【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
同盟やフェザーンで生まれ育ち、同地で人格形成を行った者達からすれば、あまりに素朴すぎる自然志向に違和感を覚えるだろうし、またルドルフが人民の私生活どころか、価値観まで画一化しようとした事に嫌悪感を抱くだろう。そして、そのルドルフ的価値観に違和感、嫌悪感を表明するどころか、積極的に受け入れ、かつルドルフ賛美を惜しまないフリードマン男爵の言説は、理解できないのではないかと想像する。
しかし、約500年に亘る旧帝国史上、この素朴な自然志向、心身の壮健を真善美として、肉体美を尊ぶ価値観は、帝国人の常識であり続けた。この「常識」は人為を否定し、貶める事にも繋がり、その結果として、経済発展を抑制して、帝国社会の停滞を招いた。旧帝国が経済の実権を半ばフェザーン自治領に握られて、人口面で劣る同盟を打倒する事が出来なかった要因の1つは、この常識が存在したからだと指摘する史家も多い。
だが、その反面、この常識が存在したが故に、旧帝国では大規模な自然破壊が生じず、雄大かつ美麗な自然景観が保全され、希少性が高い生物種等も保護されてきた。これは、同盟社会で経済発展を最優先した結果、自然破壊が極端に進行し、多くの惑星で、多様な自然景観や希少な生物種が失われた事と好対照を成している。
また、同盟やフェザーンでは、利潤追求を至上とする経済原則の故に、大量生産・大量消費型の工業製品が幅を利かせた結果、芸術家や職人が手作業で制作した美術品や工芸品は極めて少ないのに対し、帝国には500年前の建国時に制作された美術品や工芸品さえも多数残されている。
一例を挙げると、旧帝国末期、亡国帝フリードリヒ4世の弑逆未遂事件を起こしたクロプシュトック侯爵ウィルヘルムは、皇帝隣席の宴席に招いてもらうためだけに、ブラウンシュヴァイク公ら主だった門閥貴族に対し、同家の家祖アルブレヒトがルドルフ大帝から下賜されたと伝えられる、同帝の等身大肖像画など、帝室にさえ存在しない貴重な美術品を多数、寄贈している。
これは、歴史ある名門貴族クロプシュトック侯爵家だったから、という事情も確かにあるが、旧帝国滅亡直前でも、建国期に制作された美術品等が市場で取引される例は珍しくなく、例え平民でも富裕層に属していれば、入手する事は困難ではなかった。
そして、医療・福祉制度がほぼ全廃されていたにも関わらず、帝国人の平均的健康寿命は、同盟・フェザーン人のそれと大差がない事は、各国の統計資料が如実に証明している。同盟社会では、退役軍人の平均寿命が高い事が屡々指摘されていたそうだが、帝国人はそれと同様の状態に置かれていたと言えるかもしれない。
自由と平等、人権思想を至上とする者達からすれば、個々人の生き方や価値観までも、権力者が容喙する事自体が許せないのだろう。だが、帝国に生を受けた筆者などからすると、理性ではそのような価値観が存在する事を理解しつつも、感情では「人間はそれほど強くない。また、貴方が確固たる信念と価値観の持ち主だったとしても、周囲の意志薄弱な人間にまで、それを正しい事として押し付けるのは、是とされるべきなのか。彼らを評して、家畜の生と嘲笑するのは簡単だ。しかし、家畜としてしか生きられない者の存在、彼らの生と死を否定してよいのか」との思いを消す事が出来ないのだ。