最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第7話 合宿先の現地ウマ娘・ナイスネイチャ

 ツインターボとイクノディクタスの夏合宿の話はどうやら本当だったようで、翌日にナイスネイチャの下にイクノディクタスから説明の電話がかかってきた。

 

 当然、イクノもターボが知ったタイミングとほぼ同じ時期にその話については知っていたが、それをすぐさまメッセージで送らなかったのは、レース出走直前というタイミングを気遣ってのことだろう。

 一刻も早くネイチャとこの喜びを共有したいという一心ですぐさまメッセージを送ったツインターボとは対照的であろう。いずれにしても両名ともに、ナイスネイチャのことを大切に思っているからこその行動である。

 

 なお、今年のデビューではないマチカネタンホイザは、まだ基礎練習の段階なので、実践的な調整を行う2人に同行することは無かった。

 

「肝心の合宿の中身については……うん。トレーナーさんが何とかしてくれるから問題は無いのだけど……最悪、2人のトレーナーさんも居るし、そこは大丈夫」

 

 ナイスネイチャにとっては普段通りのトレーニングをベースに、併走などの合同練習がちょっと増えるくらいだ。その辺りの細かい調整は、常識は無いが意外と変なところに目が届くあの黒魔導士ならば何とかはするのだろう。

 ツインターボとイクノディクタスにとっては『夏合宿』であっても、ナイスネイチャにとっては『日常』だ。何故なら、北海道のどこかの合宿所を借り受ける訳ではなく、ホッカイドウトレセン学園――門別に直接やってくる、とのことだったからである。

 

(……そう言えば、ここって他のトレセン生にも有料で貸し出されているんだっけ)

 

 ナイスネイチャは門別に来たばかりの頃に、確かそんな話も聞いた気がするなと思い出す。事実、イクノディクタスは今年のクラシック戦線をティアラ路線で戦い抜いているウマ娘だ。桜花賞やオークスにも出走しており、今はその春のGⅠレースを終えての長期の調整のタイミングに入っているだけに、このタイミングでの合宿というのは確かに理に適っていると言えるかもしれない。

 

 一方で、ツインターボはナイスネイチャと同期ながらもまだデビューしていない。どうやらターボトレーナーは、ギリギリまでメイクデビューを遅らせる魂胆のようだ。早期から困難なレースに出走させまくる黒ずくめの男とは正反対の育成方針だが、これについてはどちらも一長一短ではある。

 加えて言えばジュニア級時点での合宿は色々と準備不足になりかねないために、比較的レアな部類に入るが、代わり映えしないトレーニングを連続させてツインターボを飽きさせてしまう、という危険を鑑みれば決して悪い選択ではないと考えられる。

 まあ、ターボが『行きたい!』って言っただけかもしれないが、その辺りの細かい部分はナイスネイチャも知る由もなかった。

 

 閑話休題。

 ともかく、この『合宿』で主導を握っているのは、ターボとイクノのトレーナーであり、ナイスネイチャでも黒魔導士トレーナーでもない。

 だから純粋に合宿だけで考えるならば、ネイチャが憂慮することは実は少ないのである。……問題は。

 

「……アタシ、この辺りの観光地とか遊べる場所……あんまり知らないんだけどっ!」

 

 メイクデビューが5月前半で、そこから数えると未だ2ヶ月程度しか経過していないから無理もない。

 しかもその2ヶ月で既に3戦もレースに出ている都合上、日程的にもかなり逼迫して余裕はなかった。それでも、寮で同室のソーエームテキとホッコータルマエ尽くめの苫小牧に行ったり、ナスノホシジョーと近場の町に繰り出したりするのを筆頭に、それ以外にも適度に仲良くなったクラスメイトと息抜きはしていたのだから、ちゃんと交流している方ではある。

 

「どうしよう、ソーエーに頼る……? ううん、確か今月中にレースって言ってたからそっちで忙しいだろうし……。

 じゃあホシジョー……って、今のところアタシらの世代トップの子に頼むことじゃないよねえ」

 

 ネイチャが一番頼みやすいのはやはり同室であるソーエームテキであるものの、関係が近いからこそ直近の予定も何となくは把握しており、だからこそ無理強いすることが出来なかった。そしてナスノホシジョーについても今のナイスネイチャは知る由もなかったことではあるが、7月中に出走を予定していた。

 

 

「――じゃあ、私が付き添ってあげよっか?」

 

 そんな頭を抱えるナイスネイチャに声をかけるウマ娘が1人。その子の名は――

 

「ドラール!? ……マジ?

 でも、ドラールも今月レース入ってなかったっけ、大丈夫?」

 

「あー、まあ未勝利の取りこぼしを拾いに行く感じだから、息抜きも出来ないほど……ってワケじゃないし。

 何より、中央のティアラ路線本流の子と私達の同期っしょ? むしろ役得かも?」

 

 ――ドラールオウカン。

 彼女もまたホッカイドウトレセン学園の一員であり、ナイスネイチャの同期兼クラスメイトであった。

 

「イクノはまだしも……。ターボは、何かあの子を中央の『基準』とするにはちょっと釈然としない感じはあるんだけど」

 

「私個人としては、そっちの『ターボ』って子の方が気になる……のかな?

 何か、将来的に『ぎゃふん』と言わされるような感じがあると言うか」

 

「……ドラール。そんなオカルト的な――」

 

「オカルトって言うなら、ネイちゃんのトレーナーの方がぴったりじゃない?」

 

 ナイスネイチャはそのドラールオウカンの返しに閉口するしかなかった。

 

 

 

 *

 

「ネイチャのトレーナー! ターボにも黒魔術見せて!」

 

「良いぞ」

 

「あ、ネイチャさん。お久しぶりです。……えっと、そちらの方は――」

 

「どーもどーも、イクノ。

 でー、こっちはドラール。アタシのクラスメイトのドラールオウカンね」

 

「ええと、イクノ先輩……って言えば良いでしょうか――」

 

 ホッカイドウトレセン学園内の食堂やカフェテリアは実は何軒か選べるシステムになっていて、その中の1つで蕎麦が有名な食堂に中央・門別の4人のウマ娘プラス不審者の5人は陣取る。

 

 挨拶も早々にツインターボが黒魔導士に対して魔法をねだったために、まずはそっちに集中することになる。

 

「――ここに1本の瓶があるだろう?」

 

 そう言って机の上に置かれている淡い緑色の空き瓶を1つ指差す。これは食堂でツインターボが注文したコーラを飲み干した後のものであった。

 そして男は、杖を取り出してその瓶へと向ける。別世界においては優秀な無詠唱魔法の使い手としても名声高い男ではあったが、こういう場面において非魔法使いがクラシックな詠唱手法を好むことは熟知の上での行動であった。

 

 ただし、同時に最近になって男の世界の魔法言語が全く通じないことも理解してきた男は詠唱文そのものはやはり無詠唱でただ杖を振るう所作だけをウマ娘らに見せつつ魔法を放つ。

 

「――はぁっ!」

 

 この瞬間だけは、若干冷めた目つきだったナイスネイチャや、他の門別ウマ娘よろしく男のことを不審者として認識しているドラールオウカンも注目する。

 

 そして男の杖から可視化された魔力の光条が緑色の瓶を貫く。

 

 包まれていた光が晴れたときには何と――。

 

 

 瓶は無色透明となっていた!

 

 

「すごい、すごい!! ネイチャのトレーナーやるじゃん!!」

 

「……えっ、ターボ……マジ?」

 

 純粋に喜びの舞をみせるツインターボと、あまりにしょうもない魔法に対して感動の声を挙げるターボにビビるナイスネイチャ。その2人を尻目にイクノディクタスは冷静にこの場を収める――

 

「……なるほど。分かりましたよ、ネイチャさんのトレーナーさん。

 これは、色付きの瓶を無色透明とすることで、あらゆる瓶を『無色の瓶のゴミの日』に捨てられるようにする魔法、ということですか――」

 

 ……ことは無かった!

 

「イクノディクタス。貴様の目も中々優れた洞察をしているようだな」

 

「あちゃー……イクノ先生もそっち側ですかい……」

 

 感心したように声を挙げる男と、諦観するナイスネイチャ。

 

 

「というか。日高町のゴミ出しのルールでは、別に瓶の色の指定は無いから無意味なんじゃ……」

 

 ドラールオウカンが会心の一撃を男にぶつけると、全員が押し黙った。

 

 

「……さて。それよりも、イクノディクタスとツインターボ、貴様らのトレーナーは今どこに居る――」

 

 ナイスネイチャは内心、話を逸らしたな、とは思ったものの、それは情けで口には出さずにそのまま男の逃避の一言を流す。

 当然、最底辺に落ちているドラールオウカンからは、非常に冷たい視線が送られていたのは言うまでもない。

 

 

 

 *

 

「なるほど……サイクリングとは考えましたねえ、ドラールさんや」

 

「えへへ……」

 

 イクノディクタスとツインターボにとっては合宿、ナイスネイチャやドラールオウカンにとっては日々のトレーニングの合間として、4人の休みの日を合わせての行き先に、ドラールオウカンはサイクリングを選択する。

 ただ、ウマ娘にとって自転車はあまり馴染みの無い乗り物なので、乗れない子も居たが、それは黒魔術で何かこう運転技術を一時的にインストールすることで何とかすることになった。

 

 場所は、ネイチャが前に行った苫小牧よりも少し先にある白老町というところで、湖を1周する約7kmのサイクリングコースである。その湖の畔で自転車をレンタルしてから4人は、自らの脚で地面を蹴ることなく走り(・・)出した。……とはいえ。

 

「――ターボエンジン全開っ! 行けえええええ!!!」

 

 と、ツインターボが初っ端から暴走をかましたことで、当初は、夏の青々とした北海道の山々と湖のコントラストの対比でも楽しむ優雅な催しになる予定であったものが一瞬で崩壊する。残った三者はいずれもデビューを終えた競走ウマ娘ということもあり、そのツインターボのスタートダッシュは、たとえ競技種目が違ったとしてもウマ娘の闘争本能をくすぐる結果となってしまった。

 

 ある意味では普通に走ったら、芝とダートの得意不得意などでどうやっても有利不利が生まれてしまう以上、サイクリングでの対決となったのは全員にとって好ましかったのかもしれない。

 

 

 ……ただ。唯一問題があったとすれば。

 

「ゴールしたのは良いけど、イクノにドラール。

 ……そろそろ、ターボ拾いに行こっか」

 

「……そうですね、ネイチャさん」

「そうだね、ネイちゃん」

 

 7000mという超長距離を、ウマ娘にとって『速力を制限する拘束具』であるところの自転車を用いて走った際に、デビュー前のツインターボが最初からガンガン飛ばしたら、如何に黒魔術運転術で走行技術は問題ないとしても、早々とばてるというのはある意味では当然という結果だったのかもしれない。

 

 

 

 *

 

「うまーい!」

 

 ヘロヘロターボを拾った一行は、ターボのスタミナが回復するのを待った後に、レンタルの自転車を返却して湖を後にしていた。そして、町中の方へと戻っていくついでに、途中で見つけたお店に入って、そこでバーガーやベーグルを注文する。

 

 この辺りは一般的な郊外の都市といった感じではあるものの、その町の規模に反して既に著名なGⅠウマ娘を幾人も輩出していることで有名で、そうした都合上、ウマ娘にとって住みよい環境が整備されていたりする。

 具体的に言えば、今彼女たちが居るお店も沢山食べれば食べる程に割引率が高くなる『ウマ娘割』なんてものが採用されていたり。

 

 なおツインターボは見た目が色鮮やかであったりするような目立つ料理を好む、というちょっと変わったタイプの偏食ウマ娘であるが、だからこそ野菜の彩りも相まって様々な色が入っているバーガーを美味しそうに食べている。

 確実に偏食なのに、味の好き嫌いというよりも、見た目での食わず嫌いの方が圧倒的に多いから、意外とターボは食べてしまえばどうにでもなるタイプである。

 

 ……どこか別の『お野菜たべやさい!』世界線におけるフグ毒抜きゆっくりテイオーの野菜嫌いに比べれば、ターボの偏食はまだ可愛いものなのかもしれない。

 

 閑話休題。

 

「そういやさー。イクノとターボはいつまでこっちに居る予定なの?」

 

 ナイスネイチャがそのように話しかければ、ポテトを摘まんでいたイクノディクタスが答える。

 

「8月いっぱいまで……と言いたいところですが、私の次走が9月初旬の紫苑ステークスと構想していますので、8月半ば辺りには調整も兼ねて戻ることになるかと」

 

「ははー……なるほどねえ。ターボは……まだデビュー戦の前に特訓積むみたいだし……そういや、ドラールは?」

 

「つい最近、未勝利戦は勝てたんで8月の初っ端にオープン戦に行くって話になってるよー。えっと……多分、ペリドット特別になる……かなあ?」

 

 ドラールオウカンの言うペリドット特別とは、門別のローカル・シリーズにおけるオープン戦であり、ダート1200mの短距離戦の舞台である。もっとも、ネイチャの前走にあたるH2・栄冠賞もまた同じ距離での施行であったため、この時期の門別のジュニア級レースとしては頻出の長さであることには違いない。

 

「じゃあ、ターボもドラールのレース見に行く!!

 ……良いよね、イクノ!?」

 

「私よりもターボさんのトレーナーさんに聞いた方が良いとは思いますが……。でも、門別レース場での開催でしょうし、きっと見に行けると思いますよ」

 

「やったー!」

 

「こらこら、ターボ。食べるか、喜ぶかどっちかにしなさいな」

 

 むしゃむしゃベーグルに食らいついていたツインターボの口元のソースを、ナイスネイチャが拭きながらそうしたやり取りをしていた。

 

 

「まったく、ターボはそそっかしいんだから――って!?

 ――イクノ!?!?」

 

 

 ネイチャの驚きの声と同時に、ドラールオウカンとツインターボもイクノディクタスの方を見やると、口元にソースが付いていたターボがどうでもよくなるくらいに、はちゃめちゃに服や手元、眼鏡すらも汚しながらバーガーと悪戦苦闘しているイクノの姿があった。

 

「イクノ先輩大丈夫ですか!? って、私は店員さんを呼んできますね!」

 

「イクノ! じゃあ、ターボが食べさせてあげるっ!」

 

「そんなことよりも、拭かなきゃダメでしょ! 後はトレーナーさんたちに連絡して着替えを持って来てもらわないと――」

 

 

 

 ◇

 

 イクノディクタスのヒミツ

 実は、ハンバーガーの食べ方がヘタ。

 

 ◇

 

「イクノディクタスとそのトレーナーから連名で、この国の伝統的な嗜好加工品を頂いたのだが……これはどういうことだ、イスネイよ」

 

「あー、素直に貰っちゃっていいやつだねえトレーナーさん。謝礼とかそんなカンジだと思うわ、そのお茶菓子。

 ……まさか、あの『瓶を透明にするだけの魔法』が、色を抜く部分だけを応用することで、シミ抜きに使えるなんて……まさかイクノの慧眼の方が合っていたとは、ね」

 

 内心ではナイスネイチャは、そんなに簡単にシミ抜き出来るなら自分で使いたい、と思うレベルではあったものの、それは口には出さない。それを本気にされてマジで黒魔術を覚える羽目になるのを彼女は避けたかったからである。

 一応、あの後の顛末は連絡を受けてから着替えの服……というか、イクノディクタスの旅行用のカバンごと彼女のトレーナーから男に手渡され、転移魔法を用いてそれを配達したことで事なきを得ることとなった。

 

 そして帰宅してからハンバーガーの汚れが大きく付いてしまった服を手洗いしていた際に、匂いや大部分の汚れ自体は取れたものの、時間経過もあってか若干残ってしまっていたシミを、様子を見に来た男が先の魔法の転用で無色化してしまったのである。

 

「……そういうことなら貰っておくが。

 それよりもイスネイ――次走の策定を行った」

 

「へえ。でもアタシが聞いても、分かるのそれ――」

 

 

「――8月前半の『ペリドット特別』だ」

 

「……っ! ドラールに敢えてぶつけるって魂胆、ってこと……だよね、トレーナーさん?」

 

「ああ――」

 

 

 見た目にそぐわず、男の方針は一貫していた。

 前走・栄冠賞と同じく、実戦にて強敵に意図的にぶつけることこそ、この男の狙いなのだから。

 即ちこれは、次走でのドラールオウカンとの対決が確定した瞬間でもあった。

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