「なんだ?」
夜、停泊するサニー号で一人酒瓶を傾けていた剣士が異常を感じた。別の場所で静かにヴァイオリンを弾いていた音楽家も、その手を止める。
伴奏がなくなったことで、起きているクルーも気がついた。
「コイツぁ」
「実に神秘的ですね」
「チョイと潜ってみる。念のため起こしておいてくれ」
「はいよ」
見渡す限りに輝く海面。僅かな風があるだけで、鏡面のように凪いでいた。
「キレイ!!」
「うひょー!! こりゃスゲェ」
「明るすぎて空が見えないわ」
「どうなってるんだ?! コレなんだ?!」
「オイ、進路は?」
「大丈夫。多分、ほとんど動いてない。停留したままだわ」
「今、ジンベエが潜ってる」
「錨は沈めてないのよね? 風は弱いけど、とりあえず帆を開いて」
「イヤな感じがする」
「ワタシもよ」
「オレもだ。とにかく、緊急に必要なものを点検してくる」
「歌が聞こえませんか?」
「歌?」
「ええ、微かですが」
「……ローレライ」
「伝説のですか?」
「わからないわ。とにかく、尋常な状況でないことは確かよ」
「怖い……」
「オレが着いてる。なにがあっても守るぜ」
「オレも頼む」
「オレも」
「オマエらは自力で頑張れ」
「冷たいぞ、スケコマシ!!」
「グルグル眉毛!!」
「マズいぞ」
いつもは参加する騒ぎに、船長がいない。見れば海面を見つめながら身体を震わせていた。
クルーの認識が一致する。
「オイ、ルフィ」
「不思議海域だ」
「「「「あ、ダメだ」」」」
「行ってきたぞ。ん? どうした?」
「冒険だ」
「なに?」
「冒険の匂いがする!!」
「ちょおーと待て、ルフィ! わかるよな? オレたち、とんでもないコトに巻き込まれてんだぞ?!」
「ああ! ワクワクする!!」
「オマエまで発光するな!!」
「ダメだわ。ああなったら止められない」
「海中はどうだったの?」
「眩しくてなにも見えんわい。光源もわからん。魚も海王類すら、なにもおらなんだ」
「なにも?」
「そう、なにも。明らかに異常じゃわい。海底にエビやヒトデすら見つからなんだ」
「海底は近いの?」
「比較的じゃがな。それでも二千メートルはあるわい」
「生き物がいない以外の異常はなかったのね?」
「そうじゃ」
「充分だろ? 早く離れようぜ」
「ダメだ!! 原因を見つけるんだ!!」
「オイオイ、そんなことしてなんの得がある?」
「そうだぜ。ここはクルーの安全を第一にするべきだ」
「海賊はロマンを追うんだ!!」
「オマエの理想はわかった。だが、現実はだな」
「なんだ? どうした?」
「コイツが原因を探すんだとよ」
「アテは?」
「ワタシの耳には歌が聞こえます。耳ないんですけどー」
「そんなやる気のないスカルジョーク初めて聞いた!」
「義務か」
「義務です」
「捨てちまえ、そんな義務」
「とにかく、この不可思議な現象の原因を突き止めるんだな?」
「そうだ!!」
「それは船長命令か?」
「ああ!」
「ヨシ!! わかった!! とりあえず、コーラは満タンだ。ブルックが先導しろ」
「よろしいので?」
「仕方ねェ。付き合うさ」
「ヨホホ! では、ワタシは船倉に。タャマスィーの状態なら、皆さんが前後不覚になってもフォロー出来ます」
「頼む」
「ワシは舵を取ろう。水先案内は任せた」
「任されます」
「あ~あ、結局こうなっちゃうのね」
「あら? 世界の謎に迫れるのよ? ステキじゃない?」
「どうせならお宝がいいわ」
「オレももっと安全な方がいい」
「なんならごっこでもいいんだぞ?」
「諦めろ、オマエら。さあ、動け」
「仕切るな、マリモ」
「じゃ、言われる前にやれよ」
「遊ぶな!! さっさとしろ」
「フランキー?」
「言う通りにするぞ」
「え、ええ」
「こりゃいよいよかな?」
「縁起でもねェ」
「オレは展望室に上がる。なにも見逃さないぜ」
「ナミも上がれ。ロビンはフォローしてやってくれ。オレらは近場を見るぞ」
「わかった!」
「上からってことはねェか?」
「そうだな。切り捨てるべきじゃないな」
「じゃあ、オレが展望室の屋根に登る。いざとなったら女性陣を守る」
「チョッパー、命綱を巻いとけ」
「わかった!」
「舵取り中はフォローが出来ん。油断するなよ」
「気にせず、神経を集中してろ」
「心得た」
「ああ! 楽しみだなぁ! なにが待ってるんだろうな?」
「なにかさ」
「それを見にいくんじゃろ?」
「そうだ!」
しばらくの航行
「アレ見て!」
「どれだ? まだ見えない、まだ。見えた!!」
「甲板でも確認。詳細を報告しろ!!」
「アレは、天使?」
「違う、羽根の生えた人魚?!」
「そんなのがいるのか?」
「ワシは聞いたことがない」
「おお、美しい。両腕の代わりに、光り輝く翼を持った人魚に見えます。でも、オカシイですね?」
「どこがじゃ?」
「お股がないんです」
「なにいってんだ? テメェ」
「いえ、本当に」
「魚人族の人魚は足がヒレになっておるんじゃ。確かに、それはおかしいの」
「完全に腰から下が尾ビレになってるのか」
「アレがこの光源なの?」
「いや、そうは見えない。というか、それなら姿を判別出来るはずがない」
「タイヨウを見てるのと同じだもんな」
「歌ってる……」
「ローレライの伝承、そのものね」
「オイ!! ルフィ! これ以上は近づかねぇぞ!!」
「それでいい! さぁ、なにが起こるんだ?」
「あのバケモノの監視はルフィに任せろ。オレたちは周辺を警戒するんだ!」
「見渡す限りはなにもない。ていうか、波一つ見えねぇぞ」
「海面が光って水中が見えねぇ」
「研ぎ澄ませ。気配を見逃すな」
「クー・ド・バーストの引き金に指はかけとる」
「この歌からはなにも感じませんね。キレイなだけです。魂がありません」
「なんらかの能力で操られる危険性はないか?」
「そんな気配はないですね」
「伝承だと、歌声は人々を呼び寄せるための呼び水よ。そして、姿を見たものを海の底に引きずり込むと言われているわ」
「空にも異常はない。今のところな」
「どこだ? どこから来る?」
「ねえ!! 海底は遠いってさっき言ったわよね?」
「言った!! 見えずとも海の流れでこの辺りは把握しておる!!」
「じゃあ、あの人魚はなにに座ってるの?」
「下だ!! 緊急脱出!!」
「クー・ド・バースト起動!!」
「そんな、もったいない!」
「言ってる場合か!! 来るぞ!!」
「光が消えた!!」
「人魚じゃねぇ!! アレは触手だ!!」
「さっさとなにかに掴まれ!!」
「発射ァ!!」
「ウワアァァァア!! 海面が迫って来てる?!」
「ここは、バケモノの口の中だぁ!!」
「三刀流!! 三百煩悩砲!!」
「スーパー!! 風来砲!!」
「ダメだ!! 海域全部呑み込まれる!!」
「キャァァァ!!」
「ナミさん?!」
「大丈夫だから、着地点を!!」
「助かる、ロビン!!」
「口が閉じるぞ!!」
「舵を頼む」
「受け取りました」
「フランキー!!」
「ドッキング!! ハイパーサウザンド・フランベエ!!」
「魚人柔術!! 上げ潮一本背負い!!」
「ギャァァァ!! 船ごと投げたぁ!!」
「ジンベエぇぇーッ!!」
「最高だ!! やりがった!!」
「抜けたぞ!!」
「ヨホホ!! 大・迫・力!!」
「見て。あそこだけ光ってる」
「とんでもない大きさだったな!!」
「巨人のおっさんたちが倒した島食いよりデカかったな!!」
「津波みたいに口がガバァッて!!」
はしゃぐ夢追い人たち。グッタリする双翼。ため息をつく海侠。笑うホネ。寄り添う女たち。歩み寄る変態。
「スーパーだ。世界の果てを目指す冒険の旅。命をかけるのは当たり前。ロマンを求めるのも悪くねェ。それに付き合うと、そう決めたのはオレたちだ」
楽しい時間は終わる。夢は醒める。大人が来る。
「それでも、船と交わした渡しの約束は、魚風情の腹の中じゃあねェだろう? 乗せたクルーの夢の先。海の底に道連れにするためじゃあねェだろうが」
振り向けない3人のその背後に仁王立ち。兄貴のサングラスに指がかかる。
「船とクルーを預かって、波に乗り出したのがオマエだろう? なあ、言ってみろ。この船の船長は誰なんだ? ルフィ?」
「フラン、キー?」
「時間はたっぷりある。朝まで語ろうぜ? さあ、ルフィ」
「座れ」
ドッキングしなきゃ仲間じゃないからね