【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
最後に、彼ら夫妻とノイマン侯爵家の行く末について一言したい。兄帝ジギスムントの庇護下に置かれ、帝国最大の権門として祭り上げられながらも、その実、政治的には完全に無力だった、ノイエ・シュタウフェン公爵夫妻、即ち夫ギルベルトと妻テレーゼの2人は、特筆すべき業績も逸話も皆無だが、政争に巻き込まれる事も無く、大貴族として社交と趣味にのみ生きる、安楽で平穏な一生を過ごした。夫婦間は完全に女性上位、俗に言う「嬶天下」そのものだったが、子宝にも恵まれて、男子2人、女子1人、計3人の子供を儲けた。
また、共に長寿を保ち、テレーゼは第3代リヒャルト1世の御代まで、ギルベルトは第4代オトフリート1世の御代まで存命だった。
少年期に受けた暴行の影響か、蒲柳の質だったギルベルトは、恐らく長生きは出来ないと見られており、本人もそれを受け入れていたが、妻テレーゼは「妾より先に死んではなりません。これは命令です」と言い、何としても長寿を保つよう、夫に強制した。
ギルベルトはいつも通り、一切の反論も異論も唱えず、ただ妻が付けた専属医師の命じるまま、節制と身体の鍛錬、定期的な健康診断を励行、結果的に妻よりも10年近く、延命する事に成功している。周囲の男性貴族からは「その死まで妻の言いなりとは。まこと希代の柔弱者よ」と密かに嘲笑されたが、ギルベルトは全く意に介する事は無く、その死に臨んだ際、ただ一言「私は生も死も、愛する御方に望まれ、そして捧げる事が出来た。これ以上の幸福があろうか」とのみ言い残し、微笑を浮かべたまま、静かに死去したと云う。これを奴隷の自己満足と見るか、無償の愛に生きたと見るかは、各人の価値観に拠るだろうが。
ただ、ギルベルトの長子アドリアンは、父親ほど枯淡の境地に達する事は出来なかった。当時の帝国は、無気力で統治に意欲を見せない、喪心帝オトフリート1世に代わり、皇后ヴィルヘルミナが政治の実権を掌握、その寵臣エックハルト男爵ハイドリヒが台頭しつつあった。
アドリアンは少年期から、父ギルベルトが母テレーゼの言いなり、傀儡だと、周囲の男性貴族らが密かに嘲笑している事に悩んでおり、今上帝オトフリート1世と皇后ヴィルヘルミナの関係は、自分が嫌悪する両親の関係そのものではないかと、オトフリートの従叔父、一族の長老としての立場から、皇后ヴィルヘルミナはゴールデンバウム家を害する毒婦だと攻撃、惰弱な柔弱者でしかないオトフリートを退位させて、先帝リヒャルト1世の弟ルードヴィヒ、当時のヴィレンシュタイン公爵を後見人として、オトフリートの長子カスパーを新帝として冊立すべく、自家の一門に属する貴族達を扇動して回った。
しかし、アドリアンは情熱と行動力こそあれ、知性と洞察力に欠ける軽率な人物でしかなかった。ノイエ・シュタウフェン公爵家は、先々帝ジギスムントの治世以降、その政治的実権を喪失、かつては帝国軍や軍務省、内務省に強固な地盤を有していたシュタウフェン派も既に分裂、ケッテラー伯爵家、グライフ=ビューロー伯爵家などを領袖とする各派閥に取って代わられていた。
アドリアンには、客観的な現状把握が欠けていたと言うべきであろう、実権を喪失した同公爵家に従う貴族家などおらず、逆にヴィルヘルミナとエックハルトに対し、その動きを密告された結果、ノイエ・シュタウフェン公爵家は大逆罪で族滅が相当とされたが、先々代の当主ヨアヒムの巨大な功績に免じて、罪一等を減じ、帝都オーディンからの永久追放を宣告された。以降、同公爵家は辺境域のアムリッツァ星系を中心とする領主貴族に転身、帝国政界からその姿を消すに至る。