「——あなたは敵? それとも味方?」
アンティリーネの問いかけに、金髪の少女は唖然とするばかりで答えない。開いた口が塞がらない、といった様子だ。
(決めゼリフ、いまいちだったかしら?)
英雄級の冒険者は決めゼリフをもつと聞く。
例えば、王都に潜入していた風花聖典によると『漆黒』のモモンはあのヤルダバオトの前に颯爽と現れて『それで……私の敵はどちらだ』と一言を決めたという。
『蒼の薔薇』のイビルアイから得た情報だ。信憑性はある。
冒険者になった手前、先達に倣うのは真っ当であり無難な選択だ。だから鎧の採寸をされながら、なんと言おうか考えていたのに。
「はぁ……飲みなさい」
見れば少女は負傷しているのか脇腹を庇っていた。
切断した倒した歩兵型ゴーレムの腕を跨ぎごえ、治癒のポーションを差し出す。流石にこれは間違ってはいないだろう。
少女は躊躇っているようだったが、ズキリと音が聞こえそうなほど顔を歪めると、大人しくポーションに口を付けた。
「た、助かった、感謝する」
「別にいいわよ。それで、あなた名前は」
口を開いて少女は言い淀む。傷はもう治っているはずだ。
「アルシェ・イーブ・リイル・フルト。違う?」
「……どうして、私の名前を知っている」
「依頼書にあったから。砂漠へ出て戻らない娘を捜して連れ戻してほしい。あなたの両親からの依頼よ」
そこまで話すと金髪の少女——アルシェは顔を伏せた。ちらりと見えた表情は暗く沈んだものだった。
(そこまで落ち込むこと?)
両親との関係はそれぞれだ。とはいえ偽の情報でも、こんな顔をされると嫌な想像をかき立てられる。
両親からの依頼というのは嘘だ。アルシェの父母は帝国民。王国の冒険者組合に依頼するものおかしな話だが、あの表情を見るに自分の中で辻褄を合わせてしまったのだろう。今のところ、こちらから種明かしする理由もない。
法国がアンティリーネの為に手を回した依頼は浮遊都市の探索だ。
もっとも本国からはワーカーの捕縛、それから八欲王のマジックアイテムの回収も命じられているが。
「他のチームメンバーは? どこにいるの」
「仲間を、どうするつもりだ」
「どうもしない。あなたが大人しく従ってくれたら、だけど」
足裏に重々しい響きが伝わってきた。金属鎧のぶつかる音の代わりに石と石のすれる音がする。
振り向くと、大理石でできた鎧のゴーレムが二体。今しがた倒したものと同種だが、手にしている武器はどちらも柄だけで二メートルはある巨大な
「同時に二体、まずい……」
「そうね。私が一体目を片付けている間に死なないでね」
「え——」
アルシェをその場に残し、アンティリーネは駆け出した。ウォーサイスを握る手に力を入れる。ただし、いつのものカロンの導きではない。
デレパノ・クラック
唯一回収できた本物の『紫紺の花』が持っていた装備だ。
〈認識置換〉がはたらくのは肉体的なところのみで、身に付けた装備などには効果がない。そこは仕方がないとアンティリーネ自身は割り切っている。
一方で神官長たちは神器をまとったアンティリーネが八欲王の罠——それこそ傾城傾国に並ぶ精神支配——にかかることを恐れていた。だから神器の装備を許可しなかったのだ。
(二体とも余裕ね。それもそうか)
敵はゴーレムだ。考える機能はあっても動じる心はない。あるいはミスリル程度の冒険者は脅威でないと判断したのか。
石のすれる音がして一体目がハルバードを振り下ろしてくる。身を傾けて斧を回避。青白い刃が兜のすぐ横をよぎった。冷たい空気が頬をなでる。肝を冷やしたわけではない。これは——
(氷属性の冷気。ということは魔化された武器?)
いずれにせよ、討ち取ってから調べればいい。
ウォーサイスを一閃しようとして横槍が入る。二体目がハルバードを突き出してきた。即断即決。アンティリーネは両手持ちにした鎌の柄でハルバードを弾く。
(リーチでは向こうがまさってる。残念だけど、そこは認めるしかないわね)
歩兵型の身長を考慮すれば、おのずと武器も大型化する。
しかし、柄の長さだけで苦戦を強いられていては漆黒聖典・番外席次の名が泣く。
ウォーサイスを振るいながらアンティリーネは思考を回転させる。
(歩兵型はこの二体以外にもいるはず。それどころか別種のゴーレムがいる可能性も……どのみち、不用意に手札をさらすのは悪手ね)
例えばアンティリーネの持つ
しかし、ここで切り札を使う気は毛頭ない。
後ろへ飛び退いた直後、ハルバードの切っ先が駆けていった。間一髪だ。もし敵が人間だったなら、ここで調子に乗ったセリフでも吐いただろうが、二体の歩兵型は無言のまま距離を縮めてくる。
「……私が〈
「何を言ってるの。私はこれを取りに来ただけ」
アルシェのそばには、さっき倒した歩兵型の腕がそのまま転がっていた。鎧の踵で手の甲を踏み砕く。
バラバラになった大理石の手の中からアンティリーネは槍を拾う。
自身の身長の一・五倍はある異様な長さだが、すぐさま扱いやすい長さに縮む。やはり、歩兵型が持つ武具はどれも魔法武器と見るべきだろう。
手に馴染ませるように槍を一回転させる。切っ先から風切り音がした。
アンティリーネの修めている
この職業があることで大抵の武器は手に持てば十分な練度で扱える。もっとも、その武器に特化した戦士には劣るが、そこは実力で補う。
(あまり時間はかけられないわね。増援のゴーレムが来ても厄介だし)
目前の歩兵型をどう片付けるかは既に決まっていた。
(……スッといってドスッ、だったわね)
いつか模擬戦で『このクレマンティーヌ様が負けるはずねぇんだよ』と豪語した同僚を思い出し真似る。
限界まで身を低くした、獲物を狙う豹のような姿勢。
後ろでアルシェが目を丸くしている気がした。歩兵型も異様な構えに警戒したのか、わずかに動きを鈍らせる。
十分すぎる隙。とはいえ、なくとも結果は同じだが。
——武技〈能力超向上〉
アンティリーネはめいっぱい地面を蹴った。
全身鎧とは思えぬ超速。瞬く間も与えず歩兵型に肉薄する。敵は飛び出す前と同じ構えのまま、視認すらできていないようだった。
音すら置き去りにする勢いに、体重を乗せて槍を突き出す。
ドスッではなく、ゴリッと歪な音がした。
柄をひねる。大理石の胴に横一文字の亀裂が走った。割断された歩兵型が、岩のように崩れる。まずは一体目。
遅れて二体目が反応を見せた。槍の突きを払うようにハルバードを構える。
(防御しても無駄よ)
槍を逆手に持ちかえる。
既に体勢はできていた。全身をバネにし、強化された筋力で槍を投擲する。
——武技〈超貫通〉
ハルバードが動くより先に、投げた槍が兜の頭を刺し貫いた。
糸が切れたように歩兵型が膝を着き、どかっと顔から地面に倒れ伏す。真っ二つに割れた頭部がごろりと転がった。
「終わったわ」
体が鈍っていなくてよかった、とアンティリーネは槍を拾って戻る。
すると、なぜかアルシェがポカーンとしていた。
「なに、その顔」
冒険者に寄せられる仕事の多くはモンスター退治だ。現にエ・ランテルの冒険者ギルドにも、その手の依頼は多かった。ゴーレムもモンスターだし、さして強敵というわけでもない。
唖然とされるような行動はしていないはずだが。
「……あなた、何者」
ぽつり、とアルシェが尋ねる。口から言葉がこぼれた、と表現した方がいいかもしれない。
思えば、まだ名乗っていなかった。
「ミスリル級冒険者チーム『紫紺の花』よ」
今度こそ、と思ったアンティリーネだったが、またしてもアルシェは微妙な顔をした。
何かを探すように視線をさまよわせる。背後には今しがた倒したゴーレムの残骸しかないのに、なぜかそちらを気にしていた。
「もう動かないから、安心していいわよ」
「いや、そうではなくて……」
そこまで言ってアルシェは口ごもる。
「別に怒らないから。思ったことがあるなら素直に言っていいわよ」
初対面の少女にまで模擬戦をした漆黒聖典のような態度をとられては、さすがに凹む。もしこれで言ってくれなかったら、と思ったが杞憂だった。
アルシェは遠慮なく、感じていたであろう疑問を口にする。
「チームなのに、一人なのか」
「…………」
なるほど。
確かに、それなら誰かを探していたのも納得がいく。
多くの冒険者はチームを組んでいる。
『紫紺の花』もそうだった。一人は紫の全身鎧、もう一人は紺のローブ——戦士と
アンティリーネは戦士としての
問題はもう一人の魔法詠唱者だ。さすがに一人二役はできないし、アンティリーネ自身、行使できる魔法は片手で数えるほどしかない。
『ねぇ、私とチームを組まない?』
誘った同僚は顔中に玉の汗を浮かべた。
占星千里は周辺国の監視に忙しいし、他に女性の魔法詠唱者となると、漆黒聖典の中でも限られてくる。
別に無理強いはしていない。
ただ笑顔で声をかけただけだ。
毎度毎度、媚びてくる同僚に少しばかり辟易していたが、この時だけは違った。
とはいえ、法国最強の漆黒聖典——今はミスリル級冒険者——が結界の転移阻害で離れ離れというのは格好がつかない。
「ここへ侵入した時、ゴーレムに襲われて戦闘のどさくさではぐれたの」
よし、そういうことにしておこう。わざわざ説明するメリットもない。アンティリーネは手を庇にして仲間を探すフリをする。
「なら私と同じだ。早く戻らないと、仲間に心配をかける」
「そう」
アルシェのチーム『フォーサイト』は彼女を含め四人。ワーカー全員を捕縛するなら、道案内させて合流したところを狙うのがいい。ついでに同僚を見なかったかも尋ねられる。
(だけど、特徴を聞かれたらちょっと面倒ね)
揉み手、愛想笑い、媚びへつらい。
アンティリーネは特徴を挙げつらっていく。それとも自分のいない所では鼻っ柱をへし折る前のように気怠げな態度をとっているのか。
いや、それよりもっといい手があった。
「ねぇ、この辺りで派手な魔法を見なかった?」
「派手な、魔法……。例えばどんな」
あれは例えるなら何なのだろう。
アンティリーネは冒険者仲間になった同僚との模擬戦を思い出す。気怠げながらも自信満々に発動してきた超級の攻撃魔法。
「——星が降ってきたような魔法、って言えば伝わるかしら?」
アルシェに顔を向けると、金髪の少女は首を横に振った。
●
「……随分と派手にやってるわね。ところで、この近くでぜっ……紫の全身鎧を見なかった」
言ったのは淀んだ目の女だった。
だぼっとした紺のローブからして
(なんだ、あの女……くそっ)
歩兵型が剣を振り下ろしてきて、ヘッケランは素早く距離をとる。
「ヘッケラン、あいつがまた!」
もう一体を相手していたイミーナが叫ぶ。
歩兵型はバチバチと白光する
「逃げろ! あのハンマーは——」
地を殴ると雷撃が走ってくる魔法武器だ、と言いかけたヘッケランの気も知らず、女は気怠げに溜め息を吐く。
「……〈
それが魔法の名前だったのか。
焼けるような熱気に全身を包まれ、ヘッケランは身構える。だが熱は魔法そのものの効果ではなかった。
熱源は歩兵型の真上、高さにして十数メートル。
そこに灼熱を発する球体が浮かんでいる。見かけはまるで凝縮された溶岩塊。知識のある者なら原始惑星のようと形容しただろう。
そして、灼熱の熱球は落下していた。標的はいうまでもない。
大地を揺らす轟音。熱球が歩兵型を直撃したらしい。
らしい、というのは異常な高温に目を開けていられなかったからだ。実際、炭化した石畳に元が何だったか分からない消し炭が転がっている。〈
「……な、なに今の」
「私も初めて見る魔法です……」
イミーナとロバーデイクは声を震わせていた。恐怖ではなく、目の前で起きたことが信じられないという動揺。それはヘッケランも同じだった。
淀んだ目の女がくるりと顔を向けてくる。
「……邪魔よ、あんた」
ヘッケランは一瞬呆気にとられる。だが石のすれる音がして瞬時に身をかわす。さっきまで相手をしていた歩兵型が、再び襲ってきた。
ゴーレムだから動揺もしないのか。そう思った時——
〈
女が同じ魔法を再び唱えた。またしても超高温の熱球が出現し、歩兵型を消し炭に変える。
たった二度の魔法で、強敵との戦闘は終了した。
「おいおい、あんたバケモンか」
「……助けられて第一声がそれ、おっさん」
(いや、おっさんって……)
持ち主を失ったハンマーが地面に転がっている。それを拾おうと女は柄を持って——諦めたように手を放した。
「ねぇ、今『……重』って言わなかった?」
「私もそう聞こえましたが」
イミーナとロバーデイクにも聞こえたなら空耳ではない。
女は無言でヘッケランを見る。拾え、ということか。淀んだ目に今のところ敵意は感じられない。
ハンマーは魔法武器であるからか、手にすると持ち主に合わせた大きさになる。重量はあるが持てないほどではない。
「で、あんたは何者なんだ、美人さん」
チームを代表してヘッケランが問いかける。
美人はおべっかだが、そうは思ってくれなかったのか、イミーナの視線が背中に突き刺さる。気のせいではない。こりゃ一晩で許してくれないかもな、とヘッケランは苦笑いする。
「……ただの天才魔法詠唱者よ。それより、あたしの質問への答えは」
「ゴーレムを除いて、全身鎧は見てないな」
イミーナとロバーデイクにもアイコンタクトするが、二人は首を横に振る。
「……そう」
淀んだ目の女は興味をなくしたように言った。
●
浮遊都市の上に浮かぶ王城。それを支える大地は膝を抱えた女性のような形をしている。
元々はどこかの墳墓にいるガルガンチュアと同じ戦略級攻城ゴーレムだった。それを八欲王の一人であるゴーレムマスターが趣味で改造したのだ。
ゴーレム・クイーン・ガイア。
改造主はそう名付けた。
その手足が動くことはなく、王城の台座として浮遊し、胎内から湧き出る水で都市を潤し続けている。
しかし、ただ浮いているだけではない。
与えられた役目は三十人の都市守護者の指揮。つまりは八欲王の許可なく浮遊都市へ土足で踏み込んだ侵入者の排除である。
——ゴーレム・ポーン・アテナ五体、機能停止。
——都市内にて第五位階魔法を確認。侵入者への警戒度を修正。
あとから現れた二人の侵入者。その力の底は未だ見えない。
人体でいえば背中にあたる岩肌に彫られた六つの巨大な魔法陣に光が灯る。魔力が充填され、それらが順々に魔法を発動していく。
——〈射程延長〉〈射程超延長〉
支援魔法を自身にかける。標的ははるか眼下の都市にいる侵入者たち。
——
ゴーレム・クイーン・ガイアは地表への砲撃を開始した。
●
浮遊都市に落ちた〈
「あそこね。——行くわよ。あなたはどうするの」
「今の魔法は、あなたの仲間のなのか?」
「そうよ」
模擬戦でアンティリーネにぶつけてきた超級の魔法に間違いない。攻撃魔法を選んだのは居場所を知らせると同時に敵もいると伝えるためか。
『お待ちしておりました、絶死様。お邪魔にならないように雑兵は片付けておいたのですが……あれ、もしかしてまずかったでしょうか』
愛想笑いのまま脂汗をかく無限魔力の顔が浮かんだ。
そんな呑気な想像を巡らせていた時だ。
雲ひとつない空に二筋の稲光が走った。一筋はさっき魔法の落ちた地点へ。そしてもう一筋は——
「あっ、なにを」
アルシェを肩にかつぎ、そのまま地面を蹴る。
ズドン、と大気を振動させるような衝撃。何が起きたのかは明白だった。横目を向けると、今までいた場所に落雷の跡があった。
「ラ、ライトニング⁉︎」
「いえ、あれはもっと高位階の……」
言いながらアンティリーネは上空の王城へ向けた目を細める。目測で150、いや200メートルはあるか。
(あの距離から、それも二箇所への同時攻撃)
敵は俯瞰的な目と遠距離攻撃の手段を有していると判断していいだろう。
アンティリーネは兜の下で笑みを深くする。いつもの仮面の笑みだが、今は妙な違和感がある。隠そうとした感情と作った表情が同じ。そんな気がした。
同僚はこの顔を怖がっているが、それはもしかして戦いに期待と興奮を寄せている顔だからか。
(さすがに八欲王の居城なだけのことはあるわね。
再び空に稲光が走った。
アンティリーネは空いた手で槍を振るう。さっき歩兵型をほふった魔法武器だ。飛来した稲妻を、矛先が二つに切り裂く。ズドンと二箇所から音がし、背後から焦げた臭いが漂ってきた。
(思ってたより頑丈なのね、この槍。もしかして八欲王の——)
黄金細工の施された槍は法国保有の神器にも似た雰囲気を醸し出している。が、悠長に眺めている暇はない。
「ここを離れるわ」
返事を待たず、肩にアルシェをかついだままアンティリーネは駆け出した。目指す先は既に決まっている。
●
空は晴れているのに天気は最悪だった。
〈
ひっきりなしに降ってくる雷撃でそこかしこに焼け跡ができていた。魔法で雷への耐性を施せば今度は火攻めだ。
ヘッケラン自身、まだ生きているのが不思議だった。それもこれも歩兵型の持っていた魔化された盾のおかげだった。
「おい、あんた! 天才魔法詠唱者なら、この悪天候をどうにかしてくれないか⁉︎」
「……無理ね。あたしの魔法でもさすがに射程距離外だし、それに」
淀んだ目の女は空を見上げて眉間にしわを作る。
そんな顔してくれるなよ、とヘッケランも倣うようにして頭上に目をやる。
明らかな強者である、この女が露骨に嫌な顔をするのだ。自分たちにとってロクでもないものがあるのは覚悟していたが。
(……おいおい、なんだよ、あれ)
王城を乗せた巨大な一枚岩。その周囲に円環する魔法陣がいくつも展開されている。
何も知らない者からすれば、光の芸術作品に見えたに違いない。
事実、ドーム状に広がった魔法陣の数々は、魔法に詳しくないヘッケランから見ても美しいなんて感想を抱くほどだった。
しかし、経験則から言えることがひとつある。
侵入者である自分たちに、そんな歓迎の意が示されることはない。
「ヘッケラン!」
イミーナが叫ぶ。その目はリーダーである自分にチームとしての行動を尋ねていた。
答えは既に決まっている。
「撤退だ」
あの魔法陣が現れてから攻撃魔法がやんだ。逃げるなら今しかない。
「アルシェを探して、見つけ次第ここから脱出する。ロバー」
「ダメです。先程から〈
ロバーデイクの持つ聖印が輝き、砦型の〈骸骨壁〉の一部が崩れ——すぐさま修復される。反撃してくるスケルトンに、ロバーデイクは空いた手でメイスを叩き込んでいた。
状況は
大通りは二体の砦型ゴーレムによって前後とも塞がれている。見れば横道にも〈骸骨壁〉がある。何としてもヘッケランたちを逃さないつもりらしい。
逃げる手立てだけはあった。
水路だ。王城から吐き出された水は都市内を経由して砂漠へ流れ落ちる。あとは〈
(問題はどうやってアルシェと合流するかだ。敵の難度からしても、またあの天才魔法詠唱者の力を借りないといけないかもな)
建物の壁を破って進もうとも考えたが、どこも分厚い大理石で壊すには破城槌が要る。やはり他に手はない。そう判断した時だ。
大理石の壁にバツ印の亀裂が走った。まるで重厚な刃で割断したように。続いて打撃音がした。本当に破城槌でも使ったのかというように、石壁が音をたてて崩れる。
また新手か、とヘッケランは身構えたが。
(ゴーレムじゃ、ない……?)
壁の大穴から現れたのは全身鎧だった。
装備の上からでもヘッケランより小柄と分かるほどなのに、両手にはハルバードを握っている。その一本をこちらに向けた。
「あなたがフォーサイトのリーダー、ヘッケラン・ターマイト」
「……そうだが。どうして俺の名前を知っている」
会話は時間稼ぎだ。もし相手が敵対するのであれば、とヘッケランは思考を巡らせる。しかし警戒は杞憂だった。
「仲間から聞いたからよ」
紫の全身鎧が言う。その背中から我らがチームの天才魔法詠唱者が顔を出した。
●
(やっと着いた)
空に魔法陣が現れ、急ぎ合流しようとアンティリーネは足を速めた。一直線に建物の壁を突っ切ってきたので多少は時間短縮になったはずだ。
「どこの誰だかは知らないが、仲間を助けてもらって感謝する」
先に口を開いたのはヘッケランだった。
「礼といってはなんだが、紫の全身鎧を探している女がいた。あんたのお仲間か」
言いながらヘッケランは親指で後ろを示す。
すると、まるで示し合わせたかのように紺のローブがすり寄ってきた。
「お、お待ちしておりました、絶死様。えへへ、今お迎えにあがろうと思っていたところです」
待つのか迎えに来るのか、どっちなのだ。アンティリーネは喉まで上がってきた言葉を飲み込む。
いつものように揉み手を始めた無限魔力に、フォーサイトの面々が微妙な顔をしていた。アルシェだけは状況がつかめず、目を右往左往させる。
「なに、さっきまで私の陰口でも言ってた?」
「滅相もありません。武勇伝は語っても陰口なんて
(なんで言い直したの?)
何でもしますので、許してくださると嬉しいです——と媚びてくる無限魔力をよそに、アンティリーネは王城を見上げる。
いくつもの魔法陣がドーム状に広がった光景は、法国上層部が第十一位階魔法と呼ぶものに似ていた。
こんなことなら、きちんと書類に目を通しておけばよかったと思いつつも、アンティリーネはいつものスタンスを貫く。
「あの魔法、発動までに時間がかかるの?」
「そ、そうです。さすがは絶死様——」
「あー、おべっかはいいから。それで」
アンティリーネは先をうながす。
無限魔力も直に見るのは初めてだったが、その存在は知っていた。
「あれは唱えると術者の中心に魔法陣が展開され、発動までの間は術者も動けず無防備なはずです、はい」
(へぇ、巫女姫を使った大儀式、みたいなものかしら?)
一度、
儀式の最中、術者に攻撃が加わろうものなら魔法は強制失敗するそうで、今聞いたの内容とも似ている。
そこまで思考を巡らせ、アンティリーネは口角を吊り上げた。
「あなた、さっき何でもするって言ったわよね?」
「…………」
一瞬で無限魔力が青ざめる。別に酷いことを命じはしない。
「そっちのあなたたちも、ちょっといいかしら」
フォーサイトの面々は脱出の準備をしていた。水路に潜って脱出するのか、四人とも水中でも息のできる空気袋を口にくわえている。
「先に忠告しておくけど、あれは広範囲殲滅魔法だから逃げても無駄よ」
そんな魔法が存在するかは知らない。だが、ブラフは十分効いたようだ。
「その割には余裕そうだな。……何をすればいい」
チームを代表して、あるいは盾になるようにヘッケランが前に出る。
アンティリーネは無限魔力にも目をやってから。
「ありったけの支援魔法がほしいの」
●
「〈
「〈
アルシェと、ロバーデイクと名乗った神官がそれぞれ支援魔法を唱える。
神人であるアンティリーネの身体能力は見かけに反し極めて高い。それでも相手は八欲王の遺した者なのだから、万全を期すべきだ。
それとは別に冒険者らしい戦い方をしてみたかったというのもある。
「〈
一方、無限魔力は修得している魔法をすべて吐き出す勢いで強化をかけてくる。最後の魔法は多分にいらないと思うが。
「もう十分よ」
アンティリーネは肩で息をしながら魔法を唱える同僚を手で制す。
「どうするつもりだ」
「ふふ……どうすると思う?」
アンティリーネは悪戯っ子のような顔をする。兜があるので声色以外はアルシェに伝わっていないだろうが。
見ていなさい、とアンティリーネは四人から距離をとる。
(場所は、ここがよさそうね)
周囲には頭上も含め遮蔽物はない。足を開いて踏ん張る。ハルバードを石畳に叩きつけると、刀身からの冷気で瞬時に足首までが氷漬けになる。
(固定完了。ちょっと冷たいけど、この方法なら仕方ないわね)
満を持して、アンティリーネは腰に携えていた黄金細工の槍を引き抜く。
ウェポンマスターの
それに、形状からして投げ槍であるのは間違いない。
(へぇ……あなた、そういう名前だったの)
手に馴染むほどに、少しずつだが頭に武器の情報が流れてくる。前の持ち主は無口だったし、自分くらいは名前を呼んであげよう。
槍を逆手に持ち、ぐっとのけ反る。背中が地面と並行になるほどの体勢。しかし、足を固定しているので後ろに倒れることはない。
〈
〈能力超向上〉で筋力をさらに強化。準備は整った。
腹筋を使い、体を勢いよく起こす。上半身のバネ、そして腕と肩の力をフル活用し、アンティリーネは渾身の一撃を放つ。
「——ブライト・オブ・グングニール」
大気を破るような衝撃が生じ、槍は王城めがけて昇っていった。
●
——60、59、58
魔法発動までのカウントは刻々と進んでいた。
ゴーレム・クイーン・ガイアに感情はない。
しかし被造物を砕き、浮遊都市を汚す者たちを、自らの改造主は決して許さない。それくらいは推察できる。
『出し惜しみはするな。派手にやれ』
改造主の口癖に従い、設定された通りにゴーレム・クイーン・ガイアは侵入者たちを殲滅する。
超位魔法〈
今より30秒の後、侵入者たちは
——これにてチェックメイト。
勝利を確信した時、感覚器が地上から急速接近する飛翔物を探知した。
しかし警戒は無用。超位魔法の発動に際し、周囲には三重魔法障壁を展開している。
——飛翔物、ブライト・オブ・グングニールと判定。
その槍は元々ユグドラシルの武器だった。他の八欲王がPKの戦利品として奪ったものを、ゴーレムマスターが独断で被造物たちに与えたのだ。
ユグドラシルでは上位武器が存在し、攻撃力もさして高くない。
ただし、投擲者がどこまで把握していたかは不明だが、その槍には特筆すべき能力があった。
——20、19、18、——ガキンッ!
飛来した槍が障壁に衝突し火花を散らす。本来ならそこで終わりだが、槍は止まらない。
バリンッと第一障壁が突破される。次いで第二障壁も同様に。
——14、13、12
ゴーレム・クイーンガイアは敵の武器や魔法を分析せよとは設定されていない。それらはプレイヤーである八欲王が担っていたからだ。
仮に分析できたとしても、超位魔法発動中の身ではどうにもできない。
ブライト・オブ・グングニール
その槍は、レベル差を問わず物理防御・魔法防御を貫通する能力を有している。
——8、7、6、——ガキンッ!
槍がが第三障壁に到達した。この障壁は三重障壁の中で最も厚い。鉄を削るような異音がし、火花が散る。障壁の耐久値が急速に低下していく。
——5、4、3、——バリンッ!
最後の障壁が破られた。槍は未だ勢いを失っていない。
収束し、魔法としての姿を得ようとしていた魔力に、地表からの一撃が届く。
——2、1、——ピシッ!
薄氷の割れるような音。それを断末魔に、空中にあった魔法陣は砕け散った。
●
砕けた魔法陣の欠片は舞い散る雪のようだった。砂漠の日差しに焼かれ、空中で霧散していく様子もはかなさを感じさせる。
(失敗した魔法っていうのは案外きれいなものなのね。……でも、そろそろ氷を砕きに来てくれてもいいんじゃない?)
上半身をひねって後ろを見る。無限魔力もフォーサートの四人も頭上の光景を見上げたまま固まっていた。
「……はぁ」
アンティリーネは突き刺してあったハルバードを抜き、柄の先でガシガシと足首までを覆った氷を砕いていく。刃の方ですると、また凍ってしまうからだ。
両足を引き抜いた頃になって、無限魔力があわてて駆け寄ってきた。
「も、申し訳ありません絶死様、すぐ氷を落とさせていただきますので」
「いいわ。もう抜けたから」
「いえいえ、そう遠慮なさらずに、えへへ」
びっしょりと汗をかいた無限魔力がひざまずいて、足の鎧に付いた氷を削り取っていく。もちろん魔法でだが。
「そこまで必死にならなくてもいいわよ。これくらい歩いていれば自然と溶けるから。……あと、その格好だと、私が靴をなめさせているみたいなのだけど」
ぴくりと無限魔力が手を止める。よかった、ここで『絶死様のご命令とあれば』と言い出さなくて。
タイミングを見計らったように咳払いが聞こえた。
ヘッケランだ。他のメンバーもこちらを向いている。ワーカーチームではあるが、こうして見ると冒険者チームと相違ないように思えた。
「何度も危ないところを助けてもらった。改めて礼を言う」
「別に構わないわ」
アンティリーネも第十一位階と呼ばれる魔法は見たことも受けたこともなかった。武技や魔法で最大限防御を固めても、耐えきれるかどうか。
だから、あの場においては
「ところで、アルシェから聞いたんだが、あんた……いや、あなたたちは王国の冒険者なのか」
「ええ、そうよ」
やっと言える、とアンティリーネは唇をしめらす。
これは昨日、シャワーを浴びている時に考えついたセリフだ。
「『紫紺の花』、最強の冒険者チームよ」
ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
書籍16巻で絶死ちゃんのプロフィールを見るて、説明文の多さに「なんじゃこりゃ!?」となったのが懐かしいです。
現地ではチート級のレベルだったのと、職業欄に名前しかない職業が多々あり、想像で補完しながら書かせていただきました。
ウェポンマスターのボーナス等は名前からひねりだしたものです。
今回はあまり使っていませんでしたが、大鎌のデレパノ・クラックはオバマスで絶死ちゃんが持っている武器をイメージしています。
あと3話と4話で分けようとしていた内容をまとめた結果、今までの3倍の文量になりました。
お察しの通り、書き溜めが尽きました、ひぃ〜。
次回は12/10(土)に短めの幕間のようなものを投稿して、本編は翌々週の12/17(土)か12/18(日)を予定しています。