グランドラインにも渡り鳥はいる。彼らは人間が海の上で右往左往しているのを横目に、空を自由に、正確に飛んでいる。
様々な季節が入り乱れるグランドラインでは、そんな渡り鳥に出会う機会も多い。
頭上遥か高くを横切ったり、
「鴨か」
「デカいな」
船の甲板に仕留められて、横たわっていたり。
「なんでやっちゃったの? あんな高くを飛んでただけなのに」
「船を狙ってクソしやがった」
「よくやった」
「グッジョブだ」
「え? その剣で糞も斬ったの?」
「一ミリも触れちゃいねぇよ」
台無しである。クルーの実力が上がったのはよいが、襲われている自覚を得る前に対処がされて、いきなりなんか攻撃が飛び出してびっくりする。
下手な砲撃よりも凄いのだ。
安全になったのかも知れないが、心臓に悪い。そんなイタズラみたいなので仕留められてしまうのも、ちょっと気の毒な気もする。
でもよく考えると、二年前もそうだったような。かわいそうに感じるのも、余裕が出来たからかも知れない。この鴨らしきものだって、人間を一のみに出来そうな大きさだ。
危険に対する感覚が鈍くなっているのかも。複雑だ。
「しかし、鴨か。季節柄と言っていいのか、脂が乗って美味そうだ」
「蕎麦がいいな。蕎麦作ってくれよ」
「いいぜ。ワノ国でいい蕎麦粉が手に入ったんだ」
「そういや、ゾロは食ったっけか? サンジの蕎麦はめっちゃくちゃウマいぞ!」
「へー、そりゃ楽しみだ」
「島ごとで出汁や味の文化ってのは違うもんだな。ワノ国風な料理にしてみるか」
「いいねぇ。あそこのメシは酒に合うヤツが多かった」
「オレ、アレ食いてぇ、アレ!」
どれだ。たまに発生する一味全員の心の声が一致する瞬間が訪れた。大概、船長の発言や行動に起因する。
「ナミのミカンのヤツ!」
「ああ! アレもいいな!」
「確かに、鴨を食うならそれもいいな!」
「お金払えるの?」
一気にお通夜になる一同。四皇一味である。
「足りねぇか?」
「そうねぇ」
そうか。この船長、財布まで握られてんのか。わかっていたことだけど、なんか噛みしめるものがある男たち。というか、全員そうなので、船長ぐらいはと夢を見ていた。そんなわけないのに。お小遣い制の海賊船とか、友達に言えないよ。
別れた同盟相手がちょっと羨ましくなる時間。
「いいわ。アンタたちは?」
「オレは、いい」
「オレも」
テンションが目に見えてを下がっていた。もう、ごちそうを食べる気分ではない。
「増えてもそんな手間でもないし、アレにツケとくわよ?」
「いや、本人言葉にならないぐらい驚いてるぞ」
「船長のオゴリってそういう意味だったか?」
具体的な金額はわからないが、確実に船長のダメージになっている。上陸したら全部遊ぶ金になる船長としては、今から楽しみが減ってしまうのは悲しいだろう。というか、マジで幾らなんだ。彼らの中では、もう尻の毛まで抜かれるのは決まりきっていた。
「もう! 美女の手料理よ? 這いつくばって現金を差し出す場面でしょう?!」
「誰がそんなことするか!!」
「実質、船長から絞りとるだけじゃねぇか」
「オレはコイツの下拵えだ」
「あ、逃げるな、クソコック!!」
「やめてやれ。そして、オレも逃げたい」
「もういいわ! 知らない!!」
「オウ、頼んだぞ、ナミ!!」
「尊敬するぜ、ルフィ」
特大のタメ息をついて航海士は去っていった。なんか知らんけど船長への忠誠心が上がった。
「サンジくん。厨房貸して」
「お? 来たか。肉の方は用意してあるぜ。ブロックでよかったんだよな?」
「ありがとう、サンジくん」
「お安い御用さ。オレはもうコンロは使わないし、オーブンもすぐに空く。蕎麦打ちしてるから、なんかあったら言ってくれ」
奇跡のような時間管理で動き回る料理人に混じって、ナミは厨房に立った。目の前に鴨肉の塊。タメ息が出た。
「幾らって言ってやればよかったんじゃないか?」
「イヤよ。気軽に頼まれても面倒だもの」
「ま、船長には通じなかったが」
「厄介だわ」
この船の経理を掌る二人である。この航海士が船のため、クルーの楽しみのために骨を折っているのは知っている。がめついように見えるのは、単純に男どもが金に頓着しないからだ。
船を一隻運用するのだから、金がかかるのは当然だ。規模が大きくなれば海軍のように気軽に身動きすら取れなくなる。海賊が非道をするのも、理由がないわけではない。
それでこの航海士がワルモノ扱いになるのは違う気がしたが、本人が好んでそう振る舞う以上、口は出さない。
それに気がつくのも甲斐性だろう。女の苦労を、男はいつも理解しない。人に教えてもらうものでもないのだろう。
採ってきたミカンの皮をピーラーで剥く。白い部分は残し、そちらは丁寧に手で処理する。皮ごと薄く切ったものとそれらを分けて、残りは絞っておく。
空いたオーブンで皮を乾かす間に、鴨をスライスする。
鴨は脂を引かず、皮から焼いていく。焼色を着けたら出てきた脂をかけてアロゼしていく。この一手間がウマさの秘訣だ。ただの焼き肉では引き出せない肉の旨味が出る。
ミカンの皮とオーブンの中身を入れ替えて、本格的にソース作りだ。
二度ほど煮こぼしてアクを取った皮をシロップ煮にする。
それとは別にカラメルを作り、ワインビネガーを加えて強火で酸味を飛ばす。
「サンジくん、借りるわよ」
「ハイよ」
味を整えたら、フォンドボーを加える。昔は、缶のコイツが高かった。手に力が入る。
香り付にミカンの皮を少しと果汁もぶち込み、煮詰めていく。
「リキュールもあるぜ?」
「ありがと」
適当に入れる。代用品で誤魔化そうとしてた。侮れない充実具合である。なんなら自作してそうだ。梅酒とか絶対そう。
バターでとろみとコクを出し、味見。
「うん。美味すぎ!!」
「そいつはよかった」
仕上げにちょっとリキュールを足して、キレを出す。
鴨肉は取り出して余熱で休める。後は夕食の時間を待つだけだ。
「ほう? オマエさんが厨房に立っとるのか?」
「有料よ?」
「ワハハ! その価値もあろう! そのうち頼もうか。迷惑でなければじゃが」
「別に迷惑じゃないわよ」
「なるほど、素直じゃないのう」
「なによ、ソレ?」
「気にするな。お、今日は蕎麦か! ウマそうだ!」
「席についてくれ。直前で茹でるからよ」
「たまらんのう。最高の一味じゃ」
「だろう?」
「ウホー! ひっさしぶりだな! これ好きなんだ!」
「アンタ肉ならなんでもいいでしょ?」
「そんなことねぇ!! やっぱ、サンジとかオマエの作った料理がいい!!」
「ま、ありがたいね」
「だからって、そんなに頻繁には作らないからね?」
「またでいいさ。何度でも機会はある」
「何度もはイヤって言ってるの!!」
「ケチだなー。別にいいじゃねぇか」
「だったら稼ぐことね」
「ルフィ、オレが今度フィシュ&チップス作ってやるよ」
「お? アレも好きだ!!」
「なら、オレが釣り上げてやるよ」
「いいな! 釣りたての魚をフライにしてくのも」
「携帯用のコンロと鍋だな? 出しておいてやるよ」
「流石フランキー。もうあるのか」
「アウ!! ナメんじゃぬぇぞ!! こんなこともあろうかとは、船大工の基本さ!!」
「だから、なんでキャンプ用品に偏るんだ」
「冒険だからさ」
「ヒュー、ヒュー。フランキーの兄貴!!」
「スーパーだ!!」
「野暮なことを言ったかな?」
「そうでもないでしょう」
「ええ、楽しそうよ」
「オレにはまだわからねぇな」
「ワタシにもまだまだ難しいですよ」
「ブルックもか?」
「ええ、そうです。素晴らしいですね、人間というのは」
「頼むから人間でいてくれよ?」
「おや? そうでした! お恥ずかしい!」
「ワシも腕を奮ってみるかな?」
「あら? 楽しみね」
さよならクリスマス