【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
彼ギルベルトが何故、ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムの娘婿に選ばれたのか、貴族社会の常識に照らして考えれば、まずあり得ない。
前述した通り、貴族の婚姻とは、家同士の結束を強め、貴族社会での熾烈な権力闘争を勝ち抜き、自家の存続を図るための一手段だった。帝国最大の権門、ノイエ・シュタウフェン公爵家でもそれは例外ではなく、自家の存在を快く思っていない、獅子身中の虫となる可能性が高い貴族家の子弟を自家の後継者に迎えるなど、まさに狂人の愚行と言うべきだった。
この事実は、旧帝国の政治史を専門とする史家にとって、頭痛の種となり続けた難問であり、テレーゼが帝室主催のパーティで偶然見かけたギルベルトに一目惚れしたから、或いは、ギルベルトが制作した人形があまりにも優れた出来だったため、テレーゼがギルベルトを無理矢理、自邸に召喚し、これからずっと妾のためだけに人形を作り続けよなどと無理難題を押し付け、自分の傍から離そうとしなかったからなどと、個人の性向にその答えを求める者が多いのも、旧帝国貴族の常識からすると、この結婚が如何にあり得ない事だったのかを物語っていると言える。
ギルベルトとテレーゼは結婚後、意外なほど仲睦まじい夫婦になった事を考えれば、この2人の間には愛情があったと言うべきで、その点では、テレーゼの一目惚れ説や無理強い説も、あながち間違いではないのかもしれない。
しかし、帝国政界と貴族社会の力関係を左右する、権門ノイエ・シュタウフェン公爵家の後継者問題が、ただ男女間の愛情だけで決定される事を許すほど、帝国貴族とは政治的に甘い存在であろうか、筆者は断じて否だと主張したい。特に、歴代諸帝の中でも、こと政治的手腕では先帝ルドルフを凌ぐとも評された、練達の政治家たる皇帝ジギスムントは、こと政争においては、甘さなど欠片も無い人物だった。
筆者は、妹テレーゼ、そして母カタリナは、彼女ら2人が企んだクーデター未遂事件の結果、兄にして息子たる皇帝ジギスムントの政治的傀儡に成り下がり、その発言力を完全に喪失していた事を考えるならば、この結婚は、ジギスムントの意向で決定された可能性が高いと見ている。では、ジギスムントが妹の婿に、シェーンベルク男爵ギルベルトを選ぶ積極的な理由は存在したのだろうか、以下、その事を検証したい。
まず考えるべきは、ギルベルトの出自。彼の父親ノイマン候アルベルトは、前述の通り、攻守連合の盟主国の1つ、カストル軍政府の総統スー・ディン・ファンの三男、ウェイ・ダオの後身である。そのため、同侯爵家の分家や従家、従臣には同国出身者が多く、汎オリオン腕経済共同体の総裁から転身したカストロプ公マクシミリアンが共同体、ひいてはシリウス出身者の庇護者的存在となったように、ノイマン侯アルベルトも、その為人を嫌悪する者は少なくなかったが、その立場上、攻守連合出身者の庇護者、盟主的存在になっていった。
ここで注目すべきは、旧攻守連合領はノイエ・シュタウフェン公の手で制圧されたと雖も、その領域内には、密かに民主共和制を続けている星系が数多存在していた、という事実。皇帝支配の貫徹を希求するジギスムントにとり、これは決して看過できる事態ではなく、帝国暦57年、腹心のビューロー大将を総司令官に起用して、旧同国領への再平定戦を敢行した事は既述した通りだ。
つまり、戦勝記念式典が挙行された帝国暦52年の時点で、皇帝ジギスムントにとって、旧攻守連合領は半ば敵国も同然だったと言えよう。敵である以上、それへの備えを欠かす事は出来ず、また近い将来の征伐を考えているのならば、敵国の詳細な情報を収集し、行軍や補給面の不安を解消、さらに現地要人に調略を仕掛けて、弱体化を図る事も必要だろう。まして、皇帝ジギスムントは、軍事よりも政治を重んじる、戦わずして勝つ事を理想とする、先帝ルドルフの軍事思想を受け継いだ人物だった、敵国の征服に先立ち、可能な限りの事前準備を行わない訳は無かった。
この時、旧攻守連合出身者の盟主的存在たるノイマン候アルベルトを自家薬籠中の物とすべく、皇帝ジギスムントが何らかの策を講じない事があるだろうか。筆者は、ジギスムントの周到な性格からして、その可能性は限りなく低いと考えている。まして、ノイマン侯爵家は、同候アルベルトが亡命した際、ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムが仲介した縁で、同公爵家の一門に属していた。自らの親政を見据えた時、自身の実家ではあるが、帝国最大の権門たるノイエ・シュタウフェン公爵家の勢力を削ぐ事は、皇帝ジギスムントにとって、決してマイナスではなかっただろう。
故に、ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムの眼鏡には到底、適わないであろうギルベルトが長女テレーゼの婿に選ばれたのは、決して同公の意志ではなく、ノイマン侯爵家を同公爵家の一門から離反させて、自身の与党とし、来たるべき旧攻守連合領の再平定に備えて、その保有する人材と人脈を活用、事前の情報収集と調略を入念に進める事を策した、皇帝ジギスムントの意向だったとするのが筆者の見解である。