【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
彼の名はシェーンベルク男爵ギルベルト。宮廷官僚の領袖で、初代宮内尚書マルクスを家祖とするノイラート侯爵家の一門に属し、自身も宮内省に出仕する一貴族官僚だった。
齢わずか20歳を少し越えた程度、可憐な美少女を髣髴とさせる繊細な美貌の持ち主で、性格は温和と言うよりも柔弱と評すべきで、際立った才覚も野心も無い、精巧な人形制作が唯一の特技と言うか趣味で、貴族社会では、同好の士の間でしか評価もされていない、毒にも薬にもならぬ人物だった。
戦勝記念式典の席上、皇帝ジギスムントは、帝国宰相ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムを勲功第一とし、生者としては旧帝国史上初となる元帥杖を授けた。そして、この慶事に花を添えようと言い、同公爵家の長女テレーゼの婚約を発表、その相手として、彼ギルベルトの名が皇帝の口から発せられた瞬間、居並ぶ廷臣、貴族達の間には、無言の騒めきが静かに広がっていったと、列席した貴族の多くが日記等に書き記している。ほぼ全ての貴族にとって、この人選がどれほど意外なものだったのか、察するに余りある。
なお余談ながら、ギルベルトの義父となるヨアヒムは、この発表の間、静かに瞑目しており、その表情からは何の感情も伺えなかったと、皇帝の傍近くに控えていた、義弟たるノイラート候世子アルフォンスは書き残している。また、同公ヨアヒムは、帝国暦55年に逝去するまで、公式の場以外で、義理の息子ギルベルトと会う事は一切なかった、と云う。
このエピソードからも分かる通り、練達の軍人政治家で、武勲赫々たる名将ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムにとって、彼は娘婿どころか、貴族男性としても認めたくない人物だったのだろう。
さらに、彼が同公の義理の息子にならない、それ以上の理由が存在した。彼ギルベルトは、ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムが、その能力は兎も角、その人格に強い懸念を示し、嫌悪感すら抱いていた、ノイマン候アルベルト(攻守連合の盟主国の1つ、カストル軍政府の総統スー・ディン・ファンの三男、ウェイ・ダオの後身)の末子だったからだ。
傲岸不遜で力の信奉者だったノイマン候アルベルトは、武張った事が苦手で、ブラスターさえもまともに撃てない末子を「惰弱者」と嫌悪、その母親が制止するのも聞かずに、鍛錬だと称して、日常的に暴行を繰り返していた。
しかし、成長したギルベルトが際立った美貌の持ち主で、周囲の女性から言い寄られる事が増えてくると、狡猾な所もあったノイマン候は、この惰弱者の息子をどこか権門の女性と縁付かせれば、それは自家にとってマイナスにならないだろうと計算。だが、貴族社会中で自分が決して好かれていない事も自覚はしていたので、ノイマン家との関係を少しでも隠そうと、たまたま当主が急逝した文官貴族シェーンベルク男爵家に目をつけ、同男爵家が属していた一門の党首、ノイラート侯爵家に莫大な謝礼金を払って、ギルベルトを同家の末期養子とし、その門地を継承させる事に成功する。
言わば、父親から男娼たる事を期待されたも同然の息子は、その事を理解していたのか、男爵家の当主となって、宮内省に出仕するようになっても、まるで人目を避けるように生活。貴族女性から言い寄られても、言を左右にして拒絶、そのため、周囲からは男色家に違いないと囁かれる始末だった。