ちょこっとだけ更新します。
「ごめんさないね。着替えるから少し待ってくれる」
アンティリーネが言うと、フォーサイトの四人が表情筋を総動員して「え?」という顔をする。
おかしい。大理石のゴーレム十体に頭上から弓矢で狙われても冷静さを失わなかった彼らなのに。
(なに、その反応。おかしなこと言った?)
頭上から爆音が降ってくる。今はまだ無限魔力の
この集中砲火、そして敵の目をかいくぐるために水路に潜って移動する。だから着替える。
うん、何もおかしなところはない……はず。
(あぁ、もしかして)
アンティリーネはちらりと四人を見る。
(冒険者……じゃなかったわね。ワーカーは水中装備を持っていない?)
アンティリーネが今身に付けているような
(デザインに注文を付けたら金額が倍近くになったけど、あれはなんだったのかしら。不思議ね)
とはいえ、オーダーメイドぐらいで懐は痛まない。
金欠で悩んでいる、どこぞの漆黒の戦士が聞いたら卒倒しそうなほどの額はもらっているが、まぁそれはここで語るべきことではない。
要するにお金のかかる割に装備する場面が限られているのだ。
彼らの金銭事情は知らないが、砂漠に浮かぶ都市に着てくる装備ではない。それこそドラゴンの巣にアンデッド対策の装備で行くようなもの。
もっとも水路があると事前に知らされていたアンティリーネは別だが。
(どっちにせよ、考えてばかりで時間を空費するのはよくないわね)
頭上ではさっきからズドーン、ズドーンと爆撃音が轟いている。敵も馬鹿ではないらしい。シェルターは同じ所に集中砲火を浴び、亀裂が走っている。
「カーテン、お願いできる」
「は、はい」
すぐさま無限魔力が魔法で〈
形を覚えたカーテンが、即席の試着室を作る。
(あまり時間もないし、急がないと)
アンティリーネはカーテンの中に入る。そして手際よく鎧を脱いでいった。
●
「お待たせ。準備できたわ」
カーテンからアンティリーネに、フォーサイトの四人は目を
「いや、それはいいんだが……、その格好はいったい」
ヘッケランは目のやり場に困っているといわんばかりに視線を泳がせながら言った。
「ああ、これ。私の水中装備」
どう? と喉まで上がってきた言葉を飲み込む。この頃、自分はちょっと自意識過剰かもしれない。
ぴちっ、とお尻のところを引っ張ってシワをなおす。
漆黒聖典の水中装備は体に密着する布地できている。体に馴染ませるよう肩や脚を軽く回す。動きやすさを重視して腕は肩口まで、脚もけっこう上まで開いている。やろうと思えば蹴りで相手の顎を打ち抜けるもする。
聖殿の試着室と違って、ここには鏡がないのが残念——と思っていたら無限魔力が姿見を出してくれていた。
アンティリーネは鏡の前に立つ。
六大神が〈競泳水着〉と呼んだ水中装備を着て。
黒を基調にして、体の左右に白があしらわれている。黒と白の髪色とも合うし、と個人的には気に入っている一着なのだが。
(水中戦って、あんまりないのよね。直近であったのは——)
部屋でひとりの時に着ようとも考えたが、なぜかしてはいけない気がしてやめた。恐らく今は亡きスルシャーナ様の遺志がはたらいたのだろう。
(いずれにせよ、スルシャーナ様には感謝しないと)
なにせ、場合によってはアンティリーネは今この装備を身につけていなかったのかもしれないのだから。
●
600年前のこと。水の神と闇の神、その二柱の言葉を記した『六大神秘儀録』にはこうある。
水の神曰く——
「スルシャーナ殿は理解していない! スク水の良さを!」
「無邪気なロリ、多感な年頃の少女、そして大人の女性。着る者によって三者三様の恥じらいと美しさがあるのです! なぜあなたはそれを——」
「急に何を言い出すかと思えば。……だいたい私は競泳派なんですけど」
「ほぉ、さすがはスルシャーナ殿。なかなかいい趣味をお持ちですな」
「
「まぁまぁ、そうおっしゃらず。今の私たちは文字通り神なんですから。少しくらい欲望の赴くままに……」
「はいはい〈
「雑っ⁉︎ かつての仲間への扱いとは思えな……あっちょ、本当に発動しないで! 止まる止まる、息の根が止まる!」
水の神は喉に食事を詰まらせたたかのように玉体の胸を叩かれた。
「——冗談はさておき」
「し……死ぬかと思った……」
「こうなるからあなたとの会合は嫌だったんですよ。第一、なぜ話題が水中戦の装備から性癖に飛ぶのです。飛躍にもほどがありますよ」
「では逆にお尋ねしますが、スルシャーナ殿は水中戦のたびにウエットスーツを着るのですか。あれ、キツキツで着用だけで何分もかかりますよ? 戦時は一分一秒を惜しむのです。よって私はスク水を提案いたします、議長」
「却下です。あと誰が議長ですか、二人しかいないのに」
「なぜですか⁉︎ スルシャーナ殿には人の心がないのですか! この人でなし!」
「アンデッドですからね、それも最上位の」
闇の神はさも当然というご尊顔でおっしゃられた。
「さて、ここからは本題ですが。私は将来的に我々
「なるほど。職権濫用などという下劣な手で部下に破廉恥な格好はさせられないと? 骸骨の顔に似合わずお優しいですな、スルシャーナ殿は」
「そんなことではありませんよ。私が言いたいのは」
「?」
「極秘任務にあたる特殊部隊に、ネームゼッケンの付いた水着を着せられますか?」
「はぁっ⁉︎」
その瞬間、水の神は雷に撃たれたかかの如く驚かれた。
「そ、それは確かに……いやしかしですね」
「ああ、そういえば昨日どこかの水の神が言っていましたね。こちらの世界には名前を媒介に相手を呪う魔法もあるとか。いやはや、まったく恐ろしいものですね」
「……ぐぬぬぬ」
と水の神はあざとく呻かれた。
「兎にも角にも納得していただいたようで幸いです」
「納得のなの字もないですが、まぁ、こればかりは仕方ありません」
「では、私の部隊には私の好きな競泳水着を支給するということで」
「え?」
「はい解散」
●
アンティリーネはぴょんぴょんとその場で跳ねていた。水に入る前の準備運動だ。
「ねえ、念のために聞くけど、その格好で戦うの?」
聞いてきたのはエルフの女、イミーナだ。
「そうよ。動きやすいわよ」
腋や太股を大胆に見せている分、
「ほら、こんなこともできるわよ」
足首を持ってそのまま片脚を上げる。ぴんっと伸ばした脚を膝裏から支えれば、きれいなY字バランスの完成である。
え、もう古い? ……うるさいわね。
その格好でしていいポーズではない、とヘッケランとロバーデイクがそれぞれ
(なに、その反応。まるで私が痴女みたいじゃない)
確かに水中装備ということもあって、この格好はけっこう露出度がある。
がしかし、漆黒聖典には年がら年中、場所を問わず、ビキニアーマーでへそ丸出しのまま歩いている女もいた。
『あん? このクレマンティーヌ様が風邪ひくって言いたいの?』
馬鹿とクレマンは風邪をひかない。そんな言葉が流行ってたのも懐かしい。今はもう抜けたが、元気にやっているだろうか。
それに露出度でいえば他にも、と別の同僚に目を向ける。
「あなたは着替えないの」
「……は、はい?」
無限魔力が愛想笑いのまま表情を固めた。揉み手をしていた手も止まった。
●
「あのー、絶死様。今なんと——」
「あなたは着替えないの? その格好だと水中で動きにくいでしょ」
無限魔力は首を折って自分の服装を見た。
いつもは下着同然の格好だが、今は変装も兼ねて紺のローブを着ている。しかもダボダボだ。水に潜るのに一番不適な格好と言っても過言ではない。
「はい、これ。私と同じものよ」
水着姿の絶死絶命が、黒と白の競泳水着を手渡してくる。
じんわり、と嫌な汗が浮かんだ。
外堀が埋められていく気がした。
ここは、ここは断らないと。
「? どうかした」
「へ、へへ。絶死様とお揃いなんて……恐縮です」
ひきつった笑みを貼り付けて無限魔力は即席の試着室へ入っていく。
ぴろっ、と指先で摘んだ水着を広げる。
(はぁ……着れる、これ)
漆黒聖典では定期的に健康診断がある。隊員の技量や魔力量を知るための措置だ。
無限魔力はこの前、体重が増えていた。
ウェストの数値はそのままだった。太股も変化なし。なら、まさか髪か。豊かな青髪は伸びるにまかせ、適当に編んでいるが、漆黒聖典の中でもかなり長い。昔、第九席次に『あんたさ、その髪ぃ重くないの?』と聞かれたことがある。下着みたいな鎧で軽さばかり追求した女に言われたくない。
ちなみに水中装備が支給されたのは聖典に入隊した時だ。
しかし、あの絶死絶命に逆らえるはずがない。
「……はぁ」
溜め息をひとつ。無限魔力はローブの留め具をはずす。
ばさり、と厚手の布が落ちて、いつもの下着姿になる。
●
着替えた無限魔力はなぜかY字バランスに挑戦していた。
「くっ……ぐぎぐっ……、ふっ、ふぐ……」
しかし、足が腰より上にあがらない。
漆黒聖典でもトレーニングには顔を出していなかったそうだが、もしかして準備体操の柔軟が嫌だったから? 持つ足を変えてみても、やはり腰から上にあがらない。
(頭はそのままなのね)
黒と白の競泳水着に、いつものくたびれた三角帽子を被っている。妙にちぐはぐな感じ、とアンティリーネがそんなことを思っていると……
ごきっ!
「……ふぎっ⁉︎」
「ねえ、今ごきって鳴らなかった?」とイミーナ。
股関節を押さえて前屈みになる無限魔力。脱臼したか。
「大丈夫?」
「は、はひぃ、これくらいなら、いつっ……だ、大丈夫です、はい」
本当に大丈夫なのか。歩こうとしてやめたように見えたが。
それはそうとして。アンティリーネは同僚を上から下まで眺める。
「こう言うと失礼かもしれないけど」
「は、はいっ、何なりとお申し付けください」
「……」
まったく違う感想がわきあがってきて、アンティリーネは溜め息を飲みこむ。
「普段はだらしないのに、意外とスタイルいいのね。羨ましい」
「えへへ、絶死様ほどではありませんよ」
揉み手をする無限魔力。
アンティリーネは自分のふくらみに目をやる。
それから無限魔力のモノを見る。
「……ふーん。喧嘩売ってるの?」
「ひっ、ひえ! 滅相もございません!」
「そう。ところで私ともう一度模擬戦する気はない? どこからでもかかってきていいわよ」
「へ、へぇえ……あ、え……土下座でも何でもしますので、その、許してくださいませんでしょうか。……へへ、へへへ」
へこへこするたびに何が詰まっているのだ言いたくなるほどモノが揺れる。しかもわざとではないのがまた腹立たしい。
確かに見かけ上は十四歳の自分と、成人済みの無限魔力では差があって当然といえば当然だが。
(これが敗北ってやつ? ……思ってたのと随分違うわね)
ハーフエルフは長寿種だ。故に成長も遅い。こればかりは待つしかないが、あと何十年かかるのやら。それとも占星千里のしていた『ばすとあっぷ』なる訓練を取り入れるべきか。
「あ、あのぉ、絶死様」
「なに」
「ひっ……!」
「そんなに怖がらなくてもいいじゃない。別にボコったりしないから。何かあった?」
言いにくいのですが、と目を泳がせた無限魔力は恐る恐るという態度で言う。
「その……脱いだ服と鎧は、どういたしましょうか」
「……」
「……」
アンティリーネは沈黙した。
決して考えていなかったわけではない。
ただちょっと、日頃着る機会のなかった装備を着てみたかっただけだ。
とりあえず
●
元の装備に着替る前に確認しておかないといけないことがある。
「参考までに聞くけど、それ何を詰めてるの?」
「いえ、これはその……自前です。へ、へへ」
よし、やっぱり模擬戦だ。揉み潰してやる。
このための「R-15」タグだと思っていただければ(焦)