最強黒魔導士によるウマ娘育成のススメ 作:エビフライ定食980円
「勝った……? というよりも、これは……」
このペリドット特別が、ナイスネイチャにとっての2度目の勝利。
『波乱のレース』という言葉が示すのはレース展開のみであるが、今日ナイスネイチャの身に起きたレースは、展開だけではなく『レースそのものがやり直しになる』という滅多に起こらない波乱――『カンパイ』であった。
少なくない競争相手――それこそ、有力だと考えていたドラールオウカンも例外なく動揺し、同じくナイスネイチャ自身も少なからず平常通りに見せつつも緊張していた部分はあったものの、それでもやはり周囲よりかは相対的には軽微であったことから、勝利を掴み取った。
その事実は、ナイスネイチャも自分自身でしっかりと理解している。
同時に釈然としない想いも抱えつつ、彼女はコースの上を去る。
その雨に濡れたナイスネイチャ――彼女は、ナイター用の照明に照らされていて。自分では気付くことは出来なかったけれども。
……確かに、キラキラと輝いている姿であった。
*
ネイチャが控え室に戻る前に、そこには黒ローブとゼッケンをつけたクソダサ男だけではなく、ツインターボとイクノディクタスも共に入室していた。2人のトレーナーは、このレースが終わった直後のタイミングという場面を鑑みて席を外していた。黒魔導士の男は、そういうところは全く気にしないのに律儀なものである。
男は核融合反応に準ずる技術を用いている転移魔法の応用で、大気中の原子を繰り返し衝突させ高分子化合物を生成し、それを驚くべき魔法の器用さでもって織り、ふかふかのバスタオルを創造する。
とんでもない職人技の無駄遣いではあったものの、雨に濡れた場面において的確に欲しいもの――それも、分子運動を操作することでバスタオルの温度も思いのまま――を作り上げ、元より魔法に好意的であったターボ&イクノコンビにもその魔法手織りバスタオルを渡すと、2人からの好感度だけは更に上昇する。
「わぁー! ふかふかだ!! ネイチャのトレーナー、やるじゃん!」
「お気遣い痛み入ります」
そして、3枚目のバスタオルは、遅ればせながら控え室に戻ってきたナイスネイチャが、扉を開いた瞬間に彼女の顔面から覆うように転移する。
「――トレーナーさん、ただい……まっぷ!? ……えっ、なにこれ!? ドッキリ!?」
びっくりしつつも、温かいふわふわバスタオルに包まれたナイスネイチャは、その感触に脱力するレベルのリラックスを覚える。猫モフで充電する機能が搭載されているナイスネイチャなのだから、ふわふわで安心感を得るのは必然とも言えるかもしれない。
『み゛ゃぁ~……』とか完全に呆けた声を出しているネイチャを、微笑ましい目つきで見る他3人が居ることに彼女が気付くのはもう少し時間を要することであろう。
「ネイチャー、1着……すごかった!!!」
「そうですね。ネイチャさんの冷静さが際立ったレース展開でした」
「もー、ターボもイクノもそんなに褒めないでよねー。所詮、まぐれよ、まぐれ。
やり直しが無ければ普通に負けてましたよ、アタシは――」
先ほどのネイチャの鳴き声を聴かれたことで耳まで真っ赤にしているナイスネイチャが、2人の褒め言葉を否定する。そして、同意を求めるように黒魔導士の男に視線を送ると、珍しく彼はその意を汲んだように1つ頷いてから、次のように語った。
「……まあ。ある意味では、この勝ち方が1つの『解』なのかもしれんな」
その後『解??』と三者同一の反応を見せるものの、ナイスネイチャには、その『解』には『呪いの解呪』という意味も内包されているだろうことに気づいていた。
そして男は、何でもないことのように説明を重ねる。
「今回は外的な要因ではあったが、他者に十全のパフォーマンスを引き出させずに、勝つ。このスタイルを、不正にならぬ程度の戦術を駆使し踏襲することが出来るようになる……というのが、1つの勝ちパターンにはなり得るだろう」
「それは……つまりは、ファンタジー小説で出てくるような『デバフ』のような代物でしょうか」
「……んんっ? イクノって、そういうの詳しかったっけ。ゲームとかあんまりやらないでしょ?」
「ロブロイさんから、そういった趣向のオススメの本を伺って読んだことがありまして……」
ゼンノロブロイとイクノディクタスは、読書家繋がりで実は交流があったりする。まあ、どっちも眼鏡っ子という側面もあるが、それは副次的要因に過ぎないだろう。
男の魔法言語を解読できる唯一の人物であるゼンノロブロイとの思わぬ繋がりである。なお、イクノディクタスの言によれば、最近のロブロイの近況は在野のヴォイニッチ手稿民間研究家として、ちょくちょく講演会などにも顔を出しているらしいとのこと。スイープトウショウは、さっくり解読どころか予想外にドハマりしてしまったロブロイを見て若干涙目らしい。
閑話休題。
ツインターボなどは語感の良さから『カッコいい……』ってなっているが、ナイスネイチャはそれを流しつつ男に尋ねる。
「つまり、それって妨害して勝つ……ってことだよね?」
「正攻法ではないが、そういう勝ち方もあるということだ……もっとも。
――その様子では、イスネイのお気には召さなかったようだが」
微妙な表情をし続けるナイスネイチャに対してそう言い放つ男。そして、男をフォローするかのようにイクノディクタスはそうした戦術に対しての肯定的意見を述べるが、しかしそれでもナイスネイチャの意見は覆ることは無かった。
「……トレーナーさん」
「聞こうか」
「……アンタは栄冠賞のときに、アタシに『勝つ』ことを求めていない、って言ったよね?」
「ああ、確かに言ったな」
栄冠賞にて3着だったときに勝敗で一喜一憂するな、という意味合いで男が繰り出した放言である。瞬間、イクノディクタスとツインターボはぎょっとした表情を浮かべるものの、話に割り込むまではしない。
「……だったら。
いや、こういう勝ち方でも勝ちは勝ちなのは分かってる。それに、アタシがテイオーみたいな勝ち方が出来ないだろう、ってコトも。だから、今トレーナーさんやイクノが言ってる『デバフ』ってのも内心じゃアリなんじゃないかなー、とは思ってるのよね。
――でも」
ナイスネイチャはひと呼吸を一度入れてから、更に言葉を続けて紡ぐ。
「……トレーナーさんは、アタシが1着を取れなくても――それこそ3着でも、さ。……『キラキラ』を見せてくれるんだよね?」
「その『キラキラ』とやらが、最高峰の世界の景色であれば、そうだな」
「――よっし! だったら、アタシも腹を括りますかー!
『3着』でも『キラキラ』を掴めるというのなら、その『キラキラ』も見てみたいと思う。
……どうやらアタシは『
分岐点は既にいくつもあったかもしれないが、もしナイスネイチャの物語に明確な『分水嶺』があれば、それはきっとこの瞬間だっただろう。
「何だか、安心しました。ネイチャさん」
「……ふふっ、なにそれイクノ。どーいうこと?」
「……今日のレースで勝って。それで『1着』で満足できないって答えが出る程。
ネイチャさんが『欲深い』ウマ娘だとは思っていなかったので――。卒なくこなす方だとは思ってはいましたが、そこまで貪欲だとは……」
「ちょっと、イクノ。それホントに褒めてる?」
「欲張りだなー、ネイチャは!!」
「ターボ、ホントに分かって言ってる?」
「分からん!!!」
3人の笑い声はいつまでも控え室に響き渡っていた。
そして男は、その間泥まみれとなったバスタオルのシミ抜きを魔法で行っていた。
今日みたいに泥まみれで、手段を選ばず勝利を掴み取るのも。あるいは正攻法で戦い続けるのも、それらもいずれも正しく『ナイスネイチャ』であったが。
3着ネイチャでありながら、負け続けながら上に上り続けていく。
そんな――『魔法』のような、ナイスネイチャとしての覚悟が本当に決まったのは、このペリドット特別を越えた彼女でしかあり得なかったはずである。
既存の魔法体系から逸脱した代物を使役する人物を『黒魔導士』と呼ぶのならば。
このとき、確かに『ナイスネイチャ』は既存のあらゆる固定観念から――逸脱していた。
*
ペリドット特別から間もなく、ツインターボとイクノディクタスの2人は、合宿を終えて中央トレセン学園へと戻っていった。一般の合宿の期間の2ヶ月に満たず1ヶ月半程度の滞在であったのは、イクノディクタスが9月にレースを控えているということも理由にあるのは間違いないだろう。
また、ペリドット特別自体の反響も、ここ門別の中では大きかった。滅多に発生することのない『カンパイ』によるレースやり直しが、ジュニア級というまだまだ発展途上のウマ娘のレースで発生し、しかもそのレースの格付けも『オープン戦』と、数の多い未勝利戦や条件戦の舞台ではない場所だったのだから、一層のことであった。
勝利したナイスネイチャには惜しみない称賛が与えられ、敗北したドラールオウカンなどのウマ娘に対してもクラスメイトや先輩のウマ娘からのフォローが入るくらいであった。
この時点で、ナイスネイチャに対するやっかみの声などは、ほぼ皆無となったと言っても良い。……何故なら、『カンパイ』は確かに珍しいアクシデントであるが、それでも中央よりも地方での方が発生する可能性はまだ高いからだ。
つまり『中央ウマ娘』としてお高く留まったウマ娘であったのならば、絶対に想定できない。カンパイがあって尚、ナイスネイチャが勝利した、という事実は、即ちかなり薄れていたがナイスネイチャを『中央ウマ娘』というカテゴライズの色眼鏡で見る意識を、完全に払拭することとなった。
……後は、ツインターボとイクノディクタスの2人が普通に良い子で、彼女らとネイチャが仲良しだったということもあるかもしれない。
まあ夏休み中なので授業は行われていないのだけれども。帰省している一部のウマ娘を除けば、基本トレーニングに勤しむこともあってクラスメイトと普通に顔を合わせるため、夏休みとは言っても、むしろ「丸一日トレーニングに使えるぞ!」と、特訓月間にしかならないのがトレセン学園生の日常である。
だからこそ、クラスメイトのドラールオウカンとナイスネイチャもレース後にトレーニングに顔を出したタイミングで相まみえることとなっていて、
「しばらくは、オープン戦で積み上げするよー」
って笑ってネイチャの勝利を改めて祝ってくれたが、そう言いながらドラールオウカンは既に再来週のレースに申込をしていたり。
地方ウマ娘のローテーションは、未だに慣れないネイチャであり、実際先の話にはなるがその中1週ローテで次走をドラールオウカンはあっさり勝つものだから、『やっぱりドラールも大概主人公適性だよなあ』と思うナイスネイチャなのである。
そんなことを考えつつも、冷房の効いたトレーナー室へと彼女は向かう。別にトレーニング自体は遠見魔法であの黒ローブのトレーナーが見ていることはネイチャも知っているので、何かあれば瞬間移動で駆けつけるだろうとは思ってはいたものの、それでも彼が詰めるトレーナー室へと向かう理由はただ1つ。
あの黒魔導士の男の肉体は食事も睡眠も必要としないことは以前に触れたと思う。これはその延長線上の話で、別に彼の肉体は常識的な温度変化には特に何も感じない仕様となっている。だからこそトレーナー室でかけられている冷房がONになっている理由は、ナイスネイチャが入ってきたときに灼熱地獄だと体調に影響が出るだろうというトレーナー判断からなのである。
そして、それを知ったナイスネイチャは『電気代、勿体ないじゃん!』と実に庶民派な憤激をして、以来用は無くても1日に1回くらいはトレーナー室へ行くようにしている。
「確かに考えてみれば、あのトレーナーさんから汗とか体臭みたいなのを感じたことは一度も無いんだけども……もしかしてロボなのかな……」
ネイチャはそんな詮無きことを考えつつ、トレーナー室の扉を開ける。
「来たか――ナ・ペリドット・イスネイ・チャよ」
「何か名前伸びてるし!? しかも、長い名前って理由は分かんないけど、自分のものだと思うとすっごく気持ち悪い!!」
思わずリアクションしてしまったが、よくよく考えてみればこのトレーナーの地元? においては、勝ったら名前が伸びる文化があったことを思い出す。
(確か、そんなことを前に聞いたような……。
でもそれならナ・ペリドット・URA認定アタックチャレンジ・イスネイ・チャになるはずだよね……)
この男の文化圏における命名規則についてまだ知り得ぬことがあると思ったナイスネイチャであったが、その反応を見た名前クソ長で誰にも名前を覚えられていない哀れな男はこう告げる。
「ああ、そうだった。この世界では別に名前は伸びないのであったな――」
「……それより、トレーナーさん。間違っていたとはいえアタシを呼んだってことは、何か用でもあったり?」
そうネイチャがパスを出せば、男は威厳がある風に頷く。
「――実は、メジマク……いやメジロマックイーンが、9月に入ると北海道に来るようでな。
もし、よければイスネイ、貴様も観戦に来るか?」
「……へ? マックイーンと知り合いなのトレーナーさん!?」
「ん? ああ、ほれ。メッセージアプリのフレンドだぞ」
そう言うと、SIMカード入り魔法の杖を振るい、ホログラムのように画面を投影する。
◇
| < メジマク け TEL Ξ |
8月18日
イクノさんから頂いた『おしるこ』な 20:15のですがどこかおばあ様の作るのに似 ておりました。トレーナーさんがイク ノさんにお店を紹介したとお聞きしま したのでお礼を申し上げようと思いま して…
20:15 そうか
3日前
先日送ってくれたチーズケーキとても 21:02美味しかったですわ! 2層のケーキが一体となって、新感覚の 食感でありつつ口どけもよろしくて…
21:02 そうか
今日
もしかしたらご存じかもしれません 11:55けれど… 私の次走予定が北海道になりましたわ
あなたがメッセージの送信を取り消しました
いえ、特に何かあるわけではありませ 11:56んが、一応お伝えしておきますわ
11:56 そうか
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◇
「――しかも、結構親密なの!?」
「ああ。なんたらシップとかいうウマ娘に連絡先を貰ってから定期的にやり取りしている」
ナイスネイチャ自身もメジロマックイーンと当然面識はあるし、連絡も取り合っているが、それよりも高い頻度でマックイーンとやり取りしている男に対して、彼女は声にならない声をあげるのであった。