最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ   作:エビフライ定食980円

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第8話 ジュニア級8月前半・ペリドット特別【地方OP】(門別・ダ1200m)

 ペリドット――それは緑色の宝石の一種。

 紀元前の時代より宝飾品として珍重されたこの石は、古代エジプトや古代ローマの諸王にも愛された。

 この石の大きな特性は、1筋の光がペリドットに入射した際に、2つの光として出ていく物理現象――複屈折が特に顕著に見られるというところにある。つまりそれは、少ない光の中にあってもよく光って見えるということに繋がり――その僅かな光でも光り輝く性質から過去には『夜会のエメラルド』とも評された、という逸話が残っている。

 

「――この場で言うのもアレだが、今日の『ペリドット特別』は、前走・栄冠賞ほど困難なレースではない……まあ、当然だな。前回は地方重賞で今回はオープン戦……文字通り格が違う」

 

「ドラールが1番人気で、アタシが2番人気だしねえ……」

 

 僅差ではあったものの、栄冠賞で3着であったナイスネイチャが2番人気で、昨月の未勝利戦を1着で突破しているドラールオウカンが1番人気。この2人の人気は3番手以降と比較するとやや飛び抜けていた。前評判ではこの2人の一騎打ちになるだろうという予想である。

 

 

 ――ただし。

 より高難易度のレースに挑んでいるはずのナイスネイチャの方が人気が低いという点は見逃してはいけない。

 

「懸念点がある……いや、正しく言葉は使おう。世間からは(・・・・・)懸念だと思われている点は、このレースが皮肉にも『ペリドット』の為のレースとなったことだ――」

 

 『ペリドット』は少ない光でもしっかりと『キラキラ』と光り輝く。その事実を強調するように言い放った男の真意は、今日の天気が物語っていた。

 

 ナイスネイチャは控え室に備え付けられている窓の外を見る。そこには夏の夜空を覆い隠すような分厚い雲が恐らく上空にはあることを容易に想像できるような――雨が降っていた。

 

 

 今日の門別レース場のコンデションは、雨の不良バ場。

 ――栄冠賞と、同じコンデションであった。

 

「……つまり、アタシは不良バ場が苦手だと思われているってことだよね、トレーナーさん」

 

 黒ローブを着た男は黙って頷く。栄冠賞では脅威的な末脚を魅せた上での3着。十二分に素質を見せつける結果にこそなったが、それは同時に外から見ればバ場状態によって十全のパフォーマンスを発揮することができないのではないか、という疑念を同時に植え付けることにもなっていた。なまじ衝撃が強かった分の反動と言い換えることもできる。

 一方で1番人気となったドラールオウカンは、一度も不良バ場を公式戦で経験していなかったため、観客から見れば純粋にここまでの上り調子で判断しただけのことになる。

 

 そうした能力や力量からは少しずれている外からの評価に対して、気の利いたトレーナーであれば担当ウマ娘を慮るような一言があってしかるべき場面ではあったが、この場においては黒魔導士の男がナイスネイチャを黙って送り出したのは、ある意味では最善の一手だったかもしれない。

 

 だって。

 その黒ローブの上には、前走・栄冠賞と同じく『門別レース場関係者』のゼッケンが白々と目立っていて、何を言ってもちんちくりんな恰好では説得力が生まれなかったであろうからだ。

 

 

 

 *

 

 門別レース場での興行においてメインレースは平日の夜に行われる。この理由は単純で、休日はより知名度のあるトゥインクル・シリーズに集客が吸われてしまうこと、そして平日の昼間に行っても来れる人が限定されてしまうということによる折衷案としての意味合いが大きい。

 

 ただ門別の場合、中央とは異なり、最終の第12レースをメインレースと位置付けている。それを21時前に終わらせるようにしている都合上、前のレースの日程というのは朧気ながらも見えてきて、第1レースの開始時刻は、その日に取り行うレース数や日程によっても大きく左右されるものの、大まかには14時半前後のスタートであることが多い。

 

 そんな中ペリドット特別は、メインレースではなく第6レースで、出走時刻は17時20分……つまり、ナイター開催とは言いつつも夕方に施行されるのである。

 

「ネイチャー! ドラール! がんばれー!!」

 

「……ターボさん、合羽を着ててもあんまりはしゃぐと濡れてしまいますよ」

 

 ナイスネイチャは観客席から聴こえてきたツインターボの声援に苦笑いしつつも、ターボとイクノの2人に手を振り返すことで反応する。内心、最終レース間際だったら、ツインターボがもしかしたら睡魔に襲われていたかも、などということを考えていたりもするが、一方でこれだけツインターボとイクノディクタスの2人が目立っていたのは観客席で陣取った場所にあった。

 というのも、例の黒魔導士の男の隣にこの2人と彼女たちのトレーナーは居たのである。門別においては、あまり受け入れられているとは言い難いこの男は、観客席最前に陣取るが、やはりその異様な風貌と風説の二重奏によって遠巻きにちょっと距離を置かれるのだ。お客さんサイドになって考えると迷惑極まりない話ではあるが、厄介なことにナイスネイチャの正式なトレーナーであることは間違いないので、最前に居ること自体はトレーナーとして見れば普通のことでもある。

 

 ただ、中央においては奇人・変人の類に地方よりも耐性があることから、ターボとイクノの2人とも忌避感は皆無に近く、2人のトレーナーも特段大きく問題にしないからこそ、その開いていたスペースに悠々と入り込むことが出来たとも言えよう。

 

 

 そしてファンファーレが鳴り響いた後、ナイスネイチャは意識をレースへと傾ける。

 

「門別レース場第6レースは、ペリドット特別。ジュニア級ウマ娘によりますオープン競走、1200mにて11人のウマ娘が争います。

 さあ、ゲート入りは終わって……スタートしました!」

 

「まずは先手の取り合いですが……8番のクンバカルナが前に行きそうでしょうか――」

 

 

 概ね揃ったスタート。だからこそ、出走しているウマ娘は如何にして出し抜くか、あるいは逆に先手は譲って好位置に付けようか、という激しい駆け引きがなされる序盤も序盤。そのため、誰しもが意識を他のウマ娘に傾け競り合いをしようとする場面。

 

 更に降りしきる雨で視界を狭められ、ダートは泥濘のようにぬかるんだ中での発走という条件でありながら、ナイスネイチャは視野の確保のために真っすぐ前を見据えていた。

 

 

 ……だからこそ――気付いた。

 

「……えっ。……え、ウソ!?」

 

 レース中にも関わらず、驚きに声を出してしまうナイスネイチャ。

 

 そしてその一方コースの外でも、実況の困惑した声が響き渡る。

 

 

「各ウマ娘、素晴らしいスタート……なの、ですが……。

 ……これは……えー、そうですね。『カンパイ』……です、か?」

 

「ええ、はい。先頭の係員が持っている白旗を大きく振っておりますね。いや、このアクシデントはジュニア級のウマ娘には少々酷ですが……。

 あ、でもナイスネイチャなどは気付いて既にペースを落として流していますよ。ですが、先行争いをしている子たちは、ちょっと気付くのが遅れそうですね……」

 

 

「『カンパイ』……えー、つまり『スタートのやり直し』となります――」

 

 

 

 *

 

 ――カンパイ。

 それは公正なスタートが行われなかった際に発生するスタートのやり直しである。ゲートというのは、スターターと呼ばれる高所に居る発走委員がボタンを押して開かれるが、カンパイはそのスタート時に何らかのアクシデントが発生した際に、スターターが赤旗を振り、それを認識したコース上の係員が白旗を振ることでウマ娘に周知される。

 

 ……が、頻繁に発生するものでもない上に、序盤は他に気にかけるべきことも多いことから、自分で決めて、自分で走るウマ娘の身においては、それをうっかり見落としてしまうこともある。

 また気付いても他のウマ娘が走っているならば、見間違いを考慮して走り続けてしまうこともあり得る。

 

「――お知らせいたします。ただいまの発走は、ゲートの誤作動による一部のウマ娘のフライングのため『カンパイ』となりました。

 発走をやり直しいたします。なお各ウマ娘には一度クールダウンしていただきますので、しばらくお待ちください――」

 

 騒然とした会場に、そのようなアナウンスが流れ、僅かに落ち着きを取り戻す観客たち。

 

「えー、お話がありましたが、フライングだったようですね。確かに『カンパイ』が最もあり得るのは、フライングですが……」

 

「そうですね。まあ、8番のクンバカルナがちょっと早かったですからね。中々ゲートの誤作動というのは起こりにくいものなのですが、こればかりは運が悪かったとしか――」

 

 実況と解説が話している中で、アナウンスを聞いた観客席ではツインターボもイクノディクタスも絶句していた。

 

「このようなことが……」

 

「俺の目が確かならば、クンバカルナがスタート前にゲートにぶつかってその拍子で開いてしまったように見えたが。まあ実戦経験が乏しいジュニア級ウマ娘だ、逸る気持ちが抑えきれなくとも無理はない――」

 

 恐らく実況・解説や会場アナウンスも競走ウマ娘本人にプレッシャーを与えないよう若干濁していた内容を、黒魔導士の男はあっさりと暴露する。

 

 旗の合図に気付かずに2、3ハロン程度を走ってしまった先団のウマ娘も何人か居たために出来たクールダウンの時間を使ってナイスネイチャは、男と2人のウマ娘、そして更に2人のトレーナーの5人が居る場所にやってきた。

 

「……いや、流石にコレ(・・)は予想外過ぎだねえ。いやー、ネイチャさんもそんなに走って無いのに心臓バックバクになるよ、これは」

 

「その割には、平常心に見えますよ、ネイチャさん」

 

「……って、イクノの方が緊張しちゃってるじゃん!? ちょっと、ちょっと、大丈夫?」

 

 なおツインターボは完全にフリーズしていて、彼女のトレーナーが何とかツインターボの再起動を試みていた。そんな自分自身よりも動揺が激しそうな2人の様子を見てナイスネイチャは、むしろ平静を更に取り戻した。……自分よりテンパっている人を見ると逆に落ち着くということなのかもしれない。

 

 そして、ナイスネイチャは、自らのトレーナーとは直接言葉を交わすことなく、ゲートへと足早に戻っていく。正気を取り戻し、特にアドバイスなどを入れなかった男に気付いたイクノディクタスは、それを男に尋ねる。

 

「……良かったのですか? ネイチャさんと話さなくても?」

 

「――トレーナーの立場で言うのは少々違うかもしれぬが、貴様らも刮目して見ておくべきだろう。

 ……イスネイの本領が発揮されるレースやもしれぬぞ、これは」

 

 

 

 *

 

「さあ、仕切り直しで再度全員ゲートインが完了します。再びのスタートとなります、ペリドット特別。

 ……今度は揃ってゲートはしっかりと開きます! ――おっと、ですがこれはかなりバラつきのあるスタートとなりました」

 

「研ぎ澄ましていた集中力を乱されたとあっては、まだ経験浅いジュニア級の子たちが持ち直すのは実況席の私達では想像できない程に至難の業なのでしょう。ある程度は荒れた展開を考慮すべきですね――」

 

 先ほどとは打って変わって、出遅れが続出するバラバラのスタート。そしてどんなに頭で分かっていても身体には直前の経験が染み付いてしまい、前に行きたいにも関わらずに思うように加速できなかったりする子も居た。

 無理もない。先ほど走った数百mは、文字通り『全て無駄』となったのだから。2度同じことが起こらないと意識はしていても、一瞬の反射神経が問われるレースにおいて身体が付いてくるとは限らない。

 

 あるいは、逆に加速を躊躇うだろうことに意識を傾けすぎて、この序盤で明らかに掛かったように走り出す子も居た……必然、その子が先頭となり、大逃げウマ娘を相手取ったような構図となる。

 

(うっわぁ……、こんなに変わるかー……)

 

 ナイスネイチャは白旗の係員を確認した後に、今度は大丈夫そうと判断して中団に付けようとするも、先ほどは先行していた子たちの加速が鈍いことから結果的には先団の中ほどに位置取ることとなった。

 

「最先頭、ぐんぐんと突き放していきますシャバランケ。その2バ身から3バ身ほど後方にナイスネイチャを含む3人の集団がありまして、更に後方は一塊となっておりますね」

 

 ナイスネイチャは意図的に内に入らない。発走のやり直しと、空を覆う分厚い雲から、ナイター照明が早くも点灯し、コートの中には影が生じている。栄冠賞の時ほど真夜中になった訳では無いので、まだ灯りが無くても薄ぼんやりと認識できるがネイチャは不規則な影によって、不安定な足元が塞がれるのを嫌った。

 

 そしてそのまま第3コーナーまでは少ない動きでレース展開は推移する。

 

(……さて。

 第3コーナーの中ほどからスパートをかける子も、居るんだよね……。アタシはちょっと無茶かもなあって思うんだけど……)

 

 そんなことを考えていると、やはりナイスネイチャはこの地点で抜かれる。

 

「さて、ペースアップして中団の集団が前の子たちに追いついてきました! 先頭は変わらずシャバランケの1人旅ですが、そこから外を大きく回って、クンバカルナと……ドラールオウカンも前に進出を図ろうかというところ――」

 

 

 この瞬間、ナイスネイチャが感じたのは既視感であった。

 同じ施行距離、同じバ場状態、同じ天気の条件である前走・栄冠賞にて、同じような場所からスパートをかけて勝利したのがナスノホシジョーであった。

 

 そして、今度はそれをドラールオウカンという別の強敵が踏襲してきたのである。

 

(やっぱり、か……)

 

 ここでナイスネイチャには選択肢があった。1つは前走と同じく最終直線での勝負に持ち込むため、この時点では脚を溜める判断。

 そしてもう1つは、体力面でのリスクを承知で一緒にスパートをかける判断。

 

 前回は怒涛の猛攻でもって2着のカネマサルビーに届くかというところまでは行ったが、それでも差し切れなかった一戦。だからこそ、前走とは異なる方法を試したくなる場面ではあるだろう。

 

 

 しかし、ナイスネイチャは気付いた。

 

(今日……やっぱり、何か変。……どう変なのかは、良く分からないけど……)

 

 

 『カンパイ』の影響で微妙に集中力が散逸しているというか、浮ついたような雰囲気で進行しているレース展開。その全てをナイスネイチャは理解したわけではなかったが、それでも流れに身を任せるのが危険かもしれない、ということを看破したのである。

 

 

 そして、ナイスネイチャは脚を溜める。

 

 ――前走、栄冠賞と全く同じように。

 

 

 

 *

 

「さあ、最終コーナーを超え直線に入りまして、未だ先頭はシャバランケ! ですが、中盤まで1人旅であった差は着実に縮まっており、かなり苦しそうだ!」

 

「2番手以降も、早い段階からの仕掛けの割には伸び悩んでいるというのもあるかと思います。ペースが乱れていた、という面ではシャバランケの勝機も残されているかもしれませんが……いえ。

 やはり、ここから伸びてきますね、この子――ナイスネイチャは」

 

「さあ、間もなく残り200だが、ナイスネイチャが的確に躱して前へ前へとその差を詰めていきます!」

 

 門別レース場、セオリー通りの最終直線からの仕掛け。

 基礎中の基礎とも言うべき、教本とも言えるようなオーソドックスな『差し』は、まさしく予定調和、事前に用意していた戦術そのままであり。同時に栄冠賞の踏襲でもあった。

 

 雨の不良バ場。それは考え得る限り最悪のコンディション――これも栄冠賞と同一ではあった、が。

 

 今日はその『最悪』すらも超越する『カンパイ』による再スタートという更なる想定外のコンディションの悪化も発生した。

 

 こうなると勝敗の鍵を握るのは、何か。

 素質か、地力か、才能か、天運か、地の利か、勝負強さか、根性か。

 

 

 しかし、今日のレースでは、そのどれでも無かった。

 今日のレース――『ペリドット特別』において。その『夜会のエメラルド』の頂点(キラキラ)を掴むのは。

 

 

(……でも、これくらいのこと。テイオーなら、お茶の子さいさいなんだろうね。

 うん、テイオーならきっとこうするはず――)

 

 

 ――ダイヤの原石(トウカイテイオー)を知る者であった。

 

 

 

 *

 

「さあ、先団が一塊となりつつあるところに、ナイスネイチャが突っ込んでいく! ドラールオウカンやシャバランケを抜き去って、ど真ん中からこじ開けるように進んでいきます!」

 

「……こじ開ける、というよりも。上手く避けているといった印象でしょうか。ヨレて進路が空いた場所を見逃さない位置取りと空間の把握能力が長けている証拠でしょうね」

 

「さあ、残り100mで、そのまま先頭に並びかけていきますナイスネイチャ! 差は殆ど無いが、しかし最先頭の景色を捉えられるか!? もう距離が無い! そのまま、先頭集団はもつれるようにしてゴールイン! 1、2着争い、そして3着以降の争いも接戦となりました!」

 

「5人固まっていましたね。5着までで2バ身あるかといったくらいには接戦でしたが……1着はさて。どちらでしょうか――」

 

 

 ――確定。

 1着は、ナイスネイチャ。

 

 2着とクビ差の勝利であり、ナイスネイチャの2バ身後ろの5着にドラールオウカンが入線していた。

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