絶死ちゃんは冒険者になりたい   作:なら小鹿

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明けましておめでとうございます。
法国ではまだお正月です。





第6話 絶死ちゃん、人のトラウマの中でも無双する

 

 

(す、すごい……)

 

 アルシェは見ていることしかできなかった。

 戻ってきた魔法詠唱者(マジック・キャスター)——ここは本人の言うように天才と付けるべきか——は大きな三角帽子から生えた手にツバを持ち上げさせて言った。

 

「……身構えなくてもいいでしょ。別にあんたにさっきの魔法を撃ち込んだりしないわよ。また吐くなら洗面器でも出すけど」

「いや、そうではなくて……あっ、すぐに治癒を」

 

 あわててポーチから治癒のポーションを取り出す。ここに来て、冒険者チーム『紫根の花』の二人には助けられてばかりだった。なら、せめて回復くらいは——

 

「……大袈裟ね。こんなの漆黒……あたしからすればかすり傷よ」

「しかし血が」

「はぁ……〈傷治癒(キュア・ウーンズ)〉、これで満足した?」

 

 天才魔法詠唱者の体が淡く光った。しかし完全に傷が塞がったようには見えない。その証拠というべきか、小声で「……〈傷治癒〉……まだ塞がらない。はぁ……〈傷治癒〉」と何度も回復魔法を唱えている。あれだけの激戦を繰り広げたあとだというのに、もう魔力が回復しているのか。

 

 第三位階の魔法が使えるからと、自信満々に自分を売り込んでいた自分が恥ずかしい。

 いや、決して今のチームに不満があるわけではない。

 ただ、自分が行使できる最大の魔法をいとも容易く打ち消した敵を、それも多様な武器を使う戦士を、魔法のみで打ち倒した魔法詠唱者を見ていると。

 

「……なによ?」

「そ、その、あなたの実力を見誤っていた。許してほしい」

 

 アルシェには〈看破の魔眼〉がある。そのせいで行使可能な位階で相手を見がちだった。

 この相手は第五位階。自分よりずっと上の魔法を使える、とそこだけを見ていた。しかし戦い方を見て知った。この人は位階だけでなく、魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての戦い方も自分より上だった。

 

(敵の弱点を探り、魔法を打ち消すあの技の正体まで看破したうえで倒す。それも戦いの中ですべて。まだ、学ぶべきことは多い)

 

 別の相手に弟子入り志願した手前——断られたとはいえ——やはり教えを乞うのは(はばか)られる。

 

「……そんなこと。別に怒ってもないけど、あっちの鉄扉を調べてくれる。このガラクタはもうしゃべれそうにないし」

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)は両手に持った赤い玉を捨てる。きれいに真っ二つになった魔の宝珠はくすんだ色をしていた。当然、知性の輝きもない。

 

「わかった。すぐに」

 焼け焦げた瓦礫を乗り越えて鉄扉を調べる。後ろにあったものと違い、こちらは開く気配があった。

 

「あの人は、あなたより強いのか」

 ふと思ったことを聞いてみる。

「……誰?」

「同じチームの、紫の全身鎧を着た——」

 

 と言ったところで魔法詠唱者(マジック・キャスター)は一瞬で青ざめた。何かまずいことを聞いてまったか。

 

「……強いなんてものじゃないわよ。あんたなんて模擬戦ですら死ぬわよ」

「そ、そんなに強いのか」

「……当然よ。だいたい何で魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのに、弟子入りなんか——」

 

 

 

 思い返すだけでも、あれは酷かった。

 

 

 

  ●

 

 

 

 無限魔力が漆黒聖典に引き抜かれて間もない頃のことだ。

 

「……今回はクアちゃんがリーダーだから従うけど」

「不満なようですね」

 作り笑いの優男——クアイエッセ・ハゼイア・クインティアは続けざまに言う。

 

「私としては、あなたの能力を高く評価しているつもりなのですが」

「……〈転移門(ゲート)〉がいる時にだけ呼びつけておいて、あとは何もするなが? もっと天才魔法詠唱者(マジック・キャスター)に相応しい任務を回してくれない」

「同僚であれ手の内を明かさない、それが漆黒聖典(我々)です。魔法詠唱者(マジック・キャスター)ならなおさらでは?」

「……はぁ」

「納得してもらえて何よりです」

(……納得はしてないけど?)

 

 無限魔力は第十一席次。対してクアイエッセは第五席次。ギガントバジリスクを十体同時に使役できる“一人師団”である。しかし、その程度なら無限魔力も自身の魔法で殲滅できる自信があった。

 

「んふっふ~、天才とか言う前にさ、その下着みたいな格好どうにかしたら~? 私なんか娼婦と見間違っちゃったよ~」

「……あんただって同じでしょ」

 

 淀んだ目をビキニアーマーの第九席次に向ける。

 同じ漆黒聖典の女性隊員だが、口を利くだけで腹がたった。

 

「やめなさい、クレマンティーヌ。任務中ですよ。仲間割れをしている場合ではありません」

「ちっ……クソ兄貴が」

「おや、何か言いましたか?」

「ん~何でもないよ~、お・に・い・さ・ま」

 

 第九席次は頭の後ろで腕を組みながら歩く。鼻歌でも歌い出しそうな態度に、無限魔力は微かに苛立ちを感じていた。

 

 

 

  ●

 

 

 

 その日もカッツェ平野は霧に覆われていた。霧全体に薄っすらとアンデッドの香りが漂っている。

 今回の任務もそれに関するもので、数週間前から霧の中を歩く巨大なアンデッドが確認されている。それを討伐するべく漆黒聖典から三名が遣わされたのだが。

 

「……〈高炉星(バルカン)〉」

「あっづッ! おい、てめぇ。今、私を狙っただろう」

「……うろちょろするからよ、第九席次」

 

 リーダーから援護射撃の許可はもらっている。

 見ればフード付きマントの裾が焼け焦げていた。惜しい。次は熱球を大きめにしよう。

 

「二人とも、作戦状況中ですよ。身勝手な行動は慎んでください」

 クアイエッセの笑みには影が差していた。

 

 

 

  ●

 

 

 

「……クアちゃんの妹、どうにかならないの」

「不出来な妹で申し訳ありません。また出すぎた真似をするようでしたら、テイムしておきましょうか」

 

 任務は遂行したが、苛立ちは収まらなかった。それを隠すのに話題を変えたが、あまりいい方向には向かわなかった。

 

「ところで上からの伝言なのですが」

「……今度はどこに転移門をつなげればいいの」

「いえ、そうではありませんよ。もしそこまで腕に自信があるのなら——」

「……何よ」

 答えるクアイエッセは神妙な顔付きになった。

 

 

 

  ●

 

 

 

「——あなた、私と戦ってみない。模擬戦っていうやつ」

 

 ノックもせず部屋に入ってきた相手に無限魔力は苛立ちを覚えた。同じ漆黒聖典の隊員にもここには入るなと釘を刺していたのに。

 

「雑多な部屋。掃除婦は付けてないの?」

 

 こちらの気など知りもしない、という態度だった。

 床には読みかけ魔導書がぞんざいに積み上げらており、衣服や靴下も脱ぎ捨てて放り出したままになっている。どれも見る者が見れば、目が飛び出るほどのマジックアイテムだ。

 普通なら踏むのを恐れて立ち入るのも躊躇うはずが、女はそれらを器用に避けて的確に足の踏み場を見つけ、こちらへ歩いてくる。

 

「……誰、あんた」

「あなたの同僚。年数でいえば、私の方が先輩になるのかしら」

 

 言われた無限魔力は顔を上げ、そのまま視線を下げる。見下すような姿勢だが、被った三角帽子のツバが大きすぎて、どうしてもこうなる。

 

(同僚……? このガキが)

 

 無限魔力が漆黒聖典に引き抜かれたのはごく最近だ。十二の席次が与えられた隊員たちとの顔合わせも済んでいる。

 しかし、この女は見たことがなかった。

 一度見たら忘れるはずのない髪だ。左右で漆黒と白銀に色が分かれている。瞳も同じ色。付け髪に見せかけたマジックアイテムか、と持ち前の好奇心が疼いた。

 

「私の髪がどうかした? ああ、やっぱり気になる。あの子もそうだったわ。第九席次の——」

「……用件はなに。あたしは忙しいんだけど」

 

 溜め息でも吐くような気怠げな声で言う。よりにもよって気に入らない相手を話題に挙げないでほしい。

 

「さっき言わなかった? あなた、私と戦ってみない」

「はぁ……なんであたしがあんたみたいなガキと」

「あなた、強いんでしょ?」

 

 話を遮るような言い方だ。

 女はにんまりと唇だけで笑った。とても好戦的な笑みだ。

 

「……あたしは任務のない時はずっと魔法の研究してていいって言われて漆黒聖典(ここ)にきたんだけど?」

「そう。なら、あとで上に伝えておくから」

 

 私との模擬戦、任務扱いにしておくように、と女は言った。

 苛立たしい女だ。

 

「……あんたに勝って、あたしに何の得があるの」

「そうね。もし勝てたら、自慢になるんじゃない?」

 

 こんな女を倒して、いったい何の自慢になるのか。面倒だと感じながらも無限魔力は考える。

 上層部からの指示なら、この女がどうなろうと、それは上層部の責任だ。自分は指示に従っただけなのだから。

 それよりも——

 

「どうかした?」

「はぁ……何でもないわよ」

 

 あの第九席次の他に舐めた態度をとる相手が増えるのは鬱陶しかった。

 

 

 

  ●

 

 

 

「ここに来るのも随分と久しぶりね。あの子、第九席次を倒して以来かしら」

「……遠足にでも来た気になってるの。言っとくけど、あたしとあんたは今から()り合うのよ」

 

 小生意気な女は“絶死絶命”と名乗った。漆黒聖典には全員、二つ名がある。だから席次を聞いたのだが。

 

「まだ言ってなかったわね。私、席次がないの」

 

 とても軽い口調だった。

 まさか訓練生か。それにしては態度が大きい。そもそも六色聖典に訓練生制度があるのか無限魔力は知らないし、わざわざ真偽を確かめる気もない。

 

 模擬戦の場所は聖都から西へ大きく移った、アベリオン丘陵の麓にある。火滅聖典や陽光聖典が亜人を相手に実戦演習をしている場所も付近にあるが、そこからは随分と離れている。

 隠蔽の魔法までかけられていたことから察するに、秘密の訓練場といったところか。

 

「……さっさと始めなさいよ。早く帰りたいんだけど」

 

 無限魔力のいるのは大地が抉られたように窪んだ場所だった。三六〇度を垂直に近い土肌が囲い、それでいて地面は平ら。まるで地面をくり抜いて闘技場にしたような、そんな場所だ。

 

「いつでもいいわよ」

 

 絶死絶命は十メートルほど離れた位置に立っている。無限魔力が魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるから距離を空けた、と言った時には柄にもなく舌打ちが出そうだった。

 

「はぁ……〈高炉星(バルカン)〉」

 

 ぞんざいな詠唱でも魔法は発動する。

 消費魔力に応じて威力を増す魔法は特大の熱球となって目標に向けて落下する。

 絶死絶命は避けようともしない。まさに星でも眺めるように、頭上を見上げている。

 

 ——ドッ、ゴォォォオオオ!

 

高炉星(バルカン)〉の熱球が大地を焦がす。衝撃で地響きが起き、土肌の一部が崩落した。

 

(神官は……呼ぶだけ無駄かもしれないけど。はぁ……、なんであたしがこんなことまで)

 

 あれなら骨すら残っているか怪しいが、これも上層部からの指示だ。無限魔力は聖殿に連絡しようとして——

 

「へぇ、これで腐肉の巨人(キャリオン・ジャイアント)を倒したの?」

「……!?」

 思わず身を翻す。

 

 轟々と燃えさかる炎の中から絶死絶命が歩み出てきた。

 ダメージを負っているようには見えなかった。髪に付いたホコリを払うように頭を振ると、はらはらと火の粉が降り落ちた。

 

(は、はぁあ……!? 効いてない、あたしの魔法が……)

 

 柄にもなく無限魔力は目を剥いた。

 勝負を挑んできておきながら絶死絶命は鎧を身に付けてはいない。部屋に来た時と同じ格好だ。武器の類も持っていない。

 剣を使う戦士でないなら、自分と同じ魔法詠唱者(マジック・キャスター)か。まさか素手で格闘する職業(クラス)ではあるまい。

 

「ねぇ、どうなの」

「……な、なにがよ」

 

 そこで無限魔力は気が付いた。

 自分は、あの絶死絶命という女に焦っている。

 

「さっきの質問。もしかして忘れちゃった?」

「……どうだっていいでしょ。任務のことならクアちゃんに聞けば。……〈巨重星(ニビル)〉」

 

 恐らく絶死絶命は特定の属性ダメージを無効化する手段を有している。それ以外に考えられない。

 空が陰り、逆さになった大地が落ちてくる。魔力で形成した擬似天体。無限魔力の魔法の中でも最大級の物理攻撃だ。

 絶死絶命がまた頭上を見た。胴はガラ空き。念には念を入れる。

 

「……〈大彗星(グレート・コメット)〉」

 

 地上すれすれを駆ける氷塊が無防備な絶死絶命に迫る。隙を狙うのは癪だが仕方ない。

 

 またしても絶死絶命は動かない。

大彗星(グレート・コメット)〉の氷塊は回避不能な至近距離にまで迫っている。頭上の〈巨重星(ニビル)〉も同様だ。命中は確実。そして——

 

 ——バキィィン。

 

 氷塊が絶死絶命の肩に当たって砕けた。

 

「へ、へぇ……」

 口から情けない声が漏れる。迎撃でなくても防御ぐらいはするだろう。そう思っていたのに。

 

「ふっ」

 

 間近に迫った大質量の擬似天体に、絶死絶命が片腕を突き上げる。ちょうど空に向かって正拳突きをするような体勢だ。

 

 ——ビシッ、ビシビシィ。

 

巨重星(ニビル)〉の超大型天体が、乾いた泥団子のように砕かれた。

 

「へぇ、へぇぇえ……!?」

 

 呂律が回らない。なぜ。どうして。

 属性ダメージを無効化するだけじゃないのか。修行僧(モンク)の拳は鉄をも砕くというが、星を粉砕するなんて英雄の域にいる者ですら不可能だ。しかも、あんな腰の入っていない拳で。

 

「今のがあなたの一番強い攻撃?」

 

 魔法なのか武技なのか。それすら分からない。分かるのはあの女がバケモノということだけだ。

 

 その絶死絶命がゆっくりと向かってくる。

 

 あれに距離を詰めさせてはいけない。生存本能が叫んでいる。無限魔力は修得した魔法を片っ端から吐き出す勢いで詠唱した。

 灼熱の天体が、氷結の天体が、超重力の天体が降り注ぐ。並の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なら即魔力が枯渇するが、異常な魔力回復速度が連続詠唱を可能にする。撃った魔法はどれも直撃した。一軍で相手にするような魔獣でも息絶えているほどの威力なのに。

 

 絶死絶命は歩調を変えずに足を進めてくる。

 

「はぁ、はぁ……っ、〈超高炉星(メガ・バルカン)〉! はぁ、はぁ……げほっ、げほっ……〈地を摩する大彗星(テイル・オブ・グレートコメット)〉!」

 

 咳き込みながら魔法を放つ。だが微塵も効いていない。魔法に対する完全耐性でも持っているのか。だとしたら魔法詠唱者(マジック・キャスター)である自分に勝機は——

 

「〈第四位階・黄道十二宮獣召喚(サモン・ゾディアック・4th)〉……!」

 

 己を奮い立たせるように無限魔力は詠唱を叫ぶ。

 呼応して絶死絶命の間に星座が刻まれた。

 点と線からなるサイン。そこから吠え声が轟く。躍り出たのは黄金の巨大な獅子だ。無限魔力が召喚できるモンスターの中で肉弾戦に特化した〈獅子星(レオ)〉である。

 

(……か、噛み付けっ……噛み殺せっ)

 半ば叫ぶように念じる。

 

 ——ガゥォオオォオオ!

 

 百獣の王(ビースト・キング)に相応しい咆哮が大気を震撼させる。地を蹴り〈獅子星(レオ)〉が絶死絶命に迫る。人の背丈を優に越える体高をもちながら、筋骨隆々とした巨躯は瞬時にトップスピードに達する。

 その間に無限魔力はありったけの強化魔法を施す。

上位全能力強化(グレーター・フルポテンシャル)〉〈竜の力(ドラゴニック・パワー)〉〈不屈(インドミタビリティ)〉〈上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)

 

 黄金の獅子が獲物に飛びかかる。

 吠え声と共に開かれた大顎。かつてフロスト・ドラゴンを噛み殺した二つの牙が獰猛に光る。

 

 取った。無限魔力は確信した。しかし——

 

「ふっ」

 

 ——どすっ!

 

 絶死絶命の右のアッパーが〈獅子星(レオ)〉の顎を撃ち抜く。

 

(……え)

 

「はぁっ」

 

 ——ごふっ!

 

 続けざまに左のボディブロー。先のパンチで前身を起こされた獅子のどてっ腹に容赦ない拳がめり込み、その巨体が横に吹っ飛ぶ。

 

(へぇえ……)

 

 泣きたくなってきた。淀んだ目は涙で潤んでいる。

 

 しかし、まだ終わらない。

 横転した〈獅子星(レオ)〉に絶死絶命が組み付く。細腕が金のタテガミを捕らえた。首に回した右腕を左手でロック。そして、そのまま首を絞め上げる。

 三メートル越えの召喚モンスターを小脇に抱え込み、完全に組み伏せた。怪力にもほどがある。〈獅子星(レオ)〉は鋼の爪を備えた手を叩き付けて抵抗するが。

 

 ——グオッ、オッ、グオォッ!

 

「こら、暴れないの」

 

 しかし、絶死絶命にかかればお風呂を嫌がる猫も同然だ。まるで歯が立たない。

 ぐいっと絶死絶命が背中を倒す。抱えられた〈獅子星(レオ)〉は異様な角度でのけ反らされ、背骨からメキッメキッと痛々しい音がする。

 

 ——グオッ、グォォオオン!

 

 さっきにも増して〈獅子星(レオ)〉は激しく抵抗する。無我夢中。口から泡を吐き、必死にもがく。だが絶死絶命の腕は外れない。最早どちらモンスターか分からない。

 

(……こ、こうなったら……)

 

 もう正々堂々なんていっている場合ではない。勝つ(生きる)負ける(死ぬか)か。こっちは崖っぷちなのだ。

 無限魔力は無詠唱化した魔法を唱える。そして絶死絶命の背後を狙うよう念を送った。魔法も物理も効かない。だったら残された手段はただひとつ。

 ひと刺しでいい。ひと刺しすれば、あとは全力で時間を稼いで——

 

 ガッと絶死絶命が何もない空間を踏み付けた。

 

「へぇ、すごいわね。二匹も同時に呼べるなんて」

 

 ——ギイィ!

 

 不可視化が揺らぎ、背後に迫ったその姿が輪郭を露にする。

 絶死絶命が踏んでいるのは巨大なサソリの尾だ。

 大型魔獣すら死に至らしめる猛毒をもつ〈天蝎星(スコルピオ)〉。無詠唱化した召喚魔法で呼び出した、二体目の召喚モンスターである。

 挟撃する算段だったが。

 

 ——グォ……グォォ……

 

 ここで〈獅子星(レオ)〉が絞め落とされた。

 試合開始から59秒。絶死絶命を相手に善戦した方である。

 

 しかし、この状況はまずい。〈天蝎星(スコルピオ)〉は不可視化と猛毒に特化している反面、不意打ち以外は同格の相手に対しても厳しい。防御魔法を施そうとして。

 

「抵抗しても無駄。このまま落とすわよ」

 

 ——ギィ、ギイィ!

 

 絶死絶命は〈天蝎星(スコルピオ)〉の尾を踏んづけたまま、両の大鋏を押さえ込んでいた。

 哀れな巨大サソリは勢いをつけて胴体を後ろに引いて——人間でいうなら腰を引くような動作で——拘束から逃れようとする。だが、絶死絶命の腕力に敵うはずがない。

 ぶちり、とねじり込まれた関節から嫌な音がする。

 

 ——ギィィイイイイイ!!

 

 耳障りな悲鳴。〈天蝎星(スコルピオ)〉は大鋏のなくなった両腕を振り上げる。尾の先も踏み砕かれ、毒針も使いものにならない。

 

 絶死絶命は素早く〈天蝎星(スコルピオ)〉の頭部に跨がり、そのまま両脚で挟み込む。

 

「ふっ」

 

 勢いをつけて体ごと横に回転。メコキッ、とサソリの頭をひねり折った。

 試合開始から17秒。短い命であった。

 

 これで試合終了ならよかったのだが。

 

「もう終わり?」

「……ひっ、ひいぃっ」

 

 絶死絶命がこっちへ向かってくる。

 

(こ、殺される……!!)

 

 無限魔力は心の底から震え上がった。

 相手は素手で召喚モンスター二体を屠った女だ。至近距離から超級の魔法を連射するが、絶死絶命は歩調を緩めない。弱点属性もなければ急所を狙っても怯みすらしない。

 

「これで全力?」

 

 気付けば絶死絶命が目の前にいた。

 諦めずゼロ距離から魔法を撃ち込もうとして、足払いをかけられた。視界が揺り乱れて、受け身も取れず背中から倒れる。すぐに起きあがろうとして——

 

「逃がさない」

 

 絶死絶命が胸を踏み付けてくる。

 退けようとつかみかかったが、巨木を相手にしているかのように動かない。いくら魔法職と戦士職で腕力に差があるとはいえ、この小柄な体躯のどこにこんな力が。

 

「ねぇ、あなた、私より強いんだって?」

「……」

 そういえば、クアイエッセ相手にそんなことをのたまっていた気がしなくもない。

 

「なら、ここから反撃してみてよ」

 

 膝に腕を乗せて絶死絶命は前屈みになって見下ろしてくる。その唇が嗜虐的に笑った。期待しているわよ、とでも言いたげな表情だ。

 

「ひいぃぃい! 〈超高炉星(メガ・バルカン)〉……うぶっ」

 

 絶死絶命が馬乗りになってきた。魔力が霧散し、発動しかけた魔法がキャンセルされる。だが、そんなことはどうでもいい。

 この女が間近にいる。その事実だけで失禁しそうだった。

 無限魔力は無我夢中で抵抗した。暴れて、悶えて、自分が巻き添えになろうと構わず魔法を詠唱しようとしたが。

 

「バ、バルカ……うぐっ! ……ふっひっ、グ、グレート・コメッ……げふっ! ……はぁはぁ……ひぃ……」

 

 無言のまま絶死絶命が顔を殴ってくる。右の拳。左の拳。また右の拳。到底修行僧(モンク)とは思えない、ぞんざいな打撃だ。

 しかし威力は尋常ではない。首がもげるほどの衝撃に意識が遠のく。直後、逆から殴られた痛みで現実に引き戻される。その繰り返しだ。

 

 体術の心得などない無限魔力はにガードすらまともにできない。

 それでも戦意を失わなかったのはプライドがあるからだ。

 自分は天才魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。法国上層部がその実力を認め、破格の条件で漆黒聖典に引き抜くほどの逸材。

 それなのに、こんな年端もいかないような小娘に馬乗りになられて……

 

「ねぇ、どうしたの」

 

 ——どすっ!

 

「得意の魔法」

 

 ——どすっ!

 

「撃ってこないの」

 

 ——どすっ!

 

 早く、早く反撃しないと。無限魔力は痛みを堪えて——そんなこと今までしたこともなかったのに——魔法を詠唱しようとした。

 そのたびに絶死絶命の無遠慮な拳が襲ってくる。泣くほど痛い。魔力はまだある。体力も限界ではあるが尽きてはいない。

 だが、もっと別のものが危ない。今にも……今にも……

 

「……ひぃ、ひぃ……テイル・オブ・グレート……うぐっ……」

 

 ——ぽきん

 

 無限魔力の中で何かが折れた。

 

 

 

  ●

 

 

 

 あの模擬戦から数日後のことである。

 法国には神官が大勢いる。聖殿お抱えの神官ともなれば命さえあれば、どんな傷も即座に癒してくれると言われるほど。

 唯一、癒せない傷があるとすれば——

 

「あ、あのぉ、絶死様? いらっしゃいますでしょうか」

 

 無限魔力は恐る恐る扉に声をかける。

 今いる部屋に入るのにも死ぬほど勇気が要ったが、気に入っているらしいソファーに主人の姿はなかった。ということは寝室だろう、と再び勇気を振り絞っている。

 

「……いるわ。今、起きたところ。……少し待ってくれる」

「はっ、はひぃ! 私のことなどお構いなく、ごゆっくりとどうぞ!」

 

 無限魔力は寝室の扉に向かってへこへこ頭を下げる。もう二度と付け上がりませんから、許してください、と心の中で叫びながら。

 

 

 

  ●

 

 

 

 絶死絶命との出会いは思い出しただけでも夜眠れなくなるほどだ。

 それはそうと、このアルシェという小娘がなぜ絶死絶命に弟子入り志願したのか。やはり謎だ。

 

(……まさか)

 

 合流するまでアルシェは絶死絶命と行動を共にしていた。ということはつまり——

 

 無限魔力の脳裏にある光景が浮かぶ。

 蹴り倒したゴーレムに馬乗りになり、素手で兜を殴る絶死絶命。そしてその姿に感銘を受けるアルシェ。

 

「……」

 

 ないとは言い切れない。

 万が一にも、このゲロ娘が絶死絶命に弟子入りして、あの心をへし折る技、絶死絶命マウンティング・スペシャルを体得するのは何としても阻止しなくてはならない。下手をすれば模擬戦を挑んでくる可能性もあるのだから。

 

 無限魔力は考える。

 こいつ、今のうちに潰しておくべきかと。

 

 

 

  ●

 

 

 

「どうかしたのか」

 

 アルシェの見ている前で、かの天才魔法詠唱者(マジック・キャスター)は思案に耽っているようだった。

 

「……あんた、まだ絶死様(あの方)に弟子入りするの諦めてないわけ」

「そ、それは」

 

 できることなら、この人から教えを乞いたい。強敵である魔の宝珠との一戦を見て、その気持ちは一層強まった。しかしだ、そうコロコロと師と仰ぐ相手を変えるのも不義理である。

 

「……そう。なら、あたしを越えてからにしさない」

「!?」

 

 そ、それは実戦を以って魔法を教えてくれるという意味、でいいのか?

 ごくりと喉を鳴らす。

 

「分かった。手合わせ願う」

 

 

 

 この後〈高炉星(バルカン)〉でこんがり焼かれた。瞬殺である。

 

 付け上がってはいけない。それがこの気だるげな師匠からの教えだと、ポーションをかけられながらアルシェは悟った。

 

 

 

 

 

 





今回ちょっとお知らせがあります。

実は作者、ハーメルン以外でも小説を書いていまして。
この時点で、アインズ様レベルに聡明な読者さん方はお察しかもしれません。

はい、そちらの締め切りが迫っています。

なので、こちらの投稿をちょっとお休みさせてもらいます。

戦線を二つ同時に構えるのは良くないと、書籍15巻で法国も言っていますし。

また投稿を再開した際には読みに来ていただけると幸いです。
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