【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
事実、同帝の腹心ビューロー大将が遂行した再平定戦において、同大将の麾下には、ノイマン侯爵家出身、または同侯爵家所縁の軍人達が多数、集っている。彼らの多くは、シリウス・経済共同体両国の征服戦にも従軍しており、それは遠征軍副司令官だったノイマン候アルベルトの意向でもあった。
帝国暦46年、帝国が両国への侵攻を本格的に開始した頃から、それまで貴族社会中で孤立しがちだったノイマン候は、皇帝ジギスムントの腹心や、同帝が抜擢した貴族らと積極的に交流を始め、特にジギスムントに対しては「今上陛下は、まこと名君であらせられる。儂は陛下の御為なら、水火を辞さず犬馬の労を取るぞ」などと言い、ジギスムントが遠征軍に対し、帝都オーディンへの帰還を命じた時は、主戦派の最右翼と見なされていたにも関わらず「陛下の勅命に背くなど臣下としてあり得ざる不敬だ」と、直属の部下と麾下の艦隊に率いて、諸将に先駆けて帝都へ戻っている。
同候の露骨すぎる言動から考えて、皇妹テレーゼの婿に、同候の末子ギルベルトを迎えるとの話は、少なくとも皇帝ジギスムントとノイマン侯との間では、この帝国暦46年の時点で、既にある程度、決定されていたのだろう。
しかし、たかが辺境域の平定を円滑に遂行するためだけに、帝国最大の権門、武官貴族の名家中の名家、その後継者に、ましてたった一人の妹の婿に、多くの貴族達から嫌悪、白眼視されていた男の息子で、名代の柔弱者を選ぶだろうかと、訝る向きもあるかもしれない。だが、それは皇帝ジギスムントの為人を理解していないと言わざるを得ない。
まず、たかが辺境域というが、尊敬すべき先帝ルドルフの後継者、帝国皇帝として、全臣民の安寧と生存を守らねばならないとの使命感を強く抱いていたジギスムントにとって、その皇恩を理解せず、自由主義、民主主義という誤った思想を掲げて、自由と平等の美名の下、実際は過酷な生存競争を強いて、人民を不安に陥れ、その生存さえも危うくさせる、そんな場所が帝国領内に残っているなど、決して許容できるものではなかった。
同時に、先帝ルドルフの御代、約30年に亘って続いた平定戦役、そして、自身が開始した拡大戦役、合計すれば40年近く、人類社会に戦火が絶える事は無かった。人民は戦火に倦み、平穏無事な生活を希求していた。民主主義者ジャン・ピエール・アルドワンが主導した、かのマザンダラーンの叛乱事件の際、人民の自由と平等なる事を鼓吹し、帝国への決起を促した、彼アルドワンの檄に対して、多くの人民が無反応だったのも、その表れの1つだと見なせる。優れた統治者だったジギスムントは、その事を深く理解していた。その生存と安寧を保障する限りにおいて、人民は銀河帝国の支配を容認すると。故に、政治工作で無用の殺人や破壊を避けられ、失われる人命を少なく出来るのならば、それを行わないという選択肢は、ジギスムントには存在しなかった。
さらに、ノイマン候アルベルトが傲岸不遜で粗暴、虚栄心も強く、かつ狡猾な為人で、決して信頼できる人物ではない事は、ジギスムントも理解していただろう。だが、彼が欲していたのはアルベルト本人などではない、あくまで同侯爵家が保有する人材と人脈だった。
また、妹テレーゼの婿に選んだギルベルトは、前述の通り、貴族社会でも名代の柔弱者、政治的な野心や才覚など、薬にしたくても無かった。だからこそ逆に、ノイエ・シュタウフェン公爵家に高い地位と権威を与えても、皇帝を凌ぐ権門となり、国政を壟断する可能性など無く、自己の支配権を確立したい皇帝ジギスムントにとっては、むしろ望ましい人物だったとさえ言えるのだ。