くっ殺
「仲間になれぇェっ!!」
「イヤだと言ってるだろう!!」
グランドライン前半の小さな島。東の海から意気揚々と乗り込んだロジャー海賊団は、気候以外に歯応えのない航海に退屈していた。
無法者であっても仁義を尊ぶ気風が故に、景気は悪いのにどこへ寄ってもトラブルばかり。
仲間が増えるわけでもなく、東の海から追ってくる妙な海軍将校を呼び寄せるだけである。
もっとも、本部将校である彼を基準にしてしまえば、グランドラインといえども前半では荷が重い。彼と切磋琢磨したロジャー海賊団がデビューしたばかりの新人に混ざっても、大人と子供の喧嘩にしかならなかった。
だが、ある島の港で船長が見つけた一人の女戦士。
荒くれ集う酒場の看板娘を庇って、ついにはたった一人で船一つ沈めてしまった。
相手は面妖な悪魔の実の能力者だったというのに。
その腕前にひとめぼれした船長が、彼女を勧誘した。
髭面の陽気なバカにしか見えない相手にも丁寧に辞退を申し出た彼女だが、船長は納得しない。
いい加減付き合ってられぬと逃げ出した彼女を追って、ログポースも無視して訪れた無人島。
流石に一人ヨットと海賊船では分が悪いと見たか、上陸して迎え撃つ女戦士。
そして始まる尋常な決闘。
それを囲むロジャー海賊団のクルーたちは、剣戟の音を肴に酒瓶を開けた。
「強えぇな」
「船長と撃ち合ってどれだけだ?」
「一時間になる」
女の身で足りない膂力を、巧みな剣さばきが補う。反らし、空かし、自らの船長に切り傷を刻んでいくその様は、酒を呷る手も止まるほど見事だ。
しかし、彼らの船長への信頼は揺るがない。あれほど楽しげに笑みを浮かべて戦うのだから、確かに強いのだろう。自分であったらどうだと、自信を持てる者も少ない。
それでも船長が負けるはずもない。それを信じない者が船に乗ることはないのだ。
何故なら負けとは全てを失うことだから。
戦いに身を置いて誰かに従うなら、それは命を預けるに足る相手でなくてはならない。
彼らの船長にはその器がある。誰も疑ってはいなかった。
「そろそろだな」
「ああ、疲れが見える」
そもそも、船長には女戦士を殺す理由がない。気に入ったから勧誘したのだ。この決闘もそれを受け入れさせるためのもの。
最初から殺し合いではないのだから、心配する理由すらなかった。
二人の勝負がつく。
鋭い横薙ぎを囮に、一撃にかけた大上段を撃ち込んだ女戦士の太刀筋を、紙一重に躱して突き刺さる船長の拳。
剣を握ったその重みが、息のあがった女戦士の呼吸を止める。
崩れ落ちた女戦士は意地を見せて「殺せ」と呟いたが、返答代わりの笑みを睨みながら気を失った。
「スゲェ根性だぜ」
「オマエじゃ敵いそうにないな」
「女ってだけで勝てる気がしねぇ」
「情けないヤツだな」
笑い声とともに、気の早い歓迎の宴が準備される。
薪を集めて組み、キャンプファイヤーが灯され、料理が並び、酒が振る舞われる。
女戦士は丁重に手当てされ、船長を差し置いてお誕生日席に安置された。剣も、鎧も、奪わなかった。
「オウ! 起きたか!!」
「なんの騒ぎだ?」
「歓迎の宴だ!! 今日からウチのクルーだからな!!」
気のいいヤツらなのは見てわかった。強引でデリカシーの欠片もないが、敬意は払っていた。
迷わないではない。だが、彼女は決めていた。
「そうか。死体は好きに使え」
止める暇もなかった。彼女は自らの首を斬った。血が吹き出し、ロジャーでさえ驚愕に目を剥いた。
数人がかりで止血した。ロジャーと撃ち合った剣の切れ味などナマクラと同じだ。船医の腕もよかった。
それでも彼女が命を取りとめたのは奇跡でしかなかった。
あんなに明るい一味が火が消えたように静かになった。そもそもロジャーが笑わない。
なにもない無人島に、女が起きるまで、何日も停泊した。
「起きたか?」
「……何故生かした?」
「こっちが聞きてぇ。何故死ぬ?」
女は大きなため息をついた。なにも分からぬバカに向けて、心底呆れた態度だった。相棒どころか、ときたまクルーにさえバカにされるロジャーでも、傷つかずにはいられない。
「女として生まれ、男にも、社会にも、常識にすら囚われずに生きたいと海に出た。それが出来ないのならば死ぬだけだ」
「そんなに仲間になるのがイヤか?」
「自由とはそういうことだろう? 仲間など持てば、生き方を曲げねばならん」
「そんなことはねぇよ。オレは自由だ」
女は鼻で笑い、辺りを見回す。手の届かない場所に、果物とナイフが見えた。
「流石に渡さねぇよ」
「構わん。もはや終わった人生だ。最悪、舌でも噛む」
「とんでもない意地っ張りだ。わかった、オレの負けだよ。傷が治ったら好きに行きな」
「負けを認めるなら首を差し出せ。決闘の結果だ。文句は言わさん」
「イヤ、言うだろ。なんでだよ」
「なんの覚悟もなく勝負を挑んだのか? 人の生き方を賭けて置いて、キサマは命も賭けないつもりか?」
「そりゃ、よ」
「ワタシはそれを賭けた。負けたというならそれはオマエのものだ。施しなどいらん。ワタシは自分に始末をつける。勝ったというなら、キサマの命を貰う。文句は言わさん」
女の目を見て、ロジャーはなにも言えなかった。理屈はどうあれ、それは確かに覚悟を持った人間の目だったから。
「ワタシをダルマにし、舌を抜いて奴隷紋でも刻むというならそれでもいいだろう。ワタシの意地だ。ワタシが果たす。だが、オマエの意地はどこだ? 女一人のために、船長の立場も命も捨てられるか?」
「いや……」
「意地も張れぬ根性で、よく海になど出たものだ。それだけでも、キサマの下につくことなどありえない。陸の上で震えていろ」
海には理解出来ないことなどいくらでもあると思った。それを楽しみにしてきた。人の覚悟をどう折ればいいのか。
そんなことで悩むとは思いもしなかった。
「オレは、どうすればよかった?」
「キサマ、童貞か? 女の口説き方を女に聞くな」
情けない男を見下ろして、その女傑はバカにした。そして、ふらりと倒れ込む。
「オ、オイ!!」
「歯に毒を仕込んである。女というのは、厄介でな」
「医者か? 医者を呼んでくる!!」
「無駄だとわかるだろう。死なせてくれ」
「そんなこと言うなよ!! オレが悪かった!! 軽率だった!!」
「それに振り回されるのがイヤで海に出たのさ」
「オイ、なんだ、それ?! 分からねぇよ、オレには!!」
「男には、わからん、さ」
「目を開けろ!! オレの首を取るんじゃねぇのか?!」
「……大事に取っとけ。船長、だろう?」
「そんなつもりじゃ……!! 違うんだ、バカヤロー!!」
女はもう、返事をしなかった。だが、うっすらとロジャーを見返した。あんなに美しく覚悟を示した瞳が、虚ろなガラス玉に変わる。
それでもロジャーは呼びかけ続けた。
諦めて、黙り込んでも、抱きしめた女の身体を離せなかった。
やがて日が落ちて、部屋が冷え込むと、固くなった女をベッドに戻し、目を塞いでやった。
「よう、童貞」
「やめろ。今は言い返せねぇ」
「イイ女だったな」
「ああ、とびっきりだ」
「どうする?」
「海に流してやろう。陸なんぞに埋めたら、殴られそうだ」
「そうだな。そうしよう」
船は、島を離れた。
あれから幾年月が流れたのか。様々な冒険と戦いを経て、ロジャーはこの海域に帰ってきた。
漠然とした世界をひっくり返すという夢ではなく、明確な目標と、死期というタイムリミットを携えて。
あの島に寄るつもりはない。あそこには誰も眠ってはいない。
未だに女の口説き方一つ満足でない男は、手向けに自分の好きな酒を選んだ。
「この歳になっても、オマエの言うことはわからねぇよ」
誰よりも自由に生きたつもりだ。それでも、それは自由ではないと旅立った女。
ロジャーにはなにもわからない。わからないまま、年月だけが過ぎた。
「船長どうしたんだ? なんかいつもの調子じゃねぇな?」
「風邪か? クロッカスさん呼ぶか?」
拾った子供らが、彼の感傷を吹き飛ばす。
「ワハハハ!! そんなんじゃねぇよ」
「フラレた女を思い出してんのさ」
「テメェ、レイリー!! ガキにバラすんじゃねぇ!!」
「その一言が余計だったな」
立ち去る相棒の代わりに、キッラキラしたマセガキ二人に掴まった。
「船長をフる女がいるのか?!」
「ハデに知りてぇ!! どんな上物だよ?!」
「このヤロー、母親の乳すら知らねぇクセに」
ロジャーの歯ぎしりを聞いて、レイリーが高笑いする。
これはロジャーの恥だ。ガキに教えるつもりはない。クルーにも口止めしなければならない。ギャーギャー喚いて縋り付く二人を引きずって、ロジャーは船の中へと戻っていく。
甲板の手摺りでは、安いラム酒が不満げに日差しを跳ね返した。
どこの誰かもわからない。ただ確かに海賊王に爪痕を残した、そんな女の話。
二次創作ですが、本編とはなんの関わりもありません
「いや、脱退も自由だが?」
「へぁッ?!」
文通
「で、オレが生まれたってわけ」