絶死ちゃんは冒険者になりたい   作:なら小鹿

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第1話 絶死ちゃん、冒険者になる

 

(……ここが)

 

 アンティリーネ・ヘラン・フーシェは兜を取った。もっとよく見てみたい。そんな見た目相応の気持ちからの行動だった。

 

 今身に付けているのはいつもの風神の鎧ではない。瀟洒な紫の全身鎧(フルプレート)だ。左胸には花の紋章が刻印され、ついつい指でなぞってしまう。

 我ながら浮かれている。法国では聖殿にこもりっきりで、神器を守護する日々にも退屈していた。とはいえ、外に出ただけでこれほどとは。自分でも笑ってしまう。

 

 顔を上げると、周囲の視線が集まっていた。

 しかし、それは左右で漆黒と白銀に分かれた珍しい髪にではなく、この紫の全身鎧にだろう。本来の持ち主の知名度が窺える。

 

(似合ってる? なんて聞けるはずないわね)

 

 今日になって初めて着たことがバレてしまう。いつもの仮面の笑みとは違い、これは素直な気持ちだ。

 

 ラウンジは意外に質素だった。木の梁と石を組んでできた内装。聖殿ではまず見ない光景に、思わず目を奪われてしまう。

 漆黒聖典では最強の番外席次と呼ばれているのに、これでは都市に初めて来た村娘と大差ない。

 

(受付は……あそこね)

 

 探していた所はラウンジの奥にあった。視線を一身に受けながら、アンティリーネは歩みを進める。途中、何枚もの紙が貼られたボードの前に立ち寄って、依頼書を取る。すると、難易度を見て諦めていた面々からどよめきが湧き起こった。

 さすがに大袈裟すぎる、と思いながらも無視して依頼書を受付に置く。

 

「この依頼を受けたいのだけど。ああ、名前も言った方がよかったかしら」

 

 アンティリーネは鎧の襟からチェーンで結ばれた金属のプレートを引っ張り出す。

 

「ミスリル級冒険者チーム『紫紺(しこん)の花』よ」

 

 

 

 城塞都市エ・ランテル。リ・エスティーゼ王国の冒険者ギルドに、アンティリーネはいた。

 

 

 

  ●

 

 

 

 時は数日前にさかのぼる。

 扉をノックする音で、アンティリーネは目覚めた。いい夢の途中だったので少し機嫌が悪い。どうせなら、いつも見る悪夢の時に起こしてほしいものだ。

 

「今起きたわ。……少し待ってくれる」

 

 ベッドの外は肌寒かった。姿鏡に映った自分の格好を見て、道理でと納得する。手近にあった上着を羽織り、乱れた髪を直す。

 身支度を完璧に整えるまで待たせる気はないが、髪だけは別だ。こうしないと耳が見えてしまう。髪留めは……あとにしよう。

 

「待たせてごめんなさいね」

 

 隣の部屋にはくたびれた魔女帽子を被った、下着姿(ネグリジェ)の女がいた。

 初めて顔を会わせた時は誰かが連れてきた娼婦かと思った。だらしない格好をしているが、漆黒聖典・第十一席次——無限魔力の二つ名を持つ女だ。

 

「あなたが来たということは任務?」

「えへへ、さすがは絶死様です。お休みの邪魔をしてまでお伝えすることではありませんでした。許してくださると、その、嬉しいのですが」

 

 あくびを噛み殺しただけなのに、女はへこへこと頭を下げる。

 アンティリーネが模擬戦を受けもった同僚は例外なくこうなる。しかし彼女は別格だった。どこで覚えたのか、今日は揉み手までしている。

 

「別に怒ってないわよ。それで、任務の内容は」

 

 ここで溜め息でも吐こうものなら、また許しを乞われて話が面倒な方へ転がっていく。だからアンティリーネはさっさと本題に入った。

 神官長から書類は上がってきている。しかし、目を通したことは一度もない。読むより知っている人間に聞いたほうが早いし、ちょうど目の前に適任者がいる。

 

「実はですね、是非とも絶死様のお力をお借りしたく——」

「おべっかはいいから」

「は、はぃ」

 

 揉み手をしながら無限魔力が神官長からの命令を伝えた。

 

 

 

  ●

 

 

 

「——他に手立てはない、ということですか」

 

 声を発したのは火の神官長ベレニスであった。目にはやや非難がましい色が浮かんでいる。

 

「はい、早急を要します。占星千里が浮遊都市へ向かう一団を発見したました。装備は冒険者に準ずるそれでしたが、首にプレートは見られませんでした」

 

 土の神官長レイモンの言を受けて、他の神官長五名は押し黙る。皆、考えることは同じであった。

 

「……素性は分かっているのですか」

「調べは付いています」

 

 答えたのは風の神官長——風花聖典を指揮するドミニクだ。各自に諜報内容を記した紙が回される。

 

「フォーサイト……?」

「帝国のワーカーチームですよ」

「依頼主は帝国の辺境貴族となっていますが、形だけの依頼主であるのは明白。問題は都市の探索にあたり、その貴族が貸し与えた物品です」

 

 諜報内容を読み進めた神官長たちの反応は様々だったが、誰一人としていい顔をした者はいない。

 

「ゴルディアスの鍵を持っているのか」

「それも大鍵(だいけん)とは……」

 

 三人の神官長に、レイモンが頷きを返す。

 ゴルディアスの鍵は施錠、特に魔法の錠を破るマジックアイテムとして知られる。小鍵、中鍵とあり、上位の大鍵は魔法結界すら破る力を有す。

 間違っても辺境貴族ごときが手に入れられる品ではない。フールーダか、はたまた鮮血帝が支援したとみて間違いないだろう。しかし問題はそこではない。

 

「ワーカーとはいえ、件のマジックアイテムがあれば、かの浮遊都市へのも侵入可能と判断しました。既に無限魔力には確認をとっています」

 

 無限魔力は法国屈指の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であり、マジックアイテムへの造詣も深い。そんな彼女からの返答は「……大鍵なら余裕よ」だった。

 

 浮遊都市には今は亡き八欲王の遺物が手付かずの状態である。六大神を信仰する法国が率先して手を付けては国内外で不和を招くのは確実。

 とはいえ、他国が八欲王の力を手に入れるのを、ただ指をくわえて見ているわけにはいかない。

 

「他の漆黒聖典は」

「第一席次を含め、現在は破滅(カタストロフ・)の竜王(ドラゴンロード)の復活阻止に動いています」

 

 傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)を持ち出しての作戦だ。主要な人員はそちらに割かれている。残った者の中にも適任者はいない、と闇の神官長は締めくくった。

 

 他の六色聖典も今は動かせない。火滅聖典はエルフ国との戦線に投入され、陽光聖典にいたっては王国での作戦中に壊滅的な打撃を受けた。となると頼れる者は限られてくる。

 しばらく待ったが、代替案を出せる者は誰もいなかった。

 

「では、この件は番外席次に任せる、ということでよろしいですな」

「それしかありませんな」

 

 レイモンの問いかけに神官長たちは順々に頷いた。

 

 

 

  ●

 

 

 

「——それで、神官長はワーカーより先に私を浮遊都市に行かせて、何をさせたいの?」

「絶死様には、八欲王の遺したマジックアイテムを回収していただきたいのです」

 

 八欲王、とアンティリーネは記憶をさかのぼる。以前、漆黒聖典の隊長——数少ないまともに話してくれる相手——との間で話題に挙がった。確か名前は。

 

「…… 無銘なる呪文書(ネームレス・スぺルブック)、だったかしら」

「は、はい、それです。さすがは絶死様」

 

 ただ名前を覚えていただけなのに、無限魔力はこれでもかと媚びてくる。

 

 アンティリーネ自身、あまり魔法に興味はない。戦闘に備え、相手の行使しそうな魔法をいくつか頭に入れているくらいだ。

 しかし、法国はその呪文書を危険視している。もっといえば欲しがっている。大罪人である八欲王の遺物であるにも関わらずに。

 

(あらゆる魔法が記された呪文書。確かに、帝国のフールーダに対抗するなら持っていて損はないわね)

 

 周辺国に奪われるのは避けたいだろうし、特に帝国には渡したくないはず。

 任務の重要性は理解している。それでも思ってしまう。

 

(……退屈な任務。他に任せられる人間はいなかったの)

 

 テーブルには一面だけ揃えたルビクキューがある。今日こそは二面を揃えようと思っていたのに。

 隊長はアンティリーネの見ている前で、さも簡単そうに二面を完成させてみせた。曰くコツさえつかめば簡単らしいが、自分はまだそのコツをつかめていない。

 心の底に湧いた感情を隠すように、アンティリーネは笑みを深くする。

 すると、無限魔力が獅子に狙われた兎のように縮こまった。ここまで怯えられると、さすがに悲しい。

 

「ねぇ、ひとついい?」

「は、はひぃ!」

 

 肩を跳ね上がらせるほど、今の自分は怖い顔をしているのか。

 

「冒険者っていうのは、どんなものなの?」

「……冒険者ではなくワーカー……あ、いえ、なんでもありません。冒険者といっても所詮はモンスター退治を請け負う傭兵です。絶死様の足下にも及びません」

 

 そういうことを聞きたいのではない。

 アンティリーネは冒険者を見たことがなかった。

 法国には冒険者組合がいない。だから噂でしかその存在を知らなかった。

 数人でチームを組んでいる。様々な職業を修めた者がいる。協力して依頼にあたる。

 隊長は知っているらしく、いくつか特徴をあげつらった。

 

『似てるのね、漆黒聖典(わたしたち)と』

『そうもとれますね。しかし部隊とチームは別ですよ』

 

 どう違うのか聞いたが、はぐらかされてしまった。すると隊長は『気になるのでしたら——』とある提案をしてきた。冗談にもならない馬鹿な思い付き。あの時はそういって一蹴した気がする。

 だというのに、今になって興味が湧いてきた。

 

「今回の任務、私の自由裁量でいいの?」

「ええ、はい、もちろんです。絶死様のお望みのように」

 

 であればいつも通りということだ。言質をとる気はないが、後腐れをなくすにはちょうどいい。

 

 それなら、とアンティリーネは右手を胸に添える。

 

 

 

「——私が冒険者になってもいいのよね」

 

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
本格的に二次創作するのは初めてなので、及ばぬ点とかもあるかもしれませんが、生温かい目で見守ってもらえると励みになります。
書き溜めが少しあるので、手直ししつつ第二話は11/26(土)に投稿予定です。
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