エルデの王は迷宮で夢を見るか?   作:一般通過あせんちゅ

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小さな違和感

「……あんまり良くないわね」

「はぁー疲れた。どうしたのヘファイストス」

 

 店の中で【ヘファイストス・ファミリア】の主神である鍛冶の神ヘファイストスが書類を見て、眉間に皺をよせていた。そこに現れたのは、自らの眷属が持つナイフをオーダーメイドしてもらった代わりに、ヘファイストスの店で働かせられている神ヘスティアだった。休憩時間に友人であるヘファイストスの執務室までやってきたヘスティアは、ヘファイストスの難しそうな顔に首を傾げた。

 

「あんたには関係……いや、あるわね。ちょっと見てもらっていいかしら?」

「え? ボクに見せてもいいのかい?」

「問題ないわ。別に機密でもなんでもないもの」

 

 ヘファイストスの許可を貰って紙を見せてもらったヘスティアは、そこに書かれている数字と文字の羅列をゆっくりと読み解いていた。ヘスティアが持つ紙には、ここ数日間に市場に流れたモンスターのドロップアイテム名と、市場に流れている数と市場価格が並べられていた。

 

「これ、価格が()()()()()()()()()?」

「そうよ。異常なほどにね」

 

 額としてはほんの少しの下がり方でしかないが、鍛冶系ファミリアの最大手として常に市場を見てきたヘファイストスの目に留まった違和感。ヘスティアはヘファイストスに言われなければ気が付かなかったが、よく見れば上層から下層までのドロップアイテムが普段より多く市場に流れているのだ。

 

「これがボクになんの関係があるんだい?」

「これが続くようなら、あんたの子が持ってくるような上層のドロップアイテムが安く買い叩かれるようになるのよ」

「そ、それは困るな」

 

【ヘスティア・ファミリア】の財政を支えているのは、たった一人の眷属ベル・クラネルである。そんな彼が持ってきたドロップアイテムが二束三文になっては、将来的な財政に影響する可能性は充分にある。

 

「けど、なんでこんな風になったりするんだい? ボクは下界に来たのがそれほど前じゃないから詳しくないけど……冒険者がドロップアイテムを持って帰ってくるのは普通だろう?」

「上層、中層ぐらいまでならね。けど、下層以降はそもそも潜れる冒険者が少なくなってくるし、深層のドロップアイテムは、ものによっては常に品切れなんてことも普通にあり得るわ」

 

 ヘファイストスが一番問題視していたのは、この市場の混乱とも言えない小さな歪みが、いつか大きなうねりに変わってオラリオを飲み込む。そんな気がして仕方がないのだ。

 

「気を付けなさい。あんたの子も……少なくとも、とんでもない頻度で深層まで潜ってモンスターを狩り続けている奴が今、オラリオにはいるわ」

「……わかった。ベル君には伝えておくよ」

「そうしておいて……ところで、今その眷属はなにしてるのよ」

「ベル君かい? ベル君はいつも通り、ダンジョンさ」

 

 


 

 

「っ!」

 

 ダンジョン7階層で、ベル・クラネルは【神の(ヘスティア)ナイフ】を片手に疾走していた。ダンジョンの7階層と言えば、ウォーシャドウに並び『新米殺し』と名高いキラーアントが闊歩している階層である。しかし、ベル・クラネルはそんなキラーアントを一蹴。硬い外殻を持つはずのキラーアントの首を切断したベルは、一つ息を吐いてから魔石を回収し始めた。

 

「やっぱり神様に感謝しなくちゃなぁ……このナイフ」

「いいナイフだね。中々の業物だ」

「うぇひぃ!? み、みみみミストさん!?」

 

 キラーアントの魔石を回収したベルが、うっとりとした表情でナイフを見つめていると、横から音もなく坩堝の騎士が姿を現した。突然現れた知り合いの姿に動揺していたベルは、息を整えてからゆっくりとミストを見上げた。

 

「だ、ダンジョンに来ていたんですね」

「ん? さては私が冒険者登録していないことを知ったかい?」

「そ、そんなこと……ナイデスヨ?」

「嘘が下手だねベル・クラネル君」

 

 一瞬で嘘だと見抜かれたことに落ち込みながら、ベルは覚悟を決めてミストへと視線を向けた。

 

「なんで、冒険者登録をしていないんですか?」

 

 余計なことを言わずに直球で言い辛いことへ突っ込んできたベルに、ミストは兜の中で笑みを浮かべていた。闇派閥(イヴィルス)の存在などまだ知らないベルからすれば、冒険者登録をせずにただ潜っている人程度の認識であるが、一定以上の知識がある人間ならば即座に武器を向けてもおかしくない。

 

「簡単な話、私はファルナとやらを持っていないからさ」

神の恩恵(ファルナ)を!? ど、どうやってダンジョンに潜ってるんですか!?」

「戦闘経験なら豊富だ」

 

 ミストは終始、嘘は言っていない。恩恵を持っていないのも本当であり、戦闘経験が豊富なことも間違いではない。人を疑うことが苦手なベルは、そこでミストへ疑問をぶつけるのを諦めた。

 

「私は丁度、オラリオに戻るところでね。ベル・クラネル君はどうする?」

「べ、ベルでいいですよ。僕はまだもう少し潜っていきます」

「そうか。君の武運を祈るよ」

 

 軽く手を振って6階層へと続く階段に向かって歩きだしたミストは、緩む頬を抑えきれなかった。

 

(成長している。私が初めて会った時とは既に別人のような強さを手に入れていた……あれはナイフに任せた技量ではない。やはり本物だったか……ベル・クラネル)

 

 ミストは初めてベル・クラネルに会った時から、内側で渦巻いている()()()の強さに気が付いていた。かつて膨大なルーンを力に変えてエルデの王となった自分と同じように、その内側のルーンはどんどんと強くなっている。このオラリオの中で誰よりも冒険者としての素質があるものだと考えていたミストは、想像以上の速度で強くなるベル・クラネルに笑みを抑えきれない。

 

「いつか潰すことになるか、それとも良き隣人のままでいられるか。ラニ、次第かな」

 





どうなるかはラニ様の決定次第です


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