真・恋姫†無双 妄想伝   作:コイル

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第4話  人情ときどき理不尽のち雷

「着いたよ……やっと……」

 

 疲労がぎっしり詰まった体で一刀は巨大な外城門を見上げている。外敵から街を守るために周囲をぐるっと城壁で囲い、出入り口には鉄の塊がそびえ立つ。その存在感はあまりに圧倒的で、足を止めた一刀を堂々と見下ろす。

 桃香たちの出立後、未練を振り払うように村を発った彼は今、冀州南皮にいる。南皮は最終目的地である青州平原との中間地点に位置する大都市である。中間と言っても村から百六十キロ程の距離。一足でとはとてもいかない。大まかな道筋は愛紗に教わっていたが、東京―静岡間とほぼ同じそれを標識もなく、地図やGPSも見ずに行くのだから、なんとなくで到達できる人は稀であろう。道も現代のようにアスファルトで舗装されているわけもなく、荒れる道を完全徒歩で無一文の旅。準備不足も甚だしい暴挙と誰もが思うだろう。

 だが、そんな状況でも彼は現に南皮の地で立っている。その理由を卓越した能力を持っていたとか、奇跡的な直勘でなどとまとめるつもりはない。助けられた、それだけの話だ。

 出発の際に、村人たちに携帯食や水を提供してもらう。道に迷えば尋ね、教えてもらう。雨に打たれれば、服を乾かせと焚き火に招いてもらう。空腹にあえぎ、所持品と食料を行商人に交換してもらう。こうしていくつもの優しさを分けてもらった。一歩間違えば、野垂れ死んでいたもしれない苦難の道を、多くの人に支えられ走破したのだ。村を出てから十日目、人の温かさに感謝しながら一刀は城門をくぐる。

 

 

***

 

 

「今更だけど、これ絶対日本じゃない」

 

 人に溢れ、活気ある町並みに漏れた感想は驚きの裏返し。漫画やテレビで見た後漢時代のありようを実際に目の当たりにして、これが偽物とはもう思えない。まさに異国情緒。古代中国巡りである。

 生の息づくその景色に、心も弾みだした一刀は人波に身を任せ、過ぎる景色を観光気分で堪能する。通りの両側には多種多様な店が並び、八百屋の前では主婦たちの声が、鍛冶屋の前では鉄を打つ音が、酒屋の前で真昼間から酔っ払いの笑い声が。賑やかな音色が街を奏でていた。

 

「へえ。本屋まであるんだ」

 

 そんな中、一刀がふと足を止めたのは本屋だ。この時代にもう書店があったのかと立ち寄ると、店頭置かれた一冊の書物が目を引く。

 

「阿蘇阿蘇?」

 

 手に取る書の表紙はどこか現代の女性誌を思わせる作り。そんな馬鹿なと捲ってみると、文章こそ漢文なので読めないが、それが何であるかはわかってしまう。

 これは紛れもなく――女性誌だ。印刷技術もないはずの時代に大衆誌。しかもご丁寧にイラストつきで。これはどういうことなのか。自分が無知なだけで実は当時から存在していたのかと一刀は首を捻り、混乱する頭で静かに本を閉じる。と、裏表紙に“月刊”の文字を発見。

 

「(そっか。週刊じゃないんだ……なら)――ってなるか!!」

 

 一刀は本をバシッと乱暴に棚へ戻し、店主の睨みも何のその。なんだこれはと店を飛び出す。そこで町並みをもう一度見回してみれば、他にもあるある摩訶不思議。茶店はオープンカフェにしか見えず、服屋の一角にはブラジャーまで売られている。観察を続ければ、どういうわけだか女性に関係するモノが、所々で文明の水準から逸脱して、時代の先をいっていることに気がつく。

 確かに前々から、口語が日本語な点や英雄の女性化、服装装飾などの違和感は感じていた。だから、単純な過去とはいかないのでは? と一刀も思っていた。思っていたがそれでも叫びたい。

 

「男、頑張れよ!?」

 

 往来のド真ん中、この世界がどんな進化形態を辿っているのか、一刀は心底不思議であった。しかし、こちらの住人にしてみれば、不思議なのは一刀の方。見慣れない格好の男が、突然の大声を上げれば、周囲は奇異の視線を向けるに決まっている。見ちゃいけませんと子供の手を引く母親の声まで聞こえていた。見事に危ない人認定される一刀、そこに突然がもうひとつ追加。路地から勢いよく人が飛び出した。それも老人が。

 

「邪魔じゃっ!」

「――!!」 

 

 声に反応して咄嗟に避けようと体を捻るも、一刀が動いた方向は老人と同じ。よって二人は正面衝突。短い悲鳴を残し、両者は弾け尻餅をつく。

 

「いつつ……だ、大丈夫ですか?」

「なぜ……ぶつかってくるんじゃ馬鹿者……」

 

 こっちの台詞だとムっとする一刀だが相手はご老人。ぐっと堪えて、立てますか? と手を差し伸べる。しかし老人は手を取るどころか、いかん! と素早く飛び起き、身を潜めるように建物の陰へ。はてといぶかしむ一刀だったが、ニ秒後答えを知る。

 

「ちょっおどきな――!」

「――のおお!?」

 

 路地から二匹目の突然が出現。人を掻き分け一直線に進むそれを真後ろから受け止め、不細工な悲鳴を上げながら受身もろくに取れず、顔面が地面を滑る。派手な吹っ飛ばされ方に周囲もしーんと静まり、一刀は強打したアゴを押さえジタバタ。右へ左へともがき転がる。涙目の男は思った。この町は路地から体当たりする風習でもあるのか! と。

 

「どういう、つもりですのっ!!」

「――ほげっ!」

 

 そこへ静寂を破り、見苦しいとばかりに一刀の背を踏みつける女性。絢爛を地で行くその姿は、上から下まで金だらけ。髪も金、鎧も金、剣も金だ。おまけに豊満なスタイルと見事な縦ロールヘアーもゴージャスに揺れる。そう、それは追突した張本人である。完全なる加害者がどういうわけか怒り心頭、被害者の背にカカトを突き刺していた。

 

「っとそれどころではありませんでした。下男答えなさい。こちらに走って来た下爺はどこへ?」

 

 理不尽は終わらない。踏むだけでは飽き足らず、ひらりとマントを翻し背中に飛び乗りこの台詞。公衆の面前で彼らは何をやっているのか。ここから見た人にはシュールすぎて意味がわからないだろう。それこそ見ちゃいけません状態である。野次馬たちは視線を外し離れていく。

 ところが、それは先ほどまでのような忌避ではなく、どこか同情が混じる。大変なのに絡まれたな、ご愁傷さまと哀れみが感じられる。と言うのも、彼女はこの界隈では誰もが知る有名人だったのだ。もちろん厄介者の意味で。よって人々は触らぬ神に祟りなしと距離をとり、人の輪は遠巻きになっていく。そこに周囲の感情とは逆さま、厄介者へと近づいてくる新たな人影が二つ。

 

「「麗羽さまぁ~」」

「あら、斗詩と猪々子じゃありませんの」

 

 それは理不尽の臣と思しき女性だ、お揃いだろう金の鎧を身に着けている。彼女たちは明らかに慌てている様子で、人の背中で優雅に振舞う主へと迫り、猪々子と呼ばれた鮮やかな水色の君は……失礼しま~すと一刀の後頭部を迷いなく踏みしめた。

 

「~~~!!」

「ありませんのじゃないですよ麗羽さま! そろそろ出発しないと不味いですって」

「出発なんて少しくらい遅らせばいいではありませんか。それよりも、あの下爺を締上げないとわたくしの気が!」

「いいから城に戻りますよっ!」

「こ、こら離しなさい!」

 

 まさかの理不尽特盛り。締上げられるのは現在進行形で、下爺ではなく一刀である。上での押し問答に、下では悶絶が継続中。巧みなバランス感覚で乗り続け、やんやと暴れる二人は、傍から見れば嫌がらせ以外の何者でもない。なんにしろそんな所で引っ張り合いをされる身、一刀としては堪ったものではない。体中を踏み荒らされて声にならない叫びを上げ続ける。だが、中々終わらない受難の時、徐々に反応も鈍くなり……。ようやく猪々子が麗羽を力任せに引きずる頃には、ぴくりともしない一刀が無残に転がっていた。薄れる意識で男は思う。俺が……何をした? と。そんな生きた屍に、おっとり構える斗詩と呼ばれた女性が、すっと膝を畳み一言。

 

「あのぉ麗羽さまがご迷惑おかけしました」

 

 前髪は眉毛の上で揃えられ、後ろ髪は首までと群青色のおかっぱ頭が屈んだままぺこり、可愛らしく一礼して足早に去っていく。男は軋む体で必死に腕を伸ばし、涙ながらに思った。ならなぜ止めてくれなかったと。伸ばした手がついにぱたりと倒れると、周囲からはよく頑張った! 泣くなあんちゃん! と不思議な歓声が湧き起こる。一刀は余計に悲しくなるだけだった――。

 

「ふぅ……なんとかなったの」

 

 痛む体を起こし土を払う一刀の前に、嵐が過ぎ去ったのを確認した老人が、物陰からひょいと姿を現す。事情は不明だが、まんまと災厄を肩代わりさせられた一刀の視線は冷たい。

 

「で……なんだったんですかあれ?」

「しらんわい。それよりおぬし……随分おかしな格好じゃの」

「……よく言われます」

 

 化学繊維が登場するのはまだまだ先の時代。ポリエステル製の制服はこれまでも多くの関心を集めた。おかげで高貴な身分と勘違いされることもあったり。老人も物珍しそうに一刀をしげしげと見ていた。そうして腰に挿す白銀の剣に目をやると、ふてぶてしい顔が一変、

 

「……!? そ、それは!」

 

 強い驚きを露にして、少し震えているようにさえ見えた。

 

「え? この剣がどうかしました?」

「……手にとって見せてもらえんかの?」

「はい。どうぞ?」

 

 受け取る手はやはり少し震えている。剣を手にした老人は、装飾のひとつひとつに指をなぞらせて、両面隈なくまじまじと見つめる。その目は念願の宝物を見るように熱い。ひとしきり観察すると熱視線は一刀へ向く。

 

「おぬし、名はなんと言う?」

「北郷一刀です」

「北郷……一刀……」

 

 含みのありそうな口ぶりで老人は剣を返した。

 

「あの、この剣をご存知なんですか?」

「以前に似たものを見たことがあってのう……それだけじゃ。ところでおぬしは南皮に住んでおるのか?」

「え? あ、いえ。実は……」

 

 老人の言い回しに多少引っかかりもあるが一刀は捨て置く。本人がそういう以上聞いても無駄だろうし、一刀自身も剣にそこまでの思い入れはない。一刀は旅の目的を話した。管輅という人物を探すために平原を目指していると。そこでまず南皮までの路銀を稼ぎ、準備をしようと思っていると。無謀な旅はさすがに懲りたようだ。

 話し終えると老人は、急にさっきのお礼がしたいと言い始める。ここまで大変だっただろうと労い、さあさあと、はやし立てる。そこに少しでも疑問を感じていれば……。能天気な一刀はお礼なんてと言いつつ、満更でもない顔でノコノコとついて行くのであった――。

 

 

***

 

 

 大通りを進み、路地を二回曲がった先、老人が案内したのは飯店。雰囲気があると言うか小汚いと言うか。どこにでもありそうな大衆食堂だった。それでも味は確かなのだろう。店内には客もそれなりにいて、店主がひとり忙しく切り盛りしている。四人掛けの席に座ると老人は次から次へと注文、卓上には所狭しと料理が並んだ。

 

「さあ、遠慮は無用じゃ。好きなだけ食べなされ」

「ま、まじっすかー!」

 

 ここ数日まともな食事をしていなかった一刀はこの時、感激のあまり老人の背に輝かしい後光を見た。ありがたやと拝み、さっそく我慢も限界だ。漂う香りに料理をチラ見するともう止まらない。ごくりと生唾を飲み、いただきますと料理にがっつく。一心不乱に頬張り、胃へ流し込む。それは至福の時だった。

 見たこともない料理もあるが問答無用に美味しい。熱かろうが辛かろうが手は休むことなく、あれよあれよと皿を空けて積み上げる。タダ飯ほど美味い物はないと言う。そこに空腹のスパイス入りと来たら、さぞ格別であろう。先ほどの理不尽など露と消え、人の情け万歳と腹が満たされる幸せに心から感謝する。それが……悲劇とも知らずに。今は幸運を噛み締めていた。

 

 しばらくすると老人は静かに椅子を引く。

 先に食欲を満たしたようだ。膨らむ腹を撫でつつ席を立つ。

 

「ワシは先に帰るが、おぬしはゆっくりと食べていかれるがよい」

「あ、そうですか。ご馳走さまです!」

 

 気にするでないと言った老人の笑みを彼は一生忘れないだろう。しかし今は疑いすらない。残る料理に舌鼓を打つ。そして遅れること十五分。全ての料理を平らげ、ご馳走さまでしたと店を出ようとしたその時――悲劇が待っていた。

 

「あ、お客さんお代お代!」

「えっ…………はい?」

 

 一刀はなぜか店主に呼び止められる。

 なぜか金を払えと言われる。

 何かの間違いだろうと一刀は答える。

 

「えっと、さっき先に帰った老人が払ってくれたと思うんですが?」

「あはは、冗談はよしてくださいな。その爺さんなら、お代はおたくが払うと――」

「あっのォクソじじぃいーー!!」

 

 一刀は嵌められる。災厄の次は、飲食代の肩代わりである。しかし、今更気づいたところで、いくら叫んでみたところでなんの足しにもならない。声は空しく響くだけ。理由はどうあれ、しっかりがっつり食べてしまったのだから言い逃れはできない。けれども繰り返しになるが、一刀にはビタ一文ありはしない。みるみるうちに汗が噴出し一刀の額を覆うが、今頃になって香辛料でも効いてきたのだろうか? 

 いいえ。ただの冷や汗でした。その様子に店主も状況を把握、無言で一刀の襟首を掴む。

 

「――ち、違うんです! これはそのっ!」

 

 逃げられないことも悟り、一刀は必死になって抗議するも店主に貸す耳はない。どうしてくれようかと目を血走らせ、店の奥へとズリズリ引きずっていく。待って、せめて話をと粘る一刀だったが……。

 

「あ、あの……え? 包丁はまずいんじゃ? いや包丁だ――ぎゃぁアアアア」

 

 響く悲鳴。何があったかは語るまでもないだろう。それにしても、不幸がよく似合う男である。

 魂の雄叫びからしばらく、店の厨房には洗い物を黙々とこなす傷だらけの男がいた。払う金がないなら食った分を働けとのことだ。

 

「あのじじい次見たら、殺す! 名前聞いとけばよかった」

「なーにブツクサ言ってやがる! 口動かす暇があったら手動かしやがれっ!!」

「はい! 喜んでえ!」

 

 仕事は皿洗いだけに留まらず、ありとあらゆる雑用を言い渡される。バイト経験ゼロの一刀は急がしさに目を回し、がむしゃらに指示をこなす内あっという間に日が暮れていた。

 閉店後一刀は店主にこのまま雇ってくださいと懇願する。さすがに無銭飲食犯から雇えと言われるのは店主も初めての経験なのだろう。少々対応に困る。それを見て一刀は事情を話す。

 

「……平原に人探しにねえ……よしわかった! これもなんかの縁だ。その代わり、厳しくいくからな!!」

 

 粋な店主の厚意で働き場をあっさりと得る。と、厚意はそれだけには留まらず、営業時間外は店での生活を許され、三食宿つきの願ったり叶ったりの展開に。やはり情に厚いこの世界の人々。一部例外もいるが。こうして一刀は季節が春から真夏に変わるまで、ここでお世話になる。

 

 住めば都――とは言い得て妙である。一刀も新生活にすぐに溶け込んでいく。仕事にも、この世界にもだ。実生活で繋がりを得たことは、一刀の心境を大きく変える要因となりえた。簡単に言おう。彼はこの世界を少しずつ好きになっていた。近隣の住民たちとのふれ合い。馴染みのお客との何気ない会話。店主のよく通る声。当たり前が消えた世界に当たり前が少しずつ増えていく。新たな日常がそこにはあった。

 また、繋がりは何も人間関係だけとは限らない。一刀は日々の暮らしを通して、乱世とは何か本当の意味を知る。戦で息子さんを亡くしていた店主、ここではこんな話ごろごろ転がっていた。平和な日本では考えられない現実が敢然と存在するのだ。少し前の一刀ならその事実に目を覆い、なんて世界だと嘆くだけだっただろう。だが、今は違う。もう知ってしまったから。不幸の中でも、現実と向き合う多くの人々を見てきた。皆、懸命に生きているんだと気づかされた。

 こちらの世界は元の世界よりもずっと人と人の繋がりが厚い。しかし、一方では平然と殺し合う。皮肉な話だ。生きるのに一生懸命だからこそ、日常に死が付き纏うからこそ、他者を強く思いやる。それは平和すぎて他者に興味のない世界と圧差であった。

 多くを学び、南皮で充実の時を過した一刀、平原へと向かう日がやって来る――。

 

「おやじさん、長い間お世話になりました。ありがとう」

「改まって挨拶なんかやめてくれ……それより、きーつけて行ってこいよ一刀」

 

 店主は過ごす時間の中で、いつしか一刀に亡き息子の面影を重ねていた。いや、今にして思えば、彼が快く一刀を受け入れた理由もそこかもしれない。我が子の旅立ちに、彼は少々感傷的になる。

 

「いってきます! 元気でね、おやじさん!」

「必ずまた来いよ!」

 

 涙ぐむ店主に一刀は手を振るだけ。また来いよの言葉に返事はできなかった。どうせ二度と会わないのだから適当に言い繕っておけばいいものを。だが、世話になった店主に嘘だけはつけないと口を(つぐ)む。感謝の中に後ろ髪を引かれるも一刀は粛々と南皮を後にした。

 平原までの道のりは、事前の準備のおかげで順調であった。一番の理由は南皮から平原に向かう行商人と同行しているからだ。 さらに、幸運なことにその行商人は管輅の家まで知っていた。なんでも何度か管輅邸に品物を届けたことがあるそうだ。道に食料も悩む必要もなく、話し相手までいる今回の旅は以前とは比較にならないほど難なく走破。行商人に礼をして別れた後、一刀は街外れにある管輅邸の前にいた。

 

「ごめんくださーい。管輅さんいらっしゃいますか~?」

 

 インターホン代わりの大声。室内には十分届いているはずだが反応はなし。人の気配もしない、どうやら留守のようだ。こればっかりは仕方がない。出直すためにも、とりあえず宿を探そうと一刀は踵を返す。すると、そこには――、

 

「おお。やっと来よったか」

 

 老人が立っていた。聞き覚えのある声、見覚えのある白いヒゲ。忘れようはずがない。その老人は紛れもなく食い逃げをかましてくれたあのクソじじい。

 

「せ――積年の恨み今晴らすべしッ!!」

 

 敵と見るや否や、一刀は腰の剣を鞘ごと抜き、容赦なしに殴りかかる。老人相手にそこまでするかと普通は非難したくなるところ。が、なんと老人は怯むどころか、振り下ろされる腕を掴み、一刀を宙へ投げ捨てた。とてもご老体の体捌きと思えない、驚くほどの早業でだ。

 

「――っだふ!?」

「やれやれ、情けないのぉ少し落ちつかんか、馬鹿者が」

 

 結果、仕掛けたはずの一刀が地を這う。老人の声がなぜ上から聞こえてくるのか、なぜ自分は地面に倒れているのかと目をぱちくりさせる。己の身に何が起きたかもわからず、理解できるのは打ちつけた腰が痛いということだけ。完全にパニックだ。

 

「いつまでそんな所に寝ておるんじゃ? 家に入るぞ一刀よ」

 

 かっかと笑い管輅の家に入っていく老人。その後ろ姿に三ヶ月の時を経た今、ようやく理解する。

 

「あのクソじじいが……管輅だったのかよ……!」

 

 とうの昔に達成されていたはずの事実を知り、思い返すは理不尽の数々。一刀のこめかには、怒りの青筋が稲妻のようにビキビキと走る。やってやんよ! と暗黒面に落ちそうな感情を抱え、一刀は管輅の後に続くのであった。




第4話読んでいただきありがとうございました。
サイトが沈静化して安心してます……。

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