エルデの王は迷宮で夢を見るか?   作:一般通過あせんちゅ

4 / 34
そろそろ連載に切り替えようか検討中です



白兎

「やッ!」

 

 ベル・クラネルは現在、ダンジョン2階層でナイフを振るっていた。相対するゴブリンの首を断ち切り、背後にいたもう1匹のゴブリンに刃を向ける。人間へと敵意を向けて迫るゴブリンを前にしても、ベル・クラネルは冷静な表情をしていた。

 

「相手の動きをしっかり見て……叩き切る!」

『ギュオッ!?』

 

 突き出された爪を左に避け、その勢いのまま脇腹にナイフを当てて滑らせる。鮮血を散らしながら、ゴブリンは痛みに怯む。その隙を狙って、狡猾な白兎は体重を乗せてゴブリンの首にナイフを突き刺した。神の恩恵を受けた人間は、その時点でゴブリンやコボルトを殺すには不足ない力を得ることになる。それでも、冒険者ベル・クラネルは自らの担当者であるエイナ・チュールの言いつけ通り、冒険しないことを心掛ける。

 

「ふぅ……」

 

 ゴブリン二体を危なげなく倒したベルは、ナイフを逆手に持って倒したゴブリンから魔石を抉りだした。手の平に乗る爪くらいの大きさしかない魔石だが、これを集めるだけでお金が手に入るのが冒険者という仕事である。命をかけているだけあり、働いて得られる金はそれなりに多い方だ。

 

「いい手際だったよ」

「あ、はい、どうも……え?」

「どうかしたかい?」

 

 ダンジョン内でモンスター討伐の手際を、馬鹿にされずに褒められることがあるのかと思いながら振り向いたベルは、そこにいた坩堝の騎士に目を見開いた。彼が自らの憧憬「アイズ・ヴァレンシュタイン」に出会う少し前に、ダンジョンで出会った姿と全く同じである。あの時はかけられた言葉だけが頭の中に残っていたが、ベルは改めてその人物を頭のてっぺんから足のつま先まで観察して息を呑んだ。

 

「あ、あの……上級冒険者の方、ですか?」

「上級? 冒険者には階級があるのか?」

「そこからですか!?」

 

 ダンジョンに潜り、明らかに強そうな鎧を着込んでいるにもかかわらず、冒険者の仕組みすらも理解していない目の前の存在に、ベルは混乱していた。突然の出会いに困惑するベル・クラネルと、目を細めて未来の英雄を見つめるミストルテインを。ダンジョンは待ってはくれない。

 

「あ、モンスター!」

「……少年、君は何匹までいける?」

 

 一斉に壁から9匹生まれたゴブリンを見て、ベルは息を呑んだ。同時にかけられた声に対して、全部倒せると口にしようとしてから、口を閉じた。

 

「……5匹程度までなら」

「そうか。なら私が4匹受け持とう」

 

 彼我の戦力差を冷静に分析したベルは、6匹を相手にすればたちまち囲まれてしまうことを察していた。5匹程度までなら、初撃で一体を屠れば問題ない。ナイフを構えるベルを見て、薄く笑みを浮かべたミストは、ゴブリンが二人を捕捉したのを確認してから魔術を発動させた。

 

「行きます!」

「後ろ5匹を任せる」

「はい!」

 

 目の前を駆け抜けていくベルを見ながら、ミストはカーリアの王笏を媒介に『ローレッタの絶技』を発動させる。親衛騎士ローレッタが最も得意とした魔術『ローレッタの大弓』を研鑽したものであるそれは、同時に4つの矢を放つことができる魔術である。

 一発でコボルトを消し飛ばす威力を見せた『ローレッタの大弓』の完全上位互換である魔術は、走るベル・クラネルの横を通り過ぎて、ベルへと襲い掛かろうとしていた4匹のゴブリンを同時に消し飛ばした。

 

「やぁッ!」

『ギュアッ!?』

 

 同朋を一瞬で4匹殺されたゴブリンが足並みを乱したところに、新米冒険者が襲い掛かる。不意打ちに1匹の喉を掻っ捌いたナイフを逆手に持ち、動揺しているもう1匹の目にナイフを突き刺す。

 

「急所をしっかり狙っているね。案外、戦い馴れている」

 

 動揺していたゴブリンたちも、突っ込んできた小柄の冒険者を見て一斉に襲い掛かったが、ベルは敏捷性に優れた冒険者であるため、ゴブリン程度の攻撃を避けることなど訳ないことである。片目を奪われたゴブリンの死角に入り込み、喉を切り裂いたベルは、残りの3匹を見つめながらゆっくりとナイフを構えた。銅色の鎧を着込んだ謎の冒険者は、最初の魔法の様な一撃以外に動くつもりはないらしく、既に杖を構えることもせずにベル・クラネルを観察していた。

 

「……僕は英雄になるんだ。こんな所で苦戦していられない!」

 

 


 

 

「お疲れ、少年」

「あ、はい……ありがとうございました」

 

 ゴブリンを片付けた後も、ベルと共にダンジョンを巡ったミストは、目の前にいる少年には英雄としての素質があることを見抜いていた。自分の様な泥臭い卑怯者の勝利者とは違う、人々から存在を渇望される輝かしい英雄の子供を目にして、ミストは目を細めた。

 

「強いん、ですね」

「ん? それは場数の違いかな……少年、君はいつか私を凌駕していくさ」

「で、できるといいなと思います」

 

 お世辞無しでベル・クラネルのことを英雄だと見込んでいるミストとは裏腹に、ベルはミストの圧倒的なまでの力に感嘆していた。自分が許容できる以上の集団が現れた瞬間に、魔力で生み出された大弓を扱って敵を消し飛ばす姿は、ベル・クラネルが夢想する英雄の姿に他ならない。

 

「あ、名前を教えていただけませんか?」

「名前? あぁ……私はミストルテイン、ミストと呼んでくれ」

「ミストさん、ですね。僕はベル――ベル・クラネルです」

「ベル・クラネル、その名前を覚えておこう」

「ありがとうござい――ヒョェ!?」

 

 憧れるような目でミストを見つめていたベルは、相手をかっこいい鎧を着こなす英雄の様な男性だと思っていたが、兜を取って出てきたミストの素顔は紛れもない女性であった。お世辞無しに美人だと思う金髪の女性に対して、しどろもどろにになりながらミストにお礼を言ってから、ダンジョンの入り口を飛び出してギルドへと向かって走って行った。

 

「……急ぎの用事かな?」

「お前は本当に愚かだな」

 

 事情もわからずに首を傾げるミストに、背後に現れたラニが呆れたようなため息を吐いた。





評価感想頂けると嬉しいです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。