エルデの王は迷宮で夢を見るか?   作:一般通過あせんちゅ

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取引

「これはまた……素晴らしい量ですね」

闘技場(コロシアム)と呼ばれていた場所に少し引きこもってね」

「闘技場……37階層にあると言われているあれ、ですか?」

「そう」

 

 ダンジョンの37階層から下はれっきとした深層域である。限られた冒険者しか足を踏み入れることができず、第一級冒険者であろうとも少しの油断で命を刈り取られる本物の地獄。限られたファミリアにしか情報が公開されていないため、その様子を知る者は自らの足で歩いたものだけである。37階層ぐらいまでなら、一般人にも情報が噂として出回っていないこともないが、ミストが持ってきたアイテムを渡されている商人も初めて見るようなものが存在する。

 

闇派閥(イヴィルス)でもこんな深層域まで行ける人はいませんよ」

「そうなんだ」

 

 闇派閥がそもそもなにか知らないミストは適当に話を流しながら、深層のモンスターから手に入れた魔石を机に並べていた。商人の部下と思われる人間たちが慌ただしそうにドロップアイテムの鑑定と払う(ヴァリス)を計算している中、商人は顎に手を当てて唸っていた。

 

「……貴方様は都市を混乱に陥れようとする闇の連中、闇派閥についてどう思いますか?」

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「そうですか」

 

 ギルドに所属している冒険者でなくとも、都市を混乱に陥れようとするものの存在を聞けば誰もが顔を顰めてしまうだろう。しかし、深層域まで単独で潜り、無傷のまま帰ってきているミストは大して興味もない。彼女にとって秩序とはラニそのものであり、彼女にとっての敵はラニを害そうとする者とラニの理想を阻むものである。

 

「私、実は闇派閥と密かに繋がっていましてね。最近は連中に勧誘されているのですよ。これ程の魔石とドロップアイテムを持っている商人ならば、私たちと共に歩もうと」

「ほぉ……あまり良さげな話ではなさそうだね」

「おっしゃる通りです」

 

 一見すると単純に闇派閥の仲間となり共に都市へ混乱を招こうと勧誘しているようだが、実のところ商人は脅迫されているのだ。

 

「受け入れなければ、恐らく他の闇派閥と繋がっているファミリアの冒険者から、なにかと理由を付けられて潰されるか、都市の治安を維持している【ガネーシャ・ファミリア】に密告されて終わりでしょう」

「それは困るね。つまり、私に君も守って欲しい、と?」

「お話が早くて助かります」

 

 商人は運命の岐路に立たされている。闇派閥についてそのまま数多のファミリアに潰されるか、闇派閥との手を切って狙われ続けるか。一度でも儲けの為に闇派閥と手を組んだ者の末路として相応しい破滅への岐路であるが、そこに突然もう一つの道が現れた。

 

「闇派閥は派手に過ぎます。いずれファミリア連合に滅ぼされることになるでしょう……ですから、私は貴方様を使って中立の立場を貫きたい」

「混沌側から金を貰い、秩序側から安全を買う……なるほど、素晴らしい商人だね」

「お褒めの言葉として受け取っておきます」

 

 どちらからも甘い蜜を啜ることしか考えていない商人の言葉に、ミストはわかりやすくていいと頷いた。当然、そんなことをすれば商人はどちらからも目を付けられて簡単に押し潰されるのだが、そこで出てくるのがミストというイレギュラーである。深層域に単独で潜りながら無傷で帰ってくる力。オラリオの秩序に全く興味を示さない姿勢。商人の事情に深く突っ込んでこない性質。商人にとってミストは運命の相手と言っても過言ではないだろう。

 

「私としては、別にオラリオがどうなろうがどうでもいいから……ただ魔石とドロップアイテムを買い取ってくれればいいよ」

「勿論です」

「じゃあ上層から下層の魔石も買い取って」

「…………まぁ、いいでしょう」

 

 下層はともかく、上層と中層の魔石など買い取ったところで商人としてはあまり旨味がない話だが、ミストを利用して安全を確保するためには必要な経費であると割り切り、商人は深層の魔石同様に8割程度の値段で買い取ることとなった。

 

 


 

 

「んー……おばちゃん、小豆クリーム味3つ」

「はいよ」

 

 商人に魔石とドロップアイテムを買い取ってもらったミストは、その金を持ってジャガ丸くんの出店に足を向けていた。怪物祭(モンスターフィリア)以降、ジャガ丸くんの味を気に入ったミストは、定期的にジャガ丸くんを食べていた。

 

「小豆クリーム味1つ」

「はいよ」

 

 一人で満足気にジャガ丸くんの小豆クリーム味を食べていたミストは、ベンチの横に自分と同じ小豆クリーム味のジャガ丸くんを持った人が座ったのを見て視線を向けた。

 

「ん? 君は……」

「フィリア祭の時の?」

 

 横に座っていたのは、ミストが持つ金髪よりも更に輝いて見える金髪を持つ少女、アイズ・ヴァレンシュタインだった。ミストは美しい少女だなと思いつつも、アイズの腰に備え付けられている業物に目が吸われていた。

 

「……これ?」

「あぁ……いい剣だ。よく鍛えられているし、鍛冶師の魂が籠められている」

 

 ミストは自らの持っている武器を鍛えた円卓の鍛冶屋ヒューグや、共にラニに仕えた仲間である鍛冶師イジーを思い出して柔らかな笑みを浮かべた。アイズは、ミストの柔らかな笑みを見て少し驚いたような表情を見せた。アイズが知っているミストなど、私服姿で巨大な魔力の大剣を振るう姿だけだったからである。

 

「……貴方は、何者、なんですか?」

「それは秘密だ。女は秘密の数だけ美しくなる、らしいぞ?」

 

 旅巫女のローブを揺らしながら、ミストはアイズから離れていった。自らの主神であるロキが気にしていた存在ながら、同じジャガ丸くんを愛する同士なのだと認識したアイズは、名前を聞きそびれたことを思い出しながらジャガ丸くんに齧りついた。

 




あせんちゅは今のところ闇派閥でもオラリオ派でもありません
敢えて言うなら第三勢力です


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