真・恋姫†無双 妄想伝   作:コイル

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第3話  別れ

 世界はなんの前触れもなく、その姿を変えてしまう。確かにあった平凡でも穏やかな日々は、すでに泡沫(うたかた)の思い出。日常は跡形もなく崩壊した。一刀の意思とは無関係に、だ。

 それは厳密に言えば、一刀にだって一度や二度、非日常を望んだことはある。誰にだってあるだろ? 単調な流れにちょっとした変化を求めたことくらい。暮らしの中に少しの刺激を欲しただけ。あくまでも寄り道、いつでも帰るべき日常があってのことだ。だというのに、現状はどうだ? 前提から吹き飛んでいるのではないか? もしも、この馬鹿げた転調をそれだとするならば、一体どこに日常が存在すると?

 残念ながら答えは見えず。だが新たな世界にも親しんだ天則はあった。明けない夜はない――月が暮れれば、日はまた昇る。どん底の男にも変わらず暁光は射し染める。

 一日が、始まった。

 翌朝も桃香たちは村の復興に尽力。そこには、一刀の姿もある。ひとりでじっとしているよりは、体を動かしていた方がいくらかマシだったからだ。ともあれ行動をともにする中で、いくつかの情報は得ていく。

 まずは大陸の情勢である。

 一刀の知る歴史とどこまで一致するかは不明瞭だが、聞いた話を当てはめれば、時期としては黄巾の乱が収束した後。漢王朝の衰退色濃く、群雄割拠幕開けの時だ。曹操、袁紹、袁術、董卓、馬騰。その他にも有力者として列挙される名は、どれもこれも聞き覚えがあるものばかりである。かく言う桃香たちも、その中のひとり公孫賛を訪ねるべく、ここ幽州へ足を運んだのだ。

 次に一刀を驚かせたのが真名の存在だ。

 この世界では、なんと名前が二つあるのだ。通常のそれとは別に、真名と呼ばれ真に心を許した者のみに託し、口にすることが許されるとても大切な名である。桃香、愛紗と呼び合うのがまさしくそれに当たる。幸いなことに一刀が真名を口走ることはなかったが、万が一にも口にしようものなら……そこで人生のエンディングを迎えたことだろう。それ程、真名とは神聖かつ重要なのだ。その話を聞かされた折には、与り知らぬ所で綱渡り状態だったのかと一刀の背筋も存分に凍った。

 そうした日々が三日も続くと、村も一応の落ち着きを取り戻し、どん底男の心にもようやく夜明けの兆しが。望む、望まざるとに拘らず、人間とは環境に適応していく生き物なのだとつくづく思い知らされる。漠然としていた世界の輪郭が体を為すにつれ、一刀はむやみに恐れることをやめた。先へと進むために。

 それはまた、桃香たちにも言えることであった。彼女たちには大きな志があり、成さねばならぬ夢がある。こんな所でいつまでも留まっているわけにはいかない。立ち止まってはいられないのだ。役目を終えた三人は決断す、出立を――。

 

 

***

 

 

 一刀は時間が空くとだいたいここにいる。そこは決して気分の良い場所とは言えない。どちらかと言えば近寄りがたい。けれど今後について考えるには相応しい気がして。朝っぱらから今もそう。身の振り方をもう一度考えていた。

 

「北郷殿? こんな所で何をしておられる?」 

 

 背後からの呼びかけに一刀はドキリ。声の主が愛紗だったからだ。それは甘酸っぱいトキメキなどではなく、彼女に、彼女たちに対する負い目ゆえ。あの夜以来、一刀は再三に渡って旅の同行を断わり続けてきた。恩人に対する不義理を悔いながらも、拒否し続けていたのだ。ばつの悪さから一刀は誤魔化すように話題を逸らした。

 

「関羽さんこそ、どうしてここへ?」

「少し話をと思い、部屋に寄ったのですが留守でしたので」

 

 質問を質問で返す無粋な男にも、愛紗は凛とした姿勢で答える。

 彼女の言う“少し話を”とは旅立ちの挨拶を指し、三人は当初の目的である公孫賛を訪ねるため、今日にもここを離れるつもりでいた。彼女のことだ、さぞ真面目な口上が始まるのだろう。と察する一刀も姿勢を正す。

 向き合う二人、その姿は奇しくも出会いの時を彷彿とさせた。場所も立ち位置もあの日と同じだ。惨劇の痕跡はもうすっかり消えているが、鮮烈な記憶は褪せることなく……。二人の脳裏には、ここ数日間の出来事がスナップ写真を流し見るように浮かんでは消える。その中から気になる一枚を見つけた愛紗は、目を細めてどこか戸惑いがちに切り出した。

 

「……覚えていますか?」

「え~っと……?」

「その……北郷殿が気を失う直前に言われたことです」

 

 と、言われても一刀は何のことだかさっぱり。頭をどれだけ捻ろうが、とんと出てこない。その露骨な仕草に愛紗も、覚えていらっしゃらないのですねと物憂げ。そんな普段とは違うしおらしさに、ますます居た堪れない一刀は出来損ないの脳みそを、思い出せーと外からガンガン刺激する。が、痛いだけで蘇る兆しは一切なし。むしろ、新たに脳細胞が死んでいった気がする。 

 これはダメだ――早々に自力を諦めた男は、

 

「すいません……俺なんて言いましたっけ?」

 

 恥を忍んで素直に聞くことに。下手な考え休むに似たりだ。またそれが功を奏した。

 愛紗の表情から暗さは消え、くすりと笑みがこぼれる。人間、素直が一番のようだ。

 

「北郷殿は私に“どうしてそんなに美しく人を殺せるのか?”と問われたのですよ」

「へ、へえ……(――なんて質問してんだよ俺は!?)」

 

 素直にも程があるだろうと、記憶にない自分を責めるが後の祭り。それより今はこの難問になんと答えるかが肝要だ。相手は愛紗なのだ、下手を打てば最悪……。

 一刀は必死に考える。しかめっ面で悩んでいるかと思えば一転すっきり納得。と思えばダメだと落ち込んでみたり。それはもうコロコロと相好を変えながら唸る。その表情豊かなひとり芝居に愛紗は笑う。先ほどよりも大きくだ。ことのほか、素直に慌てる一刀をお気に召したらしい。

 

「ふふ、別に責めているわけではありません。ただ単純に、それはどのような意味なのかとお聞きしたくて」

 

 言の葉で作られた助け舟と、まっすぐな視線が一刀に届く。となれば、素直な気持ちを乗せるしかないだろう。

 

「そのままの意味です。すごく綺麗だったんです。美しい舞を見ているようで」

「――なっ!?」

 

 すばっと刺さる一言に愛紗の頬はたちまち赤く染まる。激しい動揺は隠せるものではない。なにしろ彼女はこの手の台詞に滅法弱いのだ。

 

「き、ききき、綺麗などと何を! 私のような、ももんが!」

 

 普段の凛々しさはどこへやら。“者が”を“モモンガ”と噛む愛紗。壊れたおもちゃのように同じことを何度も繰り返しながら右往左往だ。

 しかし、よく考えるといつも桃香や鈴々のおもちゃにされていたな。と頷く一刀は、更なる素直でトドメを刺す。

 

「私のようなって、どこからどう見ても関羽さんは美人じゃないですか?」

「~~~っ」

 

 強烈な二の矢にこれでもかと目を見開き、愛紗は絶句。然る後、気恥ずかしさで直視には耐えられないと矢の刺さる胸を押さえて、真っ赤に灯る顔を伏せていた。

 初々しい彼女の姿がなんとも微笑ましい。だが、一刀はこぼれる笑顔とは別に、納得できない思いがあった。

 ――だからだろうなきっと。あんな質問したのは。

 こんなにも美しい女性が人を殺すという異常、対極にあるはずの蛮行を演舞の如く見せた現実。

 一刀は嫌だった。彼女とそんな世界が無縁であってほしかった。頬を差す赤が、返り血に代わるのはもう見たくなかった。

 

 ところが、納得できないのは彼女も同じだった。別の意味で。

 

「鬼と言ったではないですか……」

 

 上目遣いの瞳から恨めしさを滲ませて。さあ、絶句するのは一刀の番。やばい! まだあのこと根に持ってたー! と焦りに染まる。悪霊だと……と反復する愛紗に恐怖すら覚え、再びの百面相。

 

「い、いや、あれはその、強さを鬼と例えただけで、関羽さんの容姿が鬼に似てるとかそういうとは一切関係ないのであります!」

 

 必死さがありありと窺える早口に、冷や汗をたらりと流し、ビシっと伸びる背筋。それは焦りの結晶、焦りの宝石箱、焦りの……とりあえず、なぜ敬礼をしているのかを問いたい。

 

「……ふふっ、冗談です」

「――っ!?」

 

 その姿にいくらか満足した愛紗は、火照りの残る顔を上げて、これでおあいこと満面の笑みを見せる。途端に高鳴る一刀の鼓動。素直な笑顔を前に胸を押さえ、赤らむ顔を伏せていた。何から何までまさにおあいこ。やはり人間、素直が一番だった。

 

「あーやっと見つけた~!」「お兄ちゃんみっけなのだ!」

 

 するとそこにタイミングがいいのか悪いのか。桃香と鈴々の登場。

 

「す、すいません桃香さま。北郷殿に出発前の挨拶をと思い少し話をしておりました」

 

 どうして声をかけてくれなかったのと膨れる主に素早く答える。が、これがよくない。

 むむっと眉をひそめ、桃香はいつもと違う二人の雰囲気を敏感に察知! そしてニヤリ。こういうことだけは抜群の嗅覚を発揮する。他は基本ポンコ……本人のためにやめておこう。 

 ともかく――、

 

「ああ! 愛紗ちゃんは二人っきりでお兄さんとお話したかったんだね~♪」

「――なっ何をおっしゃって!!」

 

 わざとらしく、これみよがしに、ポンと手を打ち冷やかしを。愛紗を探し、村中を歩き回る羽目になったお礼も込めて。

 素直に定評ある愛紗は恰好の標的だ。一刀がさりげなく、それよりもと話題逸らしのフォローを入れる。も、これまた墓穴。あれれ~お兄さんも顔赤いよ? と桃香の毒牙にかかり、二人揃って火だるまに。人間、素直すぎるのも時に難があるようだ。

 こうして素直な男と女は、笑いの炎に身をやつし、村の入口へと向かう――。

 

 

***

 

 

「お兄さんはこれからどうするの?」

 

 道すがら、桃香は問いかけた。彼の今後を気にしてというより、これが最後の機会だと思ったからだ。

 都合、十二回試みた勧誘はことごとく撃沈。鈴々と冗談交じりで誘ったのも合わせれば、さらに数は上積みされる。それでも彼女は諦め切れずにいた。断わられる回数が増すたびに、彼の人となりを知るたびに思いは強くなっていた。

 

「とりあえず管輅って人に会おうと思ってる」

「じゃあやっぱりここでお別れなんだ……」

「いやなのだ! お兄ちゃんも一緒に行くのだ!」

 

 鈴々は一刀の足に飛びつき見上げる。この数日間で一刀ともっとも親しくなったのは彼女だった。その人懐っこい性格が幸いして、二人はすぐに打ち解ける。それこそ実の兄と妹であるかのように。一刀だってできることなら、鈴々を、紅の髪を梳くこの手を放したくない。それでも……。

 

「張飛ちゃん……ごめんね」

「いやったらいやなのだ!」

「ど~してもダメなのお兄さん? 一緒にいこうよ、ね?」

「桃香さま、それに鈴々も。その話は終わったはずです」

「「うぅぅ……」」

 

 覗きこむ二つの眼差しに一刀の心は揺れる。鈴々だけじゃない、桃香とも愛紗とも仲良くなったのだから。今この世界で繋がりのある唯一の人たちなのだ。離れることは耐え難い。一緒にいられたらとどれほど思うか。

 

「一緒には……行けない。ごめん」

 

 それでもなお、気変わりはせず。十三度目の拒絶だった。

 

 一刀は知っている。先の未来、これから起こるであろう事象を。彼女たちが公孫賛を訪ねる理由――反董卓連合の顛末を。

 歴史をそのまま辿るなら、彼女たちは虎牢関にて呂布と戦うことになる。後世で、人中の呂布と謳われる比類なき猛将とだ。それを知りながら、どうして一緒に行けようか。そこに待ち受けているものが、どれほどの非日常なのか想像もつかない。一歩でも足を踏み入れたら、もう二度と戻れない気がしてないらない。選ぶのは戦いの恐怖か、別れの孤独か。両天秤は恐怖に傾いていた。

 

「気になさるな。北郷殿には自身の考えがあるのですから」

 

 弱い心に愛紗の気遣いはしみる。

 思えば、静かに傍観しながらも、最後はいつもこうして彼女が一刀を気にかけている。出会いが出会いだっただけに、一刀は愛紗を怖い人だと思いがちだが、彼女は他人にも自分にも厳しいだけで心優しい人物だった。

 

「ですが……ひとつだけよろしいですか?」

 

 その彼女が最後に語る言葉は思いがけないもので。

 一刀が黙って頷くとそれは静かに始まった。

 

「私には、なぜ桃香さまが北郷殿を天の御遣いだと断言できるか理解できません。そもそも、御遣いなる者が必要だとも思っていません。仮にそれが必要だと言うのなら、桃香さまこそが我らの救世主で他はありえません。……ですが、北郷殿に同行して欲しいと思う気持ちならわかります。北郷殿は、桃香さまに似ておられる。桃香さまの願いと通ずる心をお持ちだ」

 

 一刀には意味がわからなかった。

 桃香の願い――それは皆が笑って暮らせる世を作ること。無意味に人が傷け合うことなく、手と手を取り合って生きて行ける平和の実現。昨晩その話を聞いた時、心優しい桃香らしい夢だ。素晴らしい夢だと、一刀は確かに思った。だが正直、全くと言ってほど実感が感じられなかった。

 未だかつて、そんな大きなスケールで物事を考えたことがないのだ。言ってしまえば、一刀にとって世界なんてものは興味の外、どうでもいいのだ。これの一体どこに通じるものとやらがあると言うのか。一刀には己がそんな高尚とはとても思えない。にも拘らず、愛紗は黙する男に語り続けた。

 

「それと、北郷殿は口癖のように、なんの力もないと言われておりましたが、それは間違っています。思うに、北郷殿は武のみを指して力と言われているようですが、それは誤りです。人にはもっと大切な力があります。私はそれを桃香さまに教わったのです」

 

 本当に意味がわからなかった。

 己の無力さは一刀が誰よりも痛感している。力は力だろうと。きっと愛紗は意志の力だとか、想いの力などと精神論的なことを言いたいのかもしれない。なるほど、一理はあるだろう。そう言った側面があることは否定しない。だが、現実問題として、彼女たちに助けられなければ、間違いなく一刀は死んでいる。それは意志や想いで覆るようなものではなく、瞭然たる事実として存在しているのだ。それとも何か? ご都合主義の隠された力があるとでも言いたいのだろうか? 馬鹿馬鹿しい過大評価だと咎める反面、浮き彫りになる己の矮小さに一刀は苛立ちを覚えずにはいられなかった。

 

「ですから、北郷殿が持っておられる力は桃香さまと同じ――」

「やめてくださいっ! 俺は……俺には……!」

 

 だからだろう。激しい拒絶反応が表に出てしまうのは。

 一刀には聞こえてしまったのだ。それが自分にではなく、天の御遣いに向けられた言葉のように。必要ないと言いつつも、結局は天の御遣いという特別な何かに期待しているだけだろうと。卑屈の心に愛紗の想いはまっすぐ過ぎた。

 

「そう……ですか。ならば、今はもう止めておきましょう。確かにご自身で気づかれる方がよろしい」

 

 愛紗は何を伝えたかったのか。結論は語られぬまま、終わりを迎える。

 いつしか俯き地面を睨む一刀の肩を、愛紗は大丈夫と優しく叩いていた。

 

「さて、少し長くなりましたか。桃香さま、そろそろ参りましょう」

 

 そして、ついに別れの時。自分で決めたことだと言っても別れは辛い。わかっていても胸は痛む。この期に及んで、まだ未練が残る。一刀からは何も言い出せなかった。

 流れる無言の時。彼女たちも気まずさから口を閉ざしていた。結局、挨拶らしい挨拶もないまま、荷を持ち上げる三人と一刀の間に、一歩二歩と距離が空き……。

 ――あぁ行ってしまう!

 唐突に襲う喪失感は一刀を衝き動かした。咄嗟にその背を追い、待ってとばかりに伸ばした手――。一刀は途中できつく握り締め、違うだろうと頭を下げた。

 

「本当にお世話になりました! 道中気をつけて、その……いってらっしゃい!」

 

 別れの言葉だけはどうしても使いたくなかった。もう二度と会うことはないとわかっていても。いってらっしゃいと精一杯の虚勢を張って、全力の作り笑い。大恩に何も報いられないせめてもの罪滅ぼしに、最後くらい明るく送り出したかったから。恐る恐る顔を上げると、三人の表情は和らぎ――、

 

「いってきます♪」「いってくるのだー!」「いってまいります」

 

 ひとりとして別れを口にすることなく、陽気に、元気に旅立ってくれた。彼女たちは何度も振り返り、手を振る。一刀も小さくなる後ろ姿に、いつまでも手を振り続けた。消えてくれるなといつまでも見送り続けた。しかし、そんな都合のいい祈りが通じることもなく、ついにはすべて視界から消えてしまう。

 

「……さようなら」

 

 胸を刺す惜別の思いに、一刀は消えるような声でひとり別れを呟いた。

 

 

***

 

 

 振り返っても、もう村は見えない。

 桃香は村があった方角を見つめながら、深くため息をひとつ。

 

「ねえ愛紗ちゃん? 私ね、やっぱりお兄さんが天の御遣いさまだと思うの」

「私にはわかりかねます」

「そう、だよね~」

 

 予想通りの返答に桃香は天を仰ぐ。彼と一緒に旅をしてみたかった、この空のもとを、と。

 それは何も彼が御遣いだからという理由だけではない。もちろん今でもそうだと信じている。だが、もし違うとしても桃香は……ため息をおかわり。

 こんな調子で、わかりやすく肩を落とす主を見かねた愛紗は、予想外の言葉を投げかける。

 

「しかし、北郷殿が真の御遣いであるならば、またいずれどこかでお会いすることもあるでしょう」

「……え?」

「鈴々はお兄ちゃんとまた会いたいのだ!」

「ふふっそうだな、私も彼とはまた会いたいものだ」

 

 信じていればまた会える――。

 再会を意識した途端、桃香の胸は少し軽くなる。表情に明るさを取り戻す。なぜだかニタ~っと笑う。

 復帰早々、善からぬことを思いつく辺りが桃香のらしさだろうか。まあ、切り替えが早い、前向きであるとしておこう。

 

「へぇ~愛紗ちゃんが男の人をそんな風に思うなんて……♪」

「と、ととと桃香さまっ! 私は別に男とか女とかそういうことではなく――!」

 

 始まるのはやはり愛紗イジリ。

 こちらも途端に朱が差し、明るい顔になっていた。

 

「また赤くなったのだ」

「あ、赤くなどなってない!」

「にゃはははは、赤愛紗~」

 

 鈴々も笑う。桃香が笑えば皆笑う。

 

「今日という今日は……もう許さん!」

「――にゃー! 今度は鬼愛紗なのだ~!」

 

 ……でもなかった。溜まりに溜まった雷がとうとう落ち、慌てて逃げる鈴々を赤鬼が追う。それでも、すっかりいつもの三人組だ。賑やかな鬼ごっこをくすりと横目に、桃香は空に囁く。

 

「そうだよね……きっとまた会えるよね?」

 

 青く澄み渡る空。旅立ちにはうってつけだ。

 桃香は待ってぇ~と追いかける。地平の青空に溶けていく二人の背を。

 その足取りは、先ほどよりも軽やかに――。




読んで頂きありがとうございます。

桃香たちとはここでしばらくお別れ。
そして一刀くんの旅の始まりです。

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