【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
ノイエ・シュタウフェン公爵家の後継者に、ノイマン候アルベルトの末子、シェーンベルク男爵ギルベルトを据えたのは、近い将来に予定している、旧攻守連合領への再平定戦を見据え、同侯爵家を自家薬籠中の物として支配したい、皇帝ジギスムントの意向だとするのが筆者の見解である。
だが同時に、妹テレーゼの婿にギルベルトを選んだのは、或いはジギスムントの優しさの表れでもあるのではないかと、個人的には感じている。元々、ジギスムントと妹テレーゼとの兄妹仲は悪くなく、幼少期は2人して新無憂宮の中を元気に走り回り、祖父ルドルフは、彼らの仲睦まじい姿に目を細めていたと、当時の侍従の多くが書き残している。
母カタリナが画策したクーデター未遂事件の結果、一時的に疎遠になったとは言え、ジギスムントは妹の視野の狭さ、目先の快楽や一時の感情に流される為人を危惧しつつも、深刻に嫌悪してはいなかったようだ。クーデター未遂への懲罰として、事実上の軟禁状態に置いていた時も、食事や調度、また気晴らしの娯楽などは、その意向に従うよう、密かに宮内尚書に指示している。
兄ジギスムントとの和解後、テレーゼは改めて貴族社会に登場したが、既に30歳に手が届こうかという年齢で、早婚化傾向が強くなっていた帝国社会の常識では、行き遅れの大年増以外の何者でもなく、また皇帝へのクーデターを画策した事は、貴族社会では公然の秘密となっており、敢えて近づこうとする貴族男性は、その婿の地位を射止めて、帝国最大の権門たるノイエ・シュタウフェン公爵家の後継者になろうとする、俗臭芬々たる野心家ばかりだった。
政治的野心を逞しくする男性など、兄の恐ろしさが骨身に沁みていたテレーゼには、自分を再び政争に巻き込み、あの兄の逆鱗に触れさせるかもしれない、忌避すべき危険人物にしか見えなかった。
しかし、もともと社交好きで派手好き、享楽的な性格だったテレーゼにとって、敬して遠ざける、腫れ物に触るが如き扱いは、到底我慢できるものではなかったようで、この時期の彼女は、些細な事で感情を爆発させ、女官達を激しく折檻する、情緒不安定な傾向が強かった。母カタリナから密かに相談されていたジギスムントは、妹の精神的安定、その幸福のためにも、適切な伴侶を見つけてやる必要性に駆られていたと言えよう。
そして、白羽の矢が立てられたのがシェーンベルク男爵ギルベルトだった訳だが、情緒不安定なテレーゼの伴侶としてのみ考えても、彼は確かに望ましい人物だった。政治的野心など一切持たず、ただ人形制作にのみ情熱を傾ける為人は、立身出世と自家の勢力拡大を使命とする貴族男性の常識からすれば、確かに柔弱者と言うべきかもしれないが、政争に巻き込まれて、再び兄の怒りが向けられる事を極度に恐れているテレーゼからすれば、実に安心できる人物だった。
また、父親アルベルトから日常的に罵倒され、暴行されていたギルベルトは、虐待の被害者が往々にしてそうであるように、確固たる自我を持たない、他者に迎合する傾向が強い人物だったが、同時に、他人の心の傷や痛みに敏感な人物でもあった。兄の激烈な怒りに晒された事、クーデター未遂事件を起こして、貴族社会から拒絶されている事が大きなトラウマになっていたテレーゼが、自分の苦しみを理解してくれて、寄り添ってもくれたギルベルトに感謝し、愛着を抱くようになっても、不思議ではなかっただろう。
また、ギルベルトにとっても、自分と同様に、心中の苦しみや痛みを抱えているテレーゼの姿は、決して他人事ではなかった。少年期から続いた罵倒、暴行の結果、彼は対人恐怖症に陥っており、政治的理由でテレーゼの婿に選ばれたと聞かされた時は、衝撃のあまり、文字通り卒倒している。
しかし、皇帝の勅命を断る事など出来るはずもなく、婚約後、改めてテレーゼとの交際を始めたが、その話を聞くにつれ、彼女が心中に抱く苦しみを理解していったのだろう、自分は決して貴女様を苦しめたり致しません、私は何も出来ない男ですが、貴女様のお話を聞く事くらいは出来ます、辛い事、苦しい事があれば、いつでも私に話してください、そして、もしお許し頂けるのであれば、私も貴女様にお話がしたいです、と語っている。この2人は会話をする事によって、期せずして、互いにカウンセリングを行っていたと言えるだろう。
かくして、夫という理解者を得て、夫の同好の士を通じて、細やかなものながら、貴族社会に居場所を見つけられたテレーゼは、母カタリナ、兄ジギスムントの期待した通り、精神的な再建を果たしたのだろう、生来の活発な性格が表に現れ、母親譲りの気の強さも発揮して、ノイエ・シュタウフェン公爵家の女主人として、内向的な性格の夫を主導していった。
男尊女卑的な傾向が強い帝国社会では、女性上位は決して称賛されなかったが、ことこの夫妻に関して言えば、女性上位だからこそ幸福になれたのだろう。絶対的権力者たる義兄ジギスムントの支配下に置かれ、死去するまで、社交的で享楽的な性格の妻テレーゼに振り回されたギルベルトの姿は、例えばノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムの如き、男性性に溢れた人物からすれば、到底認められないかもしれないが、筆者には、これもまた幸福の1つの形だと思える。
少なくとも、人間の弱さを直視した先帝ルドルフであれば、孫娘夫妻の姿に目を細める事はあっても、決して瞑目はしないのではないだろうか。
皇帝ジギスムントがここまで想定して、妹テレーゼの伴侶にギルベルトを選んだのかどうか、史料上から証明する事など出来ない。また、冷徹な政治家だったジギスムントは、仮にギルベルトが品性下劣な人物であったとしても、ノイマン候アルベルトに彼以外の息子がいなければ、その政治的立場を重視して、やはり妹の婿に選んだだろう。
だが、同候には嫡出子、庶子を含めて、十数人もの息子が存在していた。にも関わらず、最も疎遠な末子ギルベルトを敢えて選んだ事は、そこに何らかの意図を感じざるを得ない。自他ともに認める愛妻家で、詳しくは後述するが、家庭内の不和、家族同士の諍いを極度に嫌った皇帝ジギスムントは、強い家族愛の持ち主だった。彼は兄として、妹には幸福になって欲しかった、その心情に偽りは無かったのだろう。
或いは、ジギスムントの義弟で、宮内尚書、国務尚書を歴任した重臣でもあり、人心の機微に通暁する政治家と評されたノイラート候アルフォンス、彼は自家の一門だった事から、ギルベルトの存在と為人をよく知っており、妹の事で心を痛めていた主君に対して、密かに助言したのではないかとも想像している。