麦わら一味の日常   作:HIRANOKORO

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知られざる変態の生態


漢の仕事

 漢の朝は午前9時から始まる。リーゼントの手入れはもちろん、身嗜みには手を抜かない。

 若さというのは、男も女もそれをおざなりにする。自分も親友も、師匠の元にいるときはそうだった。

 ヒゲは不精。髪型は雑。油汚れはそのまま。服も着たきり。

 若いヤツらが身の程を弁える必要はない。いくらでも無茶をすればいい。いくらでも手助けする。

 だが、夢を追うならいつか忍耐が必要な時があるかもしれない。解体屋という真逆の稼業に就きながら、造船の腕を磨き続けた漢は知っている。

 ただ駆け抜けるだけなら、いい。漢の背中を見る機会などないだろう。むしろ、その背中を支えるのが兄貴分だ。

 だが、立ち止まった時、人生の先を進むのはこの自分だ。みっともない背中を見せるわけにはいかない。前半分を失って、師匠の深い懐とデッカい腹は兄弟が継いだ。アイツも駆け抜ける漢だ。

 だから、唯一残った生身の背中で、漢であることを示してやらなければならない。例えそれが無意味であったとしても、万全に備えておく。それが師匠の教えだ。

 届かない背中、届かなかった背中。

 それがこの変態の人生の血肉である。

 夢が苦しみにしかならなかった時、思い出すのはいつも師匠の背中だったのだ。あの、カッコつけなくてもカッコいい大人になりたいものだが、今はまだ、カッコつけなければカッコいい自分にはなれない。

 今日もまつ毛の先までスーパーだ。鏡の前で、喜びのポーズ。

 一味はこの声で漢の目覚めを知る。

 身嗜みの後はコーヒータイムだ。若いヤツらに合わせた脂っこい食事ではないので、コーラはいらない。

 大好きだけど、コーラで流さないと量が食えなくなっているのは、多分サイボーグだから。

 エスプレッソと新聞、そして焼き立てのクロワッサンで作ったサンドイッチ。繊細に重ねられた生地の歯ごたえと香りが、シンプルな組み合わせを何倍にも高めてくれる。

 今日も料理人の仕事は完璧だ。

 そのまま昼までダイニングで過ごす。

 通りすがりのクルーが零す、ちょっとした不具合や不満、不便。全て仕事に生かすが、あくまで何気なく、いつの間にかでなければならない。そのための時間は惜しくない。

 巨体がソファを占領しているせいで、たまに膝に毛玉が乗って勉強してたり、航海士が愚痴をぶつけてきたり、料理人が相槌を求めたり、狙撃手が発明の相談に来たりする。

 後、船長がたまに腕ブランコとかをリクエストする。いい加減、剣士のウェイトは足すのが難しいので、素材を改める必要があるかもしれない。

 音楽家のピアノは一応、引き上げてある。だが、どう設置してやれば良いのか、まだアイデアが浮かばない。フロリアントライアングルは霧も船もその領域に留まり続けるような海域だったが、この船はグランドラインを行くのだ。

 繊細な楽器を壊さないように常設するのはなかなかにホネだ。

 船長の昼寝場所にならない工夫もいる。あの冷たい感触を気にいっているらしい。

 アレはアイツの宝だ。大事にしなければならないが、存分に使わせてもやりたい。悩みは尽きなかった。

 そうこうしているうちに、昼食の時間だ。航海士の予報を元に、午後の航海計画が言い渡される。

 それを基準に、クルーは午後の過ごし方を決める。昼寝したり、トレーニングしたり、釣りをしたり、嵐に備えたり。

 船長はどっか高いところにいる。

 逆に漢は船の底に潜る。仕事場で道具を掴み、今日の作業に入る。

 宝樹アダムは素晴らしい素材だ。あの英雄ガープの拳骨流星群すら耐えたという逸話もある。

 その特性は硬さではない。強靭な弾性だ。

 どんな衝撃も跳ね返す力は、船長でも気を抜けば殴った拳が痛む。

 だが、だからこそ、メンテナンスが欠かせない。

 弾力があるということは、僅かであっても歪むということだ。

 船という形を作るには、アダムを木材にしてそれらを組み上げて繋ぎ、接着する素材を挟まなければならない。

 衝撃を吸収すると、アダムは物凄い速さで撓み、元に戻るが、接着剤はそうではない。よって摩擦で急激に劣化してしまう。

 それを放置すると、船が一個の塊でなくなり、跳ね返した衝撃が集中して、アダム自体の弾性でへし折れてしまうのだ。

 また、万全の状態だと衝撃を受けた部分だけでなく、それを逃がした部分でも同じ現象が起こる。

 だから、毎日点検し、必要なら劣化した素材を充填しないと、木材だけ無事のまま、船がバラバラになってしまう。

 航海の途中で船の形を保てなくなるなど、欠陥品ですらある。

 並大抵の船大工では扱えないし、下手な海賊では持て余すだけ。

 実に贅沢な素材であり、腕の振るい甲斐があるというものだ。

 これを扱えるのは幸せ以外のなにものでもない。

 見た目に似合わず、繊細に、丁寧に、だが素早く仕事を進めていく。

 少人数であることを考慮して、サニー号は突破力と機動力に重点を置いた設計だ。

 直進性を優先しているので、船体を短くして小回りを確保している。

 代わりに復原性を犠牲にしているが、そこは船体中央にパドルを展開することで補う。

 よってアダムの強靭さは側面の防御力ではなく、船底の頑丈さを活かすように組んだ。

 狙撃手や航海士の腕を活かす意味でも、足を止めての海戦などナンセンスだ。出来るからやってしまうという、航海のムチャクチャさも、メリーを見た漢には一目瞭然だ。竜骨は勿論、梁も殻も特に下からの衝撃を逃がす構造にしてある。

 この芸術的な設計は、自分の仕事ながらホレボレすると同時に、これを組んだ大工たちの腕も思い出す。生きた木材を相手に、ただ設計通りでは思わぬ不具合を生む。

 板の切り方、柱の削り方から、全てが融合してこそ、アダムの弾性は無敵となる。しかも、完璧なだけではなく、遊びも必要だ。

 仕事には漢の哲学が宿る。その魂や面影に触れながら、船底を後にした。

 今日は穏やかな日よりなので、外板も点検する。ロープを使って船体に貼り付いての作業だ。

 たまにクルーが手伝ってくれるが、船長は飽きっぽいし、狙撃手は危なっかしい。剣士は思ったより軽いと抜かしてからは、起きて来なくなった。女連中には無理だし、他にも仕事はある。気持ちだけで充分。

 暑い日照りが生身の背中に突き刺さる。スーパーだ。

 久しぶりに風呂にでも入ろうか。

 半身が機械のため、漢は三日に一度ぐらいしか入らない。サニー号には濾過装置もあるが、ミカンの木や芝など植物も生えていて、何よりトンデモなく料理で使う。二日目のカレーを楽しむために、一日目は鍋一個分だけとか普通にする。しかも、ライス。節約しても皿洗いの量も毎日、毎食膨大だ。

 結果、男連中のものぐさが許される。

 剣士は毎日乾布摩擦をしているのでいいが、船長はたまに叩き込まないと着替えすらしない時がある。狙撃手は多少怠惰なだけで、音楽家にとっては単なる娯楽だろう。

 船医はブラッシングさえすれば問題ない。

 簡便な濾過装置で循環させた再利用水も考えたが、生活面におけるクルーへの信頼は皆無であるため、何とか飲用に耐える水準にしないと。

 水は怖い。簡単にクルーが全滅する。

 研究すべきことは尽きない。

「今日は風呂をいただくぜ」

「オレはまだいいや」

「じゃあ、背中流してやるゾ‼」

「じゃあ、オレサマがフワフワにしてやろう」

 夕食の席で言い出せば、船医がすぐさま乗ってきた。そろそろ、捕まりそうな雰囲気を感じ取ったのだろう。考古学者の視線が一瞬鋭くなるが、容易いもの。ドライヤーの出力なら、変態内蔵型が一番だ。女連中に構い倒されるよりも、船医はそっちを好む。

「なら、お先どうぞ。ちょっとやること溜まってて」

 男女どちらが先かを決めるのは難しい問題だ。しかし、この一味に限っては風呂大会でもなければ拘ることもない。

「測量室かい? 何か用意しようか?」

「アリガト♡ じゃあ、落ち着いたらでいいからミルクティーをお願い出来る? ワタシもそれまでには片付けとくから」

 料理人ウキウキである。それに便乗して船長がワガママを、剣士がイジワルを挟む。空気を読もうとした狙撃手には、料理人から押し付けた。

 スーパーだ。コーラがウマい。

 船医に背中を洗ってもらい、逆に船医も洗ってやる。狙撃手や女連中のように無駄にテクニカルでキレイになる洗い方は嫌いなようで、雑ではないが力強く擦ってやる。

 一緒に暮らしていた師匠の婆さんの躾か、水をそれほど苦にせず、大人しい。血流を回し、機械との融合で消耗した神経を解きほぐすために、ゆっくりと浸かる。

 それに付き合って文句も言わず、タオルでプカプカ浮いてみたり、膝に座ったり、よじ登って少し涼んだり。

 濾過装置があるとはいえ、燃料まで必要になる贅沢極まりない大浴場を作ったのは、クルーの要望もあるが何より自分のためだ。傷を治すのではなく、生き延びるために生身を置き換えた。

 今や改造の度合いは人間と呼ぶのに躊躇うほどだ。

 なんなら、もうロボットになり切ってしまった方が楽かもしれない。なんなら、その方が強い。

 しかし、この一味の仲間でいるなら、面倒臭く生きようと思った。障害でしかない欠陥を抱えて、最期まで生きてみようと。

 こうしてメンテナンスをしながら、手間でもなんでもないような顔をして、それを粋だと嘯きながら。

 そんな決意とも呼べないような想いを気づいているのかいないのか、背中に回ってグニグニ筋肉を揉み込んでいた船医が、飽きたように湯船に戻る。

 そのまま縁に蹄をかけて、入口を見ながらチャプチャプしている。

「そろそろ出るか?」

「ヨシ!! 出るゾ!!」

 やはり飽きていたらしい。

 ババっと拭いて脱衣所に出る。そこでじっくりドライヤーでフワフワにしていると、いつの間にかいた考古学者が軽くブラッシングをかけて拐かしていった。

 流石の変態もちょっと寂しい。

 新しいパンツを履いて、ポーズを決める。

「ん〜!! スーパーッ!!」

 湯船に浮いた毛を掬っておく。

 開発室に戻り、コーラを補充すると机に向かう。研究対象はヤルキマン・マングローブの樹液。

 あそこの気候でなければ安定性を失うが、だからこそニスや塗料に応用出来ないか。

 あの撥水性を船体が発揮出来れば、速度が劇的に上がる。

 また、濾過装置のフィルターにも使えるかもしれない。

 実をいえば、そうした発想は狙撃手の方が得手なのだが、それを導くためにも基礎研究は欠かせない。アレの問題解決能力は抜群で、ちょっと弟子にしようかな~なんて野望が顔を覗かせたりしないでもない。

 ミラーボールのチラつく照明の下で、ただ積み重ねていく地道な作業に没頭する。

 波を割いていくこの船が、さらなる性能を獲得するのだと思うと、ワクワクが止まらない。試薬の反応を待ちながら、新しい装置の設計、武器の組み立てといくつも作業を並行させて、漢の顔には笑みが浮かんでいた。

「お疲れ様。少し、休憩しない?」

 声の方に向けば、考古学者が酒を持ってきた。耳を澄ますと、上階では何やらワチャワチャと話し声がする。

 なるほど、結局夜空の下で二人っきりのデートとはならなかったか。さっと部屋の安全を確認して、瓶だけ受け取る。

「チョッパーは寝たのか」

「ええ、私のベッドで」

 抱き枕にするつもりだ。

「あんまり構い倒すと嫌われるぞ」

「あら? 男の扱いなら慣れたものよ?」

 むしろ、そういう雰囲気が薄れて心のままに甘やかしているようだから忠告したのだが、鉄壁の態度で打ち返された。

「まあ、そういうことにしといてやろう」

 考古学者は笑って製図台に腰掛ける。

「フフフ、本当はね、嫌われてもいいの。ずっと逃げてきたんだもの。たまには追いかけるのもいいわ」

「そりゃ楽しそうだが、ちょいと不憫だな」

「大丈夫よ。でも、そうね。気をつけるわ」

 厄介な女に目を付けられたもんだ。トナカイながら同情する。

 考古学者は製図に目をやり、それを撫でながら漢に質問した。それに答えてやりながら、二人で酒を進めていく。

 女にどれだけ関心があるか知らないが、漢も歓心を逃さぬ術なら知っている。

 先に空けたのは、ワイングラスを手にした女だった。

「コーラならあるが……」

「いいわ。それをちょうだい」

 言うなり、漢の手から瓶が奪われた。そして、それを口に、大きく呷る。口の端から溢れた酒が、その喉に伝った。

「オイ……」

「たまにはワイン以外もいいわね」

 トボケた顔をした女に、漢は微笑んだ。スッと手を伸ばし、溢れた酒を拭ってやる。

「甘えん坊め」

「あら? 嫌いになった?」

「口も減らねぇな」

 指で唇を塞いでやる。そのまま、そっと胸元まで撫でて、漢は手を離した。

「さあ、そろそろ寝る時間だぜ、お嬢さん。それともまだ付き合うかい?」

「そうね。上もお開きのようだし」

「シャワーを浴びてきな。いい夜のために」

「そうするわ」

 身を翻した女が、階段を登っていく。漢は机に向きなおり、ペンを持った。が、ふと気づいて顔を上げる。

 立ち止まった女が振り向いて流し目を寄越していた。

「おやすみ。ロビン」

「ええ、おやすみなさい。フランキー」

 まったく、スーパーだぜ。

 漢の一日はまだ終わらない。船底の灯りは、深夜まで灯っていた。




フランキーとサニー号への愛と妄想が溢れただけで、会話がメイン
大人ってステキですね
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