【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」   作:旧王朝史編纂所教授

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第9節 雪山に消える~その後のフリードマン男爵家

 当代を代表する冒険家、また旧帝国史上初のベストセラー作家として、確固たる名声を得たフリードマン男爵アルノルトだが、自ら恒星間航行用宇宙船を操縦し、辺境域を探検して回るその姿は、荘重さを重んじる貴族社会からは、決して好意的に受け入れられるものではなかった。

 皇后アデルハイドや、軍務尚書ビューロー侯爵ら、皇族や帝国政界の有力者達の好意が無ければ、貴族社会中の異端児として、白眼視、冷遇されても不思議ではなかった。彼自身はそのような事を気にする人物ではなかったが、常識人たる父親ブラッドレイからすれば、息子の行動は危うく見えて仕方が無かったのだろう。帝都に帰還して、名家の令嬢を妻に迎えるようにと、再々懇願している。

 

 幼い頃から自分を可愛がってくれた、年老いた父親の懇願を無視できるほど、冷たい人物ではなかったフリードマンは、帝都に帰還して欲しいとの願いこそ肯んじなかったが、父親が隠居、自身が爵位を継承した事を契機に、同じハーン伯爵家の一門で、著名な文官貴族家だったフレーゲル男爵家の三女ソフィアと結婚。職務遂行を口実に、帝都に帰るのは年に数回という有様だったが、それでも長子アーダルベルト、長女エミーリアと、2人の子供を儲けている。

 

 尤も、舅ブラッドレイの願いとは裏腹に、妻ソフィアは貴族女性には珍しく活動的な性格で、ドレスよりもシャツとズボンを着る事を好み、趣味は登山を始め各種スポーツ、フリードマンとの縁談を承知したのも、その冒険家としての実績に惹かれたからだった。公にはなっていないが、夫の冒険行に附いて行った事も再々あったようで、後年、父親の爵位を継いだ長子アーダルベルトは「父と母は似た者夫婦だった」との評を残している。

 なお、不在が常態化していた夫アルノルトに代わり、帝都にてフリードマン男爵家の家政を司った妻ソフィアは、夫の冒険譚を聞きたがった皇后アデルハイドの求めに応じて、新無憂宮に屡々参内しており、最終的には皇后の側近、友人的存在となっている。

 

 帝国暦69年、旧シリウス領内の惑星デナリオンで発見された、標高1万メートル超の雪山登山に挑戦。ワレ登頂に成功セリ、との超光速通信が帝都に届いたが、その数日後に通信が途絶。ソフィアから事情を聞かされた皇后アデルハイドは、自身の弟で、フリードマンの上司でもある国務尚書ノイラート侯爵に相談。事態を重く見た同候は、親友でもある軍務尚書ビューロー侯爵と連名で、皇帝ジギスムントに、帝国軍の特殊部隊による捜索隊の編成と派遣の許可を求めた。

 

 皇后からの懇請もあり、またジギスムント自身、フリードマンを決して嫌ってはいなかったようで、捜索隊の派遣を許可。軍務尚書の命を受けたヴァフスルーズニル軍管区司令部から、探索行に馴れた特殊部隊員を選抜した捜索隊が派遣されたが、フリードマンの探検隊が設営したとみられるベースキャンプ跡地、また隊員らが使っていたと思しき登山道具等は発見したものの、フリードマン以下、数十人に及ぶ探検隊員は、誰一人として、遺体すら発見できなかった。

 この事は旧帝国の探検史上、未解明の謎の1つであり、雪で隠されていた巨大なクレバスに全員が転落した、参加報酬を巡っての内輪揉めがエスカレートし、数人が殺し合いを始め、フリードマンら制止しようとした者達も、その巻き添えで殺害されてしまった、遺体は折からの強吹雪で厚い雪の下に隠されたのだ、などの見解が出されたが、もちろん真相は不明。

 

 貴族法の定めでは、爵位持ち貴族が行方不明となった場合、後継者が爵位を一時預かり、失踪後に一定期間を経過するか、後継者の申立があれば、枢密院の審議を経て、死亡宣告が下される事になっている。

 同男爵家は、後継者たる長子アーダルベルトが未成年だったため、妻ソフィアが男爵夫人として、爵位を一時預かる事になったが、ソフィアは「夫は常々申しておりました。自分はいつ死んでも不思議ではない人生を選んだ、だから、私が帰ってこなかった時は、お前の判断で構わない、私に死亡宣告を下して、アーダルベルトに爵位を継がせてくれ、と」。その証拠として、フリードマンが失踪前に作成していた遺言状を枢密院に提出、同院でもその有効性が認められたので、フリードマン男爵アルノルトは失踪日を以て死亡認定された。

 

 その葬儀には、皇帝夫妻を始め、国務尚書ノイラート侯爵や軍務尚書ビューロー侯爵ら大貴族も参列、また大諸侯・カストロプ公爵家の当主マクシミリアンは弔問団を派遣しており、改めてその名声の高さが偲ばれた。その席上、皇帝ジギスムントは故人の功績を称揚し、子爵位の追贈を発表した。このため、妻ソフィアは子爵夫人に、長子アーダルベルトは成人後、フリードマン子爵となっている。

 

 最後に、同子爵家の行く末を簡単に述べたい。事実上の家祖と言えるアルノルトの死後、爵位を継承した長子アーダルベルトは、父親よりも祖父ブラッドレイに似たのか、国務官僚として大過ない一生を過ごす。

 ただ、父親の事は深く尊敬していたようで、父の諸著作を始め、国務省に提出した各種の報告書、また日記や手紙などを整理、集成して、私費で作品全集を刊行している。当初は、貴族のサロンでのみ発表された私家版だったが、多くの読者を獲得、その評判を聞きつけたカストロプ公アントン(家祖マクシミリアンの長子)が出資者となり、正式に出版された。その結果、旧帝国において彼の作品群は広く人口に膾炙している。

 

 ただ、同子爵家は、貴族としては中級の文官貴族にとどまり、帝国政界に影響を及ぼす事は無かった。帝国暦144年、痴愚帝ジギスムント2世が即位すると、一門党首のハーン伯ホルストが同帝の勘気に触れて、当人は自裁、同伯爵家は族滅となった。皇帝の怒りが及ぶ事を恐れた当主グルックは、一族を連れてカストロプ公爵領へ逃亡、その後の消息は知られていない。

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