真・恋姫†無双 妄想伝   作:コイル

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第7話  覚悟、責任

「とりあえずは、これでええ。命に別状はないはずじゃ。そのうち目も覚ますじゃろう」

「……よかった」

 

 二人の視線の先には、いたる所、出血や打撲の跡に磨り潰した薬草を塗られ寝台に横たわる男。一刀だ。

 ここは管輅邸の一室である。

 窮地に駆けつけた管輅は椿を襲う男の腕を捻り上げ、昏倒する一刀共々救い出し、運び入れ、手当てを施したところだ。

 幸いにも、傷は見た目ほど深刻ではなく、どれも自然治癒の範疇。

 むしろ、管輅が気懸かりなのは、

 

「それより、おぬしは大丈夫か?」

 

 椿が負った心の傷だ。

 

「ご心配には及びません。私は、平気です」

 

 そう気丈に振舞っていても、顔は青ざめ、体は未だ小刻みに震えている。

 当然だろう。もう少しで男たちの慰み者になっていたかもしれないのだから。

 それにもかかわらず、椿は一心に一刀を見つめ、きつく握るその胸で何を思うか。

 向けられる悲痛な眼差しに、管輅もそれ以上話しかけることは出来なかった。

 二人は口を閉ざす。

 冷えた沈黙。寝息の音だけが時を刻む。

 ――すべては、ワシの業か……。

 一刀の意識が戻るのは、日も陰り始める頃だった。

 

 

***

 

 

「ぅうっ…………っ、…………?」

 

 焦点が上手く定まらない。

 片目は開きもしない。

 片側の視界にも濃い霧がかかっていて光を巧く識別できず、じわりじわりと色を帯びていく。

 ややあって、最初に認識できたのは見慣れた木目の天井。

 そこで一刀は己が横になっていると理解する。

 

「――北郷さま!」

「目が覚めたようじゃの」

 

 次に輪郭を(かたど)るのは、横並びで、なぜか心配そうに見下ろす二つの顔。

 

「……椿さん? それにじいさんも……? ――っ、ぅうう」

 

 最後は体に刻まれた痛みだ。

 起きてはダメです、と手を差し伸べる椿に、一刀は状況がいまいち飲み込めず、

 ――なん、だよ……これ……?

 己はなぜ寝ているのか。なぜ二人がいるのか。なぜこんなにも、あちこち痛むのか。

 覚醒間もなく、まどろむ思考は何も思い出せない。

 が、それは唐突に甦る。

 間近で、今にも泣き出しそうな椿と目が合ったのを引き金に、記憶の霧はたちまち晴れ、一気に脳裏へと流れ込んだ。

 絶望とも言うべきあの光景が――。

 

「あっ……あ、ぁぁ……お、俺は……、……俺はっ!」

 

 結末を知らぬ男は取り乱すしかなく。

 椿の肩を力強く掴み、震える声は言葉となって喉を通らず、脅え切っていた。

 慌てて間に入る管輅。なんとか後の経緯を言い聞かせ、最悪は免れたと知った男の全身は、途端に弛緩する。

 そして、ポツリ、

 

「そっか、じいさんが……。よかった……本当に、よかった」

 

 漏れたその一言、今度は管輅の肩が震えていた。

 

「よかった、じゃと? この――、馬鹿者めがっ!!」

 

 迸る激情。

 管輅は一先ず、二人きりで話がしたいと椿を退出させ、その間も突き刺すような眼光は睨みつけたまま。

 捨て置けない。怪我人だろうが構わずだ。

 椿の気配が遠ざかるのを確認すると、再び堰を切った。

 

「何がよかったのじゃ? ワシが間に合わなければ椿はどうなっておった? 首を突っ込むなと忠告したはずじゃぞ!!」

 

 怒り任せの第一声は空間ごと飲み込む。

 たじろぎ、しどろもどろの一刀にまだだ。続く。

 

「あのままじゃ可哀そうじゃからと同情でもしたか? それとも、自分がなんとかしてやるとでも思い上がったか! ワシは前に言うたはずじゃ。おぬしには力も覚悟も足らんと!」

 

 言われるまでもない。

 一刀とて、力不足はわかっていた。承知の上で、だ。

 それでも、少しでもいいから彼女の力になりたかった。ひとりにはしておけなかった。せめて傍にいてあげたかった。

 だが――。

 

「結果はどうじゃ? 椿は余計に傷ついただけではないのか!」

「…………」

 

 言葉もない。

 傷ついただけ、まさにその通りだった。

 言い訳など許されない。一刀が何を思い、どうしたかったなど関係ない。

 不用意に突っ走った挙句、彼女を辛い目に遭わせた。これが現実かつ全て。

 ただ、やはり一刀はどこかで、傍観を決め込むのが正しいとは、放置が最善だったとは認めたくなくて。

 

「俺は……ただ、椿さんを放っておけなくて」

「――甘えるでないッ!!」

「――――」

 

 遮ったのは耳鳴りがするほどの強烈な怒声。辺りを震わせ、一刀の体も驚き跳ねる。

 まるで、真っ二つに裂かれたかのような空間で、張り詰めた緊張感が糸引く硬直の余韻。

 十分な間を取ると、管輅は前かがみの姿勢と声色を正し、続けた。

 

「確かに、他者を思いやる心は尊い。おぬしの意見はまったく正論。じゃが、何が出来る? 何が出来た? 誰かを救うとは、何の覚悟も責任も持てぬ者が行うことではないと知れ」

「覚悟……、責任?」

「そうじゃ。何があっても救ってみせるという覚悟と、救えなんだ時の責任じゃ」

 

 その言葉に一刀は釈然としない。どうも共感できない。考えたこともなかった。

 ――だって、人助けに資格なんて必要ないだろ? 助けたいと思ったら救うものじゃないのか? なんだよ、覚悟と責任って……。

 納得いかぬ感情は表情にありあり。思いだけでは不足なのか? と。

 そんなしかめっ面に管輅はならば逆に、と問いかけた。

 

「おぬし、なぜ生きておる? なぜ椿が現れた時に自害せんかった?」

「なっ、なんだよそれ? 自害って、そんな……」

 

 思いがけない句に戸惑いは隠せず。よりにもよって自害とは。

 しかし、管輅はなおも憚る事無く、何がおかしい? と言い捨てて、

 

「あの時、おぬしはもう逃げることもできん状況だったのじゃろ? ならば、おぬしが死ねば椿は逃げられたかもしれんではないか」

「…………」

 

 絶句。

 言われて見れば、理屈はごくごく簡単だ。

 椿は一刀を庇い男に捕まった。なら一刀がいなくなってしまえば庇う必要もなく、襲われることもなかったと言っているのだ。

 が、あまりに強引な論調。額面通りの意味でないのもまた明白。

 管輅は何を問い、何を言わせたいのか? そこに一体どんな意味があるというのか?

 急所は見えず。されど、とりあえず言えることは、

 

「そんなことしたって、椿さんは喜ばない。自分のせいだと悲しむだけだ」

 

 それでは椿を救えないということだ。

 第一、一刀が死んだところで椿が逃げられる保証はどこにもない。

 犬死の果てに、椿は嬲り者にされるという最悪の筋書きだって存在し得る。

 それこそ目も当てられない結末だ。悲劇の上塗りにすぎない。

 管輅もそれには否定せず、そうじゃな、と頷く。も、

 

「ならば質問を変えるとしよう。おぬし、どうして腰の剣を手にして相手を殺そうとしなかったんじゃ?」

 

 続く問いはさらなる不可解。

 ――人を……殺す? 俺が?

 殺人。

 一刀にそんな真似できるわけがない。微かでも過ぎりもしない。

 たとえ誰かを救うためだとしても、安易に人を殺してなるものか。

 そう考えるのが北郷一刀なのだから。

 もとより、殺を是とする人間なら、一発殴られた時点で早々に剣を構えていたことだろう。

 やはり見えない問いの意図。一刀は困惑しながらも、暴論だと否定する。

 そして、管輅はまたも頷き、

 

「然り。じゃから、ワシはそれだけの気構えを持っておったのかと聞いておるんじゃ」

 

 死んでも守る覚悟、殺してでも助ける責任、そこまでの思いがあったのか、と。

 あの時、体を突き動かした感情は本当に椿を思ってのものだったのか? と。

 突きつけられた核心に一刀は、

 ――違った、のか……? 俺は……。

 気がついてしまう。首を振る。暴かれた真意に。

 それは椿を放っておく()()気に食わないだけ、あくまで内側に向けられた感情。

 つまりは、ただの自己満足、欺瞞だった――と。

 

「じゃから甘いと言ったんじゃ。おぬしの思いは」

 

 ゆえに、一握りの覚悟も、責任も持てなかった。

 

「中途半端な思いで首を突っ込み、何が待っておった?」

 

 ゆえに、徒に椿を傷つけた。

 

「おぬしに何が出来る? ワシはそう諌めたはずじゃ」

 

 ゆえに、無力さに、無能さに涙を流すだけだった――。

 

「……もう一度よく考えてみるがよい」

 

 管輅はそれを最後に部屋を出る。

 一刀は口を堅く結び、俯く。あるのは後悔の大きな二文字だった。

 ひとり残され、震える拳を壁に叩きつけていた。

 己の馬鹿さ加減にとことん嫌気がさす。

 何もかもが足らない? そんなこと、この世界に来た時に嫌というほど痛感したはずだったのに。

 彼女を助けたいなどと大層なヒロイズムに浸り、むしろ傷つけ、助けられる始末。

 ――ほっとけなかった? ……くそ! 大馬鹿野郎だよ、俺はッ!!

 自責が染み渡る部屋はどこまでも静まり、痛々しいほどの沈黙は一刀の心境を色濃く映す。

 そこには後悔を打つ不快な音だけが何度も、何度も、冷ややかに鳴り響いていた。

 

 

***

 

 

 茜色の空に蝉しぐれがよく似合う。どこか物寂しい。黄昏時とは言いえて妙である。

 人はなぜ夕暮れに哀愁を感じるのか。

 友との別れを寂しく思うからだろうか? それとも、楽しかった一日を惜しむ気持ちからだろうか。

 どちらにせよ、それは幼き日の追憶から来るもの。 

 ならば、その記憶が存在しない彼女にとってこの空はどう映るのか?

 おそらく、答えは同じ。だから彼女は今、その部屋の前に立っているのだろう。

 ただでさえ憂いがちなこの時に、彼をひとりにはしておけない、と。

 

「失礼します。お体の様子はどうですか?」

 

 声の後、木戸が僅かに開くと、か細い指が覗き、音もなく引かれる。

 普段となんら変わりのない、美しい所作。石畳の上を慎ましい足音が奏でる。

 一刀は罪悪感から直視することができなかった。

 愚かな己を気にかけてくれる心優しい彼女に申し訳が立たない。

 今は精々、

 

「……っ、俺……。ごめんなさい」

 

 謝罪、それだけだ。

 椿はやめてください、と首を横に振るが、一刀に他の言葉は持ち得ない。

 とはいえ、それでは困る。

 彼女は懺悔を聞きにきたのではない。伝えたい思いがある。うな垂れる一刀を見て、より強く。

 寝台まで歩み寄ると、そっと語りかけた。

 

「伝言、伺いました。私のためにいらしてくださったんですよね?」

 

 問いかけに俯きはより深く。

 ――違うんだ、俺は……!

 ただただ、おこがましい。浅はかさをどう償えばいいのかわからなくて。

 合わせる顔がないとはこのことだ。

 なのに、一刀はすぐに顔をあげることになった。

 

「嬉しかった」

 

 耳を疑う。

 

「私のような者を気遣い、心配してくださる北郷さまに感謝しています」

 

 有難う御座いました、と頭を下げる椿に目を疑う。

 非難こそあれ、まさか礼を言われるとは。

 

「ちょ、ちょっと! 感謝って俺は君を――」

 

 一刀は動揺のまま止めにかかるが、

 

「いいえ。私は救われました。北郷さまのお優しさに」

 

 待っていたのはいつものアレ。ここぞと言う時、有無を言わさぬ慈愛の微笑。

 これは明らかな詭弁、あろうことか彼女に励まされている。そうわかっていても、二の句が継げない。

 何より、芯の芯をぶん殴られた心地だった。誹謗中傷を浴びる方がどれだけマシだったか。

 こんな悲しげな笑顔を向けられて――。 

 

「管輅さまにもう関わるなと言われ、正直、どうしていいかわからなくなりました。頭は真っ白で仕事も手につかず、途方に暮れていました。そんな時、北郷さまがいらしてくださっと聞き、どれだけ心が軽くなったことか」

 

 椿は薄っすら血の滲む握りこぶしの上に、そっと労わるように手を重ねる。

 そして、これが伝えたい想い。

 

「どうかご自分をお責めにならないでください。私は本当に感謝しているんです」

「椿さん……」

 

 柔らかな温もりに伝わる暖かな感情。一刀はもっとも大切なことに気づかされる。

 ――情けない。ホント、どうしもねえよ……!

 凹んでる場合じゃないだろ。違うんだ、と。

 ――本当に辛いのは誰だよ? 心配をかけてどうすんだよ! 逆だろう? 椿さんの気を少しでも紛らわせるのが、せめてもの役割じゃないのかよ!!

 後ろ向きの志向に終止符を打ち、一刀は重ねられた手を両手で包み返す。

 暗く沈んでいた表情を無理やり笑顔に変える。

 言葉は何でもいい。口走る。ともかく、

 

「どう、いたしまして!」

 

 大丈夫だと伝えよう。少しでも椿を安心させてあげたいから。

 謝罪も、償いも、後悔も、そんなもの残さず後回しだ。愚かでも、間抜けでも、浅はかでもいい。今、出来ることを――。

 すると、くすり、声がこぼれ、

 

「ふふ、なら、無茶はこれっきりですよ?」

「善処します!」

 

 答えに椿は口を尖らせながらも、やはり笑っていた。

 それは引きつる一刀の顔がおかしかったわけでも、誤魔化すためでもない。

 二人は笑う。

 ただ、互いが互いに伝わる感情に従って。

 少々大げさで盛大だが、『笑顔でいて欲しい』その願いを叶えるために。

 部屋を覆う空気が変わった。

 射し込む茜色は哀愁ではなく、安らぎで場を淡く彩る。

 日に一度しか訪れない絶景の中、二人の距離は――近づき過ぎた!

 はっ、と何かに気づいた椿。

 見る見るうちに、頬を色差す茜は朱に塗り替わり、

 

「あ、ああ、あのっ、その北郷さま! そ、そろそろお手を……」

「へ? 手って……、あ」

 

 すっかりお留守だった手元に意識を戻せば、勢いで繋いだ手が、がっちりねっちり。それはそれは熱っぽく握りっぱなしだ。

 一刀は急いでごめん! と離し、万歳。

 その反動で体は悲鳴をあげ、本人も締められた鶏のような、なんとも不細工な悲鳴を披露する。

 

「北郷さま!?」

「ア、アハハハ。平気平気。それより、お願いがあるんだ」

 

 おかげで、思い出したことがもうひとつ。

 疑問の眼差しに一刀は苦痛から顔を戻し、戸の向こう側を見つめていた。

 

 

***

 

 

「ここでいいよ。ありがとう、椿さん」

 

 肩を借りた礼を告げ、一刀は格子戸の前に立つとひと呼吸。

 よし、と囁き、中の主へ語りかける。

 

「ちょっといいかな、じいさん」

「……何のようじゃ?」

 

 問い返しに一刀は構わず戸を開く。

 

「話があるんだ、どうしても今」

「話じゃと? ……ふん」

 

 そのまま壁伝いで奥へと進み、台座の管輅に対面、石畳の上に膝を折る。

 最初に了解を求めたのは、あくまで儀礼。

 何を言われようとも、こうする腹積もりでいた。

 それから、伝えるべきはまず、

 

「助けてくれてありがとう」

 

 最大級の感謝だ。手をつき、額を擦る。

 もし管輅がいなかったら――想像するだけで胸の奥が堪らなく締め付けられる。

 そんな未来は絶対に受け入れられない。いくら感謝しても足りないくらいだ。

 が、管輅はその姿に一瞥をくれるだけ。前置きはいいと素っ気無く返す。

 戻る視線。

 蔑ろにするつもりはないが、確かに先はある。

 背筋を伸ばす。口をつく言葉は、

 

「……じいさんは、俺には力も覚悟も足りないって言った。ああ、その通りだよ。俺には何もかも足りなかった。でも、それでもやっぱり、椿さんを放っておくのは間違いだと思う」

 

 もう一度考えた結論だ。

 今更、偽善を否定する気はない。認めた上で、偽善でも何でも彼女を黙って見過ごすよりは上等だ、と思い至る。

 一見、開き直りにも取れるがそうではない。

 一刀は自覚している。

 己にはその偽善すら行使する資格がなかったことを。

 してあげらることは何もなかったんだと。

 だからこそ、だった。

 

「俺はそれを証明できるだけの力が欲しい。お願いだ! 俺に剣を教えてくれ――じゃなくて、ください!」

 

 なら、その資格を手に入れようじゃないか。覚悟を、責任を果たせるだけの力を。

 頭を下げる。床に擦る。これが一刀の導き出した決意だ。

 対して管輅は、すぐには口を開かず、じっくりと見定め、改めて問う。

 

「おぬしは武を得て、何を為す?」

「俺は、ただ守りたい。救いたい人を、大切な人をこの手で。無力さに嘆くのも、誰かの助けに頼るのも、もうたくさんだから」

 

 平伏の即答。ならば、もうひとつ。

 

「それを脅かす者があれば得た力によって打ち倒し、時には殺すことも辞さぬと?」

「殺さない。俺は誰も殺さないし傷つけたくない」

 

 甘ったれの即答。管輅は思わず声を荒げた。

 

「なっ、まだそんな甘いことを! それでは誰も――」

 

 ほとほと呆れる。

 それでは駄目だと説いたはず。理解できないわけでもないだろうに。だから力が欲しいと言い出したんだろう、と。

 なのに、この大馬鹿者ときたら、

 

「――守るんだッ! 甘いのはわかってる。けど、それが俺の覚悟だ」

 

 真っ直ぐな瞳で、誰も傷つけず、誰も殺さず、それでも守ると吼えてみせる。

 人はそれを夢想と笑い、世迷言と蔑むだろう。理想と呼ぶにもあまりに甘い。

 だが、一刀の覚悟は今、拙くとも確かな光を帯び――痛快だった。

 

「かっかっか! それがおぬしの覚悟か!」

「わ――、笑うことないだろ! これでも俺は真剣に!」

 

 すまん、すまん、と遮る管輅は馬鹿にしたかったわけではない。

 単に、その輝きに綻んだだけのこと。

 言っていることは限りなく馬鹿げているのに、魅せられた。思う。

 

「少しはよい眼になったかの。今の、覚悟を宿したおぬしなら、(もののふ)と呼べよう」

「も、士……?」

 

 然り。そして、士の抱く心こそ、

 

「おぬしの志、しかと聞かせてもろうた。ええじゃろう一刀よ。力を、武を授けてやるわい」

 

 それは他者を慮る仁の徳。

 儒教の根幹に位置する概念ながら、こと乱世に於いては至難にして至極。

 仁のひとつとして、子が親を思う――孝や、臣下が主君に尽くす――忠などがあるが、それらですら真に体現し得る者は多くない。

 だというのに、怪我も忘れてやった、とはしゃぎ、悶絶する馬鹿者は敵にまで仁を注ごうと言う。

 なんて愚かしく、なんて純真無垢な光だろうか。

 眩い大志に照らされ、管輅の心は密かに打ち震えていた。

 しかし、惜しむらくは薄い。今はまだ大言壮語。

 生まれたばかりの白光は所詮、瞬時の閃光でしかなく、また色を持たぬがゆえに、いかようにも染まり得る。

 ならば、

 

「修練は厳しいぞ? 動けるようになるまでに、しかと覚悟しておけ」

「――え゛?」

 

 これからだ。

 夕日と沈むか、朝日と昇るかはここからだ。

 管輅はおどける一刀を他所に、齢七十を過ぎて、未踏の雪原に胸の高鳴りを聞く。

 要するに、扱く気満々だ。

 嘘から始まった師弟関係は、今、ここで真となりて――。




7話いかがでしたか? 読んで頂きありがとうございます。

私の覚悟もここでひとつ。
何があってもこの物語を完結させる!

感想、ご意見お待ちしてしてます。
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