【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第8節「嗚呼!偉大なるかな、大帝陛下!」

 つくづく思うが、財務省に奉職しなくて良かった。彼らを見ていると、毎日、朝から晩まで、ただ数字だけが書かれた、辞書と見まがうばかりの分厚い資料を読んでは、ずっと計算し続けているようだ。財務官僚の友人も出来たが、彼らは例外なく、分厚い眼鏡を掛けている気がする。国務官僚の生活も息が詰まる事が多々あるのだが、彼らよりはまだ良いと、密かに自分を納得させている。

 

 先日、その友人の1人と食事を共にする機会があったのだが、彼曰く「シリウス政府の財政は異常だ」。彼は同政府の資産と負債を調査し、どの程度を我が国が継承するかを判断するための資料を作成しているそうだが、医療や福祉を賄う部局の借入金が天文学的な額に達しているらしい。

 

 彼の見解では「とても返済できる額ではない。占領軍の強権発動で債務不履行を宣言してもらうしかないが、貸付側の企業や銀行からすれば、到底受け入れられる話ではないだろうし、まして彼ら企業人の中には、我が帝国へ早々に降伏して、貴族身分を与えられた者さえいるから、彼らの意向を無視する訳にもいかないし…」。実は、ここから先はまともに聞いていない。私の理解を超える内容になってきたからだが、兎に角、シリウスの医療・福祉財政が破綻している事だけは分かった。

 

 医療や福祉に金がかかるという事は、私の常識では、働けない病人や怪我人、また老人が多いという事だが、確かに老人は多い、よく目に付く。だが、病人や怪我人が極端に多い気はしないし、ましてそれだけ手厚い医療や福祉を提供していた割には、我が軍の占領時、暴動や犯罪に巻き込まれて負傷したにも関わらず、金銭的問題で病院に行けず、路傍で斃死している傷病者が極めて多かったと聞く。我が帝国には保険制度こそないが、一般的な疾病や負傷ならば、公費負担の割合が極めて高いために、ほぼ無料で治療が受けられるというのに。

 

 そして、何より理解できないのは、病魔に侵されている訳でもないのに、まるで鉄棒が如き、極端な痩身状態にある者、逆にビア樽の様な過度の肥満状態にある者が非常に多い事だ。

 病的な痩せ方をしては、身体から体力と抵抗力が失われて、各種疾病への罹患率が高くなると予想されるし、肥満が万病の原因である事は周知の事実であろう。シリウス人への聞き取り調査の結果、極端な痩身は誤った美的感覚の産物、過度の肥満は欲望を抑えられない意志薄弱な人民が多く、なおかつ、彼らの欲望を喚起する事でしか成立しない経済体制の故だと理解できたが、図らずも大帝陛下の御見識の高さ、人類と社会への深い洞察力を再確認する事となった。

 

 伝え聞くに、大帝陛下は混乱の極にあった連邦社会への反省から、あらゆる人民が安全かつ健康に生活でき、かつ長寿を保てるよう、様々な施策を断行されたが、その根本哲学は「人間とは、欲望と快楽によって左右されざるを得ない存在である。故に、あらゆる人民に対し、欲望を適切に開放できる方途を与え、それを真善美と見なす価値観を植え付けてやらねばならない」だったと云われる。

 

 欲望の解放を金銭的手段にのみ委ねた結果、連邦の人民は拝金主義に堕し、ただ金を払う事で安易に得られる即物的、動物的快楽に溺れた。その結果、人民は、金を失う事はこの快楽を失う事、即ち生命を失う事に等しいと、不安の極に陥り、その現実から目を背けるために、より強烈な快楽を欲するという悪循環に陥った。

 

 この事を深く憂慮した大帝陛下は、生命の維持を金銭の有無から解放するべく、金銭に拠らずして食を得られる配給制度を創設。さらに、労働や奉仕を通じた社会参加こそ、理性的人間の喜びとする所であり、その前提として、心身ともに壮健であれと、臣民に対して、そのあるべき姿をお示しになった。

 そのため、不道徳で動物的な快楽を供給する存在は社会的害悪であるとして、その存在を法的に規制、徹底的な撲滅を図られた。また、過度な人為を排し、自然が齎す景観や風土こそが至上の美であると、領内各所の景勝地等を保護区として、人為による破壊から守られた。これらの保護区は現在、帝室の御料地となり、宮内省の適切な管理下に置かれている。

 そして、自然によって与えられた美を範とする人為、さらには自然の作用に基づいて生起する人為こそ、美の名に値するものだとして、自然をモチーフにした美術品や工芸品、また建築物や庭園等を称賛、それらの作品を生み出した美術家や職人等に褒賞を与えられている。

 

 さらに、特別な才能や技術を持たずとも、心身ともに壮健であり続ける者こそ、全臣民が理想とすべき美的存在であるとして、身体の鍛錬や勉学の励行を推奨、機械的な補助に頼る事無く、自らの肉体で出来る事は手作業で行うべきで、健康を害する可能性が高い悪習は之を遠ざけよと、高らかにお命じになっている。

 現在、我々帝国人がスポーツを愛好し、筋骨隆々たる肉体美を尊ぶ価値観を持っている事、さらに、新無憂宮内に機械的設備が無く、扉の開閉にさえも、専門の侍従や女官が存在する事、そして、例え皇帝陛下と雖も、自らの足で歩かなければならない事などは、全て大帝陛下の御意向に拠るものである。

 

 ただ、側聞するに、新無憂宮に多くの侍従や女官がいるのは、連邦末期、特別な技能や経歴を持たず、労働市場から排除されてしまった人民が多すぎた事への反省から、特殊な能力や学歴を持たず、ただ健康な身体しか持たない者達を対象に、軽度の労働を与えて、日常生活を維持できる程度の報酬と、社会参加しているとの充足感を得られるように配慮した、大帝陛下の慈悲深い大御心の故だと云うが。

 

 それはさておき、他者の振る舞いを見て初めて、自分自身の在り方が理解できると言うが、私はここシリウスに来て初めて、我が帝国の素晴らしさ、さらに大帝陛下という、この上なく偉大な為政者を戴く事が出来た幸福を理解できたように思う。

 

 金銭で得られる物は、金銭が無くなれば失われる。だが、自然が齎す物は、この宇宙が存在をやめない限り、永遠にして不滅の存在なのだ。定命しか持たない、刹那の存在たる我々人間は、不滅なる自然との一体感を感じる事でしか、永遠を実感する事は出来ない。私は思うのだ、人間の幸福とは、まさにその一点にこそあると。私が肉体の鍛錬に深い喜びと充足感を覚え、人跡未踏の地へと挑む事をやめないのは、こういう価値観を持っているからなのだ。その意味で、私は自分自身にこの価値観を与えて下さった大帝陛下に無上の尊敬と敬意を捧げる者である。

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