エルデの王は迷宮で夢を見るか? 作:一般通過あせんちゅ
「ダンジョンは楽しいな……幾ら敵を蹂躙しても無限に湧き出てくる」
正面から突進してくるサイを叩き潰したミストは、背後から近寄ってきていた別のサイを無造作になぎ倒す。オルドビスの大剣にへばりついた血を眺めながら、正面の壁から湧き出てくるモンスターへと意識を向けるミストは、そのモンスターの名前を知らない。ブラックライノスと呼ばれる二足歩行型のサイは、ダンジョンの51階層に出現するモンスターである。
周囲から近寄ってくるブラックライノスを前に、ミストはゆっくりと杖をダンジョンの地面に突き刺した。瞬間、ミストを中心として氷の嵐が周囲に吹き荒れる。ミストを殺そうと近寄っていたブラックライノスたちはその嵐によって身体がゆっくりと凍り付いていく。火の巨人と戦い続けたザミェルの騎士たちが得意とした『ザミェルの氷嵐』は、51階層という深層域のモンスターの命すらも容易く奪っていく。
「……終わりか?」
ミストは『アデューラの月の剣』を手に、凍り付いたブラックライノスたちを両断する。かろうじて生き残っていたブラックライノスも、すぐにその命を散らすことになる。エルデの王に、慈悲の心など存在しないのだ。
「角、か……」
51階層でブラックライノスの死体を前に座り込んでいるミストは、ドロップアイテムであるブラックライノスの角を片手に唸っていた。角をそのまま武器にするには少し短いことに落胆しながら、金になるのならばなんでもいいと思い、全てをルーンとして自らの内へとしまい込む。あらゆる物体をルーンとして自らの内へとしまい込む力は、ルーンを力として自らの器を強化する褪せ人ならではの収納方法である。
ブラックライノスの魔石と角を回収し終わったミストの視界には、狭い通路を進行する芋虫の姿があった。ミストを発見すると一直線に向かってきた芋虫を見て、ミストは生理的な嫌悪感を抱きながら竜餐の印を右手に持つ。
放たれる竜の力は全てを凍結させる氷の霧。『ボレアリスの霧』は巨人たちの山嶺で竜として生きていた凍てつく霧、ボレアリスの力を振るう祈祷である。氷の霧は触れたものの体温を奪っていき、瞬く間にミストへと近寄ってきていた芋虫の全てを醜い氷像へと変えた。身体の芯まで凍結させる霧を受けて動けるモンスターは存在しない。
気持ち悪い芋虫を見たせいか、やる気が起きなくなったミストは反転して50階層へ上がる為の階段に向かって歩きだした。道中で現れるブラックライノスやデフォルメス・スパイダーをオルドビスの大剣で叩き潰したミストは、欠伸をしながら50階層へと戻ってきた。
ダンジョンの50階層ともなると広大過ぎて、ミストとしても目的がどこにあるのか全く見当がついていなかった。深層域にある
しばらく51階層への階段付近で周囲を見ていたミストは、諦めたように溜息を一つ吐いてから、自らの指につけられている指輪を使って笛を吹いた。決して大きくないはずの音だが、不思議とどこまでも響くような音を鳴らした瞬間に、ミストの背後から馬がゆっくりと歩いてくる。
「久しぶりだね、トレント」
角の生えた馬であるトレントは、褪せ人を認識するとゆっくりと近寄ってきて鼻を擦りつけた。狭間の地で自らの足として活躍してくれたトレントに、ミストは嬉しそうに首を撫でてやった。
「相変わらずちょっとせっかちな性格は変わらないね」
首を撫でられたことに嬉しそうな態度を見せるが、自分が呼ばれる理由は長距離を移動する為であると認識しているトレントは、すぐにミストに対し背中に乗れと言わんばかりに身体を揺らした。苦笑しながら、ミストは言われた通りにトレントの背中に騎乗する。乗り慣れた感覚を味わっていたミストは、いつも通り手綱を握ってトレントを進ませる。
トレントによって格段に移動速度が速くなったミストは、しばらく50階層を進んでいるとお目当てのものを発見する。
「祝福発見……ありがとうねトレント」
トレントから降りたミストはゆっくりと祝福に近寄り、霊馬としてラニの様に姿を消していくトレントに礼を言った。気にするなと言わんばかりに鼻を鳴らしたトレントに微笑んだミストは、祝福に触れた。
50階層に置いてある祝福は、黄金律ではなくラニが作り出した祝福であるため、淡い青色の光を周囲にまき散らしながら褪せ人を癒す。そして、ミストは先程のトレントと同じように祝福を使ってその身体を粒子として消していく。しばらくすると、その場には淡く輝く祝福だけが残っていた。