結界で弾かれたり、女神が投石で追い払う
ロリショタ「いつの間にか結界(微弱)が増えてるんだけど?」
女神「ちょっと、施設の屋根に糞(祝福)を垂らす害獣よけにね」
エピソード5
ある迷子の世界
始めに覚えているのは空腹と冷たさ。
荒んだ空気のある部屋にて自分の中からすり減り失われていく命の感覚。
日本では今もどこかで発生している育児放棄された子供だった、
生き残れたのは幸運半分、もう一つは開けるなと言われていた
カーテンを、親が何日も帰ってこないことに耐えられず開けて、
帰ってこないか見ていた事、倒れて動かなくなった自分を
近隣住人が目撃して通報してくれた事、
たびたび悪い噂になっており児童虐待保護組織に
要注意人物達とマークされていた事が重なったためである。
保護された後両親とは会っていない、
正確には行方不明になっていた、
色んな所から借金を繰り返し、まともな生活をしてなかったようなので
真面には生きていないだろう。
両親の親族は一族の鼻つまみ者だった者のお荷物を抱えることに拒否をしめし、
遠い親戚のお寺の住職であったオジサンに引き取られた、
年に何人も短期のお弟子さんとして人が入り去っていく
そんな軽い修行の場として開放されてる場では、
子供の面倒をみる人手には困らなかったからだ。
お寺の人たちには良くして貰えた、
人としての在り方を重視し、人徳を積むことを促す
宗派の一門の為か善人やお人よしと言える人たちが
沢山いたからだ、私はそこで人の温もりと、家族という概念を知った。
ある日変わった姿の二つの物を見つけた、
色んな事情で元の場所に置いておけなくなった仏像を
捨てる事にも躊躇いがあるのか預かってくれと外部の人間が
頼み置いていくこともあったためその一つであったのだろう。
変わった女性に見えるその仏像にオジサンに尋ねると、
「これはね、マリア観音様とマリア地蔵様だよ」
にこにこと答えた。
「マリア様は仏様じゃないんじゃない?」
幼い自分が尋ねると、ちょっと子供にどう説明するか迷い
「仏様はね一人の名前ではないんだよ」
「オジサンはお寺さんと呼ばれ困った人を助けるけど」
「お寺さんは色んな人がそう呼ばれる、オジサン一人の名前出ないんだよ」
「だからマリアさんも人を助けて仏さんと呼ばれることもあるんだ」
「オジサン一人も、年長者のオジサンとしてみんなから相談されたり、
男衆の一人として力を貸したり、もちろんお坊さんと呼ばれて
人を助けるんだよ」
つまり、
一つの名前をたくさんの仏さんが使ったり、
一人の人間が色んな名前で呼ばれてるだけなんだよ。
混乱しはじめた自分に優しく説明してくれた。
「オジサンはお前さんにオジサンと呼ばれてるけど、
住職さん、と呼ばれてたり、師匠とも呼ばれてる
だけどオジサンに呼び掛けているのはお前さんにもわかるだろ」
身近な例を出すとようやく理解し
「マリア様にいろんな人が好きな名前で呼んでいるってことだね」
こう答えた。
「そう、どう呼ばれるかは本質ではなくて、
大切なのはその人がどういう人か、
どんな行いをするかなんだよ」
住職らしく幼い私に伝えた、尊い教え。
生まれ変わっても最初に思い出した前世で忘れなかった大切な言葉。
転生した私は前世の行いに仏が色を付けてくれたのか、
優しい家族の一人っ子として生まれた。
年に似合わない言葉を突然使う自分に、
テレビとかで覚えたんだなと大らかに受け入れてくれた。
血の繋がりの愛情を知り、幸福な時間は10年で終わった、
どこにでもある交通事故で両親と死別したのである、
少し奇妙なことは視界の良い道路での相手側の突然の操作ミス
近くの監視カメラ映像を見た、
警察が調べてもどうしてこんな運転操作したのかわからず、
相手運転手側も即死していたため詳細は分からず、
突発的な急病で運転ミスしたのだろうと処理された。
・・・オカルトを知った今ならもしかしたら悪魔の手が
そう思いもするが、時間は知った時には経ち過ぎていた。
両親の死後自分は自分で弁護士を頼み手続きを行い、
養護施設に入った、
引き取ろうと言ってくれた親戚もいてくれたが
そんな善人の親戚だからこそ負担をかけたくなかった。
引き取られた養護施設は一神教の系譜のNPO法人が
寄付やボランティア活動していた、
少し馴染みはなかったが、
大変であろう活動に献身的に働く姿は
前世のオジサン達と重なった。
続きます、小さくまとめれない。