「思ったんだがよ」
トイレ掃除中の船長が、真剣な表情で語りかける。デッキブラシで風呂を磨くウソッチョが、何事かと耳を傾けた。
「もしかして、これって最強武器じゃね?」
ラバーカップ、正式名称をプランジャーという例のカッポン。
高性能最新式である我が船の水洗では活躍の機会こそまだないが、水回りのトラブル、特にトイレは致命的であるため、片隅に常備されている、ソレ。
遥か未来の宇宙戦争では、トイレが壊れても戦い続けたことが武勲となるほどの修羅場である。
宝払いといいつつ、マキノの酒場の手伝いなんかをしていた船長。皿洗いに比べれば掃除は比較的達者な方だった。
そんな、子供の頃に誰もが抱き、分別がついた今となっては封印していた一つの仮説。
それを言い出した船長にクルーの二人は戦慄を抱いた。
「ルフィ、それは」
「ダメだ、ルフィ!! そんなこと考えちゃダメだ!!」
「そうだ。最悪、世界が滅ぶぞ」
かも知れない。
「でもよー。コレ、ブルックに持たせたら、鷹の目も逃げるんじゃないか?」
「オマエ、なんてことを……!!」
「ゾロの夢をなんだと思ってんだ?」
ちょっと狙撃手が正気に戻ったが、それはそうだろう。そんなものを装備したホネに襲われたら、普通は逃げる。しかも突き主体。バカなようで頭の回る船長である。
「悪魔か、オマエ」
「ボンナバンが違う意味に聞こえそうだ」
なにがボンなバンするんでしょうね。
「少なくとも、コイツをカイドウが持ってたら、オレは挑まなかった」
これが四皇のセリフ。想像の翼が広がっていく。
「イヤだ!! オレは見たくねぇ!! そんなものを口に咥えるゾロを!!」
悲痛な医者の叫び。もう一人、医者がいる。
「飛ぶ斬撃を見たことあるか?」
唐突なモノマネ。3人はノックダウン。やめなさい、そこ掃除中の風呂場ですよ。
だが、ツッコミをする航海士はそこにいない。測量室で海図を書いてる。大人たちもまさか掃除中にそんな野望を抱き始めるとか、思いもしない。
笑い声が聞こえないでもないが、多少のおふざけはしても仕事はちゃんとするだろうという、最低限の信頼はある。そこに船長と船医が交じってて、狙撃手がストッパーなのは断じて愛嬌である。
なにせ、その環境を守りたい勢が闇に潜ったら最強かも知れない、壁を無効化するホネと人体構造を熟知した美女だ。
殺されないかもだけど、夜な夜な寝ている最中に耳元で洗脳に励みそうな怖さがある。
真面目な海賊はつまり悪党なので、一味の中心メンバーがこうなのは、世界平和に貢献している。文句など言ってはいけない。
しかし、クルーとしてはそうもいかない。チャンバラを始めて床で滑ったり、逃げ回ったり、追いかけ回したり。
ノリにノッた三人は、ついに掃除を放り出して甲板に出た。
ターゲットは一人。協力者も捕まえた。
「流石のワタシでも身の危険を感じますが、これも船長の命令! 謹んで拝命しましょう!!」
騎士の鑑、カッポンを掲げる。
アホ極まりないが、三人にしてみれば最強武器を構える超カッコいいおじいちゃんである。
なんなら伝説の英雄が蘇ったようなテンションだ。
運の悪いことに、その日は甲板に誰もいなかった。正確には寝ていたが、ターゲットな上に役に立たないので割愛する。
普段、甲板で働いている二人がアレなのはそうなのだが、だからこそずっと一緒にいるとなにかのきっかけで暴走するのは一味も知っている。
よって音楽家と考古学者が甲板で演奏したり、バカンスしてたりするのだ。
非常に甘やかす二人なので不安だが、考古学者の方は能力を使ったイタズラなどで牽制してくれたり、割りと役に立つ。
問題はこのホネだ。
絶妙に腹が立つだけで被害のない範囲を見極め、それはもう厄介な仕出かしを一緒になって楽しむのである。
分別のあるバカというのは本当にダメだ。変態の皮を脱いだ兄貴にお出まし願っても、このホネは一枚上を行く。
高い忠誠心で矢面に立ちつつ、肝心なところでは手のひらを返して反省を促し、ダメージは軽減して教育効果を押し上げやがるのだ。
あげく、一緒に罰まで受けて、水夫の心得をさり気なく伝えたりしている。
頭の先から尻尾まで、コイツにとって得しかない。
イラつきはするけど、一味全体ではものスゴい貢献もしているので、余計イラつく。
年の功とは恐ろしい。
そりゃ、狙撃手の力量も上がろうというものだ。
言ってもわからない船長にしたところで、実際にやらせてみれば熟せるようにだってなる。
海賊初心者には太刀打ち出来ない立ち回りである。
感心してもいられないのは、見てもわかる通り。
まず持っているのが、プランジャー。
水が滴っているのは、三人がびしょ濡れ泡だらけな姿から察せられはする。
ついでに掃除サボってるのも明白。
一味ならコイツの出番がなかったことは知っているが、この三人である。好奇心から用もなく、ガッポンガッポンしてないとも限らない。
最強武器である。
そして風貌は言わずと知れたホネである上、それなりの修羅場を潜ってきた経験からハッタリも効く。
有り体にいって、迫力抜群。
イタズラなのか本気なのか、内心を覗いても判断出来ないだろう。
なにせ、船長の命令を遂行中でもある。
極めてバカなくせに、油断も出来ないし、信頼もさせないドキドキハラハラ感を演出するこの駆け引きのウマさが、音楽家の持ち味だ。
それを向けられる剣士を慮ると居た堪れない。つまり、被害は寝ている一人に限定されるわけで、なんなら暫定副船長っぽい立場なだけに庇いにくい。
いつの間にか、三人が振り回して船を走り回るよりもずっと被害は少なく、剣士に対しては主体を奪って罪を被り、結果的にサボり以外を責められない状況が出来た。
権謀術数に数えてよいものかわからないが、極めて厄介である。三人には理解出来ないのに、他には察せられる塩梅も含めて。
知らないうちに誘導されないかと恐ろしくもある。だが、明確な対象外にこの三人がいるので、ちゃんと尊重してるとたまにやられたと気付けたりして、本当に暗躍が上手い。
逆にいえば、本気なら気付けないのだろうとも思えるし、やっていることが自分が疎まれても他を立てることばかりだから敵わない。
そんな音楽家がワンチャン死ぬかもと思いながら正面に立ったのだ。流石のゾロも目を覚ます。
「なにを、やってんだ? テメェら」
理解出来ないだろう。しなくていい。だが、そうもいかない事情が音楽家の右手に。
「流石のゾロもビビッてるな」
「仕方がないんだ。あんなのが相手じゃ」
「ゾ〜ロ〜。勝負しようぜ?」
トイレ用の掃除道具でか。喉まででかかった言葉は失われた。一味のため、船長のためとなれば、四皇にすら挑む音楽家が構えていたからだ。
「冗談だよな?」
「冗談ではありません。尋常に勝負!」
背中の傷を恥じている場合ではない。おそらく逃げ出してもいい場面だ。だが、勝負と言われた。獲物の良し悪しなどいいわけにならない。だとするならば、アレもありだ。
そう思わされてしまった。
「まあ、待て。落ち着け。まず、なにがどうしてそうなった?」
「問答無用!!」
「黙ってろ、テメェ!!」
偉そうに手を焼くなどとアドバイスした過去が蘇る。手を焼かされているのは自分である。
「オレたち、コイツが最強の武器だって思うんだ」
「それを証明しようと思ってな」
「まさか逃げないよな?」
「ゾロはそんなことしないよな?」
そう言われても、すでに腰が引けていた。よく見れば濡れている。四皇二人の合せ技すら受け止めた男が、あの飛沫は死ぬ気で避けようと決意した。
このままでは、掠っただけで尊厳をまるごと傷つけられてしまう勝負に駆り出されてしまう。しかも勝ってもなんの意味もない。
思わず空を見上げた。口には出さなかったが、助けてほしかった。
「コォラァーーっ!! 掃除放り出してどこに行きゃがった!」
「ヤベっ」
「アラ?」
助けがきたようだ。その声を聞くと、蜘蛛の子を散らすように三人は走り出した。
残された二人は、呆けたようにそれを見送る。
「どうしましょう?」
手の中のプランジャーを持て余す。
「しまっとけ」
「血振り」
「うおッ!! 危ね!!」
「ヨホホホ!」
とりあえず、平穏は保たれた。
イケメン揃いの銀英伝
高度な柔軟性の人がヤンより色男だって知ってるの何人いるんだろう?
そんなノリで二話書いた