丸山彩生誕祭2022記念 企画小説集   作:咲野 皐月

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 皆さま、ご機嫌いかがお過ごしでしょうか。

 初めましての方は初めまして……そうで無い方はお久しぶりの、咲野 皐月でございます。最新話を執筆してる途中に軽く失踪ムード漂わせていた阿呆です大変申し訳ありません。


 ……と、言いますのも、今回のこの企画の運営をしていたり、リアルのお仕事が大変だったと言うのがあるのです。誠にご心配をおかけしました。


 ……さて、私からお届けいたしますは、私がメインの執筆作品としている……『新日常はパステルカラーの病みと共に(Rev.)』より、主人公と彩の休日の一時でございます。本編ではまだ先に進んでおりませんが、この二人ならこんな感じになりそうだなぁ……と考えながら作成致しました。


 それでは、心行くまでお楽しみくださいませ。


真冬の大波乱と大喧嘩(?)

「……今は9時58分。もうすぐ約束の時間か」

 

 

 世間はクリスマスムード一色に染まり、街往く人の流れも所々にカップルが目立ち始めて来た今日この頃、僕は駅前の噴水広場で一人佇んでいた。もちろん、常日頃から体調管理の徹底などを指示している立場上、防寒対策は万全にしている。

 

 

 人の動向を目で追う様な、傍から見れば不審者と思われそうな真似はしたくなかったので、人の流れをあまり意識しない様にと考え付き、今後の予定をスケジュールアプリを使って見ていたのだが……どうも落ち着かなかったりする。

 

 何故こんな事を話しているのかと言うと……。

 

 

 

「……え?あの人ってさ、最近よくテレビに出てる人じゃない?」

「あ、ホントだ。何してるんだろう、待ち合わせかな」

「私声掛けて来よっかなぁ……あの人すごく好みだし」

「あ、ズルい私が先よ」

 

 

 この視線を向けて来る人たちがカップルだったら、どれだけ気が楽だっただろうか……現在、女性グループで街中を通っていた通行人の目に留まり、何やら此方に聞こえるか聞こえないかの音量で話のネタにされて、注目の的になっていた。

 

 

 あのですね……コソコソ話している所、大変申し訳無いんですが、全部聞こえてます。せっかくオフを貰ってお出かけしようと言う時に、目立ちまくってしまって全部台無しは流石に洒落にならないんだけどな。

 

 そう思いながらも、僕は先程まで見ていたスマホを操作して、ある人物の所に電話をかける事にした。人がこれだけ待ってるのに一向に来やしない……普段はあまりしないけれど、ここらでキツく一つお説教せねば。

 

 

「……あ、出た。彩、お前一体今何処にいるん『あ、颯樹くんが見えた。おーい、こっちこっち〜!』通話口越しで大きな声を出すなよ……全く!」

 

 

 僕は声の聞こえた方へと駆け寄り、その通話をしていた相手と向かい合う事になった。

 

 傍から見れば、このシーンは何処ぞの少女漫画でありそうな雰囲気だと思うのだが、当事者である此方としては随分待たされた上に、通話口越しで周囲の視線お構い無しの大音量を聞かされたので、かなり虫の居所が悪かった。

 

 

「あ、良かった……颯樹くんが何処に居るかなって探しちゃった……え? 何でいきなり手を握って」

「彩、今すぐここから離れるよ。走れ!」

「えっ!? ちょっと、待ってよ〜!」

 

 

 僕たち二人は、周りに居た人たちから聞こえて来た黄色い悲鳴や嫉妬の呪詛等には一切目を向けず、一息着けそうな陰になる場所へと走って向かう事にした。

 

 

 そうして暫く走った後、僕たちは駅前から少し離れた建物の路地裏に駆け込んだ。お互いに息も絶え絶えになっていて、つい数分前まで氷点下に届きそうな寒空の下に居たにも関わらず、体温がかなり上がっているのを感じてしまった。

 

 そしてそれは、僕の直ぐ側で息を整えている彼女にも言えた事で、自身の身に付けている手袋やコートを脱いで、少し外の風に当っていた。

 

 

「はぁっ…、はぁっ…はぁっ…」

「はぁっ、はぁっ……。ちょっ、いきなりあの場から走り出すなんて、一体どうしたの? 颯樹くん」

「あの場で叫ばれると面倒だからだよ……。それに、見てたかな? 周りの人たちの視線」

 

 

 僕が言った言葉に疑問符を浮かべてた彩だったが、直ぐにその光景を思い出した様だ。全力で走った後で火照っているだろう顔は、恥ずかしさも相俟って更に熱を帯び、今にも湯気が出てしまいそうな雰囲気だった。

 

 

「うぅ……ごめんなさい……。私、颯樹くんとのデートがすごく楽しみで……」

「あー、それは分かったからね。分かったんだけど、これからはあんまり悪目立ちする様な事はしないで欲しいな。後日その対応で手間取るのは僕だから」

「……ごめんなさい 」

「ほら、行くよ。今日の主役は彩だよ?」

「……ほぇ?」

 

 

 そう言って僕は、未だ気分が落ち込んでいる彩の右手を取り、歩き出そうとした。そうすると彼女は呆けた表情をしたので、僕はある一言を彩に伝えた。

 

 

「昨夜の電話で、如何にもやる気満々で色々連れ回すから覚悟しててね〜って言ってたのは、果たして何処の誰だったっけ?」

「うぐっ……それは……」

「はい、行くよ。こんな所で余計な時間は使えない。時間は有限だからね」

「……うん!」

 

 

 その言葉で彩の表情が笑顔になり、握られている僕の手を自分の所に引き寄せた後、ピッタリとくっついて来た。これは彼女曰く……。

 

 

『私の颯樹くんに、何処の馬の骨とも知れない他の女の子が寄り付かない様にする為だよ♡』

 

 

 との事らしい。

 

 聞いてて小っ恥ずかしくなる事を、よくも平然と言えた物だと心の中で思いながらも、僕は彩の先導を受けてお出掛けに繰り出す事となったのだった。

 

────────────────────────

 

「……で、これはどう言う事?」

 

 

 僕たちが現在訪れていたのは、先程の路地裏から少し移動してバスを乗り継いで30分程度の場所にある、屋内プールだった。外は白い息が出る程に寒くなっているにも関わらず、この空間はかなり暖かいと感じられた。

 

 道中での彩からの情報に拠れば、ここは温水プールである為、冬場でも訪れる客が居るとの事だ。

 

 

 だからかもしれないが、先に着替えてプールサイドで彩を待っていようとした矢先……この有り様となってしまった。なので、この僕の呟きは間違ってない筈だ。

 

 

「ねぇ、あの人すごくかっこいいんだけど」

「一人で来たのかな……連れも居るの?」

「迷惑じゃなければ、私声掛けて来よっかな……」

 

 

 駅前広場で彩を待っていた時と同様に、何やら好奇の視線に晒される羽目となった。そして心做しか……周りから聞こえて来る男たちの呪詛が、どんどん時間経過と共に強くなって来ている気がしないでもない。

 

 その僕の格好はと言えば、無難に黒にグレーのラインが入ったトランクスを履き、そして上には黒のジャンパーを着ているのだが、こんな洗礼を受ける謂れは全く以て無い筈……だと思う。

 

 

「はぁ……何でこんな事に」

「颯樹くん、お待たせ〜! 水着に着替えるのに少し手間取っちゃった〜」

「ああ、はいはい。僕は気にしてないからそんな大声を出さなくてもわかる……て、えっ」

 

 

 そうしていると、僕が今居る所よりも少し離れた所から声が聞こえて来たので、それに合わせてその方角を向いたのだが……目の前に飛び込んで来た光景に、目を奪われてしまった。

 

 他の男共も彼女の声に気づいて、その方向を振り向いてるが……僕にとって無関係なので、ここは断固スルーが安定だね、うん。

 

 

「どう、かな……似合ってる?」

 

 

 僕の所に笑顔で駆け寄って来た彩の格好は、ピンクを基調としたビキニで、下はスカートタイプの物となっている。胸と腰の辺りにはフリルが付いていて、ビキニの上下には白いボーダーラインが十字になる様にプリントされていた。

 

 そして髪型はと言うと、いつもはセミロングで肩まで下ろしている所を、後ろで一つに束ねて確り解けない様にゴムで留められていた。

 

 

「……すごく可愛い」

「ふぇっ!? か、可愛い……可愛い……」

 

 

 ……思わず心の声が漏れてしまったな……。

 

 それを聞いた彩は予想通りと言うか、熟れた林檎の様に顔を真っ赤にして、真っ直ぐ下に俯いてしまった。せっかくの可愛い水着を着ているのに、本人がこの調子だと気分が幾分か台無しになってしまうのだが。

 

 

「ほ、本当に……今の私、可愛い……?」

「……あ、ああ、可愛いよ……うん。自信持って」

「えへへっ、そうなんだ……颯樹くんに私の水着を褒めて貰えた……二人っきりの状況で、褒めて貰えちゃった……ふふっ♡」

 

 

 僕の言葉を聞いた彩が何だかトリップしかねない雰囲気だったので、僕は彼女の肩を揺さぶる事で正気に戻させる事にした。それを見たお客さんの反応はと言うと、苦味を求めて自販機の方へと向かって行くのが殆どだった様で。

 

 

「それじゃっ、せっかく来たんだし泳ごっ♪ 時間はまだまだ沢山あるから!」

「そうだね。まあ、彩は僕がちょっと目を離すと直ぐに逸れるから心配になるんだけど」

「そんなに直ぐにならないよ〜!」

「ははっ、ごめんって」

「んもぅ……意地悪」

 

 

 そう言って彩をからかいながらも、僕たちは足元に気をつけながらプールの方へと向かう事にした。

 

 ……まあ、その後起こった話になるのだが、プールに入っている最中に僕が逆ナンを受けてしまい、横に居た彩からの地味に痛い横腹への抓りと冷ややかなジト目を貰ったのはまた別の話である。

 

────────────────────────

 

「ふーんだ、颯樹くんはカッコイイから直ぐに周りの人も気付くし、他の女の子から逆ナンされるんだから本当に羨ましいですよー。なんで颯樹くんの周囲には、揃いも揃って可愛い女の子ばっかり寄って来ちゃうんだろうね? 私とデートをしてたはずなのに信じらんないっ、あむっ」

「……本当にごめんってば……」

 

 

 プールから出て、着替えも済ませた僕たちが次に向かったのは、ショッピングモールの中にあるフードコートだった。いつもならカロリーの高い物を摂取しすぎるのは控える様にと釘を刺すのだが、今回ばっかりはその言葉をかけられずに居た。

 

 

 それもそのはず、プールから出てここまで到着するまでの間、彩は一瞬足りとも僕の傍から離れる素振りを見せず、加えて繋ぎ目に合わせている自らの手に異様な迄の握力を送り続けていたのだ。

 

 これに関しては全面的に僕に非がある為、彼女の我儘に丸一日付き合い通さなければならなかったりする。

 

 

「それで、今度は何処に行くの?」

「……んぐっ。そう言えば颯樹くんって、会う度同じ様な服を着回している様な気がするんだけど……着ている服はどうしてるの?」

「あー、そこら辺はあまり気にしてなかった。変に着飾りすぎてもアレだし、安定の組み合わせが僕的には落ち着くかなって『勿体無い!』いきなりどうしたのさ」

 

 

 次の予定について質問をした時、質問を返す形で僕の格好について彩が聞いて来たので、僕は包み隠さずに答える事にした。当たり障り無い様に回答をしたつもりだったのだが、それは彼女にとって、心底我慢ならない物だったらしく、テーブルに両手を勢い良く置いてそう言った。

 

 ……まあ、彼女からしてみれば、普段から流行の最先端を紹介する事のある立場に居るにも関わらず、それに無関心な身内が居た事にやり切れない思いだったのだろうが。

 

 

「こうなったら、食べ終わったら服屋に行くよ!」

「えっ」

「今の今までお洒落とは完全に無縁だったなんて……良い機会だよ、私が全面的にコーディネートしてあげる!」

「ちょ、ちょっと待って……いつも思うけど行動が早すぎるってば!」

 

 

 そう言われながら、先程食べていた物の片付けを終えた後、僕は彩に連れられて二階にある服屋へと向かう事にした(その行き先はテレビ等で紹介される有名な某服屋です)。

 

 その時でさえも手は繋いだままだったので、所々に居るお客さんから、何処か見守られてる様な微笑ましい目で見られる事になったのは言うまでも無い。

 

 

「うーん、颯樹くんならこう言うのとかも合いそうなんだけどな〜。全体的に黒が多めだから、それに合う様にグレーとか紺色系統の物が有れば良いんだけど……」

「あのー、僕の為と思ってくれるのは嬉しいけど、着る服は自分で探すから、彩は自分が身に付ける物を探したらどうかな?」

「ねぇ、颯樹くん!」

「ん?」

 

 

 僕の心の片隅に抱いた思いを他所に、彩から声をかけられた。すると彼女の両手には濃紺色のジーンズに黒で英字が入ったグレーを基調としたパーカーと、片手に提げられてるのと色違いで同じ物があった。

 

 どっちも同じじゃないのか……と思わず口を挟みそうになったが、彼女の機嫌を同じ日に二度も損ねる様な真似は愚策だと考え、喉から出かけた言葉を言わない事にした。

 

 

「颯樹くんならどっちが良い? 私的には、どっちも似合うと思うんだけど……」

「んー、強いて言うなら左かな? 両方とも同じ色合いの物だし、着ていて特に変わりは無いと思うけど……僕なら左を選ぶかな。黒系統の物は夜になるとあまり見えなくなってしまいやすいけどね」

 

 

 本当はどっちを選んでも、夜間に車から見えにくい色ではあるのだが、それを言ってしまうのは、一生懸命選んでくれた彩に対して失礼だと思い、僕はそう答えた。

 

 

「……わかった! じゃあ、これをお会計してくるね「ちょっと待った」ほぇ?」

「流石に何でもされっぱなしと言うのは、僕も気分が良くない。ましてやこれから自分が着る物だ……自分で支払いをして来るよ。彩は離れない様に近くに居て」

「颯樹くん……うん!」

 

 

 僕は彩の左手に提げられていた服一式を受け取って、レジカウンターの方へと向かった。流石に二つ一気に買うと言う勇気は無かった為、精算をする前に元あった定位置に戻してから代金を支払う事となった。

 

 

 その後も色々な場所へ向かい、夕陽ももう落ちて周囲がライトアップされた頃……僕たちは二人揃って街中を歩いていた。未だに彩と手は繋がれたままではあるが、彼女の機嫌も時間が経つに連れて良くなってきたみたいだった。

 

 

「えへへ〜」

「随分ご満悦だね。そんなに楽しかった?」

「うん♪ 颯樹くんとお出かけできる機会って、一年の中でもこれくらいしか無いし、それにチャンスを作ろうとしても、先に日菜ちゃんや千聖ちゃんが予定を立ててたりするし」

「あ、あはは……」

 

 

 この彩から零された愚痴の内容には、少し心が痛む感覚があった。僕自身がPastel*Palettesのマネージャーを務めてる、と言う立場上、必然的に彩以外のメンバーとも関わる機会があるのだが……その中でも頭一つ抜けて多いのが、日菜とちーちゃんの二人だ。

 

 

 その二人に関して言わせて貰えば、幼馴染と言う関係でもある為、余っ程の事が無ければ殆どの時間を共に過していると言っても差し支えない。その為、何かとタイミングと隙を見つけては、僕の所まで来た上で絡んで来ると言うのがお決まりとなっていた。

 

 予定を入れようとしても、結局日菜とちーちゃんが先にお誘いをかけて来るため、彩とこうして出かけると言うのが一年に複数回あれば奇跡かなぁ、と言う具合となってしまうのだった。

 

 

「ね、今日はせっかくずっと一緒なんだし……このままお泊まりまでしちゃう?」

「んな訳には行かないよ。そもそも、明日はまた仕事があるんだ……下手に羽目を外して仕事に支障を来す訳には『それって、千聖ちゃんと一緒の仕事だよね?』……そうだけど」

 

 

 僕が彩の問いかけに対してそう答えると、彼女から発せられる雰囲気が何処か怒りを纏った物になっていた。心做しか、握られている手にかなりの力が込められている気がしないでもない。

 

 ……こんなの、高校生の女の子が出して良い握力では無い気がするのは、僕の気の所為だろうか。

 

 

「千聖ちゃんには絶対に渡さない……。颯樹くんを千聖ちゃんに取られたくない……、絶対に渡すもんか!」

「え、えっと……彩? なんかさっきから雰囲気が結構怖いんだけど、何かあった?」

「本ッ当に鈍いよね……颯樹くん。私を含めた他人の気持ちには敏感に察せるのに、反対に自分へ向けられている想いには全然無頓着で……いつ聞いても謙遜や卑下ばっかり」

 

 

 僕の予感が間違って無ければ、さっきの答えが彩の中の大きな地雷を踏んでしまったみたいだ。次第に彼女から漏れ出す愚痴がかなりエスカレートしており、もう一個余計な事を言ってしまえば、謝るどころの話では無くなってしまう。

 

 

「あ、彩……機嫌を悪くしたならごめん。僕も僕で色々と都合が」

「もうそんなの関係無いよ」

「……はい?」

 

 

 そう一言呟いた彩は、繋いでいる手を軸にして僕の方へ向き直った。その桃色の瞳からは光が消え、身長は僕が高いはずなのに、目の前に居る彼女の雰囲気に呑まれかけてしまった。いつもなら軽く頭を撫でたら落ち着く所だろうが、この状態になった彩を止められた試しが無かったりする。

 

 

「私の家まで、来て。今日はお父さんやお母さん……妹も用事で居ないから」

「え、いきなり押しかけたら迷惑じゃ」

「来て」

「あ、はい」

 

 

 今にも掴みかからんとした様の彩に、僕は腕を引かれて場所を移動する事になった。……だが、この時の僕たちは、コートのポケットに入れていたスマホから、通知が来た事を知らせるアラームが鳴っているなど、未だ知る由もなかったのだ。

 

────────────────────────

 

「……入って」

「え、ちょっ……いきなり何する、うわっ!?」

 

 

 暫く街中を歩いて彩の家へ向かい、彼女の部屋に連れられた途端、僕はかなり強い力で部屋の中へと押し込まれた。それを見た彩は何処吹く風と言った表情で、自室のドアを閉めて僕の方へと近づいて来た。

 

 

 僕自身……女子高生の自室に入る機会が、あまりと言って良い程に無い為、周りに何があるのかが分からない状況となっていた。入った途端に感じた甘い香りは分かったのだが、部屋の主に強引に入れられたので、自分の位置を把握しながら動く事しか出来なかった。

 

 そんな僕の状況などお構い無しに、彩は距離を少しずつ縮めて来た。受け身に使ったリュックは無事だが、果たしてあの手の衝撃を再び受けて無傷で済むか……それが唯一の気がかりだった。

 

 

「ふふっ……ふふふ……」

「あ、彩〜。なんか様子がおかしいんですが……」

「おかしい? そうだね〜、颯樹くんからはそう見えちゃうか……でも、私は至って正常だよ? いつものふわふわピンク担当の可愛いアイドルだよ♪」

 

 

 ……こっちの話など聞いちゃいないらしい。

 

 

「さて〜。颯樹くんの周りから千聖ちゃんや、その他の私以外の女の子が消えるには……果たしてどうすれば効果覿面なのかな〜?」

「えっ、ちょっと待て……はい?」

「こうやって臭いを擦り付けて、マーキングする方が良いかな? それとも、いきなりキスしたら良いかな?」

 

 

 僕の僅かながらの抵抗も虚しく、彩は僕や自身の背負っていたリュックや羽織っていたコートをその辺りに無造作に放ると、僕の方へと擦り寄って来た。部屋の照明が着いてない為、彼女の表情は伺い知れないのだが……端的に言ってしまえば、第六感の発する危険信号に従うべきだと思う。

 

 そんな事など彼女にとっては些事と同義の様で……音も無く僕にピッタリくっ付いて、嬉々として良からぬ事を言い出し始めた。ここで素直に逃げてしまえば丸く収まるが、この状況だとそうするのにも一苦労だ。

 

 

 だからこそ、何とか機会を作ろうと考え、コートのポケットに手を伸ばそうとしたのだが……。

 

 

「颯樹くん?」

「あ、彩……な、何かな?」

「ナニをスるツモリなの……?」

 

 

 まあ、そりゃあ最初に疑われるよね……。

 

 そう思われて仕方無い事をしようとしたのは、素直に白状して認めるが、この場でなら最善策だろう。

 

 

「い、いや……時間が分からないから、何時かなって確認しようかと」

「今は19時だよ。ヤダなぁ、それくらいなら私から教えてアゲラレルのに……そんな細かい所に気づくナんて、流石颯樹くんだよねっ♡」

「は、ははは……それは、どうも……」

 

 

 僕としては確り落ち着いて、平常心を保って彼女と接しているつもりなのだが……これじゃあまるで、蛇に睨まれた蛙と同じだ。普通の状態だったならこれで気を逸らせただろうが、今回はそんな余裕などあるはずも無かった。

 

 

「じゃあ……私が颯樹くんの事を、どれだけ、どれくらい好きなのか、その体と心に確り消えない様に教えてあげるね? 大丈夫、千聖ちゃんみたいに乱暴はしないから……安心してね♪」

 

 

 そんな事を言いながら、彩は少しずつ服を脱ぎ始めていた。こんな雰囲気の中でR-18の展開に持って行かれるのは流石に良くないし、僕にも絶対に譲れないプライドと言う物がある。ここは彼女の隙を見て間を通り抜けてから出るか……そう頭で考えた、その時だった。

 

 

トゥルルルルル…

 

 

「「!?」」

「こんな時に電話? 誰からだろう……あ、颯樹くんはそのまま動かないで、ネ?」

「い、良いけど……」

 

 

 彩からの圧に気圧された僕は、彼女からの指示に二つ返事で従うしか無かった。彩が電話に出ている隙を見て、家から出ても良いが、そうすると今度は寒空の下を追いかけっこになるか……逆にスマホを鳴らされ、通話越しに涙ながら彼女の泣き言を聞く羽目になるのだ。

 

 そんな事は勘弁して欲しいので、僕はそのまま大人しくする事にしたのだが……。

 

 

「……千聖ちゃんからだ」

「ちーちゃんから?」

「何だろう、せっかく良い所だったのに。恋する乙女の邪魔をするだなんて、千聖ちゃんはいけないな〜。とりあえず」

 

 

 そう言って彩は、先程鳴ってたスマホ……濃紺のカバーをしている物を手に取って、通話口を耳に当てて話を始めた。

 

 

「もしもし、千聖ちゃん?」

『あら、こんばんは。彩ちゃん。私は颯樹に電話をかけたつもりだったのだけれど、何で貴女が出ているのかしら?』

「それは、千聖ちゃん自身で考えたらどうかなぁ? 私からは何も言うつもりは無いよ」

『そうね。私から颯樹を奪う泥棒猫がこんなに近くに居たなんて……初めから分かっていた事だもの』

 

 

 ……なんだろう、彼女たちの通話している内容を聞いていると、お互いに顔が見えなくても、何処かバチバチとした修羅場の様な雰囲気が伝わって来てしまう。いや、二人の場合は結成当初からこんな調子だったが、最近は目に見えて敵対し合っていた。

 

 

「そうだね。それで……千聖ちゃんは、今一体何をしているの? リーダーの私に話せない様な事をしているの?」

『まずは私の質問に答えてからよ、彩ちゃん。貴女がどうして颯樹のスマホから電話に出ているの?』

「千聖ちゃんには関係ないよ。私から颯樹くんを奪おうとした泥棒猫のくせに」

『じゃあ、私がやろうとしてる事も……貴女には関係無いと言う事で良いわね。残念だわ、私の気持ちに気付こうともしないで。そろそろ年末だし、パスパレ全員で貴女の事を労おうと思っていたのに』

 

 

 ちーちゃんが通話口の向こうからそう言うと、途端に彩の表情が驚愕な物に変わっていた。本人から言わせて貰えば、思いっきり予想外な所から突き付けられたので、喉が完全に乾いてしまっている所だろうが。

 

 

『返答無し……それは承諾の意味合いで良いのね?』

「ちょっ、ちょっと待って!? 一体どうしてそんな話になったの!? 発端は誰!?」

『あら、貴女がそう言ったのよ? 自分で言った事は自分で責任を取らなくちゃ』

「で、でも!」

『でもも何も無いわ。今から私が颯樹をすぐ引き取りに行くから、あとは自分で何とかなさい』

 

 

 そう言った後に、ちーちゃんがこの電話を切ろうとしたのだが、それを遮るかの様に話が続けられた。

 

 

「じゃあさ……」

『何かしら?』

「何でいつもいつも私ばっかりが不遇な目に遭わないといけないの!? 私だって颯樹くんの事が好きなのに! それは千聖ちゃんだって知ってるでしょ!?」

『意味がわからないわ。ただタイミングが悪かった、それだけの話じゃない』

 

 

 そう言って今度は……通話越しでの彩とちーちゃんの大喧嘩が始まってしまった。先程の会話で図星を突かれた彩に関しては、今にも泣き出してしまいかねない勢いだった。発している声もだんだん鼻声になっていて、余程ちーちゃんからの言葉が彩の心を抉ったのだと察せられた。

 

 どちらも売り言葉に買い言葉の為、傍から聞いている身としては確り諌めるべきだし、何よりその彩が泣きそうになっている時点でもうそのタイミングが来てる様なものだ。

 

 

 ……さて、止めますか。あまりこの最中に口出しするまいとは思っていたが、これだと彩がボロボロに言い負けて不憫でならないな。

 

 

「ちょっと代わるよ」

「う、うん……」

「もしもし、ちーちゃん?」

『あら、ダーリン♪ 彩ちゃんに何か変な事はされなかったかしら?』

 

 

 彩と言い争ってた時までと打って変わり、借りて来た猫の様に大人しくなったちーちゃんに、僕は今現在の状況を説明した。そしてお互いにこの一件に関しては非がある事、もう少し公私を分けて欲しいと言う伝言をした。

 

 彩に関して言うなら、無意識でやったものかもしれないので、あまりキツく言う事も出来ないのだが。

 

 

『……わかったわ、今からそっちに行くわ。流石にこんな夜更けに、人気沸騰中のアイドルグループのリーダーとそのマネージャーが二人っきりで居る事が知れたら、貴女たちにとっても私にとっても不味いでしょう?』

「……そうだね」

『だから、私が行くまでは何もしない様に伝えてて貰えるかしら。彩ちゃんの事だから確りしてくれるとは思うのだけれど、さっきの言い分を聞くと心配になるの』

「……わかった。伝えとく」

『ありがとう。それじゃあ、今から向かうわね。支度をして待っててちょうだい』

 

 

 その声を最後に、ちーちゃんとの通話は終わった。そして彩はと言うと……終始ボロ泣きで僕のコートの裾を掴んでこれでもかと泣き喚いていた。まあ、彼処まで言われたら気持ちはわからないでもないが。

 

 

 その後到着したちーちゃんに連れられ、僕の自宅へと三人で向かった。曰く、彩の誕生日祝いを兼ねたクリスマスパーティーをしたいとの事で。

 

 ……だからああ言ったのね、納得。

 

 

 そしてそれから数日後……ちーちゃんだけじゃなく彩まで引っ付いて来るようになり、事務所や学校にお仕事などで胃がキリキリと詰まる思いをする事になるのは、また別の話である。




 今回はここまでです。


 この企画を運営するに当たりまして……自分で一から考案や運営等を行なうのは、今までに無い大変さと新鮮な気持ちを感じる事が出来ました。そして、この年末に指しかかろうと言う時に、快くご参加頂きました方々には、本当に感謝してもしきれない思いでいっぱいです。この度は本当にありがとうございます。


 さて、最後になりますが、私事のご連絡をば。

 次回の投稿は新年明けてからの予定です。この企画を運営した以上は、なるべく長期で休み過ぎない様に気をつけながら、自分の仕事やモチベーションなども鑑みて投稿をして行く次第なので、次の更新をお待ち頂けると幸いです。


 それでは……五日ほど早いですが、良いお年を!


 本当の最後にはなるのですが……このお話を作るに当たりまして、基盤とした作品をご紹介しようと思います。リンクの先にある作品が、私のメインに執筆を行なって居る作品ですので、もしお時間がありましたら、ぜひ閲覧頂けますと幸いです。


「新日常はパステルカラーの病みと共に(Rev.)」
[URL]https://syosetu.org/novel/249478/
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