最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

4 / 37
第4話 ジュニア級6月前半・URA認定アタックチャレンジ【未勝利】(門別・ダ1700m)

 理論派魔法使いを自負している黒魔導士の男の朝は早い。

 

 日高山脈の山中に拠点を構えた男は、人払いの結界を張り、万が一にも俗世の人々にバレないことと三女神を始めとする神格対策を万全にしている。

 朝は、獣や鳥が動き出す時間であり、それをつけ狙うマンドレイクやアルラウネといった植物性モンスターが幻覚を用いて狩りを行う時間でもある。概して強力な魔物であるほどに、魔法や錬金術の触媒としての素材価値は高い傾向にある。

 

 そのため、男はあらゆる世界において朝の日課として、そうしたモンスターが潜伏している寝床から出てくるこの時間に重きを置いている。

 

「――やはり、この世界ではマナの供給不足もあってか、魔物が全く居らんな。安全ではあろうが、やはり魔法の担い手の後進が育ちにくいだろう」

 

 男は、そう言いながらも朝の探索で集めてきた白樺の樹液を朝食のスープの水分として利用する。当然、山奥に水道など通していないので必要な措置だし、口に入れるものに対して非常時でもないのに水魔法を使う、というのは男の信条に反する行いだからだ。

 なお山奥に住んでいるのは、門別の周辺住民から男の外見に対して著しいクレームが入っていることも、中央から地方トレセンへ移籍して収入が激減していることも断じて関係の無いことであろう……多分、おそらく、きっと。

 

 男は仮面をしているためにスープを口につけることができないので、所作として口元まで持って行き、転移魔法で口に移して飲んでいる。そんな無駄なことをするくらいなら仮面を外せば良いのに、と思うかもしれないが、それを言い出すと男の身体は別に食事も睡眠も必要としていないため、ここまでの一連の朝の日課は全部無駄ということになってしまう。

 

 男は理論派ではあるが、効率主義ではないのだ。

 ……まあ本当に効率を考えていたら、先住民族たる我々の社会規範に合わせてしっかりとスーツを着込んで、社交的に相手が親しみを持てるように立ち振る舞った方が遥かに『効率的』なのだから、男がそうではないのは当然なのかもしれない。

 

 必要の無い睡眠から目覚め、必要の無い朝食のために散策をして、必要の無い魔法を使って食事をする……男にとってそれらのルーティンワークは、無駄であったとしても無意味なものではない、とそう思っているからこそ続けているものなのだ。

 

「……おっと。そろそろイスネイの朝練が終わる時間か」

 

 そう言って黒ローブ野郎は瞬間移動魔法を使って即座にホッカイドウトレセン学園へと転移する。……確か、この転移魔法は男の説明によれば分子レベルに分解して転移先で再構築するタイプのテレポートだったが、この場合さっき飲んでいたスープの成分が無意味にはならないのだろうか。

 

 

 

 *

 

「――イスネイ」

 

「うひゃあああ!? ……って、なんだトレーナーさんか。急に後ろに現れないでよねえ、全く」

 

 

 突然だが、『ステータスオープン』という魔法を知っているだろうか。

 これは日本人、ないしはその文化圏に触れたことのある人物の中で特定の修練(Webファンタジー小説の読破)をこなした者が身に着けることの出来る後天的な魔法技術である。あるいは魔法世界によっては、宗教施設での洗礼式で用いられる魔道具に転用されていることもあり、男はそっちで知った口である。

 

 最も狭義的には己の能力を数値化情報に落とし込んで、自身の理解できる言語情報に自動翻訳してくれる魔法を指す。その際に一部の特殊能力が『???』みたいな感じで表示されることもあるが、まあそれは単に術者の魔法系語彙力の不足であることが多い。

 あるいはこの魔法は、鑑定魔法のごとく物にも使えたり、あるいは他者に対しても使えるケースも散見される。特に後者の拡張があればこそ、『ステータスオープン』は戦力評価に利用することも出来るという、自己把握だけでも割と便利なのに更なる万能性を保持することになるが……しかし、大きく分けて2つの問題が存在する。

 

 1つは、見れる情報が基本的には『現在のステータス』であるという点。過去のタイムスタンプが存在しない以上は、他者の『成長曲線』を推測するにはこまめにその人物に会って、なおかつ出てきたステータス情報を別途メモしなければならない。

 そして自身の敵対者、というのは往々にしてそう易々と会えるわけでもないので、例えば序盤に1回だけ出会って『あ、こいつ雑魚だわ』と判断して放置していた相手が数年後に大幅パワーアップした場合、『ステータスオープン』の使用者はそれを実際に当人に会うまでは先入観を拭うのは『魔法を万能だと思っていればいるほど』難しいだろう。

 

 即ち、この『現在のステータス』が見れることだけに慢心していると、出会った瞬間に『詰み』であることしか分からないという状況が起こりうるのだ。加えて言えば、他者の情報を現場に行くまで完全には掴み切れないので、問題解決能力が実質的にその場での咄嗟のアドリブ対応能力に強く依存する。

 

 

 更にそんな1つ目の問題が無視できるほどに大きな欠陥点が――『別に見えているステータスがそんなに信頼できるものではない』ということである。

 基本的に数値の大小は、強さと弱さに直結していると思われるが、とはいえ隔絶した数値上の差があったとしても、それは勝利を確実にする要因とはなり得ない。

 

 賢明なる諸君は、ホープフルステークスがステータス上ではNPCと大きな差があるから絶対勝てるとか、UGランクあるからSS+の相手など敵にもならないという判断は中々出来ないと思う。

 あるいは『鋼の意志』と『円弧のマエストロ』が同じ金回復で、数値上では評価点508点分の計上だから、この2つのスキルの価値は等価、という判断もしないだろう。

 

 戦力評価の数値というのは、あくまでも指標でしかなくそこまで絶対的なものになり得ない。

 

 

 黒魔導士の男が、この『ステータスオープン』のような魔法を用いてナイスネイチャの現在の評価をすることは当然出来るし、それを他のウマ娘に適応することだって可能だ。何なら今のような欠点を理解した上で、その方向性における情報収集も実はやっていたりする。……まあ、これが近隣住民の不審者情報に繋がった真相だったりするのだがそれは置いておこう。

 

 だからこそ、ナイスネイチャのトレーニングに男は魔法的な手を直接加えることはあまりしない。……何故なら与えられたデータだけでは魔法との親和性が未知数な以上、安易に彼女を実験体にするわけにもいかないからだ。

 だからこそ、男はこの世界で体よくこき使えるウマ娘魔法使いの弟子が欲しかったりするわけだが、それは三女神像のマナの爆吸いによって既に破綻している。

 

 ……いや。正確に言えば中央のスイープトウショウがそれに該当するかもしれないと男も目星は付けていたが、さりとて彼女には既に師が存在することと、黒魔導士の男にとって植物系の魔法体系はいささか門外漢というのもあって接触は控えていた。

 

 閑話休題。

 

「……今日の朝練で、というわけでもなさそうだが少しばかり疲労が蓄積しているな」

 

「ふえっ!? トレーナーさん、突然何言っているのさ。

 トレーニング量は増やしていないつもりだよ、ネイチャさんは」

 

「選抜レースを見据えてトレーニングすればよかったデビュー前と、レースに出走しながらトレーニングを並行しなければならない現在を同一視するのは良くないな。

 貴様が故障したいとか、出走レース数を絞りたいというのならば止めはせぬが――」

 

「その言い方は反則でしょ。……うん、分かった。

 で、トレーナーさんはどのメニューを減らすつもり?」

 

 こういうところは素直で、この黒魔導士の危険人物要素よりもトレーナーバッジを付けている事実にそれなりに信頼を置いているところはナイスネイチャの美徳でもあった。

 

「俺が『こうしろ』って言っても貴様は従うだろうが、別に今は最短経路を取る必要もあるまい。

 自分でなにが削れるか考えてみろ。どうせ、レース中は自分の判断で最後は走るのだから、取捨選択を貴様自身で考えるのは悪いことではないはずだ。

 それに、本当に間違ってたら俺が正せば良いだけだしな」

 

「ほほおー……何という説得力……」

 

 ナイスネイチャは男の言葉に強い納得を覚えていた。

 というのも、前回のメイクデビューにおいて男は門別レース場の観客席に入れて貰えず控え室でずっと待機していたのだから。そりゃ、確かにレース中の判断は自分でするしかないのである。

 

 そして黒魔導士は『ステータスオープン』のような魔法で見て知った情報を、先の理由もあってかネイチャに伝えることはしない。その代わりに、

 

「一応、これもやろう――」

 

 そう言って彼女に投げ渡されたのは1冊の黒いノートであった。

 

「これは……?」

 

「貴様が中央に入学してからこっちに来るまでに利用していたトレーニング施設の申請を照会したものだ。

 もっとも。いつ、どこを何時間借りたかという情報に過ぎず、具体的なトレーニングの内容までは分からんがな。

 だからこそこれは俺よりも、実際にトレーニングをしていた貴様の方が使いこなせるだろう」

 

 口ではそう言っているが自称・理論派魔法使いである男が、そう易々とデータのような理論の塊を手放すわけもなく、このノートは、男が一度魔法語で記載した言語を日本語に翻訳する際の手習いの副産物として出来たノートに過ぎない。

 だからこそ男の手元には、この世界では男とゼンノロブロイにしか解読できない言語で書かれた別の文書が存在するし、照会時のデータ自体は、男の杖の中に収納されている。

 

 既に科学技術の方面でも、Bluetoothと連動することでスマートフォンの機能を利用出来る盲目者のためのスマート家電の『杖』が技術的に確立しているのだから、それを文字通り『魔』改造して、男も魔法の杖にスマートフォンとしての機能を追加で仕込むことなど造作も無いのである。

 

 なおその関係上、男の杖にはSIMカードが挿入されているので地味に携帯電話料金が定額で取られていたりする。

 

 

 

 *

 

 放課後。ナイスネイチャは、男が隔離……いや、ホッカイドウトレセン学園から分け与えられた個室のトレーナー室にやってきて、自身のトレーニングメニューを話す。

 これは男の知る由もないことであったが、ネイチャはそこそこ頭を悩ませてソーエームテキやそのほかのクラスメイト総出で意見を求めて導き出しており、怪我の功名と言うべきか、門別の生徒との関係改善に成功していた……まあ、黒ずくめの男のことが実質ウマ娘の敵扱いになっていたがそれはご愛敬である。

 

 それよりもネイチャが持ってきたトレーニング改善案である。

 

「……現時点で俺から言うことは何も無いな。まあ試してから適宜修正する点があれば柔軟に変える必要はあるかもしれないが、計画としては充分だと思う」

 

 ナイスネイチャは机の下で小さくガッツポーズをする。実際のところ彼女は一発で自身の意見が通るとは思っていなかっただけに、その喜びもひとしおだ。

 もっとも、男からしてみれば、余程変なことをしない限りは好きにやらせるつもりであったから、ネイチャの心配は杞憂ではあったが、この辺りの舵取りについては黒魔導士の男が一枚上手だったと言えよう。

 

 

「――せっかくだ。次走の話も今してしまうか」

 

 続けて、こんなことを話し出したのだからナイスネイチャも改めて気を引き締めて緊張の面持ちへと戻る。

 

「想定内とはいえメイクデビューで1着でなかった以上は、次走は未勝利戦に目標を定めることとなる。それも来月の初旬くらいで問題無いか?

 完璧に仕上げるのであれば、もっと期間を置いた方が良いのは確かだが、今の貴様には正直完成度よりも試行回数のが大事なようにも思える」

 

「ま、その辺りはトレーナーさんにお任せするわ。アタシには自分のトレーニングのことならまだしも、どこに出走するかなんて分からないし?」

 

 そりゃ中央でてっきりデビューすると思っていたナイスネイチャが、まだ数週間しか経っていない門別のレースを把握しきれていないのは当然である。

 

「ならば次走は――アタックチャレンジ競走。これもまた前走のスーパーフレッシュチャレンジと同じく『URA認定競走』だ。

 これは、大雑把に言えば前走で5着以上でなければそもそも出走できん」

 

「……トレーナーさんって、アタシの『3着』の前提をしっかり考えていたんですね」

 

「当然だ。

 ただ細かいことを言うと実は違う。実は中央の『収得条件』が基本1着、重賞2着が必須要件となるのに対して、北海道のローカル・シリーズの『獲得条件』は5着まで適用される。まあ、計算式が全然違うけどな」

 

「ほ、ほぉ……?」

 

 中央の『収得条件』には地方レース出走時の計算手法が別途存在する。ただ3着では中央の『収得条件』は当然0ptである。そして0ptのままでは中央においては未勝利として扱われる。

 

「前走のスーパーフレッシュチャレンジ1着の例で言えば、中央の『収得条件』のポイントに換算すると250ptとなる。だが『獲得条件』に即して言えば70MPになるな」

 

「MP……? マジックポイント……?」

 

「『門別ポイント』だ。今、俺が便宜的に呼び名を決めた。

 不満なら『北海道ポイント』を略してHPでも良いが?」

 

「その2択なら、まだMPの方が先入観に持ってかれずに話出来るけどさ……。HPはもう体力なのよ……」

 

 そして男が『MP』と略した『獲得条件』のポイントが高い順に、オープン戦以上でかつ北海道所属ウマ娘の中では出走が決まっていく。だから、一生門別に居るのであれば、『3着の呪い』が永続してもナイスネイチャは門別限定なら出走レースに実は困らないことになる。

 ……とはいえ、『最高峰の世界を見せる』ことを契約の条件とした男は、その結末で満足することはない。黒魔術には悪魔召喚なども含まれる以上は、基本的には契約遵守が念頭に置かれる魔法でもあることから、その術に長けた男が契約を違えることはない。

 

 最後に男はこう付け加えて締めくくった。

 

「とはいえ、先のスーパーフレッシュチャレンジは2競走しかない一方で、アタックチャレンジは30競走程度は存在するから確実にレベルは下がるはずだ。

 加えて言えば、ダートであることに変わりは無いが、1700m……マイル戦条件。貴様にとって1100mの短距離よりかは戦いやすいだろうな」

 

 

 その男の言葉に神妙に頷いて、ナイスネイチャはトレーニングをそれからこなし次走に備えることとなる。

 

 

 

 *

 

「――10番ナイスネイチャ、3バ身から4バ身引き離して悠々のゴールイン!

 第2レース、URA認定アタックチャレンジ競走……ナイスネイチャが最終直線で大きく伸びて早々に勝負を決めてきました――」

 

 

 楽な手応えであっさりと勝つナイスネイチャ。

 ……アタックチャレンジ競走勝利時の北海道での『獲得条件』加算ポイントは50MP。前走3着時には7.5MP分貯まっていたので、合計で57.5MP。

 

 

 ――そして。

 

 中央の『収得条件』換算においてこの勝利の価値は、100ptということになり。中央水準でもひとまずナイスネイチャは1勝クラスのウマ娘に昇格した……と同時に。

 

 

 GⅠレース出走の最低必須要件の1つ――『収得条件』が0ptではない――をクリアしたのである。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。