相手が上の世代であることが如実に反映されていた。……もっともこの場には居ないがメジロマックイーンも上の世代だったりするのだが、彼女はネイチャと同じく中等部の所属なので例外的に呼び捨てである。

 そして1年以上、中央には居なかったはずなのに地味に交友関係の広さが垣間見えるナイスネイチャであった。

 

「最も警戒すべきはバンブーメモリー……まあ当然だな。

 何せ一昨年の安田記念覇者だ。誰であっても、そこを見落とすことは無い」

 

 1番人気として君臨するのは、シニア級3年目のウマ娘となるバンブーメモリー。2年前の安田記念を制し、昨年は高松宮記念とスプリンターズステークスの春秋スプリントを制覇した、短い距離での活躍が目立つ誰しもが認めるウマ娘だ。

 

「だが、そのバンブーメモリーを前走の京王杯スプリングカップで破ったのが、これまたダイイチルビーであり、そのダイイチルビー相手に今年の高松宮記念で勝利したのがダイタクヘリオスという竦みになっている」

 

「なんだか混み入っていているよね、それ……」

 

 なお本日の安田記念出走者の半数近くが、京王杯スプリングカップに出走しており、前哨戦……というよりも最早リハーサルのような様相を示していたり。

 そんな安田記念リハとも言うべき場所でダイイチルビーは勝利したのもあって、彼女が2番人気に浮上してきていた。なおそちらの舞台にはイクノディクタスも参戦していてGⅡレースとは思えないほどの豪華さであったりしたが、まあ終わったレースの話ではある。

 

「そのほかに怖い相手はサクラホクトオーだな。

 良バ場の鬼、とでも言うべきか。戦績で見ればバ場状態に大きく左右されるウマ娘だが、今日のバ場なら充分伸びてくる可能性はあるぞ。

 そして貴様より人気が低いウマ娘であっても重賞を勝利している者もいる。詰まる所、GⅠとしての格式は保たれているということだ」

 

 

「……ホントにアタシのことをよくここに捻じ込んだよ、トレーナーさんは」

 

 既に引っ越しで荷物は全部移したとはいえ、今のところは書類上の所属は『ホッカイドウトレセン学園』であるナイスネイチャ。だからこそ、地方所属ウマ娘としての規定を利用して安田記念に出走することが叶っている。

 本来2勝クラスのウマ娘でしかないナイスネイチャが出走するのは抽選の関係で恐らく不可能であったレースだが、それを実現させたのは少なからず男の手腕によるものがあったのは確かだ。当然、それよりも遥かに大きいのはナイスネイチャがNHKマイルカップという大舞台においてもしっかりと3着を確保したという事実であるが。

 

 とはいえ。

 安田記念のレベル云々の話をするのに、たった一言で済ますことの出来る言葉がある。

 

 前年の優勝者は――オグリキャップ。

 

 

 ナイスネイチャは、もう。

 そういう世界の住民となったのだ。

 

 

「で、トレーナーさんは、今回もアタシに求めるのは『3着』ってワケ?」

 

「契約遵守の条件は3着『以上』だ。別に2着でも1着でも良いぞ?」

 

 そんな舞台を前にして『3勝の2勝クラスウマ娘』ナイスネイチャは、どこまでも平静であった。

 

 

 

 *

 

「『東京5週連続GⅠ』も残すところ最後のGⅠレースとなりました。東京レース場、本日のメインレースはGⅠ・安田記念。今年は17人が出走することになりました。

 今年の安田記念は、やはり一昨年の覇者――バンブーメモリーが中心となりますが、しかし一方で前走においてはダイイチルビーがそのバンブーメモリーを破っております」

 

「高速展開になればバンブーメモリーにとっては有利なレースになることでしょう。ちょうど……そうですね『東京5週連続GⅠ』初週のNHKマイルカップでのイブキマイカグラのような鋭い末脚を活かしたレースが出来れば、バンブーメモリーの勝利は決定づけられると言っても良いでしょう――」

 

 ゲートへと向かう間、ナイスネイチャは面識のある、ダイタクヘリオス、ダイイチルビー、そしてバンブーメモリーの3人のウマ娘に軽く声を掛ける。とはいえ、本番直前なのと彼女たちにとってみればナイスネイチャと話すのはほぼ1年以上振りということもあるので、あまり深く入り込んだ話はしていない。

 

 もっとも、ヘリオスだけは、一言では済まないくらい話し込んでいたが、これはどちらかと言えばダイタクヘリオスの性格によるものであろう。

 

「……そのNHKマイルカップ繋がりで言えば3着であったナイスネイチャが、本日は出走登録を行っておりますね。ホッカイドウトレセン学園所属の地方ウマ娘、それもクラシック級の2勝クラスのウマ娘です」

 

「肩書きだけでは推し量るのが難しいウマ娘ですね、彼女は。戦績では確かに今日の出走メンバーの中では見劣りはしておりますが、出走すればほぼ間違いなく好走をしている点は見逃せません。

 シニア級ウマ娘ばかりのこの舞台でどこまで先達に食らいついていくかも、1つの見どころになるでしょう。もし優勝したら、スウヰイスー以来の快挙……実に何十年ぶりということになるでしょう。私も当時は知りませんし」

 

 その解説の言葉を聞いた男は『……ここでイスネイが勝たなくても、いずれはクラシック級ウマ娘の安田記念は起こりうる』だろうと未来予想を描く。……というか、こいつは別世界での顛末を全て知っているので予想でもなんでもない。

 そんな男の『ずる』はさておき、しかし現時点においてはそれだけクラシック級のまま安田記念に出てくるのは珍事と言えよう。しかもそんなナイスネイチャは現状では地方所属であるのだから、SSRと呼んでも差し支えないレベルにレアであった。

 

 

 そしてナイスネイチャは、ファンファーレが鳴り響く中で4枠7番へのゲートインを完了する。

 

(……2度目のGⅠ、それもNHKマイルカップと同じ東京レース場で、同じ距離……まさかこんなことになるとは、ねえ)

 

 ナイスネイチャにとって、GⅠという舞台にそう何度も挑戦できるというイメージはトレセン学園を志したときには有していなかった。確かに地元ではネイチャは強かった。けれども、国内中から優秀なウマ娘が集まる環境でなお圧倒できる程の実力があるとは彼女は思ってはおらず、それは『トウカイテイオー』との出会いで更に助長され、北海道へ転校した後には『ナスノホシジョー』という綺羅星を見た。

 

 しかし、そのトウカイテイオーは現在負傷離脱を余儀なくされている。

 ナスノホシジョーは、ジュニア級で既に成長のピークを迎え、まだクラシック級なのにも関わらず緩やかな下降へと向かっていた。

 

 そんなナイスネイチャをGⅠの舞台で打ち破ったイブキマイカグラもまた……怪我をしていて。

 

(……ボロボロじゃん。アタシらの世代)

 

 

 日本ダービー直後という情景の中において、彼女たちの展望は決して明るいだけでは……もう無かった。

 

 

(だけど……アタシは、今。

 キラキラの舞台に……GⅠの舞台に、立っている)

 

 フルゲートからは1人欠けた状態で。その中に『優先出走ウマ娘』としてナイスネイチャは間違いなく名を連ねていた。

 

 どこまでも平静であるナイスネイチャ。しかし、同時に確かな闘志をも燃やしている。

 

 人気薄でも気落ちすることのない少女の両肩には、様々な『想い』を既に背負っていた。

 真っすぐに前を見据える彼女の瞳には、青々としたターフと、ずっと奥に白旗を持った係員が見える。

 

 

 ナイスネイチャは、しっかりと集中してレースに臨んでいた。

 

 

 ……だからこそ、なのだろう。

 

 

「各ウマ娘の枠入りがまもなく終了いたします。

 ……ゲートが空いてスタートが切られました! 揃った見事なスタートを魅せました!

 外からナルシスノワール、インコースからは一番のマイスーパーマンもやってきて、更にはナイスネイチャやダイタクヘリオスも素晴らしいスタートでそれを追っております――」

 

 

 気負っておらず、しかし想いは背負っていた。

 その内面は、好スタートという形で発露された……それは前走・NHKマイルカップと同じように。

 

 差しウマ娘・ナイスネイチャはGⅠレースにて、二度目の前方集団からの序盤戦を余儀なくされたのである。

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