最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
「1番人気は4枠4番のナイスネイチャで、2番人気が6枠8番・ナスノホシジョーです。この2人はスーパーフレッシュチャレンジにて直接対決がありますが、対戦成績ではナスノホシジョーに軍配が上がっております――」
「そうですね。ですがファンがナイスネイチャを1番人気に指定したのは、彼女の爆発的な末脚を期待してのことと……、それと元々は中央でデビュー予定であったというポテンシャルを評価してのことでしょう。実際に彼女の前走はその素質を遺憾なく発揮したレースでした」
小雨降りしきる夜の門別レース場にて。
4番のゼッケンをつけたナイスネイチャは、観客席へと向かっている。
「おー……今日は、トレーナーさん控え室待機じゃないんだ」
そしてナイスネイチャに負けず劣らずの『ホッカイドウトレセン関係者』というゼッケンを黒ローブの上からデカデカとつけている男へと話しかける。
今まで観客席立ち入り厳禁だった男が、何故今日は許されているのかと言えば、前走の未勝利戦・アタックチャレンジの勝利インタビューにて、花火のごとく次走予定を魔法で空に打ち出すという、とんでもない悪目立ちをしたことに起因している。
門別レース場スタッフからすれば、それまでずっと隠してきていた恥部がメディアに目立つ形で露呈してしまった以上、変に隠すのは諦めたということであろう。北海道行政サイドが匙を投げたとも言う。
ただ、男はそのような上層部の意向も、目の前のネイチャの揶揄も気にせずに次のように述べる。
「――今の段階での1番人気にさほど意味はない。
イスネイ、それは分かっているな?」
「ま、ホシジョーには負けてるし。流石に慢心はできない……っていうか、したくても無理だけどアタシには、ねえ」
気負ってはいないが、さりとて気を緩めているわけではないナイスネイチャの様子に、黒魔導士は満足そうに目で頷く……が、顔にはしっかりと仮面をしているので、その所作はナイスネイチャも見逃すほどには分かりにくいものであった。
「そのナスノホシジョーだが、どうやら前走は3着だったようでな。それも1000mで1着と3バ身ほどの差があった。だからこそ3着の後に1着と調子が上がっているように見える貴様が晴れて1番人気……その程度の絡繰りだ」
「……何というか、トレーナーさんって見た目の割にはちゃんとトレーナーやってるよね」
そんな軽口を叩きながら、出走時刻が近付いてきたためにナイスネイチャはゲートへと向かう。離れると観客席に居る男の異様は目立つ……かと思ったが、ナイターレースということもあり夜闇に紛れてしまっていた。
もっとも、その分。男が着ている関係者周知ゼッケンはめちゃくちゃ目立つのだが。
*
(……あ。ファンファーレの音程ミスったね)
地元の学校の吹奏楽部によるファンファーレ演奏を聞いていたナイスネイチャは若干ほっこりとした気持ちを抱きつつも、その後はレースに完全に頭を切り替えた。
栄冠賞はダート1200m。外回り全周1600mの門別レース場において、この短距離は、バックストレッチのポケットからスタートして1周未満で終わる長さだ。
「さあ、本日出走の11名がゲートイン完了……スタートしました! URA認定栄冠賞、まず好スタートを切ったのはクラジョウオー、先手を譲らずにこれに競り合うのがデュオジャヌイヤ――」
ナイスネイチャは、雨粒が自身の身体に打ち付けるのを感じつつ、遥か前方に居る白旗を持った係員が退避するのを見ながら、中団に控えていく。
短距離のダート戦。短い距離だし、パワーも要るということで、脚質のことを考えないならば前に付いていた方が有利になりやすいというのが定説。しかし、それは周知の事実であるがために、このスタート直後の先頭争いの攻防は必然と激しくなる。
(……ま、そういうガラじゃないしねえ、アタシは)
前を争うのは2人か3人といったところ。そこからは距離を取って、もう1人先行させての5番目。今日のナイスネイチャの位置取りは集団中央に陣取る形となった。
「――4番手にはカネマサルビー、そしてその後続に1番人気のナイスネイチャ。これは落ち着いた位置取りです。そして、そのすぐ外には2番人気のナスノホシジョー」
やや外枠からのスタートであった6枠8番ナスノホシジョーが、そのナイスネイチャの外にぴったりとくっ付いてくる。
(しっかし、走りにくいですなー……。ホシジョーの位置取り……ってよりも、これが不良バ場のダートの洗礼というやつですかねえ)
足元から聴こえてくるのは、ぴしゃっ、というような水溜まりを踏みしめる音。ただでさえ水浸しの不良バ場は、泥のようになっていた。
可能であれば水溜まりになっている場所は少しでも避けたいが、急激な進路変更は走行妨害となる可能性もあるので安易には出来ない。それに……。
(普段は気にならないけど、コースの外にナイターの照明があるから前を行く子の影になって所々足元が見にくいっ……!)
ナイター開催特有の影の出来方。ナイスネイチャは既に3戦目である以上、それにある程度慣れてきていたつもりではあったものの、北海道の生え抜き……いや、生まれたときからこの門別の近くに住んでいるようなウマ娘が相手となると、流石に自身の戦略的な不利を悟らざるを得なかった。
隣を走っていたナスノホシジョーは、いつの間にかやや後退していたものの、彼女はナイスネイチャの後ろに入って内を取ることはせず、内に誰にも居ないのにも関わらず僅かに外に付けながら走っているところを見るに、彼女はナイスネイチャの影に翻弄されないように意識しているのだろう。
「さあ、間もなく第3コーナーに入りますが、依然先頭はクラジョウオー率いる3人の集団となっています――」
*
『どりゃあああああっー!!』
第3コーナー途中の残り600m地点で新たな動きが後方から生まれた。それまでナイスネイチャよりも後ろを走っていたウマ娘が、カーブを活かして大外を大きく迂回するような経路を取りながらナイスネイチャやナスノホシジョーらを抜き、前へと勇み出でるようなロングスパートに討って出てきた。
「おっと10番スーパーノバを躱して1番のミニロータス、ここで前に進出でしょうか? 外からぐんぐんと上がって先行集団を早くも射程に捉えていきます」
「これは……ええと、どうでしょう? 僅かに仕掛けが性急な気が否めませんが……いや! この動きに呼応してナスノホシジョーも追走しますね」
「2番人気のナスノホシジョーもロングスパートか!? 彼女の動きを皮切りに他の子たちも慌ただしくなってまいりました――」
(やばっ、ホシジョーも動くのかい!? ……えぇー、でもなあ……)
先頭争いをしていたウマ娘らの中には、やはりこのスタミナ消耗の激しい雨の不良バ場ということもあってだろう、まだ1000mも走っていない状況で徐々に落ちてきている子も存在した。
それらの子を容赦なく抜き去るも、逆に早期スパート組に抜かれて6番手となったナイスネイチャ。前に行かねばという焦燥感を生みつつも、しかしそれを躊躇する心ともせめぎ合い、彼女はここでの判断を迷い……保留とした。
(最終直線まで……この位置で粘る!)
「さあ一番手はクラジョウオーですが、スパートをかけてきたナスノホシジョーがいち早くそのクラジョウオーを捉える勢いか!? その後ろにカネマサルビー、ミニロータスと続く――」
*
「さあ、第4コーナーから最終直線に入りまして先頭はクラジョウオーが今だハナを譲りませんが、ちょっと厳しいでしょうか」
「序盤から先行組と争い、そしてコーナーではロングスパート組を見て負けじとペースを上げた彼女にとって相当苦しい展開であることは間違いないでしょう。
言い換えれば後ろの子たちにもチャンスはありますよ」
(よし……ここからっ!)
ナイスネイチャの最終直線から仕掛けるという判断は、決して悪いものではなく、むしろセオリーに近いやり口でもあった。
先行有利の短距離ダートのレースとはいえ、この門別レース場の最終直線は330mと、地方レース場の中でも最大ではないものの屈指の長さを誇る。地方レース場は基本中央よりも小ぶりなので距離が稼ぎにくい上に、中央だとダートは芝の内側に作る都合もあって、最終直線の長さは短くなりやすい。にも関わらず330mという長さは中央のレース場であってもそれより長いダートコースは4か所しか存在しないほどだ。
だから、その長いダートの最終直線を活かすという判断は、差し脚に優れるナイスネイチャであれば、むしろ当初の予定通りともいえるレース展開。
先行組の多くは既にカーブで垂れ、ロングスパート組も流石に雨の不良バ場という絶望のコンディションの中では、短距離戦であるにも関わらず既にスタミナ勝負の様相を示しつつあった。
「残り300mを通過して、先頭代わってナスノホシジョー! ナスノホシジョーが行きます! それに続くのはカネマサルビーですが、そのカネマサルビーも、ぐんぐんと突き放していく!」
「カネマサルビーも追随を許さないペースではあるのですが……やはり、前を行くナスノホシジョーが速いですね」
「さあ、間もなく残り200の標識ですが、これはもう決まり……いや。
ナイスネイチャだ! ここで、一番人気のナイスネイチャが後ろから一気に詰め寄せてきている!」
天気もバ場も展開も大荒れの日本最速の地方重賞レース。
その最速の頂を掴むのは、果たして――。
*
「ナイスネイチャが、確実な手応えであっさりと抜き去り3番手まで進出! 2番手、カネマサルビーまでは3バ身から4バ身! 更に先頭のナスノホシジョーまでも2バ身近く距離がありますが、これは間に合うか!? 残り100!
ナイスネイチャ、それでも前との差を詰めていく! 見る見るうちにカネマサルビーとの差は迫ってきました、これはもしかするか!? しかし1番手のナスノホシジョーとは、ナイスネイチャの怒涛の猛攻でも依然厳しい距離があります。
しかし、さあカネマサルビーとナイスネイチャ、並ぶか……並んだ! そしてそのままゴールイン! 2着争いは非常に僅差となりました!」
「いや、これはナイスネイチャ、末恐ろしい才能を見せましたね。あそこから、まさかここまで肉薄してくるとは思いませんでした――」
――確定。
1着、ナスノホシジョー。
2着は4バ身差で……カネマサルビー。3着、アタマ差、ナイスネイチャ。
そして。
4着のクラジョウオーとは更に4バ身の差があった。
*
(……うん、悪くないよ、アタシ。
ちゃんと、結果は残せてる。……けど)
ナイスネイチャは、空を見上げる。
雨はレースが終わっても未だに止んでいなかった。ずっと降りしきる雨は、アドレナリンで興奮状態にあったナイスネイチャの身体を冷ましていく。
そして、雨よりも。その『空』には目に留まるものが――ずっとレース場を照らすナイター用の照明があった。
「……っ。
まぶしー……」
そしてナイスネイチャは『身体を冷やし過ぎないため』という考えを生み出して、その場から手早く撤収したのであった。
そして、控え室に戻れば。
今日は観客席に居たはずの黒ずくめの男が、いつも通りそこに居た。正確に言えばレースが終わってナイスネイチャよりも先にこの部屋に戻ってきていただけだし、『門別レース場関係者』ゼッケンはご丁寧にも付けっぱなしなので、いつもとは違う様子も散見されるけれども、それでも雨粒ひとつ垂らしていないその姿は、ある意味では不変性という形の安心感を与えるものであったのかもしれない。
珍しく、男の方から先にナイスネイチャに話しかける。
「……改めて、言っておくが。
『3着』であることを是とする俺に付いていく、ということは。この先、ずっと同じような経験をすることになる……それは肝に銘じてほしい」
「……アタシの覚悟が甘かった。
『いつも通り』の結果を出すことで高みへと連れて行ってくれる、ってトレーナーさんは初めに言ってくれたけど。
……それって、前向きに受け入れるのは……想像以上に難しい」
今日のレースの結果は、かなり良い。1着では無かったとしても、あれだけ大荒れの舞台で、しかも最初の地方重賞レースをこれだけのポテンシャルを引き出せたのだから、それは卑下する必要の無い――勲章だ。
慣れないことの連続であるにも関わらず、ナイスネイチャが現状可能な手立てはしっかりとレース中に組み立てられている。しかし、男はそうした『客観的事実』と『データ』を指摘しない……何故か。
『目の前のウマ娘』が本当の意味で『普通のウマ娘』に戻るタイミングはここかもしれない、と男は確信していたからだ。
今の彼女に決定的に不足しているのは自分自身に対しての自信であり。その意味では、この栄冠賞という地方重賞は、ある意味では早すぎる選択であったかもしれない。
――が、それでも男がナイスネイチャを栄冠賞に出走させたのには、単に名前がカッコいいからという理由や函館ジュニアステークス優先出走権以外にも意図はあったのだ。
「現時点の門別において、やはりナスノホシジョーは隔絶した実力を有しているだろう。
無論、それは単純な強さだけではなく地の利、早熟性などそうした要素も加味した上で、だが」
「ま、何となくそれは分かるかも」
「それは逆に言えば、現在だからこそしか感じ得ない『差』でもある。
しっかりトレーニングを積み、ゆっくりとデビューしていれば、おそらく貴様はこの感覚を味わうことは今の段階では決して無かったはずだ。
俺は、貴様に頂の景色を魅せることに興味がある。だからこそ……目先の勝利を追うことも無い」
男にとって、真に重要なのは現時点で強敵とぶつけることで彼女の勝負強さをブラッシュアップすること。それにはトレーニングや模擬レースよりも実戦経験を積むことこそが大事と考えていた。
そして、その『実戦での強敵』にはトウカイテイオーすらも役割不足である。……だって、彼女はまだデビューしていないのだから。
ここに日本最速の地方重賞の『栄冠賞』出走の本質があったのだ。
「勝ちたいならば、勝てばいい。別に俺は勝つなとは言ってはいないし、それが可能であれば最上であろう。
だがな。俺が貴様に求めるのは『勝つ』ことではない。そこを履き違えるな」
「……つまり、勝敗で一喜一憂するな、ってこと……か」
それはジュニア級のデビューしたてのウマ娘に対しては、あまりにも酷な話でもあった。
……しかし。ナイスネイチャが一度選んだこの道は。そういう道のりであることには違いなかった。
数分考えて、真摯に向き合ったナイスネイチャはこう答える。
「……トレーナーさん。
一旦保留、ってコトでも良い? ……今すぐ、整理できそうなことじゃ……ないかも」
自分自身の実力を『いつも通り』出した結果が、『3着』であることを表面上では受け入れようとしている彼女であっても、そこに付随する『勝敗』に左右されないメンタルを手に入れるという難しさには素直に頷くことが出来ないのは致し方無いことでもあった。
男は、そのナイスネイチャの判断に対してこう返す。
「別に構わん。
……それより、レース場のスタッフに預けていた貴様の私物が返却されて、そこに置いてあるぞ」
「え、マジ? ……って、ケータイのバイブめっちゃ鳴ってるじゃん!
ちょっと、確認しておきますかー」
スマートフォンを取り出して、メッセージをチェックする。大体は今日のレースのことであったが、今日の栄冠賞とは全く関係の無いことをメッセージで呟く相手が居た。
◇
| < ツインターボ け TEL Ξ |
6月22日
テイオーが飲んでるはちみー 16:42ターボも飲む!! 甘すぎ!! 16:47
17:22 それはそう
ネイチャの舞!!!!!! 17:49
17:51 ……なにそれ?
ネイチャの必殺技って 17:56テイオーが教えてくれたよ!
17:57 テイオーめ…適当言いよって…
今日
7月になったらイクノと一緒にネイチャ 19:02のとこに合宿いくことになったよ!! あ、ネイチャレース中だった 19:08
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「ターボとイクノが、ここに来るの!? 初耳なんですけど!!」