ポケモンというのは適応性の高い生物だ。
環境にあわせて自らの種としての体質すら変化させる……いわゆる『リージョンフォーム』、もっと根本的なことを言えば『進化』という才能こそがポケモンの何よりの長所と言えるだろう。
だから、『進化』を放棄した……或いは『進化』する才能を持たなかったポケモンは他にどれだけの才能を持っていようと弱くなる。
例え『
本来持つべきはずの『進化』という才能、あるいは機能とすら呼んでも良いはずのそれを持たない異常存在。
同じ種の中でも突出して高い能力……才能を持っていたはずのアタシは、けれど肝心の『進化』ができないという根本的な欠陥があることにある日気づいてしまった。
周りのピカチュウたちが『かみなりのいし』でライチュウに進化していく中で、アタシだけが『かみなりのいし』に触れても何の変化も起きない。その事実にそれまで群れの中の有望株としての立ち位置にあったはずのアタシの立場は一気に落ちることになった。
―――だからアタシは群れから逃げ出した。
進化ができない。たったその一つの事実に目をつぶればアタシは本当に優秀で、だから傍から見れば飛び抜けた能力を持っていたアタシに『
今になればそれがポケモントレーナーだったのだと気づけるのだが、当時のアタシはそんなことも知らず、ただ自分を求めてくれる、自分の価値を認めてくれる相手がいることに喜んだ。
―――アタシが進化できない、その事実にトレーナーが気づくまでは。
使えない、端的にそう吐き捨ててニンゲンはアタシはあっさりと他人に譲り渡した。
そうして譲られた先でまた進化できない事実に流され(捕まえたポケモンを勝手に捨てるのはホーリツとかいうルールで禁止されているらしいと後になって知った)、そうして行きついた先が幼いニンゲンの子供の元だった。
「よろしくね! トモダチ!」
そう言ってアタシを抱きしめるニンゲンを、最初は冷めた目で見ていた。
ニンゲンは身勝手だ。身勝手にアタシを求め、使えないと知ると身勝手に捨てる。
この時のアタシのニンゲンに対する評価なんてそんなものだった。
「おはよう! トモダチ!」
本当ならこんな子供の下など逃げ出してしまっても良かった。
そうしなかったのはたった一つ。
この子供の所に来る前にいた場所……白い服を着たニンゲンがたくさんいる場所(後からそれが研究施設だと知った)で出会ったアタシの『ナカマ』が一緒に連れて来られていたから。
『ナカマ』はイーブイという種族であり、アタシと同じ『進化』できないポケモンだった。
だから『ナカマ』。
そんな共通項があったせいか、ぽつりぽつりと交流があり、その気弱な性格を傍で見ていたからか、いつしかアタシが守らなければならない『ナカマ』だと思ったのだ。
そんな『ナカマ』がアタシを引き取った子供とは別のもう一人の子供に引き取られ、時折一緒に遊んでいるからこそ、その『ナカマ』が引き取られた子供に懐いているのを見たからこそ、もう少し、もう少しだけここにいよう、そんな風に思ったのだ。
「おやすみ! トモダチ!」
けれどそんな評価も毎日毎日アタシに楽しそうに話しかける子供の姿を見て、少しずつ少しずつ変わる。
元よりポケモンはニンゲンの感情に敏感な性質だ。子供がアタシに目いっぱいの愛情で接してくれていることなど分かっていた。
けれどそれも今だけなのだと思った。
子供はあの身勝手なニンゲンたちと同じトレーナーになりたがっていたから。
幸か不幸かアタシは身勝手なニンゲンたちに『ポケモンバトル』のやり方を教えられていたし、アタシ自身に才能があったためか子供が『すくーる』とかいう場所に行くのに一緒に付いて行くことになり、そこでポケモンバトルをした。
けどアタシの主となった子供……ユズリハはそこで少しずつ少しずつ周りとの差を感じるようになっていた。特に一緒に入学した『ナカマ』のトレーナーであるユウリとの差を、そして『すくーる』で『トモダチ』になったもう一人の子供……確かホップとかいったか、との差を。
そこからのユズリハは強さを求め始めた。
そして真っ先に試したのが……アタシを進化させることだった。
―――ああ、来る時が来たか。
そう思った。
この生活も悪くないと思い始めていた頃だったから、残念ではあった。
だがそれも分かっていたはずのことだ、今までの身勝手なニンゲンたちだってそうだったのだ。
今回のユズリハは一緒にいた期間が長かったので少しばかり深入りし過ぎたかもしれない。
だがそれももう潮時だろう。
ここ最近負けが込み始めたユズリハなら『進化』できないアタシなんて真っ先に切り捨ててしまうだろう。
そう思っていた。
「進化できない……? なら他の方法を探さないとね」
ユズリハは『かみなりのいし』を持ちながらも何の反応もしないアタシに向かってあっさりそう言った。
そうしてユズリハは結局『すくーる』の最後まで、そしてその先までアタシを捨てる事無く使い続けて。
そして、折れた。
「何で!!! どうして、勝てない!!?」
何度も、何度も、叫んで、苦しんで。
「無理だよ、あんなの、勝てるはずがない……」
空を黒に染める怪物を前に震えて、逃げ出すことすらできなくて。
「もう、疲れた……もう、いいや」
何もかも投げだして、膝を抱え、塞ぎ込んで。
それからトレーナーを辞めた。ずっと描いていたはずの夢を失くしてしまった。
手持ちのポケモンたちを、大切にしていた仲間を、他人に渡して……それでもアタシだけは手元に残した。
―――なんで?
そう問いたい、けれどアタシの言葉はユズリハには届かない。
そうしている内にユズリハはすっかり塞ぎ込んでしまった。
毎日毎日、死んだような顔で生きているだけの生き方を自ら選んでしまった。
―――まるであの時のアタシのように。
『進化』できないという事実に群れから逃げ出したアタシと。
才能という壁に挫け、折れてしまったユズリハと。
同じだった。
きっと何もかも投げだしたくなるような気持ちなのだろう、あの時のアタシはまさにそんな気持ちだった。
それでもアタシを投げ出さなかった、その事実にもう目を逸らすことがアタシにはできそうになかった。
―――ああ、分かった……分かったよチクショウめ。
ユズリハはずっとアタシをそう呼んでいた。
アタシはずっとユズリハをそう呼ばなかった。
けれどもう認めないわけにはいかないじゃないか。
こんなことになって、こんな状況で、それでも決して手放さないユズリハを。
―――この先どんなことがあったって、アタシがずっと傍にいてやるからな、トモダチ。
そう呼ばないわけにはいかないじゃないか。
* * *
「ピィピカァ(トモダチが勝つって言ってんだ)、ピッピカピー(アンタ相手だって容赦しないよ)!」
「イブイブィイブーイ(ボクだってトモダチを勝たせたいに決まってる)! ブイイブイ(キミ相手だって絶対に譲ったりしないよ)!」
キョダイマックスによって元の体躯からすれば何十倍、下手すれば何百倍と大きくなった体を引きずりながら一歩、足を踏み出せば地響きを立てながら地面が揺れる。
「
「
遥か下のほうから『
「ピーカー(分かってるさ)!」
「イッブイ(まかせて)!」
同時に。
―――『キョダイバンライ』
―――『キョダイホーヨー』
アタシの放った電撃は空高く、黒く渦巻く雲に飲まれ、そうして相対するイーブイの真上から降り注ぐ。
イーブイの放った衝撃は地面深くに飲みこまれ、そうしてアタシの真下から突き上げるように奔流となって噴き上げる。
「「―――ッ!!!」」
互いの放った一撃に一瞬目の前が暗くなりかける。
一撃で耐久力を根こそぎ奪っていく、とんでもない威力の一撃。
それでも耐える。
「ピカピカピー(この勝負だけは譲れないんだよ)!」
「イブィッブイィ(そんなのボクだって同じだよ)!」
―――だから、だから、だから。
「「ピカピカ/イブーイ(さっさとくたばれ)!!!」」
―――『キョダイバンライ』
―――『キョダイホーヨー』
互いが放つ二撃目に、意識が遠のいていく。
互いの体がフラフラと揺れて。
「ピカチュウ!」
「イーブイ!」
互いの
そうして互いを認識し。
「「ピィカー/イッブィ(まだまだあ)!!」」
―――『キョダイバンライ』
―――『キョダイホーヨー』
三度目の激突。
ノーガードでの技のぶつけあい。
すでに体力は限界だ。後はもう気力だけの勝負。
だがそれで良い。
というより、それしか勝ち目が無いとユズリハも、なによりもアタシ自身が分かっていた。
一番強いトレーナーの手持ちとして長年戦い続けたイーブイと、長らくバトルから遠ざかっていたアタシがまともに戦えばいくらアタシに才能があるからと言ってブランクの差で負けるのは分かりきっていた。
だからユズリハはあえてこういう形にしたのだ。
互いが互いの切り札を最後にこうしてぶつけあう形に。
ダイマックス状態では巨大化した体で機敏に動くことができない、そして普通の戦う時のように技に技をぶつける、と言ったこともできない。
ノーガードで真っ向からの勝負、つまり技術も何も無いただお互いの最大火力をぶつけあい、気力で耐えるだけの勝負。
ここまでしなければ勝ち目なんてものは見えはしなかった。
「ピーカアアアァァァ(負けるかああああ)!」
「イーッブイィィィィ(絶対に勝つんだあああ)!」
身を襲う衝撃に限界を超えて叫ぶ。
叫ぶのを止めた瞬間に意識が飛びそうで、ただひたすらにやせ我慢を重ねる。
―――もう限界だろ、倒れなよ。
―――まだまだ、負けないよ。そっちこそ諦めて気絶しなよ。
―――なあに、まだまだ余裕さ。もう一発食らっても倒れないね!
―――こっちだって二発でもへっちゃらだもんね!
霞む意識の中で、それでも視線だけで互いを挑発し、自らを鼓舞する。
そうしないともう意識を保てないほどにダメージがかさんでしまっているから。
―――ああ、チクショウ。指一本動かしたくないよ。
そんなことを思いながら、ダイマックスパワーが尽きキョダイマックスの時間切れとなる。
ぐんぐんと縮み、すっかり元のサイズになってしまった体に鞭を打ちながらゆっくりと起き上がり、向こうを見やれば反対側でイーブイもまたゆっくりと体を起こしていた。
すでに限界なのは見え見えで、足元が定まっていないせいで体があっちにこっちにフラフラと揺れている。
いや、揺れているのは自分のほうか? あるいは両方か。
―――寝てれば良いのに。
―――そっちこそ。
それでも挑発を続けながら互いに睨み合い。
―――『でんこうせっか』!!!
―――『でんこうせっか』!!!
最後の一撃。
互いが互いに全力でぶつかりあい。
「ピーカァピカピィー(あの弱虫がすっかり強くなったもんだよ)」
頭からぶつかりあったアタシと、アイツ。
「ピカピーカァ(でもまあ悪いね)」
崩れ落ちたのは。
「ピカァピカピィ(アタシはどうにも根っからの『いじっぱり』なのさ)」
イーブイのほうだった。
* * *
……………………。
……………………………………。
…………………………………………………………。
「というわけで、久々に三人で集まった記念、兼ユズリハのチャンピオン就任祝い始めるんだぞ!」
「イェァァァォォォー!」
「いぇー……って後半は私微妙じゃない?」
「というかユズリハのテンション高すぎて引くぞ」
「え、久々の三人の再会を盛り上げようとする友人の気づかいに対して酷くない?」
「お前絶対そんなキャラじゃないんだぞ」
「ところでさっきの無視なの?」
「まあまあ、そんなことより早速誰が歌う?」
「そんなこと???」
三人揃ってカラオケに出向くなんて実に何年ぶりだろうか、と首を傾げながら届いたばかりのドリンクのグラスを片手に早速曲のリストを開く。
「あ、アニキの歌があるぞ?」
「ダンデさんの歌?」
「あの人そんなこともやってたの?」
なんでリーグ委員長のはずのアニキが歌なんて歌っているのかというと、本当に何でか、としか言いようがないのだが。
かつてユウリに負けてチャンピオンを辞してからもアニキのトレーナーとしての人気は衰えなかった。
リーグ委員長として忙しい日々を送る中でも何度もとなくテレビ番組にも出たし、何だったらそこらの俳優やアイドルよりよっぽど人気が高いとあっちこっち引っ張りだこだったくらいだ。
その中でたまたま番組出演者が歌うことがあり、アニキもその一人として歌を披露したのだが何故かそれが大うけしてアニキのために歌が作られ、CDが発売され、あれやこれやと歌手デビューしていた。
尚、その裏にはネズさんの暗躍があったとかなんとか……。
「一番ホップ! 勿論アニキの歌で行かせてもらうんだぞ!」
「あ、ずるい!」
「次は私、私だから!」
「こういうのは早い者勝ちだから!」
尊敬するアニキの歌とあれば歌わないわけにはいかない、と早速マイクを握れば我先にとばかりに次の選曲を急ぐ友人二人。
ちらりと様子を伺うが、今日までの鬱々とした感情を全てバトルで晴らしたと言わんばかりに互いに含むものも無い二人の様子に安堵する。
そうして落ち着いてみれば、この三人が揃うなんて久々過ぎて懐かしいとすら思った。
その後も三人で歌って、飲んで、時々食べて。
楽しい時間が流れていた。
「だーかーらー! 途中まで手抜いてただけだから! もう一回やったら絶対に私が勝ちますぅ~」
「負け惜しみ乙! もう結果出てるから! チャンピオン交代しちゃったからぁ?」
「なにおー! こちとら五年以上無敗だったんだから!」
「でも負けたよねぇ~? 負けちゃったよねぇ~?」
「ホップと二人がかりで完全にメタはった勝ち確な戦術使っておいて恥ずかしくないの???」
「べぇっつにぃ~? 寧ろムゲンダイナなんて反則なポケモン使ってて負けるとか恥ずかしくない?」
「言ったなぁー! 表に出ろぉー! 次はザシアン連れてきてやんよー!」
「やってやんよぉ~! こっちだってもっとすごいの連れてくるからなー!」
おかしい、何でこうなったんだろう? と首を傾げる。
途中までは和気あいあいとやっていたはずなのに。
そんな風に考えて、ふと思い出す。
「そう言えば二人とも、初めて会った時ってこんな感じだったんだぞ」
ホップが初めて会った時から、二人はお互いがお互いを意識していた。
最も身近なライバルとして、同じ道を行く友達として、軽口を叩きながら、時にぶつかり合いながら、それでも離れることも無く。
「ああ、そっか……これなんだぞ」
これこそが、この互いに今にも掴み合いになりそうなくらいに喧嘩腰で、口汚く互いを罵り合って、視線をぶつけあって、なのにどこか楽しそうな、そんな雰囲気。
それがホップが興味を惹かれた二人の姿だった。
色々あり過ぎて、何だか忘れてしまっていたみたいだった。
「ああ、懐かしいんだぞ」
今日のバトルまでに本当に色々あったと思う。
ユウリにとってもユズリハにとってもとてもとても、語り尽くせないくらいにたくさんのことがあった。
今日のバトルはこれまでに歩んできた道をぶつけあった、自分たちの人生の集大成といっても過言ではないほどに多くを尽くしたバトルだった。
「なんだかなあ」
本当はもう諦めたはずの道だった。
トレーナーとして生きることを諦め、研究者として生きることを決めた。
なのに、なのに、なのに。
バトルを通じて互いの全てをぶつけあう二人を見て、苦しそうに、辛そうに、なのに楽しそうに戦う二人を見て。
なんて羨ましいんだ、そう思った。
もうとっくに諦めたはずの道なのに。
「未練たらたらだったんだぞ」
ユズリハに付き合ったこの二年の間に分かったことがある。
自分で選んだ研究者としての道。
自分で捨てたトレーナーとしての道。
昔の自分はそれが決して交わらないものだと思っていた。
研究者である以上、トレーナーであることはできないのだと、そう思っていたのだ。
確かに研究者を本分とするならばトレーナーを稼業にすることはできないだろう。
だが何も全て捨てる必要はなかったのだ。
「ユウリ」
かつて決別をしたはずの友人の名を呼ぶ。
すでに取っ組み合いに発展していた二人の内の片方がこちらへ視線を向ける。
「なはにほっふ(なあに、ホップ)?」
二人して互いの口を引っ張りあっている姿を見ながら本当に仲が良いよなあ、と思いながら。
「二人の試合を見てたら、またオレもバトルしたくなったから。プロとしてユウリと戦うことはできないけど、
そんな自分の選択にユウリが一瞬、目を丸くして。
「ふん(うん)! もっひほん(もっちろん)!」
にっこりと笑みを浮かべて、即答した。
* * *
深夜。
ハロンタウンはガラルでもかなりの田舎町だ。
だから、夜になるとろくに街灯なども無いし暗い闇が町を包んでしまうせいで人の通りも極端に少ない。
場所はいつもの空き地。
昔、ユウリとまだスクールに通うよりも以前の幼い頃。いつも共に遊んでいた互いの遊び場。
違うのは自分も、ユウリも年を取ったこと。
そして新しい友人、ホップも一緒にいること。
「懐かしいなあ」
自分と同じ思いをユウリが口にする。
ああ、本当に懐かしいものだ。
「何のしがらみも無く、ただ自由に遊べた頃が懐かしい」
今になってそれがどれだけ贅沢なことだったのか、痛感するのだ。
「昔は良かったんだぞ」
三人で一緒にいるこの時間でスクール時代を思い出したのか、ホップが懐かしそうにそう口にした。
―――昔は良かった。
何度も、何度も、そう思った。
自分だけでなく、ユウリも、ホップも、自分たちに一番楽しかった時間を思いだして、懐かしんだ。
「でもさ」
ユウリが笑った。
笑って、いつもの場所……空き地の反対側に立つ。
「でも、だよ」
その言葉の続きは分かっている。
「ああ、でも、だね」
そう、でも、なのだ。
でも。
「「今だって、きっと悪くないよ」」
ユウリと二人、今となっては、そう思える。
自分もまた、いつもの場所……空き地の入口側に立つ。
ちょうど、ユウリとは真反対の側。
「ああ、そうだな……今だって決して悪くないんだぞ」
その中央にホップが立ち、手を挙げる。
それが、合図。
「行こう!
「やるよ!
互いにボールを構えて。
「「勝負!!!」」
―――投げた。
いや、なんかこうカラオケのあたり書いててED流れそうな流れだなあって思ってたけど、一番それっぽかったのは多分『Butter-Fly』だな。
デジモンのテーマ?
何を言ってるんだ、歌詞に『ムゲンダイナ』って書いてあるし、ポケモンの歌だよ、多分(目逸らし
あと一話、Q&A方式であとがき書いて終わりにしようかなって。