最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第5話 地方トレセン学園の上澄み

(勝っ……ちゃいました、ねえ……。

 どうしよう。全然実感無いんだけど……)

 

 序盤から中盤はずっと中団に控えての最終コーナーからの仕掛け。

 直線に入った頃にはナイスネイチャの伸びに追走できるウマ娘が他におらず、特に競り合いもなく1着入線となった……そんなレース展開を彼女は振り返る。

 

 ナイスネイチャにとって。本当に久しぶりの勝利であったけれども、彼女の武器である優れた末脚なども披露する前から、勝負は決していたという圧勝。勝利が見えず、どこか達観していた少女のデビューから2戦目にしての早々の勝利は、あまりにも手ごたえを感じないものだったからこそ、ネイチャは困惑してしまう。

 

 何かを『かました』感じも特になく、『安定で』勝利を掴み取ったというわけでもない。楽な勝ち方でこそあったが、ナイスネイチャ自身が渇望している『キラキラ』としたものかと、問われれば――

 

(……実際、どーなんでしょ。外から見てたからキラキラしていただけで、体験してみるとこんな感じ、ってのもあり得るよね……でも)

 

 そこまで考えてネイチャは気付く。ここはコース上でまだ観客席から見られているということに。

 どこか定まらない気持ちを胸に収めて、ひとまずは、その数は少ないながらも中央よりもずっと距離的にも近い門別の観客らにファンサービスとともに一礼して控え室へと気持ち足早に去って行った。

 

 

 

 *

 

「うんうん。

 ネイチャさん、初勝利……っと」

 

 2戦目になっても未だに観客席への立ち入りが禁じられている黒魔導士トレーナーの元へと戻ってくるナイスネイチャ。どうせ前回同様、千里眼か何かの魔法でレースは見ているだろうと辺りを付けて彼女は男に向かって軽口を叩く。

 

 それに対して普通であれば労いの言葉1つでもかけてやるべき場面にも関わらず、男はこう言い返す。

 

「不服か? 消化不良かもしれんが勝利は勝利だぞ」

 

「……おー、言いますねトレーナーさん。

 そこまで言うなら聞いてみようかな。今日のアタシの走り……どうだった?」

 

「素質勝ちだな。

 先天的な才能も実力のうちと言えば、そうなのかもしれんが。技術や努力に裏打ちされた勝利ではあるまい」

 

「あはは! バッサリ言いますねー」

 

 即ち。前走のメイクデビューと比較してあまりにもレベル差があり過ぎた。有力な対抗が居ない状態で事実上ナイスネイチャの一強状態。にも関わらず、彼女を重点的にマークする、みたいなレース展開でもなかった。

 『URA認定競走』とはいえ地方未勝利戦なのだから『中央で』3着という高順位(・・・)で四苦八苦していたネイチャが勝利するのは当然の結果だと、男は考えていたが。

 

 もっとも。本当に容易に勝てる戦いであったとしても、それを『順当に勝つ』ことが実際にはどれほど困難なことかを、男も……そしてナイスネイチャ自身も過小評価している節があったりする。

 

 

「……じゃあさ。そのバッサリした感じで、次のレースも決めちゃおうよ。

 トレーナーさんが見ている景色を、アタシも知りたいし」

 

 ナイスネイチャは多少卑屈で自己評価が低いところがあったとしても、彼女の美点はそれが必ずしも後ろ向きであるということを意味しないという点だ。

 そして男の汚点は、その黒光りするような気色の悪いローブだけではなく、そうしたナイスネイチャの美点にただ乗りするところである。

 

「そうか。俺の考えで良ければ、次のレースは――『栄冠賞』といったところだろうか。

 ……6月後半の門別の地方重賞レースだ。貴様のメイクデビューと遜色ない相手が集まるだろうよ――」

 

 

 6月後半、北海道のローカルシリーズ重賞の格付け『H2』のレース、栄冠賞。ダート1200mの短距離戦。

 ジュニア級ウマ娘を対象とした重賞レースとしては全国でもトップクラスに早い時期に執り行われる重賞レースであり。

 先の、スーパーフレッシュチャレンジなどでデビューした大型新人ウマ娘たちが目指す、一番最初の頂である。

 

「……つまり。メイクデビューのリベンジ戦ってワケですかな」

 

「ああ。だが、それだけじゃない。

 もし『栄冠賞』で1着を取った場合。GⅢ・函館ジュニアステークスの優先出走権――つまりは、中央の芝レースの片道切符が貰える」

 

「……っ!」

 

 男もネイチャも、門別のダートよりも芝レースの方が主戦場であると考えているところがあった。

 だからこそ『栄冠賞』での1着は、その芝の舞台への挑戦権を得るためにも極めて重要な一戦であることを示唆していた。

 

 

 そんなレース選定作業の最後に、付け加えるようにナイスネイチャは言う。

 

「……一応、一応聞いておくんだけど、トレーナーさんや。

 今まで言った理由もウソじゃないとは思うんだけど、さ。……『レース名がカッコいいから選んだ』ってことは無いよね?」

 

「――は? 何を言っているんだ、イスネイ?」

 

 男は憤慨した様子で、探りを入れてきた彼女に反論する。

 

 

「流石に、これは色眼鏡過ぎたか。ごめんね、トレーナーさん。アンタのこと見くびっていたかも――」

 

「――見栄えというのは、存外無視できる要素ではない。

 それに『栄冠』……というのは、実に『キラキラ』しているではないか」

 

「やっぱり、トレーナーさんはそういう人ですよね!!」

 

 

 

 *

 

 ナイスネイチャの初勝利。それは彼女が思っていたよりも反響があった。

 翌週にレースを控えた門別同室のソーエームテキはもちろん、クラスメイトらも祝ってくれた。

 それだけではなく、まだまだデビュー戦を控えてトレーニングに邁進しているトウカイテイオーやツインターボ、既にデビュー済のイクノディクタスやメジロマックイーン、未デビュー組のマーベラスサンデー、マチカネタンホイザなどなど、錚々たる面々からウマッターやウマスタなどのSNS等を通じて祝福の声が寄せられていた。

 

(テイオーやターボは、まあ同期のレースだし自分がデビューしていないから多少暇だったからというのはあったかもしれないけれど。イクノとマックイーンはもうデビューしているんだから、わざわざ言及しなくても……)

 

 更に、先に名前を挙げなかった子からも、メッセージアプリで沢山通知を受けていて、レース当日には返し切れなかったほどである。

 

 

 更に。

 

「ねえ、ネイチャちゃん。ちょっと……良いかな?」

 

 その波及効果だろうか、トレーニングを終えた後のナイスネイチャに、あまり話したことの少ない子が話しかけてくるようになった。

 

「えっ……と。あ、はい。

 って! アンタはメイクデビューの――」

 

「そりゃあ、気付いちゃうよね。

 改めて。メイクデビュー以来、レースの外では初めましてだよね、ナスノホシジョーです」

 

 

 ナスノホシジョー。メイクデビューにあたるスーパーフレッシュチャレンジにて、ネイチャとその同室・ソーエームテキを破り1着となったウマ娘。

 

「えっと……アタシに何の用かな」

 

「うーん、何て言えば良いんだろう? ……宣戦布告、かな?

 『栄冠賞』――私も出走するから、よろしくね」

 

 なおナスノホシジョーがネイチャの次走を把握しているのは、あの黒魔導士のトレーナーが、前走の勝利インタビュー時に『今後の方針』を聞かれた際に『栄冠賞』という文字を、魔法を用いて空に打ち上げたせいである。幸いにも、周囲は魔法ではなく花火だと認識したようだ。

 

 それはともかく。メイクデビューで1着を取った相手からの突如の果たし状めいた宣告にナイスネイチャは――

 

「お、おう……よろしく頼むんだぜ」

 

 完全に動揺して、いにしえに封印したはずの『だぜネイチャ』状態になってしまっていた!

 期待されたり、警戒されたりするのに全く慣れていない部分が露呈したとも言える。

 

 ただナスノホシジョーにとってこれがナイスネイチャとのまともな初会話なので、口調が変なことは全く怪しまれることはなく。

 

「まあ、それだけだと味気ないからさ、ネイチャちゃん?

 トレーニングもこれで切り上げなんだよね? ……門限まで時間があるし、良かったらカラオケ行かない?」

 

「……へっ?」

 

 

 

 *

 

(思ったよりも普通に良い子だわ、この子……)

 

 ホッカイドウトレセン学園からすぐ近くにある門別の町の中にあるカラオケ店へと赴いた2人。ウマ娘の脚で走れば10分程度の道のりである。

 

 そして中央に出てきてからは、ほとんど縁の無かったチェーン店ではない個人経営のカラオケである。

 

(正直、こっちの雰囲気のがアタシ的にはめっちゃ落ち着くわー)

 

 

 この門別の地においてはナイスネイチャは、実は他のウマ娘からは紛れもなく都会派扱いをなされているものの、彼女自身は下町のスナック育ちなので、むしろお酒を飲む場所を兼ねているようなカラオケのお店の方がホームグラウンドなのである。

 緑スキル・スナック〇というやつだ。

 

 でも、レース場近くのお店ということもあり、地味にカラオケの機種は最新のものが入っていて、競走ウマ娘という若者需要を見事に掌握している辺り商魂たくましさもある。まあお酒を飲まない彼女たちは客単価としては微妙だが、プロのボーカルトレーニングを受けていることもあって歌唱力はピカイチなのだから、集客という意味ではお釣りが来るレベルなのである。

 

 とはいえ、時間的にも早かったことからナイスネイチャとナスノホシジョー以外にお客さんは居なかった。

 

「というかネイチャちゃん。……大分、渋いバラードを入れるよね。私達が生まれる前の曲でしょ、それ?」

 

「あー……まあ、アタシ実家がスナックなんで……ハイ」

 

 そしてお客さんがいないのにも関わらず、ここのカラオケ店の店主を務めているおばちゃん世代の曲をしっかりと入れる辺り、この年齢層向けのファンサービスに関して言えば、他の追随を許さないのがナイスネイチャというウマ娘なのだ。

 

 しかもこのナイスネイチャとかいうウマ娘は、現時点においては歌の完成度はここでは一頭地を抜く才覚を魅せている。そんな化け物が世代直撃バラードなどという代物を歌うなんてことを、素でやってのけてくれるのだから、門別も新たな『商店街(・・・)』となるのは時間の問題であった。

 

「……それで。どうしてホシジョーはアタシのことをこうやって誘ってくれたりしたの? イヤ、悪いって言う訳じゃないよ? むしろ全然構わないけど、でもちょっと急だなって気もしたから、さ」

 

 そうネイチャが言えば、ナスノホシジョーは姿勢を正した後に、真剣な面持ちになってこう答える。

 

「私は、町で言えば荻伏……ってネイチャちゃんには分からないか、門別からちょっと東に行った場所の出身だからさ、地元と言えば地元なんだよね。

 多分、中央に居たネイチャちゃんには分かりにくいかもなんだけど。中央とは逆に、ちゃんと走れる子であればある程、転校しがちな場所なんだよね、ホッカイドウトレセンってさ」

 

「……?」

 

 そう言ってナスノホシジョーは説明をする。

 確かにトレーニング設備で言えば地方随一の施設を備えているホッカイドウトレセンであるが、ジュニア級が終了時点でここに残留を決めるウマ娘は3割程度しか居ない。何故か。理由はいくつかある。

 

 1つに、ここでの最高の格付けはJpnⅢの交流重賞レースとなる。JpnⅠやJpnⅡといった、日本国内に限れば実質GⅠ、GⅡ扱いのレースは門別には存在しない。

 勿論、それだけで必ずしもレベルが低いということを示すものではないのだが、とはいえ地方唯一のGⅠレースである『東京大賞典』を擁する大井レース場を始めとして、関東地方にはGⅠ相当のダートグレード競走の半数が集結している上に、持ち回り開催のJBC競走も半分くらいは関東開催となる。

 地方にとって『格付け』という尺度で見た場合、関東地方というのはやはり別格となってしまうのだ。だからこそ、中央への進出を目指す子のほかに、そうした関東への転校を志すウマ娘というのもそれなりに多い。

 

 

 そして2つ目の理由。

 

「……それに、ここは北海道だからさ。冬は雪が積もっちゃうからレース出来ないんだよね」

 

 11月の上旬くらいで門別はレース自体が開催されなくなり、次の開催は翌年の4月だ。これはかなり致命的で、ジュニア級ウマ娘にとって『翌年の4月』というのは既に皐月賞が始まるような時期なのだ。そのタイミングで長期休養明けレースとなるのだから、コンディションが上がってくるのは上手くいかないと5月以降となってしまう。で、あれば冬季開催のある場所に転校する方がレース感覚を鈍らせずに居られるというメリットが大きいのである。

 

 

 まだジュニア級の6月中旬……だけど。

 ここ、門別において。今のメンバーでずっと一緒に居られる期間はどんなに長く見積もっても――あと5ヶ月程度しか存在しない。だからこそナスノホシジョーは、このタイミングでナイスネイチャを誘ったのだ。

 

 

 いずれナイスネイチャが中央に戻るとしても、彼女が門別に居たことを忘れないように。

 

 

 そして。

 ――ナスノホシジョー自身が、いつか門別を去ることになっても悔いを残さないために。

 

 

 

 *

 

 月日は流れ、6月末の日曜日の第11レース――メインレース。

 本州で言えば夏を感じさせるこの季節だが、あいにくの雨模様。漆黒に包まれた空は暗雲……が見えるわけもなかった。ナイター開催だからである。

 

「――門別グランシャリオナイター、本日のメイン、最終11レース。ジュニア級ウマ娘のオープン戦、外回りの1200m。

 URA認定栄冠賞……格付けはH2。レース発走時刻は20時40分の予定です――」

 

 

 ――日本で最も早い地方重賞レースが、まもなく始まる。

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