真・恋姫†無双 妄想伝   作:コイル

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第2話  予言、相容れず

 夢を見た。

 とても恐ろしい夢を。人がたくさん死ぬ夢を。

 それはたったひとりの鬼人が、次々に人を斬り殺していく夢。

 

 鬼人は圧倒的に強かった。

 誰も彼女からは逃げられない。

 すべてを斬るまで止まらない。

 しかし、鬼人は誰よりも美しかった――。

 

 

*** 

 

 

「このお兄ちゃん、まぁだ寝てるのだ」

 

 気絶した一刀はその後、村長の家へと運ばれ寝台に寝かされていた。

 愛紗たちはその間も、戦火の後処理を精力的にこなし、忙しくするうちに日暮れの時。

 一先ず作業を終え、未だに眠りこける男の様子を見に部屋へ訪れた。

 結果、寝台によじ登る鈴々は、なぜか一刀の頬に人差し指を突き立てていた。

 

「ダ、ダメだよ鈴々ちゃん、そんなことしちゃ!」

 

 言いだしっぺの桃香はまずいとばかりに止めさせようとするが、枕元に陣取られては手も足も出ない。

 こっちにおいでと手招きするが鈴々は無視である。

 それどころか指圧の違和感にう~っと唸るのを気に入ったようで、さらに力を入れてグリグリ。

 指一本の指圧は恐ろしく強力で、一刀の横顔はどんどん敷布団にめり込んでいく。

 

「首ぃ! 大丈夫なのそれ!?」

 

 にゃははの笑い声に、指は容赦なく突き刺さる。色々ねじ切れそうな一刀の姿に、慌てる桃香はどうしようと結局アタフタするだけ。

 だが、どうしようも何もこれだけつつき回され、耳元でやんややんやと騒がれれば、とっくに目は覚めている。覚醒する意識の中で一刀は思っていた。こんな悪戯をするのは奴しかいないと。なおもエスカレートする攻撃に、やるしかないと心に決めていた。

 そして、さすがにやりすぎと桃香が鈴々の腕を掴んだその時だ。

 

「――覚悟はできてるだろうな! 及川!」

「――ふえっ!?」

 

 桃香の体がふわりと浮く。直後、寝台の上で横になっている。気がつけば、鼻先で頬に指跡の残る顔が見下ろしていた。不意の出来事に思考回路が追いつかず桃香はキョトン――。

 対して、こちらはポカンだ。

 悪戯好きの悪友を押し倒したはずが、伝わる感触は無骨で堅い体ではなく、なぜか丸みを帯び、たわわに実った果実が二つ柔らかく弾む。見下ろす顔は見覚えのある間抜け面ではなく、桃色の髪がはらりと流れ、優しい目元と鮮やかな青い瞳が印象的な美少女がいる。一刀はごくりと喉を鳴らし、その瞳をまじろぎもせず見つめていた。

 

 ――が、すぐさま時は解凍

 

「き……きゃあ~~ッ!!」「あ、お兄ちゃん起きたのだ」

 

 盛大な悲鳴が膠着を切り裂き、混乱の一刀も一緒になって叫んだ。

 寝台の上で年頃の男女がわーわー、きゃーきゃー。なんとも不思議な儀式である。そこに、悲鳴を聞きつけ、と~う~か~さ~ま~ッ! と警笛のような掛け声と共に現場へ飛び込むひとつの影。

 

「――いかがされ、ま……した……か」

 

 彼女の目に映る光景はどこをどう切り取って見ても、暴漢に襲われる主の図。

 手にした青龍偃月刀はわなわなと小刻みに揺れ――、

 

「き、ききき貴様っ! 桃香さまに何を! は、破廉恥な!」

「ふぇえ!? あ、愛紗ちゃん違うの――!」

 

 大いなる誤解を招く。が、これはするなと言う方に無理があるだろう。今更、違うと叫んでみたところで暴走特急は止まるわけがない。むしろ火に油を注ぐような、いやこの場合ボイラーに石炭をくべるか? いずれにしろ、怒りの蒸気を吹き上げながら、そこへ直れっ! と斬りかかる愛紗を、必死になって桃香が止めることに。ぱっと見、三角関係のもつれに見えなくもない。

 そんなすっかり修羅場と化した部屋で、意外にも一刀はただひとり冷静……かと思いきや、こっちはこっちで愛紗を指差したまま活動停止。冷えるというかカッチカチに凍っていた。

 

「お、落ちついて愛紗ちゃんっ! お兄さんは悪くないの!」

「大丈夫です桃香さま! わかっています、すべて私にお任せください!」

 

 何が大丈夫なのか。確実に仕留めてみせるという意味だろうか? 彼女に任せようものなら血の雨が降るに決まっている。降水確率百パーセントだ。しがみつく桃香をもろとも引きずり、愛紗はじりじりっとにじり寄る。

 一方、別の意味で恐怖する一刀は臨界を突破、つまりは氷解。

 

「で……でたアアァアーー!!」

「「――!?」」

 

 村中を巡るほどの大絶叫が木霊する。

 突然の大声に何事と飛び上がる愛紗たちを尻目に、男は寝台の隅で頭を抱えながら悪霊退散を唱えて……。

 一刀が話せるまでに落ちつくのは、それなりの時間を要した。

 

「――ええ。どうせ私は鬼のような女ですとも」

「にゃははははっ愛紗は怖いのだ」

「ダ、ダメだよ笑っちゃ……ぷっふ」

「色々すいませんでした……ホントすいませんでした」

 

 鈴々の悪戯を及川の仕業と誤解したこと。その及川(鈴々)を懲らしめるはずが、誤って桃香を寝台に押し倒してしまったこと。極めつけは、賊から助けられたことを全て夢だと勘違いした挙句、夢から鬼人が襲来したと錯乱したこと。

 全ての事情を説明すると二人は笑い、ひとりは拗ねた。

 

「助けた相手から悪霊呼ばわりされるとは、思いもしませんでした」

「さーっせんした!!」

 

 披露する渾身の土下座は、指先から足先まで見事に伸びた完成されたフォルム。一刀の得意技のひとつである。このジャパニーズスタイルで切り抜けた困難は数知れず! と伏せた顔から上目で覗けば、仁王立ちの愛紗はプイとそっぽを向いた。

 

「まあまあ愛紗ちゃん、お兄さんも謝ってることだし……ぶふっ」

「と、桃香さま!」

「鬼愛紗なのだ」

「っ――鈴々!」

「愛紗ちゃ~ん、ね?」

「くっ……」

 

 どうにかこうにか愛紗は堪えるも納得には程遠く。鈴々は当然のこと、桃香ですら未だにニヤニヤと口元を緩めている。となれば、鬱憤をぶつける先はひとつしかなく。ギロリと睨まれる一刀は短い悲鳴を上げながら、何度も何度も床に額をこすり付けた。

 蛇に睨まれる蛙――とはよく言ったものだ。意味合い的にも構図的にも、だ。

 

 

***

 

 

 鬼騒動から一段落、四人は場所を移し、食卓を囲んでいた。

 

 あの後、半日ほど気絶していたことを知らされ、改めて謝罪と感謝をする一刀の腹はぐーぐーと自己主張が激しいこと。よくよく考えると、昨日の昼食以来何も食べていないのだから、そりゃ腹も減る。そこで、話の続きは村人たちが用意してくれた夕飯を食べながらとなったのだ。

 

「それで、ここはどこなの?」

 

 最初に聞くのはやはりこれ。鈴々の凄まじい食べっぷりには驚いたが、まずはこれ。

 場所さえわかれば何とでもなる。とりあえず、一刀は安心したかった。

 

「どことはまた……ここは幽州啄群、五台山の麓だ」

「はい?」

 

 不思議なことを言い出したぞと、愛紗は眉をひそめて答える。一刀の箸は宙でぴたりと止まった。

 耳にした言葉がどうにも中国の地名に聞こえるのだ。いや違う、聞き間違いだと否定の肯定に大忙しの男には、早くも食事は二の次だ。

  

「そう言えば、お兄さんの名前聞いてなかったね」

「あ、……ああ。俺は、北郷一刀」

「劉玄徳です」「鈴々は張飛なのだ」「関雲長と申します、以後お見知りおきを」

 

 止まった箸がカラリ、手からこぼれ落ちる。

 お次は劉備に張飛に関羽と――もう聞き間違い云々の問題ではない。

 何の冗談か、先程から桃香だ鈴々だ愛紗だと呼び合っているはずなのに。

 

「ところで、北郷殿はどちらから参られたのだ?」

「――ちょ、ちょっと待って。ちゃんと答えてくれないかな? ここがどこか、君たちの名前を」

 

 おちょくるのも大概にしてくれと問い質す。一刀は悪ふざけに付き合っていられるほど、暢気な状況ではないのだ。命こそ救われはしたが、依然として現在地すらわからないまま。何ひとつとして進展してない。

 それに言い知れぬ不安感が取り巻くのだ。容認できようはずがない可能性を、目にするモノ、耳にするモノ、口にするモノ。そのすべてが一刀に囁く“ここは違う”と。

 

「わからない人だ。ここは幽州啄群で名前もきちんと名乗ったではないか」

「お兄ちゃんバカなのだ~」

 

 案の定、ふざけているのか? と返されるのは一刀の方で。

 食べないならもらっていいかとおかずを奪っていく鈴々に、もはや見向きもしない。

 一刀だって薄々は勘付いていた。あんなぶっとんだ非日常が日本で起きるはずがないと。数々の非日常を思い返せば、とてもここが日本とは思えない。それでも気づかぬフリをしていたのだ。それを結論づけるには現実離れが過ぎているし、単に認めたくなかったから。一刀は野菜の汁物をがっと流し込んだ。

 

「ちょっと質問していいかな? 関羽さん、ここは日本じゃないよね?」

「「――!!」」

 

 途端、三人は顔色を変え、視線を一刀に。席を立つ愛紗は卓から下がり偃月刀を手にとるほど。

 

「なぜ、私の名を知っている?」

 

 警戒心を乗せた切っ先が向けられた。

 しかし、一刀には質問の意図がわからない。なぜと言われても、名乗られたふざけた名をそのまま使っただけだ。何が彼女の機嫌を損ねたのかが読めない。

 

「愛紗ちゃんは関雲長としか名乗ってないよお兄さん」

「な、なるほど……。(確か、姓は関、名は羽、字は雲長だもんな――じゃねーよ!!)」

 

 桃香の弁で理屈としては、名乗っていない名を呼ばれ警戒したと理解する。確かに一般的にはそうだろうとも。けれど関雲長と言われれば、少し歴史に興味がある者なら誰だって関羽と認識するはず。なのにこの態度は……。

 

「それに、()()()とはなんだ!」

 

 仮にだ、すべてが嘘だとする。彼女たちの名も、地名もドッキリ的な何かだと仮定する。

 だとすると、その目的はなんなのか。一刀を騙してどうしたいのか。笑い者にする以外何の意味もないはずだ。なら彼女たちは内心ほくそ笑んでいると? 詰め寄る彼女の一挙一動、それは総じて演技だと?

 ――違う。全部、本当のことなんだ。

 すとんと胸に落ちた結論。つまり、ここは日本にあらず――飲み込んだ真実に気が遠くなる。が、すぐに新たな疑問が浮ぶ。

 ――じゃあ、俺はどうやって来たんだ?

 一夜にして中国へ。羽田から飛行機に乗せられ、さらに山奥まで運ばれたとでも言うのだろうか? それこそ何の目的で? 誰が? 疑問が疑問を呼び、一刀は頭を掻き毟る。

 

「何を黙っている! 質問に答えないか!」

 

 しかし、そんな葛藤も愛紗には、不審な男が不審な態度で考え込んでいるようにしか見えない。痺れを切らし喉元に偃月刀を突きつけると、思考から引き戻される一刀が諸手を挙げた。

 

「待って愛紗ちゃん」

 

 この時、間に立つ桃香にはある自信があった。見るからに挙動不審な男に高鳴る想いがあった。直感が告げたのだ――彼がそうだと。お手上げを体言するコレこそが望んだそれだと。いつになくやる気な彼女、愛紗も押しのけ質問を開始する。

 

「ねえ、お兄さんはどこから来たの?」

 

 鬼人の殺気から打って変わって、のんびり穏やかな雰囲気。ふり幅の大きさには戸惑うが、断然こちらの方が好ましい。が、肝心の問いにはどう答えればいいかわからない。なにせ、素直に現住所を言ったところで通じるはずがなく。それどころかきっと、なんだそれは! と鬼人が再登場するに違いない。

 これはどうしたものか。窮した一刀は、想いを素直に口にしてみるが――、

 

「わからない、だと? なんだそれは!」

 

 結局は、どう転んでも噛みつかれる。脅える一刀を見て、桃香は邪魔しないでと愛紗をさらに押しのけ遠ざけた。さながら躾のなっていない狂犬を、無理やりにでも引き剥がすように。

 

「と、桃香さま?」

「い、い、か、ら! 私に任せて。ね?」

 

 ここまで言われれば、わかりましたと引き下がる他なく、それでも警戒心だけは解くつもりがないらしい。後ろからこっそり、がるると一刀を睨む。どうも狂犬は忠犬でもあるようだ。

 もちろん気づく桃香だが、切もないと身を翻す。後ろ手に、迷子の子供を相手にするような柔らかな微笑みを浮かべて。

 

「もう一度聞くね。お兄さんはどこから来たの?」

 

 おそらく、これが忠犬の守りたいモノなんだろう。心を瞬時に包み込む暖かさ、母性にも似た安心する優しさ。彼女の人間性、人の好さがありありと伝わる笑顔。なるほど、これは尊かろう。触れた一刀、悩むのを止めた。

 

「……日本という国の東京都台東区浅草……からだよ」

「……??」

 

 頭上に並ぶハテナがなんとも苦笑を誘う。いやまあ、予想通りではあるのだが。やたら自信たっぷりなだけに何かあるのかもと期待して……というか、不思議なことにハテナっ子の方が瞳をランランと輝かせ、期待感を膨らませていた。その理由、皆目検討つかないが一刀の背筋に悪寒が走る。

 

「ならなら! どうやってここに?」

「そ、それは本当にわからない。目が覚めたら山の中にいたんだ」

「山ー! へーそうなんだ~♪」

 

 この時点で、鈴々は我関せずと卓上の残り物をさらい、愛紗も何を言ってるんだこいつと話半分。当然の反応だ。誰が聞いたこともない地名をほざき、どうやって来たかも答えられない男の話をまともに取り合うものか。

 

「じゃあじゃあ、どうして愛紗ちゃんの名を知っていたの?」

 

 ただひとり、桃香を除いて。

 なぜ彼女はこんなにも嬉々としているのだろうか。なぜ会話が成立しているのだろうか。その態度に一刀もだんだんと考えるのが馬鹿らしくなってくる。そこで思い切って確かめてみることに。

 

「知っているのは関羽さんの名だけじゃないよ。劉備さん」

「「――!?」」

「君たちが桃園の誓いで義兄……いや、義姉妹の契りを結んでいることもね」

「「――!!!」」

 

 実験結果はこちら、驚愕の三人組み。どう見てもそれが演技だとは思えない。愚かな推測が正しいと証明されてしまう。

 どうして、なぜだ、なんでなのだと一斉に押し寄せる彼女たちに一刀は話をした。同姓同名の英雄が活躍する三国志の歴史を。それは千八百年前の話しで、自分は未来の人間だと。

 信じてもらえないことは十分承知している。口にする言葉の突拍子のなさに、一刀自身が驚いているのだから。どこの世界にこんな荒唐無稽を拍手打って信じられる頭の柔軟……いや、ネジのゆるゆるな奴がいるというのか。

 

「やっぱりお兄さんが天の御遣いさまだったんだぁ♪」

 

 すいません、ここにいました。

 ゆるゆる桃香さんは胸の前で平手をパチリ。やった~と喜び跳ねる。次いで鈴々を巻き込み、手を取り合い回る。愛紗の周りをぐるぐると。

 すっかり置いてけぼりの一刀、意識は新登場のある単語に向いていた。

 

「……天の御遣い?」

「えっへへ、実はね――」

 

 ご機嫌桃香さんは語る。

 

 ――――大陸にはある高名な易者がいた。名を管輅と言う。

 彼は多くの予言をした。時には天変地異を、時には人の死までも言い当てた。

 そんな彼が新たに、このような予言をしたそうだ。

『天下太平乱れし時 救世の星流れ舞い降りる天の御遣い人 その者こそ世界に安寧をもたらすであろう』

 予言の噂を聞いたその夜、三人は偶然にも流星を見かける。地平に消える光を。

 翌朝、桃香の思いつきで落ちた流星を目指すことになった一行。

 そこで出会ったのが賊に殺されかけていた一刀であった――――。

 

「というわけで~お兄さんこそ、天の御遣いさまなんです!」

 

 パンパカパーンと陳腐な効果音が聞こえてきそうなほど滑稽な締めくくり。

 ひらひらと元気に仰ぐ桃香とは裏腹に、一刀にはその陽気さが耐え難いものだった。

 

「すまない劉備さん……少しひとりで考えたい」

「――え、あ、お兄さん?」

 

 呼びかけの声も無視して一刀は部屋を飛び出した。

 何が気に障ったのと落ちつかない主を横目に、愛紗は開きっぱなしの戸口へと視線を向ける。

 彼女は見た。横を過ぎ去る一刀の顔を。脅え、直面した状況に青ざめたその顔を。

 御遣いとはいかなる者なのか愛紗には要領を得ないが、その横顔は民草たちとなんら変わらないと感じていた。

 

 

***

 

 

 どこに向かうわけでもなく、部屋を出た一刀は足の赴くまま暗がりを進む。街灯やイルミネーションなどない真の夜道。照らすのは満天の星空と月明かりだけ。スモッグに霞む東京の空では絶対に見られない絶景も、今の彼が見上げることはない。俯き、砂利を踏みしめる音だけを聞いていた。 

 ――ここは過去の世界、もしくはそれによく似た別世界。

 無造作にポケットから携帯電話を取り出し、電波と時間を確認してみる。

 

「圏外と20:47」

 

 見飽きたその表示に、日常はそこで終了したんだと改めて思い知らされる。もう二度と着信もメールも届かない。ここはまさしく日常からの圏外なのだから。過ぎる思いを揉み消すように、携帯をポケットへ押し込んだ。

 違う。そんわけがない。そう必死に否定の材料をかき集めるが、一度認めた結論を覆すことは容易ではなく。苛立ちに止まった足は見覚えのある場所であった。

 ここは美しき鬼人と出会った、弩級の非日常が待っていたあの――。

 

「……人が死んだ。何人も」

 

 脳裏に浮かぶのは人斬りと言う名の舞。

 

「あっという間にここで――うッ!?」

 

 記憶は胃液を逆流させる。胸に手を当てそれを抑えるも、今度は死の映像が止まらない。いつまでも再生を続ける。壊れたレコーダーのように延々と。その瞬間だけを切り取って。もうやめてくれ、見たくないと両膝をつき、もがく一刀に手を差し伸べる者は誰もいなかった。いるはずがなかった――逆なのだから。

 

「天の御遣い? 安寧をもたらす? あは、あははは! ……何の冗談だよ」

 

 質が悪すぎる。徐々に明らかになる境遇は、端からすべて粗悪な与太話。笑い飛ばすこともできない最悪の喜劇。誰の書いたシナリオか知らないが、悪趣味にも程がある。

 

「俺に……何をしろってんだよ?」

 

 桃香の発言に怒りすら覚えた。悪気があっての言葉じゃないことはわかっている。わかってはいるが、一刀にはそれくらいしか感情の捌け口がないのだ。目まぐるしい状況の変化について行くだけで精一杯。彼は今、溜まり続ける不安に飲み込まれそうだった。

 

「助けて欲しいのはこっちだっての……」

 

 どうしてこんなことになってしまったのか。我が身に降りかかった理不尽を嘆かずにはいられない。どうしたらもとに戻れるのだろうか。どうしたらここから逃げられるのだろうか。世界平和など知ったことか、彼の頭は自分のことだけで一杯だ。帰りたい日常に――切なる思いが胸を強く、強く締め付ける。

 

「どうしたらいいんだよ……」

 

 力なく呟いた一刀はゆっくりと立ち上がり、部屋に戻ることにした。

 もう何も考えたくなかった。

 

 

***

 

 

「――お帰りなのだ!」

 

 部屋に戻ると、響く爛漫な鈴々の声。正直、一刀はうんざりだった。心は憔悴しきっている。

 そこに続く桃香の願いは――天の御遣いとして力を貸して欲しい、だ。答えは決まりきっていた。

 

「すまない。俺は御遣いなんて大層なものじゃないよ」

 

 にべもなく一刀は拒否。非日常の介入をこれ以上許容できない。

 

「でもでも、お兄さんはこの国の人じゃなくて色んな事たくさん知ってて……」

「ごめんね劉備さん。本当に俺は何の力もないんだ」

 

 桃香としても簡単には諦めきれず、なんとか糸口を探そうとする。が、一刀はそれすら許さない。もう、そっとしておいてほしかった。

 

「そんな……お兄さんは……」

「桃香さま。そこまでです。北郷殿には北郷殿の道があるのです。我々が無理やり引き込んだ所で、なんの意味もないことくらいおわかりでしょう?」

 

 そんな一刀の気持ちを察したのか愛紗が割って入り、でも、でもと愚図る主を静めていた。

 

「ごめんなさい。力になれなくて」

 

 それは便宜的な謝罪。本心は露も思わず、今は彼女たちの声だけで煩わしい。もういいですかと一刀が顔を上げた時――目に止まったのは暮れる桃香だった。

 

「……私こそごめんなさい。お兄さんみたいな人が天の御遣いさまだったらいいなって……勝手に押しつけちゃったみたい」

 

 その通りだ。勝手な言い分で勝手に期待されただけ。なのになぜか罪悪感が胸を打つ。 

 いや、本当はわかっている。

 彼女たちは命の恩人なのだ。それを今ある不幸を理由に、無下にするのは間違っている。一刀がいくら苦しくても関係ない、最低な腹いせに他ならないのだ。

 

「……すまない」

 

 されど、一刀は拒絶した。屁理屈をこね、視線を逸らした。桃香が求めるのは北郷一刀ではなく、御遣いなのだと。恩人から逃げることを選んだ。それの何が悪い――と。

 

 本日の話はここで終わり。

 夜も更けたことだし、そろそろお開きにと愛紗が告げたからである。桃香たちは村人に宛がわれた部屋へ戻り、一刀はようやく望んだ静寂を迎えことができた。

 ただ――、

 そこは何も聞こえない。テレビの音も。自動車のエンジン音も。

 そこには誰もいない。家族も。友人も。

 当たり前が何ひとつ存在しない。代わりに夜陰の沈黙と、隔絶の孤独だけがあった。

 その夜、一刀が眠りにつけたのは、東の空が明るむ頃となる。




第2話、読んで頂きありがとうございます。

突然救世主と言われる気持ちはどんなものなのか。
想像を精一杯働かせて書いてはいますが難しいですよね。

皆さんならどう感じますか?

感想ご意見お待ちしています。
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