絶死ちゃんは冒険者になりたい   作:なら小鹿

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無限魔力にはもっとしゃべってほしいんですよ。
口調とか語尾のサンプルが少なすぎて。絶死絶命に媚びるのは例外ですが。





第5話 無限魔力さん、魔法詠唱者(マジックキャスター)の戦い方を見せる

 

 

 

(……今のは強制的な転移? それも複数同時に)

 

 無限魔力は闘技場にいた。直径数十メートルの円形。観客席が無人であることを除けば、占星千里が魔法で見せてくれた帝国のコロッセオによく似ている。

 

(こっちの転移は……まだ使えない。……出口は歩いて探さないといけないわけね)

 

 隣に絶死絶命はいない。それが唯一の救いだった。ついでにいえば他の連中の姿もなく、目線をさげれば、ざっくり切った金髪の娘だけがいる。

 

「また分断された。早くヘッケランたちと合流を」

「……あたしに指図するんじゃないわよ、ゲロ娘」

 (スタッフ)を構えながら周囲を警戒したアルシェは「ゲロ娘……」とショックを受けたような顔になる。

 

「わ、分かった。だが、どうすればいい。〈飛行(フライ)〉なら私は使えるが」

 

 確かに頭上には空が広がっている。ただアルシェが言い淀んだように、敵もそう易々と逃してはくれない。

 闘技場の上にある景色は満天の夜空だった。言う間でもなく無限魔力が王城へ侵入する直前、空には太陽があった。時間的にもまだ昼間のはず。

 

「……無理よ、無理。あれは破れないわ」

「そう、か」

 

 無限魔力は断言する。星空が精巧に描かれた天井画——それも魔法で天体運行まで再現したもの——だったからではない。

 ドーム状の天井には鉄檻が打ち付けられている。材質はミスリルかオリハルコン、あるいはアダマンタイト。ここが八欲王の城である以上、柔な金属であるはずがない。

 

(……にしても設計者のセンスを疑う造詣(ぞうけい)。閉塞感しかないわね)

 

 背後でアルシェが鉄扉を開けようと悪戦苦闘している。

「……そこは開かないわよ」

 既に空間把握の魔法で後ろの扉が取って付けた飾りでしかないことは確認済みだ。脱出はできないが、敵も入ってはこられない。

 

 問題は正面だ。ここからちょうど闘技場の反対側に同じ鉄扉がある。

 その扉を守るように四角い棺を立てたような箱がいくつも並ぶ。どの箱にも全身鎧(フルプレート)が収められている。

 もっとも、ひとつを除いて兜の中は空だった。

 

「……展示鎧の真似はやめたら。ずっと突っ立ってるなら、文句はないけど」

「ふっ、この俺の正体を見破るとは。誤って迷い込んだ哀れなネズミではないようだな、女」

 

「声が。いったいどこから」

「……あそこよ。〈鷹の目(ホーク・アイ)〉でなくても見えるでしょ」

 

 無限魔力は箱に収まった全身鎧のひとつを指差す。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)か。ふふ、それは残念だったな」

 嗤ったのは銀の全身鎧だ。兜は猛禽の(くちばし)を思わせる形状に開いており、人間であれば顔のあるべき部分に、頭蓋骨ほどもある赤い宝珠がはめ込まれている。

 

「あれは、ゴーレム?」

「小娘、この俺を岩人形風情と一緒にしてくれるな。魔法詠唱者なら耳にしたことがあるだろう。知性ある(インテリジェンス)——」

「……〈高炉星(バルカン)〉」

 

 赤い宝珠の頭上に熱球が出現した。頭の中で念じ、魔力を凝集させた熱球を叩き付ける。

 爆炎と衝撃。直撃した棺は瞬時に焼け、周りにあった他の棺も爆炎に巻かれて吹き飛ぶ。ガシャガシャと武具が音をたて、無限魔力はわずかに顔をしかめる。〈静寂(サイレンス)〉も一緒にかけておくべきだったか。

 

「……終わっ——」

 

 ——ヒュン!

 終わったと言いかけて、空気を裂くような音がした。振り向きかけていた無限魔力はすぐさま敵のいた方に向き直る。

 痛みは一瞬遅れてやってきた。

 ローブの左腕が切れ、その下の肉がすっぱりと裂けていた。

 

 魔法の気配はなかった。〈敵探知(センス・エネミー)〉でも反応があったのは一体のみ。ならば、これは——

 

「話している最中から魔法攻撃とは。師弟揃って礼儀知らずな女どもだ」

 いまだ鎮まらない火の海から棺の破片を踏み付け、銀の全身鎧が現れ出る。焦げ目のひとつも付いていない。

 

「あの魔法を受けて無傷……⁉︎」

「はぁ……うるさいわね。少し黙ってなさい」

 ダメージが見られないのは炎属性への耐性のせいか。だとすれば耐性を付与しているのはあの全身鎧だろう。

 

 ——ヒュン!

 また音がした。

 今度は右の太腿が切れていた。ローブの裂け目から、血の垂れた脚が見える。

 

「……妙な武器ね。なんのマジックアイテム?」

「ふっ、そっちの女は見る目があるようだな」

 全身鎧が柄だけしかない剣を振るった——ように見えた。

 ヒュン、と鋭い音がして炎が断ち切られる。〈鷹の目(ホーク・アイ)〉で視力を強化していた無限魔力には攻撃の正体が見えた。

 

「……斬糸剣(ざんしけん)

 

 同僚のひとりが扱いにくいとこぼしていた武器だ。

 名にあるように糸のごとく薄く細い刃で、普通の剣とはまったく異なる軌道、そして数メートルにも及ぶ広い間合いをもつ。闘技場の〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉に照らされ、その刀身は銀糸のように煌めいていた。美しさより、おぞましさを感じさせる輝きだ。

 使いこなせる者はほんのひと握りしかいない。王国の犯罪組織『八本指』、それも『六腕』にひとりいる以外に使い手は聞かない。しかし、それは人間に限定した場合だ。

 

「いかにも。この俺、『魔の宝珠』が得意とする武器のひと振りだ」

「……魔の宝珠? 死の宝珠なら知ってるけど」

 しかし、あれは『ズーラーノーン』の十二高弟の手の内にあるはず。

「あのガラクタと一緒にしてくれるな。『知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)』としての格が違う」

 なるほど、と無限魔力は納得する。空っぽの全身鎧。不可視化した術者が観客席から操っているのかとも考えたが、敵は目の前にいた。

 

 知性あるアイテム(インテリジェンス・アイテム)

 ただ使われるのではなく、自らの意志をもち、時には魔法すら行使するマジックアイテムをそう呼ぶ。鎧を操っているのは兜にはめ込まれた宝珠自身だ。しかも知性だけでなく、プライドまで持ち合わせている。

 

(……だとしたら、全身鎧以外の装備もマジックアイテムと見るべき?)

 

 超級のマジックアイテムを装備した守護者がいるとは聞いていたが、まさかマジックアイテム自体が敵とは。

 

(はぁ……厄介な相手)

 

 無限魔力と魔の宝珠との間は5メートル以上ある。それだけ離れた位置から一歩も動かず、斬糸剣で切りつけてきたとなれば、あの剣自体も伸縮の魔法が込められた魔法武器だろう。

 

 手をかざし、魔法詠唱の構えをとる。するとアルシェが「援護する」と隣に並んだ。

「〈電撃球(エレクトロ・スフィア)〉!」

 杖から生じた雷球が魔の宝珠めがけて地を駆け……

 ——ヒュッ、ヒュンッ!

 二つの弧を描いた斬糸剣が雷球を十文字に裂く。ただ切り裂かれたわけではない。瞬く間に魔力を失った雷球は全身鎧に届く前に霧散する。

「魔法が、消された……⁉︎」

 自身の魔法、それも第三位階が打ち消され、アルシェは目を剥く。

 その点については無限魔力も同感だった。しかし動きを止めるのは実戦において致命的な隙だ。

 

 鋼鉄の糸が高速でうねる。

 ヒュンッ、と聞き慣れた風切り音がして、血が飛び散る。

 

「ふん、弟子を庇ったか。お節介な師匠だ」

「……弟子なんてとった覚えはないんだけど」

 溜め息をこぼしながら、無限魔力は裂けた左腕を押さえる。

 

「な、なぜ! いや、それよりも今は治癒を」

「……かすり傷ひとつで大袈裟なのよ。他人より自分の心配をしたらどう。あんただったら、今の一撃でぱっくりいってたわよ」

 止血の魔法をかける。完治までしている時間はない。痛みは——この程度なら耐えられる。

 

「痩せ我慢を。いつまでもつか見ものだな」

「……ガラス玉が、よく喋るわね。それとも彼我(ひが)の力量差も分からないわけ?」

「のたまうな、女。侵入者の分際で……。ふん、まぁいい。名前を聞いておいてやろう。墓標が無名では死んでも死にきれまい」

 魔の宝珠が嘲けるように赤く輝く。

 

「……漆黒聖典・第十一席次“無限魔力”よ」

 

 名乗ったところで〈認識置換〉がはたらくので、まったく別の名前に聞こえているはずだ。

 それでもわざわざ二つ名を名乗ったのは。

 

(……あたしを差し置いて、そっちの小娘を始末しようとする?)

 

 いつもの気怠げな表情のまま、無限魔力は胸の内に苛立ちを覚える。

 こんな気分になったのは——絶死絶命が模擬戦をしようと言ってきた時以来だ。当時はまだ彼女の強さを知らなかった。

 しかし、今では思い出しただけで鳥肌が立つ。

 

「どうか、したか?」

「……別に」

 

 このアルシェという娘もそう。相手の力を見る能力をもっているようだが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのになぜ自分ではなく絶死絶命に弟子入り志願するのか。

 気に入らない、などと感じている自分がいた。

 上からはワーカーを生きて捕らえろとしか言われていない。この小娘が腕や脚を失くそうが、それは四肢まで守れと命じなかった上の責任だ。

 実力としては第三位階が関の山。いつもなら気にもかけないが——

 

「……あんたは後ろで見てなさい」

「えっ、しかし二人いるなら」

「はぁ……指の一本でも失くされたら、あたしの実力が疑われるでしょ」

 

 無限魔力はよれよれの三角帽子から生えた手に、つばを持ち上げさせる。

 今、相対している敵は絶死絶命に比べれば大した相手ではない。ただ、ほんの少し不利なだけ。

 

 無限魔力は唇だけで笑った。

 まだ力を鼻にかけて、つけ上がっていた頃のように。

 

 

 

 

 

「最後の別れは済んだか」

「……そんなのじゃないんだけど。知性があるなら、少しは頭を働かせたら」

 兜の中で魔の宝珠が苛立たしげに光を増す。

「そうか……なら、女よ。先に死ぬがいい」

 鎧の手が斬糸剣を振りかぶる。

 

「〈高炉星(バルカン)〉」

 魔の宝珠が動くより先に灼熱の熱球を打ち込む。斜め上からの一撃。全身鎧は中に凄腕の戦士が入っているかのごとき俊敏さで熱球を回避する。だが息つく暇は与えない。

 

「〈超酸の霧(ミスト・オブ・スーパーアシッド)〉」

「何っ⁉︎」

 魔の宝珠が身構える。しかし、何も起こらない。

 

「……〈大彗星(グレート・コメット)〉」

 詠唱と同時に尾を引く箒星が闘技場を駆ける。大きく弧を描いた氷塊が無意味な構えをした魔の宝珠に背後からクリーンヒットする。

「ぐおっ!」

 衝撃音に氷の広がる音が重なる。客席の壁を蹴って着地した全身鎧は背中から右腕にかけて凍結していた。だが動きは鈍っていない。

 

(……氷属性はいまひとつ。金属だから酸は効くみたいだけど)

 

「〈酸の矢(アシッド・アロー)〉」

 ぬらっとした緑の液体を三発まとめて撃ち出す。「ふんっ」と魔の宝珠が左腕を振った。斬糸剣と逆の腕には円盾(ラウンド・シールド)があり、酸の矢を容易く弾く。

 

(……表面が腐食していない? なら、あれもマジックアイテム? はぁ……考えることが多すぎる)

 あの盾と全身鎧は防御系のマジックアイテムだろう。問題は弱点となる属性だ。

 

「〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)〉」

「——ぬっ!」

 魔の宝珠が身構え、やはり何も起こらない。

 

「……〈大彗星(グレート・コメット)〉」

 再び高速で弧を描く氷塊が全身鎧めがけて宙を走る。狙うはまだ凍結していない左半身。

「小癪な」

 魔の宝珠が散らばった破片の中から何かを蹴り上げた。武器の柄だ。鎧の手がそれをつかむと、急接近する氷塊に新たな武器——戦鎚(ウォーハンマー)を叩き込む。下の都市で歩兵型が持っていたのと同じものだ。

 

 ゴゥン、と響く低音と雷鳴。一瞬にして氷塊が砕け散る。

 

 だが強撃は留まらない。振り上げられたウォーハンマーが宙で打撃面を翻し、今度は地面に叩き付けられる。地響きと共に三つの雷撃が地を駆け、無限魔力と背後にいるアルシェに迫る。

 

「……〈天蓋星(ダイソン)〉」

 

 半球状の鋼鉄壁が出現し、雷撃を打ち払う。術者である無限魔力には壁の奥が見える。が、あまりいい光景ではなかった。

 右半身の氷を砕いた魔の宝珠が瓦礫(がれき)の中からまたしても新たな武器を手に取る。

 身の丈以上もある騎士槍(ランス)だ。

 

「防御魔法か。だが……この俺の前に、防御は無意味と知れ」

 

 中段に構えた槍から突進(チャージ)を繰り出す。後ろでアルシェが〈盾壁(シールド・ウォール)〉を唱えたが——

 鋼鉄を深々と穿つ感覚。そして槍は鋼鉄をねじりながら食い込んでくる。

(……〈肉軋み(フレッシュ・グランディング)〉を障壁に)

 金属のひしゃげる異音がする。限界を迎えた〈天蓋星(ダイソン)〉に亀裂が走った。巨壁は崩壊しながら魔力へと還っていく。

(……距離を詰められるのは、厄介ね)

 敵は中距離でも戦えるだけであって、近距離が不得手というわけではないはず。

 

「……離れるわよ」

「え、あっ」

 アルシェを小脇に抱えようとして「……重」と声をもらす。魔法職の腕に、そこそこ育った娘は重すぎる。絶死絶命なら軽々抱えていただろうが。

 

「〈全体飛行(マス・フライ)〉」

 重力が断ち切られ、体が宙に浮く。天井に張られた鉄檻を背に闘技場を見下ろす。魔の宝珠は動かない。

 

「……豪語しておいて飛行系のマジックアイテムは持っていないの」

「貴様こそ、使えもしない魔法を詠唱しないのか。その位置からなら俺はかっこうの的だぞ」

(……さすがに見抜かれた)

 

超酸の霧(ミスト・オブ・スーパーアシッド)〉〈連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)

 そんな魔法が果たして実在するのか。少なくとも無限魔力は見たことも聞いたこともない。知っている魔法を上位のものらしくしただけだ。詠唱したところで何も起きるはずがない。

 それでも情報は得られた。

 

 炎と氷に対しては堂々としていた魔の宝珠が、酸と雷——と思えるような名前にした——魔法には明確な防御体勢をとった。あとの二属性が弱点なのは確実だが。

 

(……どっちも系統が違うのよね)

 

 魔力は無限でも修得できる魔法は有限だ。

 それこそ酸属性は〈酸の矢(アシッド・アロー)〉を撃てるぐらいで、雷属性も同程度といったところ。

 無限魔力は溜め息をこぼす。褒められた戦い方ではないが、敵が飛べないのなら空中からの爆撃で一方的に攻め滅ぼすのも手だ。フールーダの二番煎じのようで癪ではあるが。

 

「随分と余裕のようだな、女よ」

「……」

 魔の宝珠の声には余裕が含まれていた。散らばったままの武器の中に飛び道具があったなら、その時は〈矢守りの(ウォール・オブ・)の障壁(プロテクションフロムアローズ)〉で——

 

「上だ!」

 離れていたアルシェが叫ぶ。

 回避か確認か。そこで後者をとってしまったのがミスだった。頭上に目を向けようとして。

 

 ——ガツン!

 

「……ッ⁉︎」

 後頭部を殴打された。意識がかすれるほどの打撃だ。〈全体飛行(マス・フライ)〉を維持できず、二人して地面に落下する。何が起きたのか。遅れながら状況を視認する。

 

「羽をもがれた蝶、といったところか」

 

 天井にあったはずの鉄檻が、落ちていた。

 

 高々としていた闘技場が一気に狭くなる。最初からそういう仕掛けだったのだろう。さらに客席の壁から長い鉄の棘がせり出す。

 鉄のすれるような駆動音がやむと、そこは死闘場とでも呼ぶべき場所に変貌していた。

 高さも広さも、今までのおよそ半分。敵が飛び道具を使わないのは、その必要がないからだ。

 

「得意の魔法はどうした。まさか魔力切れか」

 

 ——ヒュンッ、ヒュンヒュンッ!

 縦横無尽に斬糸剣が振るわれる。逃げ場は既になく、俊敏さも魔の宝珠の操る全身鎧が優っていた。身をよじって躱すも銀糸のような剣はやらしく軌道を変えて回り込んでくる。

 肩が切れた。脇腹が切れた。脚が切れた。

 変装用の紺のローブはそこかしこがザックリと裂けていた。血が止めどなく流れる。

 

 ——ヒュンッ!

「い……っ!」

 眼前を銀の糸がよぎった。咄嗟に顔をそらしたが、左の頬に灼熱感が走る。

「おっと、悪いな。目を狙ったつもりが、はずしてしまった」

 切れた頬から、体温を保ったままの血が垂れる。

 

「…………」

 

 魔力の消耗はさしてない。詠唱したそばから異常な自然回復力で消費分は取り戻せる。自分が無限魔力と呼ばれる由縁だ。

 

(……問題は魔法を打ち消すあの技)

 高位階の魔法には同様のものがある。しかし魔の宝珠の戦い方から見て恐らくは何らかのマジックアイテムだ。であれば回数制限があるはず。

 

「……〈天蓋星(ダイソン)〉」

「ふっ、無駄だ」

 連続する風切り音が瞬く間に鋼鉄壁の耐久値を奪う。切り裂かれた障壁がボロボロと崩れる。しかし、その中に無限魔力はいなかった。

 

「……こっちよ」

「ちょこまかと——」

「〈巨重星(ニビル)〉」 

 大気をそのまま押し潰すかのような圧。魔の宝珠も、そしてアルシェさえも手を止めて上を見る。

 まるで大地が逆さに落ちてきたような光景があった。ごつごつとした表面はクレーターだらけで、星を見慣れたものであれば惑星の地表だとすぐに見てとっただろう。〈高炉星(バルカン)〉とは比較にならない巨大さ。闘技場に突如出現した大質量は魔法であり、物理的に相手を押し潰す力を有していた。

 

「こんな大岩ごとき……っ!」

 

 魔の宝珠が目にも止まらぬ速度で斬糸剣を振るう。剣筋がいくえにも重なり、銀の糸玉のようになる。さっきと違い、その一撃一撃が〈巨重星(ニビル)〉に込められた魔力を削り取っていく。術者である無限魔力には魔法自体が打ち消されつつあることが伝わってきた。

 

「——ふんっ」

 

 超高速でしなる斬糸剣。その一撃をもって大質量の擬似天体は真っ二つに割断された。魔法としての姿を保てず、魔力が霧散していく。

 

「〈酸の矢(アシッド・アロー)〉」

「ちっ」

 

 背後から撃った酸の矢を、魔の宝珠は器用に斬糸剣で切り裂く。さっきの〈巨重星(ニビル)〉と同じく魔法が打ち消され、魔力が霧散する。だが宝珠は淀んだ輝きを放っていた。

 

「……左手の盾は使わないの」

「女め。謀ったな」

「……判断を誤ったのはそっちでしょ、間抜け」

 最初の酸攻撃は円盾で防いだ。本来なら今回も魔法を打ち消す力に頼らずとも済んだものを。

 

「……それで、あたしの魔法あと何回打ち消せるの。二回、三回……それとも、もう打ち消せない? まぁ、あんたが誰より分かってるでしょうけど」

「いちいち癪に障る女だ」

 否定しない。なら少なくとも見当違いではないのだろう。やはり発動回数の決まっている能力もしくはマジックアイテムか。

 

「〈超酸の霧(ミスト・オブ・スーパーアシッド)〉」

 ブラフをかます。だが、さすがに種の知られた罠には引っかからない。

 

「いい加減にやめたらどうだ。魔法詠唱者は口先だけで戦うのか」

「……あんたこそ踏み込んできたら。魔法遅延化(ディレイ・マジック)地を摩する大彗星(テイル・オブ・グレートコメット)〉」

 

 詠唱に一瞬魔の宝珠が踏み込みを躊躇(ためら)う。しかし何も起こらないと見てとるなり、赤い光を憤怒のように燃え上がらせた。すぐさま〈天蓋星(ダイソン)〉を唱える。

 敵の右手にはめた小手(ガントレット)——それも左と意匠が違う——で魔力が蠢いた。そして鋼鉄の障壁が打ち消されたのを、無限魔力は見逃さない。

 

(……これで四度目)

 

「死ねぇぇぇぇい!」

 知性の欠片もない怒声。斬糸剣が何重にもうねる。躱しきるには距離も時間も足りない。

 次の瞬間、銀糸でできた薔薇が斬りかかってきた。

 

 

 

 

 

 目や首を守るので精一杯だった。犠牲にした左腕はほとんど動かない。一番の深手は肩から胸にかけて裂かれた傷だ。魔法で止血する余力もなく、迂闊に動けば出血がひどくなる。

 

「っ……魔法遅延化(ディレイ・マジック)……〈地を摩する大彗星(テイル・オブ・グレートコメット)〉」

 

 指一本動かしただけで、皮膚が引っ張られて体中の傷がずきりと痛む。絶死絶命との模擬戦の後、痛みに耐えて魔法を行使する訓練はしていたが、ここまでくると魔法行使のための集中力を維持するのも厳しい。

 

「満身創痍だな。〈傷開き(オープン・ウーンズ)〉」

 肉が裂ける激痛。傷口という傷口が凝血を破り血を吐き出す。

「…………」

 無限魔力はいつもの気怠げな表情を崩さない。

 自分に馬乗りになって無遠慮に殴ってきた絶死絶命に比べれば、やつの陰湿な攻撃はマシなもの。そう思って痛みに耐えていた。

 あと何度、敵は魔法を打ち消せるのか。そればかり考えていた。

 

 

 

  ●

 

 

 

 魔の宝珠は右手を引く。斬糸剣が弧を描き、勢いよく女の肉を裂いた。さらに鎧の手首をひねる。たったそれだけで斬糸剣は軌道を変え、女の体に新しい傷を作った。

 再び〈傷開き(オープン・ウーンズ)〉を唱える。肉の裂け目から血が吹き出した。

 こちらの魔力はまだ十分。魔の宝珠は自身の中に溜め込んだ力を感じる。

 

(懸念材料は魔封五掌(まふうごしょう)の残り回数。ちっ、挑発に乗りすぎたか)

 

 右手のガントレットは全身鎧とは別の、後付け装備だった。主人から下賜された神話(ゴッズ)級のマジックアイテムである。第五位階以下に限り相手の行使した魔法を発動後でも打ち消せる。

 もっとも 手の甲にはまった宝石は五つのうち四つが輝きを失っていた。

 

(魔法を打ち消せるのは、あと一度のみ……)

 

 ならば自身の弱点属性、それも現状の装備で防御しきれない魔法に使わなくては。

 炎と氷は全身鎧が防ぐ。あの氷塊も直撃したところで大したダメージではなかった。金属アイテムで全身を固めている以上、酸と雷は痛手である。左腕の円盾は腐食耐性をもつ。ただ機動性に重きを置く魔の宝珠は全体的に防御を手薄にしがちだった。

 

『お前は知性はあるが理性は欠片ほどしかない。落ちて割れたらどうするのだ』

 

 かつての主人——不敬な人間が八欲王と呼ぶ存在——も苦言を呈していた。

 しかし、と魔の宝珠は思う。

 

(この女は殺す。聖域たるエリュエンティウに土足で踏み入ったなどという建前はどうでもよい。この俺に対する侮辱の数々。苦痛をもって贖わせなければ気が済まぬ)

 

「……〈第四位階・黄道十二宮獣召喚(サモン・ゾディアック・4th)〉」

 

 また女が魔法を唱える。これまでに聞いたことのない魔法だ。また小狡いブラフか、それとも——

 

「〈巨蟹星(キャンサー)〉」

 地に点と線からなるサインが刻まれる。人間が星座と呼ぶそれた。

 光り輝くサインから巨大な甲羅が出現する。うごめく節足とカチカチとなる大鋏。

 

(召喚モンスターか) 

 鎧を操り、斬糸剣をうねらせつつ、後ろへ飛び退く。

 ——ヒュンッ!

 振るった斬糸剣が巨蟹(きょかい)のハサミに命中した。刺々しい外殻を音をたてて削り取る。痛みに巨蟹が金切り声を上げた。すると、もう片方の鋏で斬糸剣を挟み込んだ。

 

(ふっ、愚かな。その程度で斬糸剣を切断できると思ったか。発動、ブーステッド・マジックアイテム)

 兜の中で魔の宝珠は赤い輝きを増した。自身の能力を解放させる。

 切れ味の増大した斬糸剣を、わざと鋏に当てて引き抜く。威嚇のように高々と掲げた鋏が切り裂かれ、体液が噴出する。

 

(これで……ん?)

 わずかに見えた召喚主である女は気怠げな顔まま唇だけで笑っていた。

 

「……〈巨蟹星(キャンサー)〉」

 女が何かを命じた。魔の宝珠は即座に注意を巨蟹に戻す。平坦な甲羅の下側、口にあたる部分が開き、大量の白泡を吹き出す。こけおどしか、それとも攻撃か。

 

(くっ、考えている時間が惜しい。ブーツ・オブ・スピード)

 

 俊敏さを上げ、一直線に噴射される泡の攻撃を回避する。判断はほぼ直感だったが悪い予感ほど当たるものだ。

 飛び散った泡の付着した鎧の腕が腐食していた。さっきまでいた場所など、見るも無惨に地面を抉ったように溶けている。

 

(女め、まだこんな隠し玉を。やむを得まい。魔封五掌(まふうごしょう)!)

 右手のガントレットにはめ込まれた最後の宝石が輝く。

 

「失せろ」

 連続して斬糸剣を振るう。召喚モンスターが巨大であるが故、一撃では打ち消しきれない。だが斬糸剣は連続してダメージを与える武器。甲羅のいたる部分にできた傷から体液と魔力を噴出させ、数秒と経たず巨蟹は崩れ落ちた。

 

「万策尽きたようだな、女よ」

魔力の精髄(マナ・エッセンス)〉と〈生命の精髄(ライフ・エッセンス)〉を内蔵した双眼鏡は他の装備と共に砕かれてしまった。だが魔法を連射しながらの持久戦。女の魔力も体力もあとわずかなのは明白。

 

「……万策尽きたのはあんたでしょ」

「得意のブラフか。やめろ。種の分かった詐術など聞いているだけで不快だ」

「……あたしの〈巨蟹星(キャンサー)〉を打ち消した時、右手で魔力が動いてたけど、今は微塵も感じないわよ」

「だったらどうだと言うのだ」

 

 女は相変わらず気怠げな表情だった。

 気に食わない。魔の宝珠は己の中で憤怒の炎が絶え間なく燃え続けているのを感じていた。もう抑える必要もない。

 

(最後はこれで仕留めてやろう。ふふ、すぐには死なせん)

 

 拾い上げたのは魔獣の牙を削って刃にした短剣だ。

 九頭蛇(ヒュドラーズ)の毒牙(・ファング)

 ぬらりとした刃は猛毒を分泌しており、刺せば体に回った毒で肉が徐々に溶けていき死にいたる。

 

 ここまでで女は雷の魔法をブラフを除き行使していない。酸の魔法も召喚モンスターの白泡が最大火力と見ていい。でなければ、ここまで魔力を消耗するまで出し惜しみする必要もない。

 鎧の手で武器を握りしめる。右手には斬糸剣。魔法も防御もこれで貫き通る。左手では九頭蛇(ヒュドラーズ)の毒牙(・ファング)が血を欲して煌めいている。

 

「……どうしたの、さっさと来たら」

「女め。死に急ぎたいのなら、望み通りにしてやる」

 

 ブーステッド・マジックアイテムを発動し、各種アイテムの性能を底上げする。能力値(ステータス)が上がりきった時には既に全身鎧で駆け出していた。狙うは正面。こんな小手先の技を弄する女に自分が屈するなど、あってはならない。

 

「っ……〈超高炉星(メガ・バルカン)〉」

 

 女が一瞬出遅れて魔法を詠唱した。

 闘技場の温度が跳ね上がる。火口の中に転移したかと思えるほどの灼熱だ。その熱源は頭上、鉄檻を融かし赤熱した巨星が降ってくる。女が何度か唱えた〈高炉星(バルカン)〉の比ではない。

 

(馬鹿め。一歩遅かったな)

 

 魔の宝珠は構わず突っ込む。全身鎧の炎耐性は引き上げてある。何より女の魔法はダメージ範囲が広い。あの巨大さだ。魔の宝珠に命中させれば、余波で女も巻き添えになる。

 斬糸剣を振るう。切れ味は最大。存分に遠心力をつけて攻撃魔法もろとも女を真っ二つにしてやろうとして——

 

 ——バカリ、と大熱球が割れた。まるで卵の殻を割るように。

 

(なんだ今のは⁉︎ 剣先がかすったのか。いや、切った手応えはなかった……!)

 

 違う。今のは大熱球自身が割れたのだ。〈超高炉星(メガ・バルカン)〉の内部に閉じ込められていたもの——灼熱という形容するら生ぬるいほどの業火が、魔の宝珠にまとわりつく。

 

「ぬぅ、うぉおああああああ‼︎」

 

 溶鉄を頭からかけられたような熱さだ。斬糸剣は精密動作を要するため、全身鎧を操るのも兼ねて魔力で擬似神経を作っていたが仇となった。骨の髄まで焼かれる激痛。かつて主人の屠った亜人種の断末魔がよぎる。

 炎への耐性があってもカバーしきれない。咄嗟に左手の円盾で身を守るが、炎は回り込んでくる。

 

「……随分と熱そうね」

 

 唯一の救いは女の嘲笑に、魔の宝珠の中で憤怒が再燃したことだった。鎧越しに伝わってきていた痛みが掻き消える。

 

「きっさまぁああああ‼︎」

 

 銀の全身鎧は白熱して溶解寸前だが構わない。このクソったれな女のどてっ腹に九頭蛇(ヒュドラーズ)の毒牙(・ファング)を突き刺す。残りわずかだった間合いを詰める。懐に入られた魔法詠唱者(マジック・キャスター)など、断頭台に首を乗せた囚人も同然。左手に握った武器を突き出し——

 

「……〈地を摩する大彗星(テイル・オブ・グレートコメット)〉」

「⁉︎」

 

 熱が消えた。

 今度は何だ。魔の宝珠は叫ぶ。闘技場を灼熱地獄にしていた熱量すべてと引き換えに現れたのは二つの巨大な輝き。青白い光の尾を引く箒星だった。

 

(な、なんだ、この魔法は⁉︎)

 

 夜空にあるべきそれらは地上すれすれの軌道をとっている。二つの箒星はぐるりと回転し、本体から削り出された氷の尾を大剣のごとく振り下ろす。

 時間にして一秒にも満たない一瞬。だが、魔の宝珠には見える光景すべてがスローモーションに感じられた。

 

(馬鹿な! 同じ魔法を同時に二つ⁉︎ あり得ない! 我らが主なら兎も角、たかが人間風情がそんなことをできるはずがない!)

 

 両腕で兜を庇い——右手に盾はないが構わず——宝珠(本体)を守る。女は鎧に氷耐性があることを理解していない。だから氷属性で攻撃してきた。そうに違いない。

 両腕の鎧が急冷によって歪な音をたててひしゃげる。次の瞬間には内部まで凍り付いていた。だが叫ばずにはいられない。

 

「なぜだ、貴様にその魔法は使えないはず! だというのに、なぜっ!」

 

 戦闘中に女は二度、その魔法を唱えている。しかし何も起きなかった。詠唱だけの高位階魔法であり、ブラフだったはず。

 

「……言ったでしょ、魔法遅延化(ディレイ・マジック)。こんな大魔法を連射したら、さすがのあたしも魔力が枯渇するわ」

 

 困惑と憤怒。しかし女はそれすら許さない。

 

「ああ、それと……今唱えた分よ」

 

 魔の宝珠はギョッとした。

 確かに女はさっき()()()の詠唱をしていた。

 空が急激に明るさを増す。青白い冷徹な光。見上げずとも迫った極低温で分かった。凍結した両腕は盾にもならない。鎧の腕を砕き、兜めがけて三つ目の箒星が極寒の尾を振り下ろす。

 いまだ〈超高炉星(メガ・バルカン)〉の熱から冷めきっていなかった魔の宝珠は白煙を噴き上げて急冷される。

 

 ——ピシッ!

 

 宝珠の表面に一筋の亀裂が走った。

 心底震えるとはまさにこのこと。魔の宝珠は瞬時に女の狙いを理解する。

 

「き、貴様まさか最初から……!」

「……なに、弱点属性だけ警戒しておけば勝てると思ってたの。とんだ間抜けね」

「——ッ、ぁああああああああああ‼︎」

 

 ピシッ、ピシッ!

 

 亀裂は見る見る深まっていく。急激な温度変化による体積の急変。それに耐えきれず、宝珠に入った亀裂は中心の赤い輝きにまで達し——

 

 パリンッ!

 

 ——魔の宝珠は真っ二つに割れた。

 

 

 

「……〈上位道具破壊(グレーター・ブレイクアイテム)〉」

 無限魔力は小さく唱えた。

 果たして、そんな魔法が存在するのかは別として。

 

 

 

 

 




書籍によると、絶死ちゃんは無限魔力の魔法を正面から受けてもノーダメージで前進してきたそうです。めちゃツヨ。
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