絶死ちゃんは冒険者になりたい   作:なら小鹿

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第4話 絶死ちゃん、王城に侵入する

 

 

 

(浮遊都市を守る三十人の都市守護者……。英雄譚(サーガ)しか情報源がなかったから、ちょっと疑ってたけど)

 アンティリーネは視線を持ち上げる。

(あながち間違ってもなさそうね)

 

 砂漠の太陽に目を細めながら敵の数をかぞえる。

 一、二、三、四……、歩兵型は全部で十体。

 それらすべてが建物の上から弓矢でアンティリーネたちを狙っている。陽光で目をくらませようとまで考えていたら、敵は相当ねじくれた性格をしている。

 

 風花聖典でも雀の涙ほどしか敵の情報は集められなかった。それによれば都市守護者は全員が魔法武器を装備しているとのことだ。

 

(あの弓がそうだとして……)

 

 左右の頭上から十体の歩兵型が弓を引き絞った。一斉に射られた矢が雨のように降り注ぐ。

 

「っ! 全員——」

 飛び退け、と叫ぶヘッケラン。そこに割り込むように無限魔力が気怠げな声がした。

 

「……〈天蓋星(ダイソン)〉」

 

 ゴゥン、ゴゥン、と鋼鉄の門扉がぶつかり合う重低音。その魔法を知るアンティリーネは何が起きたのか即座に理解する。

 半球状の鋼鉄が空を隠していた。

 陽光も魔化された矢も届かない。巨大な魔力鋼のドームが、アンティリーネたちを覆い尽くしている。頭上から聞こえる爆撃音すら遠くの世界の出来事のようだった。

 

「な、なに……これ」

「地下の、カタコンペにでも転移したのですか」

 薄明かりの灯った天井を見上げるイミーナとロバーデイク。

 

「いや、これは……」

 だがヘッケランは足下を見てつぶやく。

 確かめるように爪先で蹴ったのは石畳に埋め込まれた鉄の格子状の蓋だ。転移ではないと証明するように、格子蓋の下にはさっきまでと変わらず水路が通っている。

 

「まさか……このシェルターを魔法で」

 アルシェが無限魔力に驚いた顔を向ける。が、当人は淀んだ目で何も言わず、この程度で驚くほどなのかという表情をしていた。

 

「助かったわ。ありがとう」

「いえいえ。あの程度の敵、絶死様が直接お相手されるほどでは」

「あー、そうね」

 熟練の冒険者チームを演出しようとしたがダメだった。無限魔力はさっきとまでとは別人のように愛想笑いを貼り付けている。

 

「俺たちが言うのも何だが、今回ばかりは分が悪い。いくらあんたでも、あの数相手は無理だろ」

「そうね。さすがにあれは……」

 と、そこでアンティリーネは言葉を切る。ここにいる五人を守りながら敵を殲滅するのは骨が折れる。

 今はミスリル級冒険者——上から三番目なのだから力を振るいすぎるのは良くない。

 

 しかし、ヘッケランはその沈黙を別の意味に受け取ったらしい。

「おいおい、まさか突破する気か」

「他人の心配してる場合? 私たちだって危機的状況なのよ」

「仕方ありませんよ、イミーナ。彼はそういう人です。だからあなたも惹かれたんではありませんか」

 ロバーデイクの言葉に、なぜか二人はいづらそうにする。チーム内だけの暗号か何かのメッセージだろうか。

 

 ごほん、とわざとらしくヘッケランが咳払いをして話題を戻す。

「話がそれたが、俺たちは至急この都市から脱出するつもりだ。イミーナ、煙幕矢の準備は」

「たっぷりあるわよ」

 イミーナは弓に三本同時に矢をつがえる。

 どれも矢尻の代わりに黒い小袋が付いている。シェルターが破られると同時に煙幕で敵を撹乱し、そのまま射程外に逃げる算段らしい。

 

「あんたたちの分もあるぞ。無理強いはしないが、アルシェを助けてもらった恩もある」

 言いながらヘッケランは矢に付いたもの同じ小袋を取り出す。

(ワーカーは悪評しか聞かないけど、案外義理堅いのね。それともこのチームが特別? けど……)

 脱出できる可能性があるのは少々都合が悪い。

 

「念のため確認しておくけど、——ここから転移で脱出できる?」

 尋ねた先は無限魔力だ。急に話を振られ、ぶんぶんと首を振る同僚。

「む、無理です。結界の中と外を行き来するどころか、中だけでの転移も阻害されています」

「へぇ、そいつは大変。それなら物理的な脱出はできる? 例えば、そこの水路に潜って逃げるとか」

 アンティリーネはヘッケランの足下をウォーサイスの柄で指す。格子蓋の下では今も水が流れている。

 

「そこまではさすがに……ひぃ、いえ、できません! 絶対に不可能です!」

 アイコンタクトしただけなのに、無限魔力は震え上がった。自分の笑みはそれほどまでに怖いのか。

 

 アンティリーネの傷心をよそに、無限魔力は聞いてもいないことをつらつらと語る。物理的に閉ざされているかは不明だったが、水路を流れていっても途中で魔力の網に捕らえられるという説明を、フォーサイトは信じたようだった。

 

(魅了の魔法は……使っていないようだし、私の知らないところで何かしてた?)

 

 法国からはワーカーを捕らえて帰るよう命じられている。王城攻略と同時進行するなら、一緒に行動してもらった方が見張りを立てずに済む。

 彼らはワーカーだが、個人的にチームとしての戦い方というものにも興味があった。

 

「皆、聞いてほしい」

 迷っているメンバーに語りかけたのはアルシェだった。

「私は彼女たちに同行すべきだと考えている」

「理由を聞こうか、アルシェ」

「敵の強さは予想を上回っている。脱出できないなら生き残れる可能性が高い選択をすべきだ」

 

(へぇ、それが同行することなんだ)

 したり顔をすべきか、信頼されてしまったとでも思うべきか。アンティリーネは兜の下で逡巡する。

 

「イミーナとロバーデイクはどうだ」

 ヘッケランに問われて二人が頷く。説得材料は他にも用意していたが、すでにチームとしての総意は決まったも同然だった。

 

 なら急ぐべきだ。ズドーン、ズドーンと鳴りやまない爆撃音に天井の一部が剥離して落ちてくる。

「……絶死様、そろそろ」

 シェルターも限界だ。

「分かったわ。なら、手短に説明するから」

「頼むぜ、画期的な逃げ道を示してくれ」

「厳密には逃げ道ではないけど。そうね、言うなればこれは——抜け道、かしら」

 

 

 

  ●

 

 

 

 ——第三撃、斉射。

 合図とともに集結したゴーレム・ポーン・アテナが一斉に攻撃を行う。後衛のゴーレム・ビショップ・ヘルメスからは防御魔法だけでなく強化魔法も受けている。

 魔化された遠距離武器による射撃が鋼鉄のシェルターに炸裂する。

 

 強者と判断された侵入者二名はいずれも単体攻撃しか行っていない。故に兵の配置は大通りを見下ろす左右に分けられている。

 加えて地上では砦型と呼ばれたゴーレム・ルーク・ハーデスが〈毒の霧(ポイズン・スモッグ)〉を吐き出している。しかし色付いた空気は囮だ。

 

 ——〈浮遊大機雷(ドリフティング・マスター・マイン)〉展開。

 ゴーレム・ビショップ・ヘルメスが空中に不可視の機雷を大量に仕掛けていく。侵入者には魔法詠唱者がいる。位階からして〈飛行(フライ)〉を行使できる可能性は高い。

 そこを狙う。矢の雨を回避すれば、自ら死地へ踏み込むことになる。まさに不敬な侵入者に相応しい末路である。

 

 第四撃の斉射で鋼鉄のドームが崩れ落ちた。

 間髪を入れず第五撃を構え——、ゴーレムたちの動きが止まる。

 鋼鉄のシェルターは完全に消滅していた。他に遮蔽物もない。

 

 ではなぜ、侵入者たちの姿がないのだ。

 

 

 

  ●

 

 

 

 エリュエンティウ上空に位置する王城。

 その外縁部にも当然都市守護者である大理石のゴーレムが配置されている。

 消失した侵入者に警戒を高め、王城周囲の空にも〈浮遊大機雷〉を設置する。さらに爆破ダメージから王城を守るため障壁が張られていた。

 都市から王城に侵入しようとすれば、必ずこの罠に引っかかる。

 唯一の例外的なルートを除いて。

 

 ——グサリ。

 

 王城を警備していたゴーレムは瞬時に自身が致命傷を負ったと判断した。痛みも恐怖もない。機械的に他の都市守護者に異常を伝えようと、

 ——〈魔法の矢(マジック・アロー)

 機雷に攻撃を放つ。

 

 しかし、その一撃は自身で張った障壁に阻まれた。

 

 

 

 膝から崩れ落ちるゴーレムを、アンティリーネは腰を入れて支える。全身大理石なだけあり、逸脱者と呼ばれる自分でも重いと感じるほどだった。

 音を立てないよう、静かに床に下ろす。

 

暗殺(アサシネイト)……意外と簡単だったわね。天上天下ほどではなかったかもしれないけど)

 

 漆黒聖典の第十二席次——完全に気配を消す暗殺者——を思い出しながらアンティリーネは敵の背面に刺した武器を引き抜く。予備武器として携帯していた短剣だ。

 

(武器と戦術は多い方がいい……。確かにその通りね)

 

 アサシンの職業(クラス)で隠密行動ができるとはいえ、ウォーサイスを振り回せば敵に見つかる。結果としては良かったのに、なぜか隊長の言葉に踊らされているようで釈然としない。

 

 兜を取ってアンティリーネは二色の髪をかき上げる。もちろん耳が見えないよう注意しながら。

 漆黒と白銀の髪は、まだ湿っていた。

 

 

 

  ●

 

 

 

 アンティリーネの選んだ侵入経路は一言で表すなら水路をさかのぼることだった。

 

「——今よ」

 

天蓋星(ダイソン)〉のシェルターが破られると同時に合図を発する。

 フォーサイトが煙幕を張り、その間にアンティリーネは石畳の格子蓋をはずす。鉄の軋む音は頭上の爆撃音がかき消してくれる。

 

「行って」

 

 ではお先に、とロバーデイク、それからアルシェ、イミーナが順々に水路に飛び込んでいく。仲間を見届けてヘッケランもあとに続く。

 無限魔力を先に行かせ、殿(しんがり)のアンティリーネは格子を持って穴に飛び込む。再び金属の軋み、煙幕が晴れると同時に一向は都市から姿を消した。

 

 水路の中は激流だった。身長の数倍ある水深。猛スピードで泡が流れ去っていく音。押し流されまいと、アンティリーネはウォーサイスの切っ先を壁面に突き刺す。

 

(誰もさらわれてはいないみたいね)

 

 フォーサイトは全員手持ちの武器を壁に突き立て——アルシェはロバーデイクに抱えられて——フジツボのように張り付いている。

 最後尾で必死な顔をしている無限魔力が、片手で帽子を押さえながら口を開いた。ゴボゴボッと泡を吐き、魔法を詠唱する。

 

第四位階・黄道十二宮獣召喚(サモン・ゾディアック・4t h)

 

 水底の暗闇に星座が浮かび、そこから二つの魚影が出現する。

 

双魚星(パイシーズ)

 

 二匹で一体の召喚モンスターは帯で結ばれている。召喚主である無限魔力は帯の中央にある鞍を立てたような背もたれに身を置いていた。

 各自が帯につかまる。それを合図に〈双魚星〉は戦闘馬車(チャリオット)のように水路をさかのぼっていく。周囲に展開された結界で叩きつけるような流れはほぼ感じない。

 

 しかし、最大の難所はこの先にある。

 王城から流れ落ちる滝。

 200メートルの落差を、水流と重力に逆らって登らなければならない。いくつもの強化魔法を施し、助走を付けるように加速した〈双魚星〉が真上に進路を変え、滝を登る。

 流れに押し負けそうになる〈双魚星〉に、無限魔力は最大限までブーストをかける。魔力にものを言わせた荒技だ。

 もう息が続かない。アンティリーネを除く全員がそう思った瞬間、一行は召喚モンスターごと石床に放り出され、無事王城への侵入を果たした。

 

「ごめんさないね、無理させちゃって」

「へぇ、へぇ、へぇ……いえ、絶死様の命とあらば、これくらいは……げほっ、げほっ」

 

 四つん這いで過呼吸になっている時点で『これくらい』のレベルは超えている。それでも呼吸の合間に回復魔法をかけているのはさすが漆黒聖典の一員だ。

 

「ここからは歩いて移動ね」

 

 水路は王城の下方向へ潜り込んでいる。水源は浮遊する岩山の中心部あたりで、そこから水が湧き出しているのだろう。

 アンティリーネが目指すは八欲王の遺したマジックアイテムだ。無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)の特性を考慮すると、宝物殿で厳重に保管されているはず。

 

(まずは王城の構造を把握しないとね)

 

 この先は経路も敵もすべてが未知の領域だ。特に敵の勢力がこれまでと同程度と考えてはいけない。

 かつて六大神のもとには彼らに仕える小神がいた。信仰対象と同列に扱うのは業腹だが、八欲王にも小神に準ずる配下がいても不思議ではない。

 

 敗北を知りたい、という口癖を胸の奥にしまい込む。

 せっかく隠密で侵入できたのだから、ここは罠や無用な戦闘を回避するよう進むべきだ。となると壁を突き破っての強行突破はできない。

 

(ふふ……、ようやく冒険者らしくなってきわたね)

 

 未知を楽しむというのか。アンティリーネは微かに心が浮き足立つのを感じた。

 

「それじゃ、王城攻略と行こうかしら」

 

 記念すべき第一歩を踏み出した瞬間。

 床に浮かび上がった魔法陣が六人を取り囲む。その光は危機感を煽るように赤々と点滅していた。

 

(……幸先が悪いわね)

 

 そう思ったのも束の間。

 魔法陣が輝きを増し、一行はその場から姿を消した。

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第4話で絶死ちゃん、王城侵入です。
なんでこの侵入経路を思いついたのか自問自答していたら、思い出しました。あ、これルパン三世のカリオストロの城じゃん。

明日の12月18日(日)に幕間を投稿予定ですので、そちらも楽しんでもらえれば幸いです。
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