【概説】ゴールデンバウム朝銀河帝国史:第2巻「拡大期~強堅帝ジギスムント1世」 作:旧王朝史編纂所教授
政治家ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムとは、息子にして主君たる皇帝ジギスムントと共に、建国者ルドルフ大帝が創成した銀河帝国という国体を継承し、長所を伸ばし、短所を改め、より良い形で次代へと継承させる、それを自身に課した存在だったのではないか、これが筆者の見解であり、同公を「創業の時代に生まれた守成の人」と評した所以である。
だが、この生き方は、或いは同公の本意ではなかったのかもしれない。尊敬すべき偉大なる建国者、自身の義父でもあるルドルフ大帝に託された使命を果たす事には、深い充実感を覚えていただろうが、万人が是とする政治があり得ない以上、政治を司る者であり続ける事は、必然的に政敵との闘争をし続ける事でもある。
帝国軍人として世に出て、帝国宇宙軍随一の智将とも称された同公にとって、戦いそれ自体は決して忌むべきものではなかっただろう。しかし、外敵と正々堂々たる戦いを繰り広げる事は武人の本懐かもしれないが、同胞と隠微な権力闘争を行う事は、自身を軍人と見なしていた同公には、決して心地良いものではなかった。
まして同公は、友人の数は少なかったが、一度友誼を結ぶと、その友情を大切にする人物であり、そのような人物が政略上の必要に迫られて、親友や僚友を軍中央から追放、私人としても会う事さえ出来なくなった事には、内心、深い悲しみと孤独を感じていたのではないかと思う。
これは必ずしも筆者の妄想ではない。同公最晩年のエピソードだが、当時、妻カタリナと事実上の別居状態に陥り、別邸で生活していた同公の身の回りの世話をしていた家令が書き残している。
帝国暦53年、青年時代からの親友、リヒテンシュタイン子爵ヴァルターが心疾患のため死去した、との知らせを受けたノイエ・シュタウフェン公は、数瞬の絶句の後、その知らせを伝えた家令に向かい、酒を持ってくるようにと命じた。だが、同公が家令に伝えた銘柄は、帝国では平民や下級貴族が居酒屋で飲むような安酒で、爵位を持つ大貴族が口にする代物ではなく、当然、同公の別邸にも置かれていなかった。
家令がその旨を伝えると、平素は温厚で、激高する事など滅多になく、使用人にも丁寧な口調で話す同公が激発。「無いのならば、すぐに買って参れ!」と、語気荒く命じたと云う。
家令が慌てて買ってきた安酒数本とグラスを捧げると、同公は載せたトレイごと乱暴な手つきで受け取り、私が良いと言うまで、誰も入って来てはならん!と言い捨て、自室に鍵を掛けると、たった独りで籠ってしまった。
その後、夜になっても同公は部屋から出ず、とうとう翌朝になってしまった。万が一の事態を懸念した家令は、叱責覚悟で合鍵を使って私室に入ると、安酒の空瓶が床に転がって、酔い潰れた同公が着替えもせず、机に突っ伏して寝ていた。せめて衣服を脱がせて体を清めようと、家令が同公を抱き起すと、その頬には明らかに涙の跡が残っていた、と云う。
ノイエ・シュタウフェン公ヨアヒムは帝国暦55年、自室で睡眠中に死去。解剖の結果、死因は睡眠薬の過剰摂取と認められ、貴族社会中には自死ではないのか?との風説が広まったが、父親の遺体と対面した皇帝ジギスムントは「我が父は命数を使い果たしたのだ。それ以外の何者でもない」と宣言、これ以降、父の死について無用の言を為す者は、不敬罪と見なすとした。同公の葬儀は、臣下としては初となる国葬の礼を以て挙行、生前に得ていた帝国宰相、帝国元帥の称号に加えて、一代限りではあるが、これも臣下では初となる大公の位、さらには皇父との称号が贈られた。