朝、一人の少女が目を覚ました。少女のの肌は病的に白く、肩口でバッサリと切られた髪はそれと真逆の墨のように黒い。しかし、最も少女の体で目立つ箇所はその両目だ。日本人にしては別段変わった様子のない目をだが、彼女と相対した者は皆一様にその澄んだ瞳に恐れを抱く。純粋を通り越して、精巧に作られた人形のような瞳には人間らしさが微塵も感じられないのだ。
ベッドから出た彼女は物音一つ立てずに、その囚人服のようなパジャマを脱ぐ。彼女の体はその瞳同様に人形のように整っており、その瞳と合わさって違和感を感じさせる程だった。彼女は傍に置いていた白と黒の服に手を掛け、無音のままにそれらを身に纏う。それが終わると、ベッドと机と箪笥しかない殺風景な部屋を出て階段を下り、洗面所で身嗜みを整える。
そして、綺麗に整頓されたキッチンで淡々と手慣れた様子で、朝食の用意を始める。そして、彼女が朝食と並行して、弁当の用意を始めた頃になると上の階からゴソゴソと物音が聞こえた。
その後、上から少女とそう変わらない年齢の少年が下りて来た。
「おはよう、兎(うさぎ)」
すると、兎と呼ばれた少女は恭しく頭を下げ、人の温度を感じさせない合成音声のような淡々とした声で返事をする。
「おはようございます、一夏様。本日の朝食の準備はできておりますので、どうぞお席に」
すると、一夏は呆れたような表情でテーブルに並べられた料理を見る。玉子焼き(大根おろし付き)、ほうれん草の白和え、鮭の塩焼き、大根の味噌汁に炊き立ての玄米、全てできたばかりで出来もかなりの物だ。しかし、彼が呆れているのは料理ではなく彼女の態度である。
「兎、今日はお前も入試だろ?朝からこんなに頑張らなくてもいいんだぞ?」
「お気になさらず、私の事は貴方の日常生活に必要な行動を行う装置とお考えください」
それだけ言うと彼女は弁当の用意を続行し、とても話を続けられるような雰囲気ではなくなってしまった。一夏も溜息をつきながらも、渋々食事を開始する。
料理は全て一級品ではあるが、彼としては彼女と食卓を共にしたいと考えているので少々物足りないと感じながらも、彼女がそのような行動をするはずがないと諦めている。
食事を終えて一夏が席を離れようとした時に、ふと彼は兎に思い浮かんだ事を聞いた
「俺は藍越(あいえつ)学園を受けるんだけど、兎はどこ受けるんだっけ?」
「IS学園です」
「ああ……兎なら簡単に受かりそうだな」
ISは、元々は宇宙開発を目的に開発されたパワードスーツのようなものなのだ。しかし、その戦闘力の高さから軍事利用され、その性能故にあらゆる既存の兵器を凌駕し、今では核兵器と同じ抑止力になっているのだ。
また、女性しか乗れないという謎の特殊性故に、ISの世界大会であるモンド・グロッソの出場者達のほとんどが、実力だけでなくその容姿も一様に優れていたことから、IS操縦者をアイドルのように取り上げる風潮が生まれた。そして、それがIS学園の受験者の増加に繋がっているのは紛れもない事実ではある。が、彼女の場合そんな生易しい理由でそこを目指す訳ではない。
その理由の一端を知る一夏はなるほどと言ったように頷き、意味は無いと知りながらも彼女に激励の言葉をかける。当然のことだが、帰ってきた返事はいつも通りの淡々とした「ありがとうございます」だった。
一夏が家を出るのを見送った彼女は、自分の部屋からジュラルミン製の頑丈な鞄を取り出し、中から幾つかの小瓶を取り出し中身の錠剤を飲み込んだ。彼女は特に病を患っている訳ではない、錠剤は薬ではなくサプリメントでこれが彼女の食事である。その人の物とは思えない食事を終わらせた彼女は家の戸締りを確認して、規則正しい歩みで目的地を目指す。
その目的地は一夏と全く同じなのだが、彼女の場合良くも悪くも時間に正確で、自身の試験時間に寸分違わず着くようにしか動かない。
その証拠に彼女が待合室に足を踏み入れた瞬間に彼女の名前は試験官に呼ばれ、周囲の者が入口に立っていた彼女に唖然とする中、彼女は試験官に連れられ奥に進む。
「それでは、こちらへ」
彼女は試験官の指した部屋に入り、用意されたISに対面する。世界でも数多く扱われる日本製のIS、打鉄(うちがね)。
機体の堅牢性、誰でも扱えるような操作性からこういった試験には向いている機体だ。それに加えて、数多くの兵器との相性は、打鉄と同じく世界で数多く扱かわれるフランス製のラファール・リヴァイヴにこそ一歩譲るものの、十分すぎるほど良い。そんな機体を前にして彼女は機体の装備を次々外し、ショットガン一丁にした。
今回彼女が受ける試験は学園側が用意した教師と対戦し、その結果で最終的な合否を決めるもの。その前の筆記試験は既に通過済みだが、この試験では数多くの受験者が落とされ涙を飲む羽目になると評判なのだ。
そんな試験をショットガン一丁で受ける彼女を無謀と笑うのは些か早計だろう、彼女は常に最適かつ最速の解を選択し、躊躇いなく選ぶのだ。
そして、その解は今までただの一度も外れた事がない。
試験会場は広い体育館のような場所で、それを一望できる場所に座る採点者は、世界最強の名を欲しいままにした女、織斑千冬である。彼女は自身の弟である一夏と共に暮らすあの少女が、この試験を受けると聞いて少なからず不安を抱いた。彼女を幼い時から見てきたのだが、兎は正直得体の知れない存在なのだ。
時々彼女を見ていると実はただの機械なのではないかと思う時がある程に、彼女は自分の意思というものを持たない。そんな彼女が自らIS学園に志願したのだ、その事は普通ならば問題などないがそれが兎の場合は別だ。その時は彼女が意思を見せたことに喜んだが、後になって考えるとそれが不気味に思える。
それが抱くべき感情で無いことは分かっているのだが、会場に現れたいつもと全く変わらない彼女を見てそれは一層強くなった。
兎の対戦相手は千冬の後輩にして元日本代表候補生、山田真耶。ラファール・リヴァイヴを駆る彼女の実力は良く知っておりISの実戦経験のない受験生ならば何の心配もないが、兎については全くの未知数だ。ただ千冬はこの試験が平和に終わる事を祈るしか無い。
「それでは、試験を開始してください」
試験開始のアナウンスが鳴り響くが、両者とも動かない。真耶は試験官として受験者の動きを見るという理由があるのだが、兎が動かない理由はない。そして、約一分経過し真耶が仕方なくアサルトライフルを構えた瞬間、兎は馬鹿げた速度で距離を詰めた。突然の兎の動きに驚いた真耶だが、焦らずに迎撃として弾丸を放つ。それを兎は強引に自身の軌道を変えて回避する、当然生半可ではないGが彼女を襲うが兎は顔色一つ変えず真耶へと距離を詰めた。
そして、今の動きで傷負ったのだろう、口元から赤い血を零しながら兎は真耶のラファール・リヴァイヴの装甲を掴んだ。生徒想いの教師である真耶はそんな彼女を慌てて止めようとしたが、兎はそのまま真耶を押し倒して両腕を踏みつけると、ショットガンの銃口をラファール・リヴァイヴに押し付け何度もトリガーを引く。
「ちょ、ちょっと!?」
制止の声を上げるが兎は止まらない。ただただ狂った機械のようにトリガーを引き、真耶のISの機能を停止させようとする。仕方なく、自由な両脚で兎を蹴り飛ばし何とか脱出しようとするが、兎はその衝撃を受ける寸前に蹴りのとんでくる方向体重をかけて、自身のダメージと引き換えにその場に残った。ISのシールドバリアーのおかげで機体へのダメージは少ないものの体重をかけた分、衝撃はある程度搭乗者を襲う。
その影響で兎の口から漏れる血の量は増えたが、彼女は顔色一つかえずさいごqのトドメを刺さんとトリガーを引こうとした瞬間、
「兎!!!!」
会場中に千冬の声が響いた。
すると、兎はまるで電源を切ったかのように動きを止めて真耶の上から離れた。
そして、いつも通りの淡々とした声で千冬に問いかけた。
「お呼びでしょうか?」
そんな彼女に今まで抱いていた不安が的中したと感じながら、千冬は苦々しく告げた。
「………試験は終了だ。さっさと医務室に行け、この馬鹿者」
「わかりました」
こうして篠ノ之 兎(しののの うさぎ)の試験は採点者の中止で終了となった。